第91回 「エネルギー・環境に関する選択肢」これは何を国民に問いかけているのか?そして、その問いかけは妥当なものか?
政府のエネルギー・環境会議が作成した「エネルギー・環境に関する選択肢」(*1)についてのパブリックコメントが、現在、募集されています(7月2日〜30日まで)。この意見募集は、今後の日本の「エネルギー・環境の大きな方向を定める革新的エネルギー・環境戦略を決定し、エネルギーミックスの大枠と2020年、2030年の温室効果ガスの国内排出量等を示す」ための国民的議論の重要な場の一つとして位置づけられているものです。
改めて言うまでもなく、エネルギー・環境政策は私たちの生活、日本の産業の姿に大きな影響を及ぼします。皆さんも大きな関心をお持ちと思いますが、私もこの意見募集は極めて大事と思い、この「エネルギー・環境に関する選択肢」をじっくりと読んでみました。
そうした自分なりの分析を通じて感じたことは、この「エネルギー・環境に関する選択肢」は、国民に対して何を問いかけているのだろうか?そして、その問いかけは妥当なものだろうか?という、かなり基本的な疑問でした。今回は、そうした疑問について書いてみたいと思います。何故なら、この文書で提起されている問い自体にいろいろ考えるべき問題があり、それを理解しないと自分の行った「選択」が予期せぬ将来を選択したことになりかねないと思うからです。なお、そうした問題について知った上でどの選択肢を選ぶかということは、皆さんが決めるべきことです。もちろん私なりの意見はありますが、今回はそれを述べることはしません。
以下に、「エネルギー・環境に関する選択肢」の中身を、ご一緒に少し丁寧に見て行きましょう。少し長くなりますが、ご辛抱下さい。何が、どう問われているのか理解するために必要だと思いますので。
【基本的問題設定】
「エネルギー・環境に関する選択肢」では、まず「はじめに」の部分で、選択肢を示すにいたった経緯と選択肢の意味が述べられます。(下線、筆者。)
「・・・中長期的には原発依存度を可能なかぎり減らす」という方針の下、関係する審議会などがエネルギーミックスや地球温暖化対策などの選択肢について議論を重ねてきた。・・・(中略)・・・関係会議体での議論、あるいは各種世論調査等では、原発依存度を減らすという方向性は共有されつつあるが、どの程度の時間をかけてどこまで減らしていくべきなのか、どのエネルギーで補っていくべきなのかを巡っては大きく意見が分かれている。
エネルギー選択を巡る議論が活発に行われている中、エネルギー・環境会議は、ここにエネルギーと環境に関する3つのシナリオを用意した。原発比率を震災前の2010年度の実績値約26%から、2030年までに0%程度、あるいは15%程度、または20〜25%程度まで下げていくという3つのシナリオである。
いずれも、再生可能エネルギーを最大限進めることで、原発依存度も化石燃料依存度も下げ、今よりもエネルギー安全保障を改善し、温室効果ガスを削減する選択肢となっている。
(中略)
シナリオ間で大きく異なるのは、どの程度の時間をかけてどこまで原発依存度を下げていくか、どの程度のコストをかけて構造転換を図っていくかという点である。・・・・・
エネルギー・環境会議は、この3つのシナリオに関して国民的議論を開始し、その上で、エネルギー選択、それと表裏一体の地球温暖化国内対策に関して責任を持って結論を出す。」
つまり国民は、原発依存度の低減の程度とその速度並びにエネルギー構造転換にかけるコストについて意見を求められているということです。そして、原発依存度の低減の程度とその速度については、文中にあるように、原発比率を震災前の2010年度の約26%から、2030年までに(1)0%程度、あるいは(2)15%程度、または(3)20〜25%程度まで下げていくという3つのシナリオが選択肢として示されます。
【シナリオを検証するに当たり踏まえるべき視点】
そういった基本的問題設定をしたうえで、「エネルギー・環境に関する選択肢」は、「シナリオを検証するに当たり踏まえるべき視点」を挙げます。それは次の3つです。
a.成長を確保するとともに、再生可能エネルギー、クリーンエネルギー、省エネルギーにエネルギーの構造の重点をシフトすべきこと、
b.需要家主体、分散型の新しいエネルギーシステムに転換していくこと、
c.エネルギー・環境政策面での多面的な国際貢献を果たしていくこと。
この「シナリオを検証するに当たり踏まえるべき視点」とは、我が国がどのような選択をする場合にも、「基盤的な要請として認識し、取り組まなければならない」ものとされていますから、選択に当たっての前提条件、あるいは必達目標です。具体的には、成長の目標、再生可能エネルギー、クリーンエネルギーの導入の拡大、省エネルギー目標として、次のような目標が挙げられます。
(ア)成長の確保については、2010年代は1.1%、2020年代は0.8%の成長、
(イ)再生可能エネルギーについては、2030年にその比率を25〜30%(〜35%)に拡大、及び
(ウ)省エネルギーについては、現状のレベルから2030年までに1割削減。
つまり、これらの目標の達成が、エネルギー・環境に関する選択肢の全てのシナリオに共通する与件とされています。そして、この目標を達成するために、クリーンエネルギー、省エネルギー等に関する消費や投資の促進、グリーンイノベーションのための研究開発や次世代のエネルギーネットワークの投資を加速する、国はグリーン政策大綱を策定し、こうした制度改革や開発支援などを統一的に進めるとしています。
【エネルギーの選択を行うに当たって重要となる4つの視点】
加えて、「エネルギー・環境に関する選択肢」は、エネルギー選択をする際に重要な視点として次の4つの視点を挙げます。そしてこれらの視点は、特に原発依存度を低減する中で重要とされています。(括弧内の「 」は本文中でそれぞれの視点に付された見出しです。)
(i) 原発事故リスクの最小化、放射性廃棄物等の発生の抑制による将来世代への負担の減少と、原子力安全を支える技術や人材の開発、確保の必要性とのバランスの確保(「原子力の安全確保と将来リスクの低減」)
(ii) エネルギー安全保障やエネルギー源の多様化と両立できる形での原発依存度低減の道筋(「エネルギーの安全保障の強化」)
(iii) 国内におけるCO2排出削減と我が国の技術による海外における排出削減、並びに温室効果ガス削減目標における国際貢献分の考え方(「地球温暖化問題解決への貢献」)
(iv) エネルギーコストの上昇により産業や雇用が空洞化する事態を回避する、原発依存度低減の道筋(「コストの抑制、空洞化防止」)
つまりこれらは、原発依存度の低減の程度とその速度に関する3つのシナリオの選択に当たって、念頭におくべき重要な視点ということになります。
【3つのシナリオ】
以上の説明の後、上記(ア)(イ)(ウ)を前提条件とした2030年時点でのエネルギー・環境に関する3つのシナリオが、原発依存度を基準に示されます。すなわち、シナリオ(1)「ゼロシナリオ」、シナリオ(2)「15シナリオ」、シナリオ(3)「20〜25シナリオ」です(下表にその要点を抜粋)。
ここで「ゼロシナリオ」には「追加対策前」と「追加対策後」の2つがあることにお気づきと思います。このうち「追加対策前」のケースは、再生可能エネルギーを30%にまで拡大したとしても、化石燃料の依存度が現状よりも高まってしまうという理由でシナリオから排除されます。そして、化石燃料依存度を現状よりも高めないようにするため、「より踏み込んだ制度改革等により再生可能エネルギーの比率は35%を目指す」こととされます。さらに、これではCO2排出量を現状から減らすことが出来ないため、「省エネ性能の劣る製品の販売制限・禁止を含む厳しい規制を広範囲な分野に課し、経済的負担が重くなってでも省エネルギーやCO2削減対策を行い、また、更なる天然ガスシフトを行う」こととした「追加対策後」のケースが用意されます。そして、この「追加対策後」のケースがシナリオ(1)「ゼロシナリオ」として選択肢の一つとされるのです。
以上が、「エネルギー・環境の選択肢」の要約です。私の意見や疑問を排除して、できるだけ中立にその内容の紹介を行ったつもりです。もう、ここまでで相当の紙幅を要してしまいましたが、以下では、「エネルギー・環境の選択肢」において発される問いかけについて、私が問題と考えるいくつかの点について説明したいと思います。
【国民が問われていること】
まず、「エネルギー・環境の選択肢」について、国民はどのような意見を求められているのでしょうか。本文中には、こう書いてあります:「これらの3つのシナリオの比較検証を通じて、どのエネルギーをどう組み合わせながら原子力の穴を埋め、どの程度の時間をかけてその依存度を下げていくのか、地球温暖化対策の要請に対して、再生可能エネルギー、省エネルギー、化石燃料のクリーン化といった対策を、どのくらいの時間とコストをかけて進めていくのか、問いかけたい」と。
この文章を文字通り解せば、先の3つのシナリオは比較検証のためのものであって、そのうちの1つを選べとは必ずしも言っていません。確かに選択肢から選択を求めるという聞き方は、本来、多様な答があり得る問題への回答を、単純化しすぎる危険性があるので、こうした問いかけ方には妥当性があります。しかしそれであれば、「選択肢」というのは誤解を招く表現です。他方、「エネルギー・環境の選択肢に関する国民的議論の進め方について」(2012.7.5エネルギー・環境会議事務局)という別の資料を見ると、3つのシナリオについての国民の意向調査を行うことが予定されており、これから判断すると、国民は3つの選択肢からの選択という形での意見表明を期待されているように受け取れます。
このように、国民に対して何を問いかけたいのか、国民からどのような意見が出されることを期待しているのかという基本的な点に曖昧さがあります。私は、後述するような選択肢に潜む問題があることから、単なる選択肢からの選択でない意見を言うべきと思いますが、いずれにせよこの曖昧さは、国民から出された意見の取り扱いにおいて混乱を生じさせる可能性があります。例えば、選択肢からの回答と選択肢に依らない回答とを、どのような重み付けをして扱うのでしょうか。
【その問いかけは妥当なものだろうか?】
次に、問いかけの手段とされた「選択肢」自体の妥当性について見てみましょう。まずは、個々の選択肢の内容以前の、選択肢の裏に隠れている重大な問題について指摘したいと思います。
その第一は、上記(ア)の2030年までの経済成長シナリオの前提の妥当性についてです。第87回の「『エネルギー基本計画』への期待と懸念」にも書いたことですが、全ての選択肢が前提としている経済成長率は、政府が「日本再生の基本戦略」(2011年12月閣議決定)で掲げた実質2%成長目標ではなく、それよりも小さい成長率(2010年代実質1.1%、2020年代実質0.8%:いわゆる「慎重シナリオ」)を前提としています。エネルギー・環境政策を立案する際には、所期の成長を確実なものとするためにむしろ高めの経済成長率を前提として検討すべきと思うのですが、それにもかかわらず、何故、「慎重シナリオ」のような低めの成長率を前提として用いるのでしょうか。
ちなみに「慎重シナリオ」とは、日本の将来を左右するもう一つの大きな課題、「税と社会保障の一体改革」の検討の際に、経済成長率が目標を下回った場合でも政策目標が達成できることを確認するために用意された、"安全サイド"の経済成長シナリオです。エネルギー・環境政策を立案する際に、安全サイドとは正反対ともいえる経済成長シナリオを基本とする考え方はまったく理解できません。
実際、【表】に示されているように、どの選択肢も経済成長に与える影響はマイナスなので、日本の2030年に向けた経済成長率は「慎重シナリオ」よりも下回ることになります。もし、これが将来の日本の姿であるなら、決定したばかりの「日本再生の基本戦略」の達成が危うくなるばかりか、「税と社会保障の一体改革」の内容の妥当性も見直す必要があるはずです。
日々の生活への影響も心配です。経済成長が押し下げられる上に、どの選択肢でも電気代が現在の1.5〜2倍になることが予測されています。また、投資による節約効果はあるものの、経済成長の押し下げ圧力が働く中で、毎年、国民一人当たり4〜5万円にものぼる省エネ投資を20年間にわたり行い続けることが求められていますが、そんなことが可能でしょうか。
第二は、省エネルギーのフィージビリティです。GDPが2030年までに約2割増加する中で、電力消費量を1割、エネルギー全体の消費量では2割も減らすという省エネルギーの前提を達成するためには大変な努力が必要です。その具体的手段として、新車販売の7割を次世代自動車とする、新築住宅の全てを省エネ規準適合住宅とする、中心市街地へのガソリン車の乗り入れを制限するなどということが仮定されていますが、これらの技術的、経済的、社会的可能性は、どれほど検証されているのでしょうか。
再生可能エネルギーのフィージビリティについても、これと同様の問題があります。例えば、太陽エネルギーの利用拡大策については、現在設置可能な住宅の屋根のほぼ全てに太陽光発電パネルを設置することが前提とされています。中でもシナリオ(1)「ゼロシナリオ」にいたっては、堅牢度に劣る住宅は、建て替えしてまでして住宅の屋根のほぼ全てに太陽光発電パネルを設置することも仮定されています。そんなことが可能なのでしょうか。また、固定価格買取制度や補助金によって設置に向けたインセンティブを用意したとしても、パネルの設置だけでも初期投資に約150〜200万円を要するような投資を、そうした家を持つ全ての国民に期待することは妥当なのでしょうか。加えて、固定価格買取制度についてドイツが経験した学習と反省(*2) については、どのように考えているのでしょうか。さらに、シナリオ(1)「ゼロシナリオ」は、先述したように再生可能エネルギーの比率を更に5%高めています。具体的な裏づけが説明されないまま、ほとんど「気合」で高めているようにすら見えます。
また、CO2の排出削減のために検討されている具体的な対策内容も、全て隠れてしまっています。これまでの議論の過程では、CO2の排出削減のために(今年から導入される地球温暖化対策税とは別の新たな税として)環境税の導入、排出量取引制度の創設などが、対策内容の案として挙げられていました。こういった多くの賛否両論がある対策が、選択肢の数字の裏に隠れた形で具体的対策案として含まれていることは大問題であり、議論の進め方としてはおかしいと思います。
以上が、選択肢に表れていない重要な問題点ですが、以下は選択肢自体が有する問題です。
その第一は、選択肢の提示に当たっていろいろ工夫はされたものの、結局のところ意見募集の焦点が原発への依存度のあり方という点に集約されてしまいそうなことです。【表】を見ていただければ分かるように、まず、再生可能エネルギーの比率やCO2排出量については、上述のような大問題が裏に隠れているものの、表面に現れている数字を見る限りは選択肢間であまり大きな差はあるように見えません。また、経済モデルによって経済や国民生活への影響に関する推計結果が大きく異なることもあって(*3) 、示された数字の確からしさは良く分からないし、シナリオ間における差の大きさにも実感が伴わないといったところが正直なところでしょう。結局、そうなると目につく大きな差はシナリオ間の原発依存度の差です。
第二の問題は、意見表明の仕方によっては自分の行った「選択」が予期せぬ将来を選択したことになりかねないリスクがあることです。今回の意見募集では、先にも見たように、3つのシナリオ間の選択を国民に対して求めているように見えます。このため、例えば、原発の依存度に着目してシナリオA「15シナリオ」を選択すると、あたかもCO2排出削減目標(2020年▲9%、2030年▲23%(ともに90年比))も併せて選択したようになってしまいます。すなわち、原発依存度は徐々に減らしていこう、そしてCO2の排出削減も経済に悪影響を及ぼさない範囲で進めよう、といった考えは排除されてしまうのです。
特にCO2の排出削減目標は、今後の日本の国内事情などによって変更しうる原発依存度や再生可能エネルギー比率などの目標と異なり、国際公約として、今後、日本をずっと縛っていくものになる可能性が大きいことから、十分な注意が必要です。
このほかにも、こうした選択肢を通じた問いかけでは、排除されてしまいかねないエネルギー・環境政策のバリエーションや、見過ごされてしまいがちな論点がいくつもあり得ます。そうでなくとも政治的な対立点となりやすい原発依存度に係る選択が、今後の政局とも絡んで、本来は、一つ一つきちんと検討されるべき他のエネルギー・環境政策内容の選択に影響を与えかねないことを懸念します。実際、一部のマスコミの報道ぶりからは、敢えて原発問題に問題をすりかえて議論を単純化しようとする気配も見えます。
意見を聴く内容をできるだけ分かりやすく、単純化したいという事務局の苦労は分からないでもありませんが、今回の選択肢を提示するといった意見募集の方法にはこうした問題とリスクがあります。
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いろいろ書いてきましたが、こうした問題点やリスクを理解した上で、私たち個人個人がしっかりと意見を表明することが重要です。他方、意見を受け取った国のほうも、「エネルギー・環境に関する選択肢」で発した問いの設定や内容についての問題点を十分に踏まえた上で、提出された意見についての適切な取扱いと解釈、理解をすることが必要でしょう。
今回のコラムが、皆さんが意見を提出される際に、少しでもご参考になれば幸いです。
1) 内閣官房国家戦略室のHP(http://www.npu.go.jp/policy/policy09/archive01.html)
2) これについては、第87回「『エネルギー基本計画』への期待と懸念」をご参照ください。
3) この点に関しては、文中に掲げた【表】には、4つの異なるモデルによる推計結果の幅しか示しませんでしたので、是非、「エネルギー・環境に関する選択肢」(平成24年6月29日)の原文(http://www.npu.go.jp/policy/policy09/archive01.html)のP14の表2をご覧下さい。
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