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石彫家、和泉正敏氏の世界-
・「天空の庭」(救世神教)礼賛
 その13 番外編 至宝の「アナスタシス」



 森厳な世界に踏み込んでいた。どの角度から眺めても何か心をふるわすような不思議なエネルギーに満ちている。古来、神殿は巨石で組まれていた。古代人が住む巨石の空間は癒しの場所だ。懐かしさと、やさしさと、そして包み込むような陽気なくつろぎさえ感じていたのではないだろうか。
 時機を得て、人を得て、場所を得て、そのために存在しているが如く、この庭園にこの大石小石、それらが聖地の中心石となって「神恩郷」という空間構成が結ばれたのである。

『天之磐座』(あめのいわくら)、その巨石が目に入る。
   虚飾を一切遠ざけた先にシンプルで壮麗な趣がある。
堂々と鎮まっている。不動という驚異の石組である。
「御復活」という「自然無為」の傑作品の誕生なのだ。

 たぶん、先代谷元先生、イサム・ノグチ氏が時折、この聖地に降りてきてシャツのそでをまくって、よーし、こうやってみようか、と話し合われている、そうだ。が、わたしも後藤崇比古管長が、そうおっしゃるのだから、まず間違いないと思う。地上天国を具現化する壮大な「神話づくり」の1000年先を見据えた偉業は、ご神意なのだから。

 この巨石は、後藤管長が、引き込んだといっても過言ではないことが判明している。が、160トンもの巨石。その重量、スケールは、未だこの世にないのだから喩えようも比べようもない。それを軽々と巧みに分断し、さらりと精緻に組み上げてみせた。どうやったら、こうなるのだろうか。
 和泉正敏氏から、今度のモニュメントストーンの難しさは、『天之磐座』の比ではない、と聞かされた。わたしは、再び、心臓の高鳴りがおさまらなくなっていた。
                    DNDメルマガ編集長、出口俊一




◇12月23日の感謝祭とプラザ竣工
 救世神教(後藤崇比古管長、本部・三重県津市)の本部会館前の広場が12月23日、装いも新たな「プラザ」として竣工し、その中心に据えられた石彫家、和泉正敏氏の作品がモニュメントストーンとしてお披露目された。和泉氏自らノミをふるい制作に悩み抜いたとされる至高の作品で、後藤管長が「アナスタシス(Anastasis)」と命名し、邦訳の「御復活」に万感の思いを込めた。
 小春日和に恵まれたこの日は、教祖御生誕の感謝祭と重なり、2300人余りの信者や来賓がプラザの竣工を祝った。これによって、バラ苑で彩られる神殿前の仰光広場と、その北東の丘陵地に開かれた「天空の庭」一帯が、ひとつに結ばれ、その全体がいわば聖地「神恩郷」として浮かび上がることになった。






◇世界級のスウェーデン産黒御影
 本部の式典会場で講話に立った後藤管長によると、本日お披露目のモニュメントストーンは、スウェーデン産の黒御影石で数ある石の中でも世界級のひとつです、と前置きして、例えば東京・赤坂の草月会館は設計が丹下健三氏で、1階の「花と石と水の広場」(天国、1978年完成)はイサム・ノグチ氏によるものなのだが、そのエントランスに建つ「大黒柱」がモニュメントストーンと同じスゥエーデン産だ。そして香川県・牟礼のイサム・ノグチ庭園美術館に展示されている作品群のなかでもノグチ氏の最高傑作と評価の高い「エナジー・ボォイド」(1971年)もそうだ、という。鉄のように硬くて強い石だが、そのモチーフとして、たおやかに揺らいでみせたり、ゴムのような感触を称えていたりと、その姿は、あまりに「無為自然」のセオリーに従順でさえある。




◇谷元先生との鮮明な記憶、「天国」
 草月会館の「天国」には思い入れが深く、後藤管長にとっては忘れがたい場所でもあった。御尊父で先代の谷元先生に連れられて立ち寄ったのが草月会館だったと気づくのはそれから随分と日が経ったのちのことで、実に奇縁というか、後藤管長は、その若い時に草月会館、そしてイサム・ノグチ氏の作品を見ていたのだ。それらがいまにまでつながっていくことになるのだとしたら、先代の慈愛はとてつもなく深いものがある。
 また谷元先生が愛知県立旧制津島中学に在籍当時、アメリカから帰って母校に凱旋講演を行った人物が、詩人ヨネ・ノグチ氏(野口米次郎氏)で、ノグチ先生の父親なのである。その事実は、「90年の記録」と題した学校の記念誌の年表に確認できる。その確かさは、『谷元先生 求道と伝道のご生涯』(救世神教刊)を執筆した本部の総務部長、山本志郎氏の丹念な調査に基づいていた。
 いまこうしてそのドラマを俯瞰すると、先代の谷元先生、後藤管長親子、ヨネ・ノグチ氏、イサム・ノグチ親子から始まって、井上一朗氏、和泉正敏氏、丹下健三氏、黒川紀章氏、アーキテクト5代表川村純一氏、そして今日の後藤管長と、和泉先生のご縁、不思議なお運びと言わざるを得ない徴が、たくさん散見されるのである。
 だから、この聖地で、谷元先生とノグチ先生が話し合いながら、「あそこをこのようにしましょうか、などと決めておられるにちがいない、そうやっているに違いない、と思いこんだ方がいいに違いないということです。思いというのはひとつのものを作っていく。感謝が感謝を呼んでいくものです」と後藤管長が述べておられる通りなのだ。




◇和泉正敏氏の類まれな存在感
 そのため、後藤管長は「天空の庭」、そして「プラザ竣工」にいたる物語は、その時、その場所、その人のどれひとつが欠けても実現しなかった、と語り、特筆すべきは、幼い頃より石とともに育たれ、イサム・ノグチ芸術に外すことができないパートナーとして、世界中の石を知り尽くされた和泉先生の存在、そのお力によって世界に類を見ない美しい庭、「聖地」がここに完成したことです、と最大級の賛辞を和泉先生に表した。

◇ご神意のままに1000年先の神話づくり

    未だ世になき珍らしき石庭を
        造らむとするわが望みかな

    珍らしき大石小石に彩れる
        わが広庭を石楽園と名付けぬ

 後藤管長は、明主様(教祖)の御神歌を紹介して、「明主様がそこに立たれており、歩かれていらっしゃるという実感をもつことが大切です、この本物の広庭、聖地を世界に向けて開いていくのが今年平成28年の意義でした」と結んだ。
 わたしには平成元年に先代を継いだ後藤管長が、ご就任から28年、いよいよ内在したあらゆるものを外に向けての発信がはじまったのではないか、一連の「神恩郷」の造営はまた1000年先の神話づくりであり、ご神意に基づくものであり、「地上天国」を具現化することの意味でもある、と理解した。
 モニュメントストーンを御復活の意味の「アナスタシス」と命名したのには、明主様(教祖)の御復活、あるいはまた昭和45年3月3日の谷元先生による救世神教の御立教の理念、後藤管長のご覚悟などが、そこに総じて凝縮されているのだろう、と捉えている。




◇世界で初めての、「動く石」
 一方、和泉正敏氏は挨拶の中では、ノグチ先生とスゥエーデンに訪れて石を買い付けた45年前のエピソードを回想しながら、今回のモニュメントストーンは、「あと納期が3年あったとしてもずっと考え抜いていたかもしれない」と大変難しい作品だったことを明かした。和泉先生は、別の機会に、ひょっとすると、その難しさは、『天之磐座』を凌ぐものがあった、とまで言われたのだ。わたしは正直、腰が抜けるような驚きであった。これから『天之磐座』の困難さを書こうとしているからだ。
 硬い石をいかにやわらかに、重い石をいかに軽く見せるか、というところに腐心した、と述べ「これほど考えに考え抜いた作品はいまだかつてない」と、和泉先生にしては珍しいほどの苦衷を吐露したのだ。
 不動の石を動かす、という試みは「世界で初めてなのではないか」、と敷石の中にレールを引いて人力で可動できるような仕掛けを施した。本部の中央を定位置としながら、仰光広場に接する斜面に突き出るようなところまで動かすことができるのだ。この日の序幕、テープカットの式典では斜面ぎりぎりにまで移動し、その圧巻な存在を見せつけていた。
 和泉先生は、あくまで謙虚に、消え入るような声で、「申し訳ない」を連発しながら可動式にするアイデアに賛同してくれた後藤管長に感謝の意をあらわしていた。




◇「自然無為」
 プラザ床一面に敷き詰めた淡いグレーの北木島産の上品な石は、「もうこれほどの数を確保するのは困難で、まさに至宝なのだ」という。それは「天空の庭」の天の川を模した48枚の「つたい石」に使われた小豆島産の石もそうで、「これほどの長さ、厚みのあるものは二度と入手できません。小豆島の方が見ても驚くにちがいない」とその希少性にも触れていた。 よくみると、アナスタシスは四角い造形の北側の面に一筋の亀裂が見てとれる。縦に、稲妻が落ちたかのような鋭い筋が走っている。
 和泉先生は、荘子が説いた「無為自然」に基づく「無為無為作」の意味に触れて、「考えているようで考えていない、作っているようで作っていない」と説明し、石が割れる、というのは「滅多にない。自然で、とても面白い。割れ方も普通の割れ方とは違う、素晴らしいものがある」と絶賛するのである。


◇真打共演
 モニュメントストーンが仮に設置されたある日のことだ。わたしは、後藤管長と和泉先生と初めて3人そろって「プラザ」前から仰光広場、そして「天空の庭」を散策した。そのことはいずれ連載で詳しく書くことになるが、モニュメントストーンとしてスゥエーデン産の黒御影石に内定した、という報告を聞いて、「うーむ、いよいよ真打登場ですか?」と和泉先生に話を向けると、和泉先生はニッコリされて「うーむ、そうでしょうな」と頷かれた。すると、管長先生が「どれも真打だらけじゃないですか」という。
 心の中で、「神恩郷」の大石小石は、いずれも真打、「石楽園」は質の高い「真打共演」という感じがした。が、わたしはぐっとそれを呑み込んだ。


◇川村先生と30年ぶりの再会
 晴れやかな式典が無事に終わって、来賓やゲスト、表彰者の皆様と挨拶をする機会があった。丹下健三門下の建築家で、モエレ沼公園を仕上げた「アーキテクファイブ」の川村純一氏と、ほぼ30年ぶりに再会した。草月会館の上階にあった丹下事務所か、当時、副社長で海外担当だった建築家、城戸崎氏の私邸のお披露目の席か、パリか、ニューヨークか、シンガポールか、どこかでお会いしているはずだ。わたしが”丹下番記者”だったことを憶えていた。
 談たまたま、モエレ沼公園の建築に関わる札幌市職員で、のちのモエレ沼公園初代園長、山本仁氏の人となりに話が及んだ。川村先生は「いやあ、山本さんがノグチ先生にすごく信頼されていたお蔭で、(モエレ沼公園)が完成したようなものです。大変、ご苦労されていましたが、最後までやり切った凄い人でした」という。山本さんは、家内の近い従兄にあたり、モエレ沼公園の完成後に山本さんを公園に訪ねて行ったことがある。
 川村先生は、山本さんの話をされている間、ずっと目頭を熱くされていた。30年ぶりの再会、わたしは自分が誉められたかのようでうれしかった。




◇和泉真実さんの輝く瞳
 すべての行事が終わって、駐車場でタクシーを待っているときだった。それまで何度も近くにいて目を合わせていた妙齢な女性がそばに近づいて、ご挨拶よろしいでしょうか、と二枚の名刺を差し出した。隣に瞳を輝かせた若い女性が、わたしを興味深くみている。
 女性は、「株式会社泉屋石材店」、「石のアトリエ」の益田美保子さんだ。もう一枚は「公益財団法人イサム・ノグチ日本財団」学芸員、となっていた。聞くともなしに、和泉先生のお嬢さんとわかった。
 そばの若い女性は、「石のアトリエ」の和泉真実さんで、和泉先生のお孫さんだという。 益田さんが、真実さんが、会場で出口さんをみつけて、「あっ、出口さんだ」とすぐにわかったのは、「天空の庭」(救世神教)礼賛のDNDメルマガを拝読しているから、なんですよ、と説明してくれた。その真実さん、「とっても面白いです」と言ってくれた。
 若い子に読まれて、面白いと言われるのは、わたしにとってこれ以上の喜びはない。天空の庭上空を飛び回りたい心境だった。
 自撮りで写真を撮りながら、ひょっとしたら、メルマガに登場するかもしれないですよ、と伝えていた。さて、どんな顔でこの一文を読むことになるだろうか。想像するだけでも楽しい。




◇縁起のジョウビタキ飛来
 翌早朝、日の出を撮るために「天空の庭」に、本部の教学・編集部課長の丸本充彦さんと向かった。午前6時45分ごろ、やっと「天之御柱」の間を強い日が射しこんできた。西側の長池を取り囲む山間はすでに日に照らされて赤く燃えるようなコントラストを見せていた。圧巻は、『天之磐座』の巨石の中に身を沈めてイサム・ノグチ氏作のレインマウンテンを視界に捉えていた、その時だった。
 突然、渡り鳥のジョウビタキが飛来してまず巨石の上の淵に止まった。しばらくすると、岩の中段に一跨ぎして、わたしの方に向きを変えたのだ。息をつめてじっとファインダーをのぞく、わたしに何か、話しかけているような錯覚に陥った。しばし、見つめ合っていたのだ。不思議な、不思議な、誠に小さな火の鳥のように映った。
 ジョウビタキのジョウは翁の意味の尉、よくみると頭がシルバーグレーだ。尉といえば姥、尉と姥は縁起がよろしい。ビタキとは、火を焚くというのが語源で、日に染まる赤い体のことなのだ。





























◇よいお年をお迎えください。
 本年のメルマガはこれで締めとなります。来年も引き続き、ご愛顧賜りますようよろしくお願いいたします。皆様のご多幸をお祈りいたします。どうぞ、よいお年をお迎えください。





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