◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2015/10/07 http://dndi.jp/

「微生物の力、微生物のおかげです」
ノーベル医学・生理学賞の大村智氏

 

DND編集長の出口です。ノーベル賞の相次ぐ日本人の受賞決定で列島が湧いている。
今朝6日の朝刊各紙を買って読んだ。ノーベル医学・生理学賞の決定を受けた大村智・北里大特別栄誉教授(80)の記事は、一面、中面、そして社会面と大車輪の展開で、記者会見での「私の仕事は微生物の力を借りただけのこと」という発言がクローズアップされていた。科学者は「人のため、世の中のため役立て」という祖母から教えと北里大学の実学を重視した建学の精神についても重ねて紹介されていた。
微生物といえば、その未知なる存在について、普段から琉球大学名誉教授、比嘉照夫氏が開発したEM(有用微生物群)の国内外の普及に目を見張り、個人的にも森づくりや家庭菜園等でも使っているので「微生物の力」という文字には、特別の感慨をもって記事を追った。都立の夜間高校の教師を勤めながら大学院に通った努力家という側面にも心に響くものがあった。
 いつもなら各紙の比較と、キラッと光る独自ダネに目が行くのだが、そういうわけで今回は少し違った。「微生物の力」って、大村さんは、実際、どのように語ったのか、その発言の全容を知りたい。記事を丹念に読んでも会見での発言の要旨しか取り上げられていない。まあ、紙面の都合上、それはしょうがない。そのため、新聞をひとまず片づけて、手持ちのiPhoneのアプリからYouTubeで「ノーベル賞決定の大村智氏記者会見」と検索し、その一部始終を見た。大村さんの飾りのない人柄を知ることができた。記者会見に臨んでいるような気分で、その発言をペンで走り書きした。


◇「微生物のおかげ」を強調、ネットで記者会見に“臨む”
 5日夜8時、会場の東京・港区の北里大学白金キャンパスのコンベンションホールでは、報道陣、カメラマン、TVクルーがひしめいていた。北里研究所の藤井清孝理事長、小林弘祐学長の挨拶や業績の紹介等に続いて大村さんはマイクを手にした。安倍総理、下村文科大臣から電話が入り、途中、一部中断する場面があったが、科学者らしい静かな口調で淡々と話し始めた。

 「私の仕事は、微生物の力を借りただけのことで、私自身、えらいことを考えて難しいことをやったわけではない。すべて微生物がやってくれた仕事を提供させていただきながら、今日まできている。そういう意味でこのような賞を私がいただいていいのかなあ」

   「皆さんが、そういう仕事をして成果を上げたと評価してくれていますが、私自身は、正直言って、ほんとうに、なんというか、あの、微生物がやってくれた仕事を私がそれを整理しただけのことです」

「それにしても、振り返ってみますと、部屋の数十人と一緒に仕事をしていますが、心を一つにし、目標に向かって歩んでいることは幸せなことだと思っている。これからも若い人が世の中の役に立つ仕事をしてくれるのではないか、と思います」

 「このようなこと(受賞は)、初めてのことで、どうしたらいいものか、挨拶はこのくらいにして…まだ総理との(電話の)時間があるようなので、日本というのは、微生物をうまく使いこなしてきたという歴史があります。食糧にしても、農業生産にしても、われわれの先輩は、微生物の性質をよく知って、そして人のため、世の中のためという姿勢で役立ててきたという伝統があると思う」

「その中の一環として、ただその一点として私の取り組みがあると、思っているんです。そういう環境に生まれたということは、ほんとうによかったと思います。今回の賞につながったのは先輩たちが築いてくれた、なんというか学問分野の中で仕事ができたからだと思います」

 「もうひとつ、北里柴三郎先生、尊敬する科学者のひとりですが、ともかく科学者というのは人のためにやらなければだめだ、自分のためじゃなく、人のために尽くす、やることがとが大事なことなんだ。それは北里柴三郎先生の建学の精神でもあります。人のために少しでも、なんか役に立つことはないか、なんか役に立つことはないか、微生物の力を借りてなんかできないか、と絶えず考えているわけです。そういうことが今回の受賞につながったのではないか、と思います」


 

◇祖母の教えを貫く
 大村さんの受賞スピーチは、ちょうど4分、微生物というフレーズは冒頭から数えて6回にわたった。会見中に安倍総理からの祝福の電話に対しても、「微生物のおかげですから。総理からの電話はさらなる励みになります」と言った。謙虚に微生物の力を強調した内容だった。

 記者の質問に移り、TBSの記者から、人生の中でのポリシーというか座右の銘を聞かれて、「私は、まあ、母が小学校の先生で忙しくて、祖母が私の面倒を見てくれた。その祖母からともかく人のためになることを考えなさい」と教えられ、人生の分かれ道に差し掛かった時は、それを基準としてどちらが人のためになるか、を考えて道を選んだ。祖母の教えを貫いてきた、という。

   読売によると、数々の学術賞や表彰を受けてきた大村さんだが、研究者としては決してエリートコースを歩んできたわけではなかった。山梨大の教員養成の学芸学部自然科学科を1958年に卒業後、都立の夜間高校の教諭になった。夜間の学生たちが、工場で仕事をしてから学校に駆けつけて勉強に励む姿を目の当たりにした。
「それを見て、これではいけない」と一念発起した。60年に東京理科大大学院の修士課程に入学し3年で修了した。それらを読売は「夜間高教師から転身」の見出しで伝えていた。
 その後、山梨大の助手としてワインの醸造の研究に携わったが、「化学や微生物で勝負しても、先駆者にはかなわない。両方を合わせた独自の研究をすれば負けない」と考え、65年には多くの研究分野を持つ北里研究所に入所、75年に教授となり、現在の道を切り開いた。
が、その業績について、読売は、「土壌中の微生物などから450種類を超える新たな化合物を発見し、その構造を解明した」と説明し、そのうち25種類以上が、医薬品、農薬、研究試薬として実用化された、という。


 

◇「微生物には未知のものが多い」
 新聞の一面では、「微生物活用 日本のお家芸」として、自然界の土のなかにいる多様な微生物を見つけ、有用物質を探るのは根気がいる作業で、日本人ならではの真面目さが開発につながったといえる、と解説する。
 電話取材に対し、「微生物が作る物質には、未知のものが多い」と強調し、産経新聞の電話取材には「微生物にはまだまだ分からないことが多く、その中には人に役立つこともいっぱいあるはずだ。そういうことに若い人たちに興味をもってもらい、さらに研究を進めてほしいなと思っている」と微生物のさらなる可能性に言及していた。
 産経は、このインタビューの関連として、「失明治療10億人救う」、「アフリカ風土病に効果」の記事を載せた。特に受賞の理由となったとされる風土病の治療薬「イベルメクチン」はアフリカに無償提供され、世界で年間3億人を失明の恐怖から救っている、と報じていた。そのきっかけが、静岡県伊東市の川奈ゴルフ場の土から採取された新種の放線菌「ストレプトマイセス・アベルメクチニウス」で、共同研究先の米製薬大手メルクに試料を送り、マウスで実験したところ寄生虫に対して有効なことが1975年にわかった。この化合物を「エバーメクチン」と命名した。さらにこの菌から抽出した化合物を薬剤として使うため、分子構造を一部変更して開発したのが「イベルメクチン」だった。当初、1981年に動物薬として発売し、多大な売り上げを記録した。その後、ヒト用にも効果があることがわかり1987年「メクチザン」の商品名で無償提供を開始、画期的な治療薬の登場は患者に福音をもたらした、という。

   さて、過去、新聞等で、微生物の未知なる可能性についてこれほど言及されたことがあっただろうか。この未知の世界、軽んじてはいけないのではないか、という思いが確信に変わりつつある。
東京新聞は、その社会面で「未知の世界」との見出しで、「私たちの周りには無数の微生物がすむ。1グラムの土には十億を超す微生物がいる。ほとんどは未知で、知られているのは全体の数%といわれる。微生物は、外敵から身を守ったり、落ち葉などの有機物を分解したりするため、いろいろな化合物を分泌する。人間に役立つ物質も多くある」と説明している。※他紙は「1グラムの土に1億を超す微生物」との記述がある。


◇『微生物の世界』を読む




   知人で筑波出版会の代表である、花山亘氏からフェイスブックを通じて、2006年に発行した図鑑『微生物の世界』(編集長、宮道慎二氏、製品評価技術基盤機構)の中に、「エバーメクチン」の写真が掲載されている、と教えてくれた。手元にある『微生物の世界』を書棚から引っ張り出して確認した。写真の説明には、「放線菌Actinomycetes」とあり、【Streptmyces属】抗生物質生産株エバーメクチン生産株:抗寄生虫薬の生産株で、全ゲノム配列が解読された」と短く紹介されていた。この微生物の写真集は、写真が1005枚に及び、微生物の宣教師を自称する宮道(みやどう)氏が、世界17の国・地域240人の研究者の協力を得て出版にこぎつけた秀逸な作品だ。装丁もデザインもよくできている。このページをめくると、確かに「バイ菌呼ばわりされる微生物」の印象が変わってきそうだ。
 文字通り、微生物の世界なのだが、図鑑の冒頭に、当時、日本大学教授の別府輝彦氏が「出版に寄せて」の中で、宮道氏の業績を称え、「微生物研究への大きな学術貢献となる」と評価している。そして、近年、分子遺伝学的解析やゲノム配列が決定された結果として、「微生物の遺伝子が種の壁を越えて動き回る、驚くほどの流動性をもっていることも明らかになった」と説明し、微生物の活動は「地球全体の環境に影響を及ぼし、人を含む地球上の全生物の生存を支えていることが認識され始めた」と、新たな「微生物の世界」の一端に触れている。


 

◇比嘉教授の談話
EM(有用微生物群)の開発者で琉球大学名誉教授の比嘉照夫氏は、大村智氏のノーベル医学賞決定を受けて
「微生物は自然力の根元とつながっており人類の抱えるすべての問題を解決する力を持っています。
今回の受賞は、その先駆けであり、日本から、この門戸が開かれたことは、歴史の必然だと思います。
これを機会に、より多くの人々が微生物の力に関心を深め、より多くの分野で微生物の究極の応用が進展することを期待しています」
とのメッセージを寄せてくれました。



DNDで連載の『甦れ!食と健康と地球環境』はまもなく100回を迎えます。
比嘉照夫氏の緊急提言『甦れ!食と健康と地球環境』