第19回 北東アジア標準協力フォーラムで中国がさりげなく語った話



 日本、中国、韓国の標準化機関は、2002年から毎年一回、国際標準化活動における三国間の協力について話し合う場、「北東アジア標準協力フォーラム」を持っています。今年は、その第6回目で、11月13、14日に日本の淡路島の夢舞台国際会議場で開催されました。

 そのフォーラム会合で、恒例となっている過去1年間の各国の標準化政策の進展を紹介するセッションで、中国の国家標準化機関、中国国家標準化管理局(SAC)は、さりげなく、しかし、ちょっとびっくりするようなことを話しました。それは、SACは米国ANSI、英国BSI、ドイツDIN、フランスAFNORなどの国家標準化機関との協力協定を締結しているだけでなく、EMERSON、SIEMENS、VOLKSWAGENといった企業と国際標準化活動に関する協力協定を結んでいるという発言です。

 これが意味することについて、既にお気づきの方も多いと思いますが、このさりげない発言が意味することのインパクトの大きさについてよりよくご理解いただくために、国際標準化活動とその中で繰り広げられる合従連衡の意味について、少し長くなりますがご説明をしましょう。

 どんな製品やサービスについても、それらの標準性能や仕様、そして性能などを確認する試験法などについて一定の標準を決めておくことは、製品やサービスの水準の確認と確保、部品の調達、互換性の確保などに必要なことです。そして、グローバル化した世界では、これらの標準ができるだけ国際的に共通化されることが重要になります。こうして、ISO(国際標準化機関)、IEC(国際電気標準会議)などの機関で行われている国際規格づくり(国際標準化活動)が重要な意味をもつようになりました。こうした国際標準化活動には、各国の民間企業の技術者を含む専門家が参加して国際規格の案が検討されます。そして、それを国際規格として制定するかどうかということは、各国を代表する国家標準化機関による投票によって決められます。(日本の国家標準化機関は、経済産業省が事務局を務める日本工業標準調査会(JISC),中国は中国国家標準管理委員会(SAC)、韓国は韓国技術標準局(KATS)です。)

 また、新しい国際規格づくりのテーマを提案する場合にも、5カ国以上からの賛成が得られることが必要です。つまり、国際規格案の技術内容については、民間企業の技術者を含む専門家に審議が委ねられますが、国際規格とするかどうかの意思決定を行う際には、国全体としての意見が求められるのです。ここで「国全体」などと変な書き方をしたのは、欧米諸国の国家標準化機関は民間の機関であり、そうした民間の機関が国全体の専門家の意見をとりまとめて投票するからで、国家としての意見に基づいて投票するわけではないからです。

 話は全く横道にそれますが、実は、ISOやIECは民間の国際機関です。しかし、その加盟機関は、欧米諸国は先に述べたとおり民間機関ですが、加盟機関の3/4は国の機関です。(日本の加盟機関JISCは審議会のような組織ですから、欧米諸国とその他の国々との中間のような組織が国際規格づくりに参加していることになります。)

 また、WTO/TBT協定(技術的貿易障害の防止に関する協定)には、「国際標準化機関」の定義はなく、ISO/IECは、同協定の付属書において事実上の地位を与えられているだけです。TBT協定は、「国際機関」の定義を「少なくともすべての(TBT協定)加盟国の関係機関が加盟することのできる機関又は制度」としており、実際、米国の学会を母体として今では世界的組織に発展したASTM International(アメリカ材料試験協会)やIEEE(電気電子学会)などの機関も、こうした国際機関の要件を満たしていることから、事実上の国際標準化機関としてみなされています。

 企業の利害と国家の利害は必ずしも一致しないものの、科学技術活動や産業活動の環境整備に関して激しい国家間競争が行われるようになると、企業と国家の利害がない交ぜになって行われてきた国際標準化活動においても、国家の意識が前面に出た活動の重要性が叫ばれ始めます。このため、各国の国家標準化機関は、欧米諸国のケースのようにそれが民間機関であっても国の代表という看板を背負っているために、できるだけ国内の意見を国際規格に反映したり、国内で作られた国際規格案を国際規格にしたりするために、他の国の国家標準化機関からの賛成票を期待して合掌連衡を模索するようになります。(実は、本当の意味で世界展開している多国籍企業は、国際標準化活動の現場に関連企業や現地支社の技術者を参加させ、各国の意見という形に装いながら、自社の意見を国際規格に反映しているのが実態ではあるのですが・・・。)したがって、協力関係の構築の一番分かりやすい動機は、ISO/IECの国際標準化活動における仲間づくり(やや品のない言葉で言えば、国際規格案に関する投票の際のいわゆる多数派工作)ということになるでしょう。

 国際標準化活動は、約100年前からヨーロッパ各国間での国境を越えた製品やサービスの取引を円滑にすることを目的として発展してきたという歴史もあり、欧州諸国の影響力が大きい分野です。現在のISO/IECなどの国際標準化機関における国際機関案の審議においても、投票において欧州諸国が数の面で優位に立ちやすいというだけでなく、ISO/IECの国際規格の制定手続きの中には、欧州の地域標準化機関で策定された規格案については審議手続きが簡略化できるようなルールも存在します。こうしたことから、できるだけアジア諸国の意見を国際標準化活動で反映すべく協力していこうというのが、日中韓の標準化機関が参加する「北東アジア標準協力フォーラム」のような場ができた理由の一つではあります。

 しかし、標準化機関間の合従連衡の動機は、多数派工作といった単純なことだけではありません。ちょっと考えればお分かりのように、技術や産業活動の国際的な広がりは製品やサービスの種類によって極めて多様なために、国際標準化活動において協力関係をもてるのは、その種類や分野によって区区のものとなるからです。こうした協力関係の構築は、実際にはもっと幅広い観点から行われます。地域共通のニーズにマッチした標準化活動を共同で行おうというもの、標準化機関が核となって国際標準化活動に実際に参加する各国の専門家間の情報交換を支援しようというもの、各国の標準化機関が抱える共通の悩み(産業界の標準化活動へのより積極的な参加を得ること、標準化活動を支える人材の育成など)について他の標準化機関の成功例に学ぼうというもの、他国の規格を自国の規格として採用することを通じて規格に体化されている技術の吸収を図ろうとするものなどが、そうした具体的な例としてあげられます。

 国際標準化活動の重要性の高まりは、グローバル化の進展の、ある意味、必然的な帰結だったのですが、国際規格の国際貿易ルールにおける重要性は、1993年に合意され1995年から発効したWTO/TBTによって、決定的に高められることになりました。TBT協定は、各国においてばらばらな規格づくりが進むと国際貿易取引の障害となることから、各国内において、こうした製品やサービスについての標準性能や仕様を策定する際には、国際標準を国内標準の基礎とすることを義務づけましたが、その結果、国際規格となった性能や仕様、試験方法は、国境を越えた取引のみならず、各国の国内市場で用いられる技術ルールになりました。自社の技術を国際規格にすることができれば、世界中の市場で優位に立てるような法的環境が出現したのです。このため国際標準化活動の一部では、国境を越えた技術活動や取引を円滑に行うためのインフラづくりという国際標準化活動が始まった当初の目的から変質して、企業の市場戦略の手段として用いられるようなケースもでてきました。

 つまり、自国の企業の有する技術を国際規格に反映できれば、自国の市場のみならず、海外の市場においても優位に立てる。中国は、最近、こうした国際標準化活動の側面に着目し始めたようです。そして、国を挙げて国際標準化活動の抜本的強化に取り組んでいるのが最近の中国です。IECの前会長の高柳さんから聞いた話ですが、江沢民前国家主席は、IEC会長であった高柳さんが訪中した際に、自ら歓迎する機会を設け、若い頃IECの会議に専門家として参加したことがあると話していたそうですから、中国のリーダー層が国際標準化活動の重要性とその戦略的意義をきちんと認識していることは間違いありません。実際、ISO/IECの国際標準化活動における中国のプレゼンスは、日に日に大きくなっています。

 中国のEMERSON、SIEMENS、VOLKSWAGENといった企業と国際標準化活動に関する協力協定を結んでいるという発言以上の情報、協力協定の具体的内容や協力の対象となる製品、技術、サービスの分野や種類に関する情報は明らかにされませんでしたが、中国がこれらの多国籍企業と協力協定を結んだということからは、中国がこれら企業の社内の規格を自国の規格として採用し、これらの多国籍企業とともにそれを国際規格とする道を選んだということではないかと想像されます。ということは、これらの分野の技術については、当面、これらの企業の技術を採用するという選択をした。つまり、中国市場のある分野を少なくとも当分の間、これらの企業に明け渡す選択をしたということになります。逆に言えば、これらの企業は、そうした製品、技術、サービスの分野の広大な中国市場を押さえたということにもなるでしょう。ただ、したたかな中国のことですから、その見返りとして、きっと採用する規格に体化された技術を中国に技術移転をさせることを条件としているのかもしれません。国際社会で長い間、多国籍企業として活動してきた企業のしたたかさと中国政府の標準化政策の戦略性を感じます。

 また、このことの日本企業への影響を考えてみると次のようなことになるでしょう。仮に、EMERSON、SIEMENS、VOLKSWAGENなどの企業の規格が、中国の後押しも得て国際規格になると、この規格に合致しない日本製品は、将来にわたって中国市場に売り込めないということになります。TBT協定を理由に、(国際規格に整合した)中国国内規格に沿わない製品やサービスの性能や仕様は、中国国内では受け入れられないということになりますから・・・。国際標準化活動の重要性に目覚めた中国の市場で市場を確保していくためには、日本企業は、日本発の国際規格づくりに努力していくしかありません。このフォーラム会合に参加していた日本のある多国籍企業の専門家が、いみじくも呟いたように、日本の企業も中国のSACと協力協定を結ぶ可能性を追求するということも、遅ればせながらもう一つの方策としてあり得ますが・・・。

 今回の「北東アジア標準協力フォーラム」の会合は第6回目の会合で、これまで韓国、中国、日本がホスト国となって、順にソウル、北京、東京で開催されてきた首都シリーズに続いて、済州島、海南島で開催されてきた島シリーズとでもいうような第2順目の会合の最後の会合として淡路島で開かれたものですが、これまでほぼ友好一色で彩られてきたこのフォーラムも、今後、3順目に入るとそろそろ実際の利害がぶつかり合う会議へと変容していくような感じがします。

 ところで、以上の話と全く関係ありませんが、会議の主催者として会議の前日、準備のために淡路島に入ったとき、今年、初めて大陸から吹き付けた寒波によって日本海側から流れてきた時雨雲を背景に、明石海峡に虹が架かっていました。明石海峡の上に架かるその虹は、雲の合間から射す秋の太陽の光に照らされた海峡と神戸の街を背景に、明石海峡大橋と二重の橋を描き、とても印象的な光景でした。私にとって、淡路島は初めて訪れた地ですが、いろいろな意味で印象深い場所となりました。

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