第110回 「甘利山、天空のヤマツツジ群生地」


 もう完全に季節を外した話題になってしまいますが、ご関心のある方のために来年以降の参考情報として書き残しておくことにします。山の開けた斜面全体がヤマツツジの花で朱色に染まる、天空のヤマツツジの群生地の話です。見ごろは6月中旬の一週間ほど。天気に恵まれれば、そこから富士山、南アルプス、八ヶ岳を始めとする3,000m級の山々と素晴らしい甲府盆地の眺望を楽しむことが出来ます。


 そこは、きっとマニアにとっては有名なところなのではないかと思います。でも、私はその場所のことを知りませんでした。本当にひょんなことでその場所を知ることができたのですが、高原いっぱいに咲くヤマツツジの群落を見ることは、私にとっては長い間の「夢」のようなものでした。


 「夢」の始まりは、もう40年ほど前のことになります。大学時代に研究室の仲間と長野県の塩尻の近くの高ポッチ山に行ったことがきっかけでした。高ポッチ山は、「山」という名前が付いていますが、美ヶ原の南西に位置する穏やかな稜線をもつ高原です。それでも標高は1,700m近くありますから、立派な山であることには違いありません。何でそこに、しかも6月という休みでもない時期に行ったのか、もう全く覚えていませんが、高ポッチ山に足を延ばした理由の一つには、ヤマツツジの群生地があるという話を聞いていたことがあったように思います。


 約40年前、諏訪湖の湖畔から長い林間アクセス道路を登って高ポッチ山の頂上近くの駐車場に着いたとき、そこは糠のような雨が混じる乳白色の霧の中でした。それでもところどころに朱色のツツジが花を付けていて、霧の中に見え隠れし、ちょっと幻想的な風景だったのを覚えています。でも視界は効かず、「山の斜面全体が朱色に染まる」と形容されるツツジの群落を見ることはできませんでした。そして、昨年の秋、ツツジの時期の再訪を心に思い描きながら久しぶりに高ポッチ山を訪れた際に知ったことは、あれからツツジの株はかなり減ってしまったということでした。確かに高原にあまりそれらしき灌木が見当たりません。そんなことや、梅雨時の予想のつきにくいお天気事情もあって、6月の中旬に信州にヤマツツジを見に行こうという「夢」の実現に向けた準備は、今年もまったく進んでいませんでした。


 そんなおり、今年の6月14日の土曜日は車で信州に行き、蓼科に一泊することにしていました。翌15日の午前中に母親の27回忌の法要を菩提寺のある上田市の安楽寺で営むことにしていたことから、蓼科に行くだけなら、朝遅く東京を出ても4時間ほどあれば行けます。そこで前日の夜、翌14日の行程について思案していたところ、偶然、TVの首都圏ニュースで「ヤマツツジが見ごろを迎えている」という季節の便りを目にしたのです。しかも、その場所は蓼科に行く途中にある韮崎。その場所は、「甘利山」ということも分かりました。


 翌14日は、都合で東京を出たのはお昼過ぎになってしまったのですが、梅雨どきには珍しく、午後になっても快晴の空模様が続いていました。韮崎ICで高速を降り、ナビにしたがって甘利山を目指します。ところどころ対向車とすれ違うことが難しい細い道、でも比較的よく整備された舗装道路が、ほぼ甘利山の頂上近くまで延々と続いていました。ツツジが見ごろというだけあって、そんな道でも相当の交通量があります。対向車との行き違いに何度か苦労しながらたどり着いた頂上近くの駐車場のまわりには、もうツツジの群落が山のところどころに顔を見せていました。


 駐車場から約30分、良く整備された遊歩道を山頂に向かって歩いていくと、やがて視界が大きく開け、眼下に甲府盆地のほぼ全景が見えてきます。それとともにツツジの大群落が姿を見せ始めました。さらに、甘利山の山頂につづく緩やかな斜面には、あの「開けた斜面全体がヤマツツジの花で濃い橙色に染まる」光景がひろがっていたのです。



(甲府盆地と富士山)



(甘利山の山頂に続く斜面と南アルプス)


 もう後はあまり余計なことを書くことは止め、写真を見ていただくことにしますが、それでもいくつか解説のようなことを記しておきます。


 ここへ来て知ったのですが、ここで咲くツツジにはヤマツツジとレンゲツツジがあるのだそうです。ヤマツツジは背の比較的高い灌木で、灌木全体に花を付けて、斜面のあちこちに分散して生えています。一方、レンゲツツジは背が低く、株と株の間に少しの間隔をおきながら斜面いっぱいに群生しています。ともに濃い橙色から朱色の花をいっぱいにつけますから、特にレンゲツツジの群落のある斜面は、山肌全体が赤く染まったようになっています。レンゲツツジは、有毒なので馬や牛が食べ残すことから、牧場などでは群生地が生まれやすいのだそうです。ただ、ここ甘利山の群生地が生まれた理由はよく知りません。



(ヤマツツジ)



(レンゲツツジの群生地)


 そして、ここ甘利山からは、富士山、南アルプス、そして八ヶ岳といった3,000m級の山々を展望することができます。特に、(添付した写真には、頂上付近に雲がかかっていたために裾の部分しか見えませんが)甲府盆地の背後には、形の良い「裏富士山」がスックとそびえていて、素晴らしい景色です。私たちはツツジの群落の中の散策だけで帰ってきましたが、ここから見ることのできる朝夕の富士山は、甲府盆地の光の海を前景として大変に美しいもののようで、ツツジの季節に限ることなく、甘利山には写真マニアが多く来られているようです。実際、私たちが行った時も何人ものマニアの方々が、いくつかの撮影ポイントに昼間から三脚を立てて、朝夕のシャッターチャンスを待っていました。 (なお、甘利山からの夜景の写真を次のサイトからお借りして、コラムの最後につけておきました。 http://blog.goo.ne.jp/yamanashi100yama/e/e33200cef9d71fca7e3a41a68a84df8f)


 まあ、あとは写真をお楽しみください。



(八ヶ岳赤岳)



(甲府盆地)


 なお、後日知ったのですが、甘利山はヤマツツジの群生地、そして南アルプス鳳凰三山へのアクセスルートとして、山梨県では有名な観光スポットなのだそうです。確かに甘利山山頂への遊歩道はとてもよく整備され、また、山頂下の駐車場の横には、山小屋のような宿泊施設と、軽食のとれる小奇麗な施設があります。そして、そこの従業員の方々と話をすると、彼らがこの甘利山を愛し、とても大事にしていることが伝わってきました。


 最後に高ポッチ山について少し書いておきましょう。ヤマツツジはともかくとして、高ポッチ山自体は、北アルプスから御岳山、中央、南アルプス、そして富士山、そして眼下には諏訪盆地がきらきら光る諏訪湖とともに見える絶好の展望台です。そんなところでありながら、隣の美ヶ原や霧ヶ峰と異なり人気は少なく、高原を吹き渡る風の音が聞こえてくるように静かな高原です。ツツジの群落が減ったとはいっても、今でも信州の高原らしさを味わえるとても良いところだと思います。アクセスの便はあまり良くありませんが、お勧めのスポットです。



(甘利山からの夜景)
(http://blog.goo.ne.jp/yamanashi100yama/e/e33200cef9d71fca7e3a41a68a84df8fから引用)





記事一覧へ