第15回 光と風と歌と
・盲重複障害施設「光風荘」を訪問
・恒川ご夫妻と鈴木せつ子さんの信頼
・「花は咲く」のサプライズに感動
・EMボカシ、EM団子づくり評判
EM(有用微生物群)がどのように役立てられているか、EMボランティアの活動はどのようなものなのかーこれから数回にわたって、EM活用の事例を現場から報告しようと思う。まず、全国的に広がるEMボカシネットワークのひとつで、EMボカシやEM団子を作って実績をあげている茨城県石岡市の「光風荘」を訪問した。
DND編集長、ジャーナリスト 出口俊一
◇「光風荘」を初訪問
茨城県を中心にEM(有用微生物群)で地域の環境ボランティアに取り組むNPO「緑の会」理事長の恒川敏江さんと、それから恒川さんが長く懇意にしている茨城県石岡市にある「光風荘」の筆頭理事で石岡「緑の会」の代表、鈴木せつ子さんのお二人から今年初めて賀状が届いた。
「是非、是非、取手へ。又、泣かせてしまうかもしれません」 恒川敏江
「昨年は光風荘を元気づけて頂きましてありがとうございました。
皆さん 大変喜んでおりました」 鈴木せつ子
どうも還暦を過ぎると涙腺がゆるんでいけない。賀状を手に達筆な万年筆の文字を追っていたら、ふと、また、熱いものがこみ上げてくる。
「光風荘」とは、盲重複障害者施設で社会福祉法人「常陸青山会光風荘」(理事長、須賀田毅氏)という。多くの人の努力で創設し、幾多の苦難を越えてまもなく30年を迎える、という。盲重複(もうちょうふく)障害施設というのは、目が不自由なうえにほかの障害も抱える方々をサポートしている。
この施設が、EMのボカシやEM団子を作って販売しその売上が施設の大きな収入になっているうえ、施設の利用者のみなさんの自立に役立っている、と聞いて、それは凄いなあ、ぜひ訪ねてみたい旨をお願いした。どうやって団子の形を整えるのだろうか、不思議に思うところもあった。
◇世間に知られていないEMボカシネットワーク
EMには、地域や学校の清掃や環境活動のほか、EMボカシネットワークという授産施設等を結ぶ組織があり、現在、国内各地に授産施設、作業所340ケ所でボランティアグループが活動している。米国やアジアなど海外展開も実現している。
もう15、6年前になるが、幕張メッセで開催した「活力自治体フェア」にボカシネットの活動を紹介する展示ブースが設けられ多くの来場者の共感を呼んでいた。その展示ブースに地元の堂本暁子元千葉県知事が立ち寄られ、相当長い時間足を止めて、ボカシネットワーク名誉会長の比嘉節子さんの説明に聞き入っていた。
当時、私は偶然、この場面に居合わせており、堂本知事が車椅子の方々の手を取って激励している姿をカメラで追っていた。
授産施設でのEMボカシ、EM団子づくりは世間にはあまり知られていない。ボランティアのみなさんが控え目に活動を続けており、あえてPRするという必要性がないからだろう。いつか取材したい、と思っていながらなかなかチャンスがなかった。が、昨年、恒川ご夫妻の紹介で「光風荘」理事の鈴木せつ子さんにお目にかかる機会があり、それが縁で今回の訪問が実現した。
鈴木さんは、施設に初めてEMを導入した立役者だった。その経緯については後日、詳しく報告することにしたい。「光風荘」のEM団子は、粒ぞろいでどれも質がよく、その評判はいまでは「全国一美しい」という。
◇「花が咲く」
さて、訪問の前夜、恒川さんから携帯に連絡があり、待ち合わせ場所と時間を確認したあと、こんなことを口にする。
「なんとしてもバンドの演奏と歌を聞いてほしいの!でも、急だから、段取りがうまくいくかしらねぇ、うまくいくといいのですけれど、ハイー、さて、どうなるでしょうかねぇ、ハイ」と、毎度、恐縮するくらい丁寧な口ぶりで、その日は特に祈りに似た熱い思いが伝わってきた。
12月11日、その日は小春日和で「光風荘」に光が降りそそぐ。私は家内が運転する車で到着し少し余裕をもって駐車場で待った。
それから間もなくNPO「緑の会」の恒川敏江さん、芳克さんご夫妻が、若手の鈴木勝也さんの運転で到着した。取手市からである。そこにタイミングよく鈴木せつ子さんも姿を見せた。にこやかな人たちだ。揃って瀟洒なデザインのエントランスをくぐった。
玄関を入ると、理事長の須賀田毅さん、副理事長で光風荘施設長の須賀田滋理さん、そしてEM担当のベテラン職員、山口せつ子さんが出迎えてくれた。挨拶もそこそこに廊下を抜けて離れのホールに案内された。
並んで歩きながら恒川さんが、「よかったねぇ、出口さん、運がいいわ」と明るく言った。私は、まだその意味がのみこめていない。ホールに入って、あっ!と思わず声をあげた。準備が整っていたのだ。シンセサイザー、ドラム、パーカッションといった演奏をバックに男女3人のボーカルがマイクの前に並んでいた。私たちが来るのを待っていたのだ。どのくらい待たせたのか、申し訳ないなあ、と胸が痛んだ。演奏が始まろうとしていた。
ステージの真正面の席に案内された。席につくと、司会の方が、これから始めます、東日本大震災の復興ソングをお聞きください、それでは、と手拍子を合図に、太鼓とシンセサイザーによるソロリとした前奏で「花が咲く」が始まった。
真っ白な 雪道に 春風かおる
わたしは懐かしい あの街を思い出す
叶えたい夢もあった
変わりたい自分もいた…
懐かしさいっぱいのイントロのあと、男性のボーカルが甘い声で歌い始め、ソプラノの女性がよく通る声で後に続いた。たちまち美しいハーモニーの世界に引き込まれてしまっていた。
悲しみの向こう側に
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
女性二人の重なるようなソプラノに続いて、「花は 花は 花は咲く」のサビのところで、突然、熱いものがこみ上げてきた。そのリフレーンでは不覚にも涙が止まらなくなった。しばらく視界がかすんだままだった。
私のための演奏会だった。その真心とのびやかな歌声に心底、参った。心が揺さぶられてしまった。「なんとしても聞いてもらいたい、凄いのよ」、と恒川さんが強く勧める理由がようやく理解できた。
演奏が終わると、立ち上がって拍手に力を込めた。しばらく鳴りやまなかった。恒川ご夫妻も家内も涙をためながら拍手を送っていた。
そして、拍手が止まると、静まり返ったホールは、ボーカルやバンドのみなさんが、演奏前のように、何事もなかったかのように元の場所に立ち尽くしている。こちらの感動が伝わっただろうか。何か、誰かの次の言葉を待っているような神妙な様子に見てとれた。 お礼を述べたい。どんな言葉でもいいから、感動を伝えたいという思いにかられた。とっさに、須賀田理事長と鈴木さんに目をやって、「ひとこと挨拶してもよろしいでしょうか」と頼んだ。鈴木さんが、「どうぞ、どうぞ、お願いします」と言ってくれた。
◇「勇気と希望をいただいた」と挨拶
「えー、初めて光風荘にお邪魔しました出口といいます。出口という私の名前は、みなさま、ご存知と思いますが、入口、出口の出口です。私は出口なのに光風荘の入口から入ってきました」
そんな風に切り出すと、ステージ側からドッと笑い声がはじけた。手前に立つボーカルの三人も笑っていた。私は少し気分がよかった。その調子で続けようと思ったが、すぐに言葉が詰まった。
「EMの恒川さんご夫婦や理事の鈴木せつ子さんから、この日の12月11日は、バンドの皆さんが、とっておきの演奏と歌を披露してくれるかもしれません、というお話がありました。どんな演奏をするのだろう、と思っていたら、演奏が始まって…、もう、10秒も立たないうちに、熱いものがこみ上げてきて胸が詰まって涙があふれて…あふれて止まりませんでした。
みなさん、素晴らしい演奏と歌をありがとうございました。歌詞に、悲しみの向こう側に…とありました。この歌はどんな状況にあっても希望を失わないということの大切さを教えてくれているように思いました。
みなさんが、ここまでくるには大変な努力があったのだろうと推測いたしますが、そのようなことを少しも感じさせない息の合った見事な演奏でした。ボーカルの3人は、のびやかで美しいハーモニーでした。感動しました。皆様から勇気と希望を戴きました。心から御礼を申し上げます。本日は、ありがとうございました」
挨拶の後、鈴木さんが、「どうぞ、真ん中へ、一緒に写真撮影を」と私たちの背中を押してくれた。家内は、バンドの一人一人の手を取ってお礼を述べていた。それを終えると、バンドのみなさんと一緒にカメラに納まった。この写真とこの歌は、生涯の私の宝物となった。
◇「カムカム」バンド
施設長の須賀田滋理さんによると、バンド名は、「カムカム」という。「光風荘」、そして「光風荘アネックス」の二つの施設にはそれぞれ38名、合わせて76名の利用者がおり、音楽が好きな愛好家らで結成した。2003年の設立当初は、音大卒の職員が指導にあたった。それ以来、毎週金曜日の午前中を練習の日と決めて励んできた。いまでは、地元の老人ホームや小中学校に出向いて演奏を披露している。ロータリークラブの集まりや落成式、地元の祭りにも呼ばれて人気だ、という。
レパートリーは演歌からポピュラーまで幅広く、出張演奏の客層に合わせて曲目を変えている。
「まつり」、「島唄」、「花」、「涙そうそう」、「世界に一つだけの花」、「明日に架ける橋」、「マツケンサンバ」、「Love Love Love」、「風になりたい」など20曲以上を演奏し歌いこなす。バンド結成10周年を記念して作詞作曲したオリジナルの「風」という歌詞をみせてもらった。
未来への地図は無くしちまったけど
そんなもんは捨て 自分で描けばいい
太陽は西に沈み 東からあがっていく
循環した日だけど 今日ははじけよう
夏だ 花火だ 祭りだ 踊りましょう
ここに光がいつまでも照らすように
◇1曲、半年から1年がかりの根気
今度は、理事長の須賀田さんが、振り返ってくれた。
「利用者さんらは、楽譜を読むことができないので、憶えるのに時間がかかるんです。気に入った曲を選んだら、まずCDを聞いて憶える。何度も何度も聞いて憶え、音を拾うのですね。それぞれが音を出してみて、それらを合わせていくのです。ちょっと難しいかなあ、という部分が出てくると、そこは編曲して歌いやすくしたりするんですね。1曲、みんながマスターして歌えるようになるには、半年から1年、平均にすると、7ケ月余りはかかりますね」
なんという根気だろうか。バンドのみなさんの姿勢も凄いが、指導にあたる職員やボランティアのみなさんの熱意も素晴らしい。それが日常で、ごく当然という風なのだ。施設の利用者の、最後の一人ができるまで待つ、せかさずに待つ、あきらめずに待つ、大切なことは寄り添うことであり、その子、その人、一人一人に時間を合わせていくことなのだ、と知らされた。
◇さとみさんのお気に入りは?
さとみさんは、この日、ホールの奥でキーボードを担当していた。バンドでは、7歳から習っていたピアノの経験が役立った。
-17歳の時に入所した。入所当時は、不安だったけれど、慣れてくると楽しく生活ができるようになった。バンドに入った時はうれしかった。たくさんの演奏依頼があるので、本番が近いと練習が大変だけれど、みんなと一緒にやれることが楽しく感じられようになった。これからの目標は、自立をすることです。自分のことはできるだけ、人の手を借りずにやってみること、それが自立の第一歩だと思います-。
さとみさんが、入所3年目に書いた作文でそこには繰り返し自立を強調していた。現在30歳、バンドにはなくてはならない存在に成長していた。
一番好きな曲は?
はい、「花は咲く」も素敵な曲だと思いますが、いきものがかりの「風が吹いている」が好きです。2014年の冬季オリンピックのテーマソングでした、と語った。
さとみさんが一押しの「風が吹いている」を後日、YouTubeで聴いた。
時代はいま変わっていく
ぼくたちには願いがある
この涙もその笑顔もすべてをつないでいく
風が吹いている
ぼくはここで生きていく
さとみさんが心でどんな夢を描きながら聴いているのだろうか、と思ったら聴いているうちに、心が泡立ってきた。春めいてきたので、チャリでこのCDを買いに走ろう、と決めた。
◇丸い団子づくり
次に、ホールから控室に場所を変えて少々、施設の概略を聞いた。鈴木せつ子さんは施設の設立時からの理事だった。てっきりEMのボランティアの方だとばかり思っていた。大変な誤解をしていたようだ。北里大学(衛生技術学科)卒の才媛で、県立病院勤務等ののち、石岡市議会議員、茨城県会議員も務めたという。人に歴史あり、鈴木さんのことはしっかり書き留めねばならないと再び強く思った。
そうそう、施設訪問の目的だったEMボカシ、EM団子づくり、その作業棟に移動した。さきほど歌を披露してくれたボーカルの方々、シンセサイザーの男性、キーボードのさとみさんらが、それぞれ持ち場で作業台を囲んでいた。ボカシを混ぜ合わせたり、器用に団子を捏ねたりしていた。
歌を憶えるに平均7ケ月かかるというが、EM団子づくりの場合は、それを丸い団子に仕上げられるまでになるには、ほぼ1年の歳月を要するという。さとみさんは、この施設のなかで、一番、上手に団子を丸める名人なのだそうだ。
この専門の作業所で、年間、数多くのEMボカシやEM団子をつくっている。団子は1個30円から40円で引き取られていく。つまりEM団子が施設の大きな収入源になっているうえ、利用者の自立を促す尊い日課となっているのだ。
◇妨害の影響
その一部は長年、東京・日本橋川の河川浄化に使われてきた。EM団子の投入には、「光風荘」の彼らも参加したことがあった。が、昨年から日本橋川のEM団子投入は、ストップした。
悲しいことに悪戯な大学教員やフリーライターらによる妨害の影響がこんなところにも及んでいる。
「検証 朝日新聞とツイッター」-そこまでやるか、EM叩き-
第1回:「ニセ科学」糾弾の急先鋒
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