◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2016/06/23 http://dndi.jp/

-石彫家、和泉正敏氏の世界-
・「天空の庭」(救世神教)礼賛 
 その4  石は水を呼ぶー後藤管長の慧眼



再訪、ほぼ1ケ月ぶり。
 教団の後藤崇比古管長にお目にかかるのは、今回で2度目である。わたしの無礼なほどの人懐っこさが幸いするのか、あるいは後藤管長の豊かな感性が共鳴するのか、いつまでも会話が途切れないのである。
 その多くは、わたしが質問するという形式だが、後藤管長はおおらかで時折、ユーモアを織り込みながら率直に応じた。例えば、そこまで明かしていいのだろうか、とこちらがドギマギするようなエピソードも憚らず披歴する。こっそりメモ帳に走り書きした。その語りには人の心を鷲づかみにする特異な響きが感じられた。
 テーブルを囲んで向かい会えばもちろんだが、車での移動中でも、食事していても、散策の道すがらでさえ、もっぱらその話題は、石彫家、和泉正敏氏との関わり、そして聖地としての「天空の庭」の神話性などに触れることが多い。深い思索の中から湧き出るような言霊を淡々と、しかも心地よく紡いでいくのである。
 後藤管長50代、和泉正敏氏70代、その間に60代のわたしが割って入るのだが、お二人の友誼をかき乱してはならぬと自戒しつつこれも仕え人としての役割なのであろうか、と思ったら胸が躍る。
 時として、後藤管長の周辺では、偶然とは思えない不思議なことが起こる。

                     DND編集長、出口俊一





◇後藤管長との語らい
 再訪。
 深夜、忍び込んだら例えば逆さ鏡で星空に浮かぶ石庭を夢想し、夜明けを待てば太古からの光芒で瞑想から覚める、そんな期待を抱いていた。しかし、梅雨前線は、西から東に移動していた。その西に向かうのである。晴れたらいいな、さすがに梅雨だもの。さて、どうなることやら。
 三重県津市。
 どんより、雨雲が垂れ込めている。
 わたしは後藤管長と一緒に庭の散策にでた。やがて小雨が降ってきた。雨を気にしていたのはむしろわたしの方で、管長は、だんだんと激しくなる雨脚にもお構いなしで、石庭づくりに専心された和泉正敏氏の魅力に触れながら、和泉氏との作庭にまつわる問答の場面を控えめに語り、それに親しみを込めた。


◇「気品をそなえた美しさ」
あの「迎え石」前に再び、立った。
 管長は石の色味の断面をなぞって、「濡れると、こうです。きれいですね」と言った。
「確かに」。
 前に訪れた時には、こんな色があっただろうか。何枚もシャッターを切ったのだから、気づかぬはずがない。が、これまでとはまったく違う表情をしている。帯状の鮮やかな朱を2本平行に浮かび上がらせているのだ。
「気品をそなえた美しさ、とでもいいましょうか」と続けるので、
わたしはまた「確かに」と応じた。
 隣り合わせの石の接点を目で追って朱の帯でつなげたら、うまいことに素人のわたしの目にもくっきりと石と石が重なった。トリックアートのようで、石のお尻と頭が交互に並ぶので別々の石かと錯覚していた。
 縦に、そして横にと2組ずつ積み木のように並ぶ長方形の石、その数12基、ファインダーを手前に引いて角度を変えると1枚の屏風のようにも見える。しかし、分断する以前はたぶんひとつの岩だったのだろうけど、ひとつの岩としてのその本来の形状は、どう見回ってもイメージが浮かんでこないのである。



「石は、生きていますからね、表情を変えていきます。わたしもハッとする瞬間ありますよ」 「迎え石」は2度目だが、わたしに対して肩越しにだが、少し振り向いてくれたのかもしれない。まだあれこれ詮索されるのは、どうも照れくさいというか、不慣れなようだ。色気、湯上りのようなその艶めかしさをちょっとだけ見せてくれた。


◇石の目
 どこを支点にくさびを打つのだろうか。
「石に目があるそうですよ」という。管長は、和泉氏の話として紹介した。それは、くさびを打つ場所の目印となるものなのだろうか。わたしには生き物としての石の目のことのように思えたら、「カツン、カツン」と、息をつめて金槌を打つ乾いた音が耳に響いてきた。
「卵石」は、庵治石の台座の上に鎮座している。質の良い神戸・住吉川産の御影石だというのは前にも書いた。その表面の紋様が、生き物のように変化し、細長く編んだ組紐を垂らしたような渋目の筋が無数に、それも放射状に流れている。

「御影石、ダイヤモンドの原石をみているようなものですからね。付きだしは気になって洗おうか、と号令をかけた。洗えばまたそれで輝きをましてきれいですが、ダイヤモンドの原石のようにはみえませんが、これはこれで雰囲気がちがってみえます。なかなかここまでは叩けないらしいです。」
 「卵石」には心が動く。「卵石」を右にみながら、築山のマントラの下の丘陵をなだらかな動線に沿って、「夢湖」に向かった。
 わたしが、この「卵石」は、「やはり、どう見ても…」とふったら、
「顔です」と、管長は、間髪入れずさらりと言った。「やはり、どう見ても…」とつぶやいただけでまだ話終えない。「やはり、どう見ても顔に見えますね」というつもりだった。
いやあ、洒脱だなあ、と感心しながら顔を向けると、柔らかな笑みを浮かべている。黒縁のメガネの奥がキラリと光った。






◇9番目の石
 聖地「天空の庭」の散策は始まったばかりだというのに、雨が気になってきた。雲の厚みをみれば、この先、晴れる様子はない。
 このまま進むのか、いったんは屋内に避難すべきではないかーと弱気になっていた。足元は、メッシュの革靴なのである。芝の上はすでに水を含んでいる。戻れば、バッグの中にしまい込んだ ランニングシューズに履き替えることができる。
 そんな蒙昧は、すぐに打ち破られた。ためらわず、管長は、前に。
「夢湖」の前に並んだ。そこからの遠望は、壮観だ。やっぱり大きい。凄いわ。
「つたい石」が、まっすぐ伸びている。

「矢のようです。」(管長)
「確かに」(わたし)
「このぐねぐねがいいですね、ぐねぐねが…。」(管長)
「矢が飛んでいるように、まっすぐですね」(わたし)

「夢湖」という弓弦を引き絞って矢を放つ瞬間の、その切迫感がある。垂直に立ち上げれば長さ140mものロケットの発射台のようにも見えてくる。御柱をくぐって、そのはるか先まで一直線に続いている。
 サッーと一陣の風、ここは風の道に通じているのかもしれない。雨が風にあおられる。
管長は、しばらく無言のまま、この9つの石を眺めている。
おもむろに口を開いてこういった。
「何か、一つになって誕生するような、羽ばたいていくような気配が感じられる」。「鳳凰が羽を広げた姿のようです」。

「9つ、何か意味があるのでしょうね、とくにあの石は存在感がありますね」と分かったような解説を加えると、管長は、「そうですね、ちょっとねぇ」と頷きながら、「つたい石」に近い小ぶりの石を指さして、「エギゾチックな石ですよね」としきりと感心していた。
 神戸の住吉川から切り出された川石である。
「後付けでは、いろいろ言えるのですけれど、初めは、石の数は8つとなっていたんです」
「えっ!そうなんですか」と、驚いて素っ頓狂な声をあげた。
「突如、ここにポンと、だいぶ遅れて、置かれて、それで9つになったんです。それで、あゝ、なるほどなあ、と。和泉さんが考えていることと違う場合もあるのですけれど、結論的にはどちらもいい。」
 再び、その真ん中の祠のような小さな石をみつめながら、
「重い存在感があります」と語り、そして、またしばらく沈黙ののち、「ギリギリの最後のところ、ですよね」と声を絞り出すように言った。その大きさを言うのか、9つという数の限界を指摘しているのか、わたしにはそれ以上のことはわからない。




◇「夢湖」の水琴窟
 静かに、眺めていた。すると、そばを水の流れる音がする。「夢湖」の下方から、水琴窟のように響いてくるのである。
 設計段階から意図してやったのか、といえば、そうではなかった。
「決してロマンテックな構造ではないのです。これも偶然の賜物ですけれどうまい具合にいきましたね」という。
「夢湖」にあふれた水が排水管に落ちる、その音だった。しかし、1ケ月前に訪れたときは、そのような音は聞こえなかった、と聞くと、「雨です」という。雨の恩恵だというのだ。
 やっぱり、なんども足を運ばないと気が付かないことがあるものだ。現場を見る、それも正しくみることの大切さを意識に刷り込んだ。




◇石に水、雲に龍
 勾配がある右側の堤の上を歩いた。そして屹立した対の「天之御柱」のそばで立ち止まった。大きな石を垂直に立てる、というのは聞いたこともない。また風が吹いたら、ふいに雨が激しくなってきた。雨で、台湾、花蓮産の大理石のその縞目が浮き上がったら、何かが動いたように見えた。
 管長は、雨に濡れる御柱を見入っていた。何かが動いた、その異様な様子に気が付いただろうか。
「あれは、龍かもしれない」
 わたしは生唾を呑み込んで注視した。
 色濃い大理石の表や中から、細長い生き物の姿が見えた。そして次々に天をめがけてかけ上っていく。



「管長、ご覧になりましか?」と声をかけたが、答えながない。
「ほら、確かに動いているじゃないですか?」と再び、聞いた。
 が、管長は「古来、石は水を、雲は龍を呼ぶのですね」と言った。体は雨で濡れていた。庭は白くけぶっている。
 傘が手渡されて、しばらくその場で立ち尽くした。奇妙な体験だったが、不思議と、清々しい気分だった。




◇川喜田半泥子
 これは余談だ。
 津市に着いてから、「ちょっといきませんか」と誘われて向かった先が津市の千歳山の森に構える「石水博物館」だった。管長から一度聞かされたことがある川喜田半泥子(かわきた・はんでいし、1878-1963)の作品や遺品、豪商だった川喜田家につたわる美術品等が展示されている。


 管長によると、本業の百五銀行の頭取を務めるなど実業家としての才覚に加えて、茶の湯、陶芸、書画、俳句、写真と多才で、「東の魯山人、西の半泥子」と魯山人と並び称されるが、確かなところでは本阿弥光悦、尾形乾山に傾倒しその芸術的生涯は遊び心があってなにより風雅という言葉がよく似合った、という。


 前回の懇談の折り、その洒脱な半泥子という名をつぶやくように口にされていたので、下調べしていた。ダンディーな装いで轆轤を回す写真をみて、映画「ローマの休日」で新聞記者役のグレコリー・ペックのような端正な顔立ちだ、という印象を持った。実際、その作品群を見てなぜ、管長はそこまで半泥子に魅せられるのか、その理由が少し理解できた。
 さっと駆け足だったが、ガラスケース越しにみた展示の中でもひときわ光彩を放っていたのが、「雪の曙」、「暗香」という銘を冠したふたつの茶碗だ。
 博物館の名前が「石水」、桃色に窯変した「雪の曙」、漆黒の闇に香る「暗香」、さて、この3つのタイトルが、次回のメルマガのテーマとなるのだが、これはわたしがこじつけたものではない。
 この偶然に戸惑いながらもなるべく意識せずに書き進めようと思う。
   

 ≪続く≫


※関連
・-石彫家、和泉正敏氏の世界-「天空の庭」(救世神教)礼賛 その3 一生一石、白亜の「洗心」
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・-石彫家、和泉正敏氏の世界-「天空の庭」(救世神教)礼賛 その2 「夢湖」から「御柱」へ
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