第87回 「エネルギー基本計画」への期待と懸念


 現在、政府では、この夏に向けて「エネルギー基本計画」の抜本的見直しが行われていますが、この計画は、改めて言うまでもなく、日本の復興と新たな発展を実現していくための基本となる計画として極めて重要なものです。また、「エネルギー基本計画」は、日本の今後の温室効果ガスの排出削減目標にも密接に関係することから、わが国の今後の経済、社会の姿のデッサンを提示するものともなるでしょう。


 前の「エネルギー基本計画」(2010年6月に策定されたもの)は、その是非は別として2030年までに原子力発電所の新増設14基、原子力発電所の稼働率をこれまでの60%から90%に上げることを主たる内容としていたにもかかわらず、その実現に向けた具体的施策が示されていない(*1)点で、私は問題があると感じていました。邪推かもしれませんが、鳩山元首相が、国内での十分な議論がないまま、やや唐突に世界に対して掲げてしまった温室効果ガス排出削減目標、「2020年において90年比25%削減」の実現性を、少しでも高めるための辻褄合せのようにすら、私には見えたものです。


 これに対して、今回の「エネルギー基本計画」の策定作業は、将来のさまざまな政治的、経済的、社会的環境について予断をもつことなく見通し、日本のエネルギー需給の将来展望を描いた上で、必要な対策を考えるといったアプローチで進められており、政治的思惑の入らない信頼のおけるものになりそうな期待があります。同計画策定の一環として、全ての推計の前提を明らかにしつつ昨年12月までに行われた各種エネルギー源の将来コスト試算の作業方法からは、一部で雑音を耳にするものの(*2)、この問題に対する政府のスクエアな検討態度をうかがわせました。


 エネルギー問題は、国家の安全保障問題とも密接に絡むので、最終的なプレゼンテーションの仕方については、政策的な配慮を加えても良いと思いますが、こうした重要な計画は、将来の国家像に影響するだけに、是非、思惑や特定の意図によらない、正々堂々とした検討を進めていってもらいたいものだと思います。しかしながら、最近、このエネルギー基本計画の策定作業に関して、いくつか気になることが出てきました。


【エネルギー需要見通しの前提 −「慎重シナリオ」とは?−】

 「新成長戦略」。これは、2011年6月に閣議決定された日本経済社会の将来戦略です。昨年、2011年3月の東日本大震災からの復興後も、この戦略の実現が目標とされていて(*3)。同戦略では、名目成長率3%、実質成長率2%を上回る成長を実現することが2020年の目標として掲げられています。


 そして、言うまでもなく「エネルギー基本計画」と「新成長戦略」は密接な関係があります。「エネルギー基本計画」は「新成長戦略」の実現を可能とするものでなければなりません。


 現在、新たな「エネルギー基本計画」の策定作業は、先述したように各種のエネルギー源の将来コスト推計が一段落し、将来の電源構成のあり方についての議論が始まっています。そうしたエネルギー供給サイドの検討と並行して、エネルギー需要推計のための材料集めも始まっています。


 しかし、ここで奇妙なことが起きています。最近になって、将来のエネルギー需要推計の前提として2020年、2030年に向けた経済成長率を低めに仮定した「慎重シナリオ」というものが現れたのです。そして、将来のエネルギー需要は、この「慎重シナリオ」に基づく需要量についても推計することになりました。


 「慎重シナリオ」では、2020年までの平均実質GDP成長率は年率1.1%とされています(*4)。「新成長戦略」の実現を可能とする「成長シナリオ」のそれは年率1.8%ですから、成長率を約半分に見積もったことになります。この「慎重シナリオ」は、2012年1月24日に内閣府によって示された「経済財政の中長期試算」で出されたもので、その「新成長戦略」における位置づけは良く分かりません。ただ、「経済財政の中長期試算」の中では、「財政健全化の道筋を示すに当たっては、慎重な経済見通しを前提とすることを基本とすべきである」との閣議決定(*5)を引いて、その妥当性が説明されています。


 まあ、「社会保障と税の一体改革」との関連で、こうした「慎重シナリオ」が出てきたと想像されますが、経済成長の基盤となるエネルギーの需給を見通す際には、所期の成長を確実なものとするために、「成長シナリオ」(=「新成長戦略」の経済成長目標)に基づくエネルギーの需要量に見合うエネルギー供給を確保するような計画とすることが「エネルギー基本計画」に求められると思います。それにもかかわらず、何故、低い成長率を前提として将来のエネルギー需要を予測するのでしょうか?


【全量買取制度の問題 −ドイツの経験に学べ−】

 エネルギー問題に関しては、「新成長戦略」では、「グリーン・イノベーション」のための国家戦略プロジェクトとして、「(全量買取り方式による)『固定価格買取制度』の導入による再生可能エネルギー・急拡大」が上げられています。これは、太陽、風力等の再生可能エネルギーによって発電された電力の全量を、電力会社に一定の価格で長期間(20年程度)買い取らせることを保証する制度で、これによって再生可能エネルギーの利用拡大を進めようというねらいです。この制度は、既に法律により、2012年7月から導入されることが決まっています。菅前総理が退陣するための条件の一つとして、この制度を創設するための法律の成立を上げたこともあって、「エネルギー基本計画」の抜本的見直しの最中であるにもかかわらず、制度の導入が決まったことは、皆さんのご記憶にも新しいでしょう。


 この制度の導入に当たっては、"脱原発"に再び舵を切ったドイツが、再生可能エネルギーの導入の拡大を図るために固定価格買取制度を導入したことが、先進的事例として盛んに喧伝されました。しかし、現在、ドイツではこの制度の問題点が顕在化し、「全量」買取りの中止、買取り価格の値下げ、買取り価格の改定頻度の短縮化などの制度変更が提案されるに至っています。詳しくは、NPO法人国際環境経済研究所の竹内純子さんのコラム「先人に学ぶ2 〜ドイツの挫折 太陽光発電の「全量」買取制度、廃止へ〜」(http://ieei.or.jp/2012/03/opinion120305)をご参照いただくとして、その問題の要点だけ記すと、太陽光発電パネルの設置者(個人を含む)が全量買取制度によって受け取った補助金額が2011年だけで80億ユーロ(約8,600億円)を超えるにもかかわらず、これによって得た発電量は国全体のエネルギー供給の3%程度に過ぎず、結果的に消費者の負担を増しただけに終わったためです。このまま、全量買取制度を続けると買取りのコストだけで一世帯あたりの電気料金が年間200ユーロ(約22,000円)も上昇するとの懸念も叫ばれました(*6)。


 また、「新成長戦略」では「『固定価格買取制度』の導入による再生可能エネルギー・急拡大」によって、再生可能エネルギー関連市場を10兆円に拡大することも目標として掲げられています。しかし、ここでも現実は期待に相違する可能性が大きいことが分かりました。ドイツでも全量買取り方式による固定価格買取制度の導入によって、ドイツの太陽電池パネルメーカーの発展が期待されていましたが、実際に市場で起きたことは、安価な中国製パネルの市場への大量流入です。


 2004年に世界市場の69%を占めていたドイツ製の太陽電池パネルは、2010年には21%に減少してしまいました。日本の太陽電池パネルメーカーも、中国や台湾製品に押されて苦戦しているのは、皆さんご承知のとおりです。


 ですから、「新成長戦略」にある「(全量買取り方式による)『固定価格買取制度』の導入による再生可能エネルギー・急拡大」が、日本のエネルギー供給制約の解決につながるかどうか、再生可能エネルギー市場の拡大を通じて日本の産業の成長に資するかどうかについては、十分に再考が必要な問題です。それにもかかわらず、同制度はこの7月から導入される予定です。


 「エネルギー基本計画」の策定に当たって、ドイツの経験に学ぶことはしないのでしょうか?


【太陽光発電システムの耐久性は大丈夫なのか?】

 太陽光発電といえば、私は気になっていることがありました。2004年に(独)産業技術総合研究所が開始したメガ・ソーラータウンにおける太陽光発電システムの耐久性の実証実験の結果です。その結果を「太陽生活ドットコム」というサイト(*7)で見つけました。


 私自身も業者に見積もってもらったことがありますが、パネルと関連機器(太陽光発電システム)を自宅に設置しようとすると国や自治体から支給される補助金の分を差し引いても、なお、200万円以上の投資が必要となります。もちろん自宅での電気の使用の仕方によりますが、「固定価格買取制度」が導入されて、余剰電力を電力会社が一定期間、所定の金額で買い取ることが保証されたとしても、初期投資の元をとれるのは20年程度はかかると見ておかなければならないでしょう。さらに、太陽光発電システムを設置する際には必須となるパワーコンディショナーという機器は、寿命が10年程度であり、その価格は20〜30万円するといわれています。そういった高い買い物ですから、太陽光発電システムが所期の性能をどれほどの期間、安定的に発揮できるのか。これは大きな関心事です。


 詳しくは、先のサイトで見ていただくとして、パネルだけとってみると2004年から2009年の5年間に交換が必要となったパネル数は、メーカーごとに異なるものの、最大4.4%、最小0.3%といった程度。しかし、システム単位で見ると、発生した交換の数は、最大75%、最小8%、全体では32%に及ぶようです。一般には(パワーコンディショナーを除き)20〜30年はメンテナンス・フリーといわれている太陽光発電システムも、専門家がきちんと稼動状況をチェックすると、たった5年間でこれほどの不具合が起きているということのようです。


 「太陽生活ドットコム」では、こうした実態を踏まえて、「長期にわたってしっかりメンテナンスしてもらえる設置工事事業者を選ぶ」、「1ヶ月単位でよいので、発電量をチェックして記録し続ける」、「メンテナンスがしにくい建材一体型は避ける」などのアドバイスを書いています。政府が鳴り物入りで太陽光発電の普及を図るのであれば、庶民が高い買い物をして後で泣きを見ないように、太陽光発電システムの耐久性の保証と長期使用のためのメンテナンス体制の確立に十分な対策を講ずるべきです。そうすることなく、政府が太陽光パネルの導入拡大の旗を振り続けることは、ある意味、大変な問題だと思います。


【地球温暖化対策税の先行導入】

 地球温暖化対策のための税が導入されようとしています。これは、化石燃料の全てにかけられている現行の石油石炭税に、化石燃料からのCO2排出量に応じた税率を上乗せするというもので、CO2排出量の最も多い石炭の税率は、今後、4年ほどの間に現在の税率の約2倍の1,370円/トンに引き上げられることになります。


 この税の導入の必要性としては、税制による地球温暖化対策を強化すること、そしてエネルギー起源CO2排出抑制のための諸施策を実施するためと説明されていますが、実は、昨年も全く同様の提案が行われ、昨年の国会ではその導入が見送られました。そのときにあった議論としては、税の賦課による化石燃料価格の上昇がその需要抑制にもたらす効果や、CO2排出抑制のための諸施策に必要となる財源の規模との関係が不明であることなどであったと記憶しています。それにもかかわらず、今年は表立ってそういった議論が行われた形跡がないまま、この税の導入がほぼ確実と言われています。(この税の導入を含む「租税特別措置法改正案」は、既に3月8日に衆議院で可決されました。参議院でも公明党の賛成により、成立がほぼ確実と報道されています。)


 百歩譲って、化石燃料価格の上昇による化石燃料の使用量の抑制効果が、仮に多少なりともあったとしても、「エネルギー基本計画」が策定中であることを考えれば、エネルギー起源CO2排出抑制のための諸施策にどれほどの資金が必要であるかが分からない段階で、とにかく財源だけ確保するというような税の導入を図るというのは本当におかしなことです。おかしいというだけでなく、それでなくとも高いエネルギー価格に苦しんでいる日本企業は、こういったことを契機として、ますますその製造拠点を海外に出さざるを得なくなるでしょう。産業構造転換がそう簡単には進まない中、国内の雇用が減り、日本の経済の活力がどんどん削がれていきかねません。


 政策の検討手順、実施手順が全く体系だっていないために、本来、「新成長戦略」を実現するための「エネルギー基本計画」、そしてその実施手段であるはずの制度や税が、「新成長戦略」の実現を危うくする。そんな変なことが起きつつあるのではないかと懸念しています。



1) 原子力発電所の新増設が進まない理由も、稼働率が高まらない理由も、いずれも立地自治体の同意が得られないことが大きな原因であるにもかかわらず、地元の理解を増進するための具体的かつ効果的な方策が示されていなかったというのが、私の評価です。
2) 原子力事故の頻度の考え方、損害賠償コストの取扱いや太陽光発電、風力発電の電力系統への連携コストの取扱いに関する議論など。
3) 第180回国会(現在、開会中の国会)における野田総理大臣施政方針演説(2012年1月24日) 4) 2020年から30年の間の平均GDP成長率は、年率0.8%とされています。
5) 2010年6月22日「財政運営戦略」に関する閣議決定。
6) "Solar Subsidy Sinkholes - Re-Evaluating Germany's Blind Faith in the Sun," 18 January 2012, SPIGEL ONLINE International.
7) http://taiyoseikatsu.com/special/mtrouble/mtrouble01.html

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