第106回 「台北郊外(九●(人偏に分)、平渓)を歩く」


この風景から、何か思い出しませんか?そう、この建物は「千と千尋の神隠し」の湯婆婆の屋敷のようですね。こうしたことから、この街は「千と千尋の神隠し」モデルとなった街だ、という話がありますが、それはどうも後からつくられた話のようです。でも、この街は確かにそういった妖しげで不思議な雰囲気にあふれています。



「千と千尋の神隠し」の「湯婆婆の屋敷」のような茶楼(九●(人偏に分))


ここは台北から東北東にバスで1時間半ほど行ったところにある九●(人偏に分)(ジョウフェン)です。九●(人偏に分)は東シナ海を臨む山の急斜面にへばり付くように広がる街で、昔、金鉱が見つかったことを契機に出来た街という由来を知れば、この妖しさ不思議さも何となく得心がいきます。


最近は、台湾の中でも人気の観光地となっているということで、街の中心を曲がりくねりながら登っていく狭い階段状の道の両側には、いろいろなお土産物屋や食べ物屋がぎっしりと並び、人があふれ、門前街の参道のような活況を呈しています。日本と異なるのは、原色や華やかな色使いの店が多いこと。加えて揚げ物の油の臭いや、臭豆腐のような強烈な臭いも漂っていますから、やはり台湾ならではの雰囲気です。




私たちのような外国人にとっては、山あいの一角に出現するこの妖しげな街並み自体に大いに惹きつけられるものを感じますが、と言って、この街は他に大して見るものがあるわけではありません。それでもこの地が台湾人にも人気のある観光地となっているのは、この地が台湾では有名な「悲情城市」という映画の撮影地となったことが大きな理由のようです。


大して見るものがあるわけではなくても、しかし、この街は歩いているだけで十分に面白い街です。道の両側に並ぶ店を覗いたり、食べ物をつまんだりしながら歩くのも楽しいですし、階段を横切る狭い路地を入っていくと古い街並みと遠くの眼下には真っ青な海が見えます。また、街にはなぜか猫が多く、あちこちの陽だまりで昼寝をしています。




そんな妖しげな街の一角に、「九●(人偏に分)茶房」というとても素敵でセンスの良い空間がありました。芸術家がオーナーというその茶房は、九●(人偏に分)の文化財にもなっている古い家の中を改装し、色とりどりの土瓶や茶器を整然と並べた、気持ちの良い空間を作り出しています。店を入った土間には縦長の囲炉裏が置かれて鉄瓶が並び、お湯がシュンシュン沸いています。その音が、かえって店の静寂さを引き立てているようでした。




  

その雰囲気にひかれてお茶をいただきに入ると、店の裏のテラスに案内されました。そこは「湯婆婆の屋敷」と海を見下ろせる静かな空間で、そのテラスの隅でもお湯が鉄瓶で沸かされています。店の感じの良い店員さんに日本語で凍頂烏龍茶という香り高いお茶のいただき方を教わり、ゆっくりと素敵な景色と静かな時間を楽しむことができました。


九●(人偏に分)から山を路線バスで駆け下り、瑞芳(ルーファン)という町へ。ここも結構、にぎやかな町で、瑞芳駅の近くの道の両側には食べ物屋や屋台が並び、アジア特有の活気のある“混沌”が支配しています。小さな食堂の牛肉麺で腹ごしらえをした後、ここから、台湾鉄路局の平渓線というローカル線で、かつて炭鉱で栄えた渓谷沿いの田舎町を訪れました。


ローカル線がゆっくりと渓谷を走り、沿線に連なるいくつかの趣ある集落を訪ねることのできるこの地域は、最近では、大変な人気の観光地となっているようで、瑞芳から平渓(ピンシー)に向かう短い編成の列車はラッシュアワーのような混み方です。たまたま一番前に乗り、運転席のすぐ後ろに立っていた私たちに、ちょっと驚くようなことが起きました。運転士さんが運転席を開け、運転室の空いている空間を私たちに開放してくれたのです。おかげで、自動車でいえば助手席のようなところに座って列車の旅を楽しむことが出来ました。




      

瑞芳から30分ほど渓谷に沿って行くと「十分(シーフェン)」という集落に着きます。「十分」の集落は、線路の両側にへばりつくような形で広がっているために、街の市場の中を列車が走っているという状態になります。それだけに、人の方も線路内にお構いなく入り、線路が歩行者天国状態です。




      

この地域では旧正月に、天燈というランタンの大きなものを、願い事を書いて空に上げることで知られています。無数の天燈がゆらゆらと暗闇の中に上がっていくのですから、さぞ幻想的な光景でしょう。最近では、この天燈上げが観光資源化して、一つ150円ほどでいつでも上げることができるようになっています。若者たちが、いろいろな願いを天燈に書いて次々と天燈を空に上げていました。ところで、こんな大きさの天燈が空の相当な高さまで上がるよう、結構大きな火が天燈の中では焚かれますから、よく周辺が山火事にならないものだと思います。それにしても、旧正月に行われるというこの地の天燈上げは一回見てみたいものです。



【平渓地域の天燈祭りの様子(絵葉書)】


さて、すっかり観光ガイドのようなコラムとなってしまいましたが、台北の郊外の小旅行は、期待以上の小旅行となりました。実は、私たちにとって今回は初めての台湾訪問で、台北の街も十分に見ないうちから、旅の2日目に郊外に足を延してみたのですが、とても良い一日を過ごすことができたと思います。


今回の台湾の旅では、このほかにも、(よく言われることですが)台湾の人たちは親日的で、物価は安く、食事も美味しいということを十分に味わって帰ってくることが出来ました。また、台北の市内交通システムの便利さには、とても感心しました。皆さんもよくご存知のことだと思いますが、これらのことも機会があったら書いてみたいと思います。


実は、今回の台湾旅行では、ほんの数時間の行き違いで、S tanford大学時代の台湾人の友人との30年ぶりの再会が果たせなかったのですが、今度は、彼ら家族との再会を口実に、近いうちに再び、台湾を訪れてみたいと思っています。







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