第93回 晩夏の信州へ
ここは中央アルプスの千畳敷カール。木曽駒が岳の山頂に近い、標高約2,600mにある清々しい空間です。カールという名が表しているように、約2万年前、氷河で削りとられたお椀形の地形で、木曽駒ケ岳に連なる山々の稜線が屏風のように目の前に立ちはだかっています。「お椀」の底−氷河が削り取った痕−のなだらかな斜面には、高山植物の草原が広がり、そのところどころには氷河の置き土産の岩塊や、岩壁から崩れ落ちてきた岩の破片が散らばっています。
空はもうすっかり秋の空です。秋の風がカールを吹き渡り、足元には地味だが可憐な高山植物が風に揺れていました。もうすぐここには雪がくるでしょう。
千畳敷カール
私がここを訪れたのは9月17日。九州の西を駆け上がった台風16号の影響で、直前まで山は厚い霧に覆われていました(写真)。それはそれで神秘的な光景でしたが、それがあっという間に晴れ上がって現れた千畳敷カールの光景は、神々しいほど美しいものでした。
霧の中の千畳敷カール
私は、信州には数え切れないほど行っていますが、実は中央アルプスを訪ねるのは初めてのことです。中央アルプスは、別名、木曽山脈。東京から少し遠いことと、アルプスの名前を冠してはいるものの3,000mを超える山がないことも、これまで足が遠のいていた理由でした。しかし、今回の旅を契機に中央アルプスのことを少し調べてみると、東西の広がりもかなりある北アルプスや南アルプスとは異なり、中央アルプスは木曽谷と伊那谷との間の東西20kmほどの狭い地域に標高3,000m近い山が立ち上がっているので、急峻な沢や岩壁が多く、高山らしい地形の山が多いのだそうです。やはりアルプスと呼ばれるだけの山岳地帯です。
千畳敷カールは、信州の伊那谷のほぼ中央に位置する駒ヶ根市からバスとロープウェイで行くことができます。ただ、私が伊那谷を訪ねたのも今回が初めてです。これまで、数え切れないほど信州に行っているにもかかわらず・・・。私自身で真偽のほどを調べてみたことはないのですが、伊那谷は私の「塩沢」のルーツと聞いたことがあります(1)。何でも「薬用養命酒」の創業家と関係があるとか。今回、このコラムを書くに当たって「養命酒」の創業者を調べてみたら、確かに塩澤宗閑という人のようです。そして、今の社長さんも塩澤さんです。(しかも、やや紛らわしいことに太朗さんと言う方です。)
伊那谷のほぼ中央に位置する伊那市や駒ヶ根市は、今では諏訪から高速で30〜40分ほどで行けますから、諏訪から菩提寺のある上田の別所温泉に抜けることの多い私は、行こうと思いさえすれば、いつでも行くことができたはずです。しかも、もう相当に前のことになりますが、銀行員だった叔父が伊那市に勤めていたこともあるのですから、これまで伊那谷を訪ねたことがないというのは、まさに、「縁がなかった」というしかありません。
伊那谷は、西に中央アルプス(木曽山脈)、東に南アルプス(赤石山脈)が連なる南北に長い土地で、諏訪湖を水源とする天竜川が北から南に縦断しています。谷と呼ばれますが、谷の語感がもたらすような圧迫感はなく、空は広く、明るく開けています。ただ、平地かというとそうでもなく、天竜川の河岸段丘と両山脈から流れ出る急流が造った段差の続く土地でもあります。
その伊那谷を離れ、権兵衛街道(国道361号線)で東に少し入ったところに高遠町があります。(今は伊那市に編入されています。)高遠町で思いがけなく美しい桜を見たのは、東日本大震災の1ヶ月ほど後のことでしたから(第77回のコラム「震災のあと考えた、いろいろなこと」にその写真を載せました)、1年半ぶりの訪問ということになります。
高遠町は、街の中心部に小規模だが黒と白を基調にした家並みが連なり、凛とした城下町の時代の雰囲気を伝えています。その町並みの中ほどに、清酒「黒松仙醸」の醸造元があります。前回、訪ねた時にはこの玄関に続く広い土間が店舗として開放され、美人の若奥さんが赤ちゃんを背にお客さんを接待されていました。とても感じの良い方だったので、今回もまたお店を覗いて美味しいお酒を教えていただこうと玄関の格子戸に手をかけたら、固く閉ざされている。ちょっと心配になりました。
高遠町 「黒松仙醸」酒舗の旧醸造倉
道の対面にある酒屋さんでこの疑問をぶつけてみたら、実は、もうずっと以前に醸造倉とも町の別の場所に移転し、この店舗は桜祭りのときにだけ開けているのだそうです。それにしては、この建物はとても良く手入れされています。杉玉といい、店の左側に置かれた大きなお釜といい、醸造元だったときの雰囲気を、手をかけて保存に努めている様子が伺えます。
何となく、高遠町の人って皆、まじめなんだなあという感想が湧いてきました。ちなみにこの酒屋さんのご主人も落ち着いた感じの良い方で、醸造元のご主人とは従兄弟にあたるとのことでした。
さて、次の写真は蓼科、女の神展望台からの風景です。写真の山は八ヶ岳連峰の山々です。全く同じ場所から、蓼科の紅葉を撮った写真を第83回のコラム「信州塩田平の秋を歩く」に載せたことをご記憶の方もいらっしゃるでしょう。
女の神展望台からの八ヶ岳連峰と晩夏の空
今回の主役は晩夏の空です。今年は、台風が通り過ぎた後でも下界には夏の暑さが残りましたが、空はすっかり秋の風情です。
今回は、娘が就職後、半年振りに初めて家に帰ってきた機会をとらえて、お彼岸には少し早いお墓参り方々、信州に行ってきたものです。娘は私の60歳の誕生日に合わせて、年に1回とれるかとれないかの休みをとってきました。そんなことで私は、同時期に還暦と初めての子供の里帰りを経験したことになりました。
この空は、私のそんな心情をよく映し出しているような気がします。筆を尽くすよりも、自然の表情ははるかに饒舌です。
※(1)我が家の「塩沢」も、私の代で戸籍を常用漢字に直してしまうまでは「塩澤」でした。「塩澤」を「塩沢」に直してしまったら、親戚に怒られたことは、以前、記したとおりです。
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