第9回 普通に見えて普通でないこと
−オランダから見えたこと (4)―



 梅雨入りしたにもかかわらず、晴天の続いていた今年の6月22日、道を歩いていた若い女性が「夏になってもいないのに、今年の夏はおかしいよね!」と隣の友達に相槌をもとめていました。「ちょっと待て、今日は、夏も真っ盛り、夏至だぞー。」と、このおじさんは、思わず叫びたくなりました。梅雨のおかげで、夏の半分が比較的涼しい雨の季節という日本の夏は、世界の夏の中で、相当に標準外の夏です。もっとも、6月から今年のように晴れの日がずっと続いたら、日本の田んぼも私たちの体もきっと参ってしまいますけれど。

 今回は、オランダで体験した日本の、いやオランダの、いやどっちが普通か分からないけれど新鮮に感じた季節の軽い話題をいくつか。

 オランダの新年は、すさまじい爆竹の音で明けます。いつからのことか分かりませんが、新年を迎えるカウント・ダウンがゼロとなったその時から、オランダでは、街中、爆竹が空中を跳ね、縦横無尽に飛び交います。こんなときに若者の多く集まる広場にでも迷い込もうものなら、危険極まりない思いをすることになります。中には、人の家の新聞受けから家の中に爆竹を投げ込む不届き者も居て、この騒ぎから逃れて、静かな心で新年を迎えるなどというのはおよそ不可能です。この日、消費される爆竹の量は半端でなく、1月1日の朝、街に出てみると、街の歩道は破裂した爆竹の皮で薄いピンク色に染まるほどです。

 オランダの春の使者は、クロッカスではないかと思います。2月の中旬になると街のあちこちの広場が、白、黄、紫のクロッカスの花で一面に彩られます。日本では、およそ目にしたことのないようなクロッカスの花の絨緞です。まだまだ、時おり氷雨が北海からの強風とともに吹き付ける日が多い中、クロッカスの花を見ると人々は、春がすぐそこまで来ていると心をときめかせます。

 4月になるといよいよチューリップの季節です。チューリップを始めとする花の公園として有名なハーレムの近くのキューケンホフ公園は、3月の下旬から約2ヶ月間、訪れる人々の目と心を楽しませてくれますが、キューケンホフ公園の周囲に広がるチューリップ畑全体が、赤、黄、白、紫、橙などの鮮やかな花の絨毯で埋め尽くされるのは、大体、4月の最後の週の1週間だけです。この時期は、年によって1週間ほど前後するので、この本当に美しい風景に出会うことの出来るのは、オランダで住んでいる人の特権と言えるかもしれません。

 ところでオランダは本当に花いっぱいの国で、世界の花の流通基地になっています。世界でも三本指に入るといわれている花の卸売市場を見学したことがありますが、花の国際物流の流れの中で、イスラエルから出荷された花が、オランダの市場で競られて、再びイスラエルに出荷されていくというケースもあると聞きました。街には、小売用の花市場も立ち、チューリップ100本で300円という安さです。オランダなら、きざで金持ちの男だけでなく、恋人に赤いバラを100本などというのも普通に出来そうです。まあ、なかなかやりませんけれど・・・。

 チューリップが最盛期を過ぎる頃、オランダは、いろいろな花が一斉に咲く北国の春を迎えます。まだまだ、天候は安定せず、日が射したかと思うと冷たい驟雨が降り抜けるといった日が続きますが、夜は9時頃まで明るく、人々の気分は明るくなってきます。そして、4月30日は、女王誕生日。オランダ中が、王室のオラニエ家(オレンジ家)の色、オレンジに染まります。昔は、オランダのトリコロールの国旗も、赤でなくオレンジが使われていたこともあったようですが、オレンジ色は色あせしやすいというような理由で、今の赤白青になったそうです。本当に、実質的な国です。

 オランダの春の食べ物の楽しみは、ホワイト・アスパラガスです。太く、柔らかく、豊かな風味をもつアスパラガスをその産地のマース川流域まで行って味わうのが春最大の贅沢の一つと言えるでしょう。マース川がゆるやかに草原の中を蛇行しながら流れるのをレストランの窓越しに見ながら、きりっと冷やした白ワインとホワイト・アスパラガスの茹でたものをバターソースでいただく・・・。鼻の奥からふくよかなアスパラガスの香りが口いっぱいに広がって・・・。

 これは本当に至福のひとときです。春と言えば、オランダ人にとっては、新しいニシンの酢漬けにきざんだ生のタマネギをたくさん挟んで、それをジュネーバという香りの強いジンで口に流し込むというのも風物詩の一つでしょう。これはこれで美味しくいただけますが、「さまよえるオランダ人」が船で食べていたものですから、まあ、驚くほど美味しいものというものではありません。日が射すと、寒風が吹き付けていても、北海沿岸に雄大に広がるスケベニンゲンの浜のあちこちで風よけのボードを立て、その裏側に作った日だまりで日光浴を楽しむトップレスの女性が大勢現れ始めるのもこの頃です。

 オランダの夏は、概してさわやかな晴天の日が続きますが、これが典型的な夏といった天気のパターンがないのもオランダの夏の特徴です。年によって天気は異なり、私が、オランダに住んだ1年目(1993年)は毎日、一日のうちに晴れ、曇り、雨、風といった目まぐるしく天気の変わる日が、ほとんど夏の間中続きました。でも、天気はどうあれ、夜11時ごろまで明るいオランダの宵は、いろいろな楽しみ方が出来ます。街では広場のあちこちに屋外でビールやワイン、食事を楽しむ人がいて、そこではゆっくりと時間が流れます。長い宵の口、ナイチンゲールの美しいさえずりがあちこちで聞こえ始め、だんだんと人通りが少なくなっていく街の中で、森の木々や建物が薄闇に少しずつ溶け込むように消えていく風景をベランダでワインを飲みながら眺めているのもなかなかいいものです。

 オランダ人は、よく「ケチ」といわれ、割り勘のことを"Dutch Account(オランダ人の勘定)"と言いますが、確かに実質的な国民であり、夏休みの旅行もキャンピング・コーチというのか、居住スペースとなる車両を乗用車の後ろにつけて、陸路、ホテル代を節約して旅行する人が多くいます。ドイツ人も似たようなところがあり、夏、ヨーロッパの高速道路を走っていると、たくさんのこうした車がヨロヨロと走っていて、その持ち主は、ナンバープレートを見ると大体オランダ人かドイツ人です。こうした車は、来られた方にしてみるとその土地に金は落とさない一方で、ゴミだけはおいていきますから、鼻つまみ者です。真偽のほどは確かめたことはありませんが、スイスのジュネーブの街の入り口には、キャンピング・カーやコーチの乗り入れを禁止する立て札があるとも言われています。

 また、高速道路でも、よせばいいのにヨロヨロ走るキャンピング・カー同志で抜き合いなどするものですから、追い越し車線がふさがれて迷惑この上ありません。特に、アウトバーンなどで、時速200km近くで走っていると、時速90km位しかスピードのでないこうした車が追い越し車線に出てくることがありますから、大変に危険で、高速道路でもキャンピング・カーやコーチは鼻つまみ者です。高速道路といえば、オランダは制限速度(120km/h)にうるさい国です。周辺の国に比べてもうるさい。速度違反をすれば、大使婦人でも捕まりますから、皆、結構真面目に速度制限は守ります。特に、主要幹線のアムステルダムとロッテルダムの間には、これでもかというほどの数の速度違反監視カメラが取り付けられています。私が、オランダにいたころ、警察が速度違反監視カメラを1万台増設するという話がありました。オランダの警察は、それだけでなく、速度違反監視カメラの格納容器だけ1万台分余計に買って、高速道路に取り付けたそうです。まあ、これはどこの国も同じようなことをやるかもしれませんが、実質的な国です。

 またまた、思いの外、長くなってしまいました。まあ、夏休みですから、軽い読み物としてお付き合いください。次回は、秋冬編ということになるでしょうか。

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