DNDメディア局の出口です。映画での名優のセリフは、その極めセリフというのは心に響いて長く残りますね。エリア・カザン監督のハリウッド映画『紳士協定』(Gentleman's Agreement、1947年)を手持ちのDVDで観た。主演のグレコリー・ペックが人気のジャーナリスト役に扮しユダヤ人排斥の差別問題に立ち向かう、という展開だが恋人役のドローシー・マクガイヤとのラブストーリーも気がかりなもう一つの筋立てになっている。会話がなめらかでテンポがよく、コンフリクトの設定が実にセオリー通りで見事に引き込まれてしまった。俳優でもないのに、思わず、Lovelyというセリフがなんども口をついてしまうじゃないの。
印象に残ったのは雑誌の編集長との打ち合わせの場面で、ペックがはたとひざを打つ感じで、まあ、打ったように見えたのだが実際はそんなわけはない。で、こんなセリフをはく、「This is it!」。
人種偏見の実態をルポする方法として自分自身がユダヤ系と偽って日常にどんなことになるのかを体験し、それを活字にしてみたらいいのではないか、と。そこでとっさに飛び出したセリフが、「This is it!」。「まさにこれ!」、「これだ!」、あるいは「これでいくぞ!」とでも訳すのだろうか。
『This is it』は、マイケル・ジャクソンが09年夏に予定していた幻のコンサートのタイトルと重なるが、不慮の死の直前まで繰り返されたリハーサルの舞台裏の映像のDVDも手元にあって、「This is it!」というフレーズは、別の意味で感慨深い。映画は、生きた英語を教えてくれますね。
この『紳士協定』が公開された頃は、アメリカでさえまだ人々がユダヤ系というのを隠そうとしていた時代でした。告発的な社会派シネマの先駆けといわれ、第20回アカデミー賞(監督賞、作品賞、助演女優賞)の華々しい評判とは裏腹に、クレイマー状態のペックの一人息子がユダヤ系という噂でいじめにあう。しゃくりあげる息子にひざをついてやさしく向かい会うペックの姿に胸打たれた。
差別、この醜く卑劣な言動には怒りをもって向かうべきである。それには恐れない勇気がいるということ、それも映画は教えている。これほど質の高い映画が、実はそれほど知られてはいないのは、日本では"赤狩り"への圧力があって上映が見送られていたという事情があるのかもしれません。
端正な顔立ちの美男の名優、グレコリー・ペックの代表作と言えば、『ローマの休日』でしょう。そこで新聞記者役を演じ、これまたスクリーン上でひときわまばゆい愛嬌をふりまいた女優、オードリー・ヘップバーンをエスコートするローマの街での無邪気な戯れのシーン、そして記者会見上でのクライマックスはどなたもいまだまぶたに焼き付いていのではなかろうか。1954年公開の『ローマの休日』を観て、「This is it!」と叫んだかどうかは定かではないが長身でクールなペックのstyleはともかく、新聞記者という職業に憧れた先輩は少なくない。
順序は逆になるが、新聞記者の道にすすんだ僕としては、『ローマの休日』で記事にしない、いわば"書かない特ダネ"というものを教わった。書いて初めて特ダネじゃ、という血気盛んな時期もあろう。が、どんなニュース、記事としても書けばいいというものではない。功を焦らない、書かれることによる影響を考えたら書かない特ダネ、そっと胸の内に仕舞い込む、勇気があってもいいのではないか。書くことは教えることができても、書かない勇気となると難しい。体験的に現場で命に刻むしか、術はない。
これに対してこの『紳士協定』は、まったく逆の世界をえぐっていた。アメリカのメディアが民主主義の原点といわれるゆえんですね。どんな偏見を受けているか、差別の現実をルポするとなれば、差別や偏見を受けている被害者を取材しその実態に迫るという手法が一般的だ。が、誰がその証言に立つだろうか、いやいや差別を受けているのだから堂々と名乗りを上げればよい、というのは傲慢のそしりをまぬがれないであろう。物事は、そう単純ではないのである。被害者が、また被害をこうむる不幸を招く懸念があるから。
で、こんなセリフになるのですね、「This is it!」と。
グレコリー・ペック主演の映画は、ヒッチ・コック監督で殺人事件の弁護士役で法廷ミステリーに迫る『パラダイン夫人の恋』(1947年)、フロリダを舞台に息子との自然と動物との開拓生活を描いた『子鹿物語』(1947年)、そして作家、ヘミングウェイ役を演じた『キリマンジャロの雪』(1952年)などのDVDを持っているが、観るのはこれからです。また極めセリフを記憶にとどめることになると思います。
□スティーブ・ジョブズ氏への感謝と敬意
米アップル共同創業者スティーブ・ジョブズがパロアルトの自宅で10月5日午後3時(現地時間)、家族に見守られながら56歳の生涯を閉じた。ジョブズ氏の訃報が伝わると、アップルストアの前にはロウソクや献花が並び、ジョブズ氏を悼む多くメッセージがネット上に流れました。発表では、死因は膵臓腫瘍による呼吸停止でした。アップル社は19日にジョブズ氏をしのび、その功績をたたえる追悼式を社内で営むという。
追悼のメッセージの数ある中で、最も印象深かったのはオバマ大統領のそれで、彼は「世界はひとりのビジョナリーを失った。彼の訃報を彼自身が生み出した機器でこれだけ多くの人が知ったという事実がSteveに対する最大の賞賛かもしれない。Steveの妻Laureneとご家族、彼を愛していたすべての人に、Michelleとわたしから哀悼の意を表する」と述べた。そうだよね、確かに。手元にキラッと輝きを失わないiPhoneがある。ジョブズ氏の魂が感じられてきた。
僕の場合、NHKのラジオで訃報を聞いてiPhone上のfacebookに書き込んでいた。それだけだが、なんだか憑かれたようにメルマガで取り上げた記述の中から、ジョブズ氏のメッセージを拾って紹介した。それが僕の精いっぱいのその日のうちの追悼でした。
そして、iPhoneにとりつけたプロテクト用のカバーケースを外した。ジョブズ氏がその半生を費やしたデザイン、使いやすいさ、そのために細部への並外れた配慮を思えば、ふにゃりしたカバーなんていらない。素のデザインのまま触れていたい。カメラのレンズの位置、大きさにどれくらい時間をかけただろうか。リンゴのロゴやiPhoneの文字を浮かび上がらせる研磨の試作にはどこの技術を採用したか、どれもこれも息が抜けない仕事だったのだろうと、改めて手に取ってみるとそう感じ入るばかりです。傷ついたらそれでよし、じゃないかしらね。
□黒川清氏とStanford大学での14分のスピーチ
ジョブズ氏を思えば、そこに「学術の風」のコラムを執筆する黒川清さんのことを思い出します。昨日夜、携帯に電話をいれたら、アブダビからワシントンに入り、ホテルにチェックインしたばかりでした。その夜の会合でスピーチするというから、ジョブズ氏に関係するのか、と問うと、それもそうだが次代を担う若者をどう激励していくか、これは大人の問題、教育、人財教育こそが大切ですね、といつもの明るい声で歯切れよく話してくれました。
先生の最新のブログには、「Steve Jobsが逝く、淋しい。そして若い人たちへ:」と題した文章がアップされていた。先生のジョブズへの追悼ですね。これまで先生は、その講演で必ず、ジョブズの生き方を紹介し絶賛し続けました。そして、若者へのメッセージを忘れませんね。ジョブズ氏も、黒川先生も私にとっては偉大な存在です。
このブログには、Apple CM "Think different" の映像やメッセージ、 そして毎回欠かさない「Steve JobsのStanford大学での14分のスピーチ」にも触れ、「私も時々聞いている。実にいいスピーチだ。とても感動的だ。今になっては涙も出るけど」とコメントを付け加えていました。
そして、「本当に素晴らしい人だったね。私たちの、子供たちの生活を、この10年もしない間にすっかり変えてしまった。何しろ、2, 3歳の子供がテレビにタッチして、画面を動かそうとするぐらいなのだから。」で締めていました。ストレートにわかりやすく、シンプルにさりげないところが追悼なのだろう、と思った。まあ、中には追悼の場を借りて自分の半生を滔々と語る人がいるが、それでは書いた人の存在ばかりが浮き上がって邪魔になり、悲しみが伝わってこないのである。
黒川先生と初めて食事したのが六本木のある和風レストランで、背後ににょっきり六本木ヒルズがそびえ立つところでした。新聞記者や研究者らキャリアな女性が多かったと思う。もうかれこれ4−5年前になるだろうか。その夜、先生からこんなメールが入っていたのです。
Stay hungry. Stay foolish. I wish that for you.
ジョブズ氏が、そのスタンフォード大学でのスピーチで最後のメッセージとして紹介したのが、Stay hungry. Stay foolishでした。ハングリーであり続けろ、バカになってやり続けろ、と。ジョブズ氏は、この出典についてこんな風に述べていました。
□「Stay hungry. Stay foolish.」の名フレーズは、全地球カタログからの引用
「.私が若い頃、スチュアート・ブランドという人物らがてがけた全地球カタログという驚くべき出版物があった。私の世代の必読書の一つだった。1960年代後半でパソコンもそれによる印刷もなく、タイプライターとはさみとポラロイドカメラだけで作られていた。スチュアート達は全地球カタログの版を幾つか重ね、自然な成り行きとして最終版を迎えた。それは70年代半ばで私は皆の年齢だった。最終版の裏表紙は朝の田舎道の写真で、冒険好きがヒッチハイクをしていそうな場面だ。その下にこんな言葉がある。Stay hungry. Stay foolish.これはスチュアート達が活動を終えるに当たっての別れの言葉だ。ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。そして私は常にそうありたいと願ってきた。そして今、皆が卒業して新たに歩みを始めるに当たり、皆もそうあって欲しいと思う」と。
□追悼:スティーブ・ジョブズ氏、過去のメルマガから
□2004年8月4日配信「iPodの教訓から」
□2008年6月12日配信『Inside Steve's Brain』
□2010年10月14日配信ビジネスモデル学会 驚異のプレゼン:外村仁氏「シリコンバレーの新しい波」
□〜一押し情報〜
12日付の東京新聞にDND編集長の署名記事
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