第101回 「海外の再生可能エネルギーに目を向けよう」
日本の将来を考えたとき、再生可能エネルギーの導入を拡大していくことが必要との意見には、誰も異論はないと思います。これまでにも再生可能エネルギーの導入拡大に向けて、さまざまな取組みが行われてきました。特にここ数年は、再生可能エネルギー固定価格買取制度の創設など、かなり思い切った政策がとられてきました。しかし、こうした取組みだけでは日本の将来のエネルギー供給の安定確保を図るためには、十分なものとは言えないのではないかというのが、今回のコラムで問題提起したいことです(1)。そのポイントは以下のようになります。
- 日本は、エネルギーの安定供給の確保と2050年に向けたCO2の大幅削減のため、再生可能エネルギーを大量に導入することが必要。これは原子力エネルギーの利用を継続した場合でも同様。
- 再生可能エネルギーの大量導入を図るためには、海外の太陽、風力エネルギー資源の利用拡大を図らなければ、その実現は困難。国内の再生可能エネルギー資源の利用の拡大を図ることはもちろん重要だが、将来をにらむと政策の重点を海外の太陽、風力エネルギー資源の利用拡大にシフトすることが必要。
- その際、重要となる取組み課題は、海外の太陽、風力エネルギーの特徴に合った利用技術の開発と、そのエネルギーを大量に日本に輸送する手段の開発。
【日本が目指すべき再生可能エネルギーの導入規模】
まず、日本で将来的に必要となる再生可能エネルギーの導入規模について考えてみましょう。現在、日本は一次エネルギー供給の80%以上を化石燃料に依存しています。ほとんどの原子力発電所が止まった2011年度には、化石燃料への依存度は90%を超えました。最近、米国などにおいてシェールガスのブームが起きていますが、シェールガスの恩恵に日本がどれほど裨益できるかは不透明です。そして何よりも、中長期的には化石燃料資源の賦存量に限界があることに変わりはありません。いずれはその限界が化石燃料の需給に大きな影響をもたらすでしょう。今後、世界の化石燃料の消費は増加の一途をたどり、世界の化石燃料の消費量は2035年には現在の約1.5倍に増加すると見通されています(2)。こうしたことから、エネルギーの消費国間で化石燃料の確保競争が一層熾烈化し、価格が上昇していくことは必至です。とくに、アジアには中国、インドなどエネルギーの大量消費国があり、日本は大きな影響を受ける可能性があります。したがって日本の将来を考えるならば、今後、化石燃料への依存を大きく減らしていくことが必要です。
加えてCO2の排出量も減らしていかなければなりません。大気中のCO2濃度は年々増加し、産業革命前の280ppmから、とうとう400ppmを超えるまでになりました。2050年までにCO2排出量を先進国で80%削減、世界全体で50%削減するという目標は、G8の首脳間で共有し日本も堅持している(3)目標です。化石燃料への依存を大幅に減らさない限り、この80%削減という目標は達成できません。
さて、それでは日本の将来のエネルギー供給について、これまで、どのような見通しが描かれてきたのでしょうか。昨年、国を挙げて日本のエネルギー需給の将来像、「革新的エネルギー・環境戦略」が検討されました。それによると省エネを最大限行い、再生可能エネルギーを最大限導入し、かつ、(原子力発電所の多くが稼動していた)2010年度と同程度、すなわち電源構成の25%を原子力エネルギーに依存(一次エネルギー供給量の12%に相当)したとしても、日本は、2030年においても一次エネルギー供給量の約75%程度を化石燃料に依存せざるを得ないとみられます。(ちなみに、原子力エネルギーにまったく依存しない場合には、化石燃料への依存率は約85%となります。)
原子力エネルギーに将来にわたって依存することの是非については、いろいろな意見がありうると思います(4)が、将来のエネルギー供給を考えるうえで重要なことは、多くの原子力発電所が稼働していた2010年度でも、原子力エネルギーが担っていたのは日本の一次エネルギー供給量の約1割程度であったということです。
つまり、将来に向けて化石燃料への依存度を減らし、エネルギーの安定供給の確保とCO2の排出削減を図っていくためには、これまでと同程度、原子力エネルギーに依存したとしても、それだけでは不十分であり、再生可能エネルギーを大量に導入していくことが必要なのです。別の言い方をすると
日本の一次エネルギー供給 = 化石燃料 + 原子力 + 再生可能エネルギー
なのですから、化石燃料への依存度を大幅に減らすためには、化石燃料の担っていた役割を、置き換えるほど大量に再生可能エネルギーを導入することが必要なのです。さらに原子力エネルギーへの依存とCO2の排出を減らそうとするなら、もっともっと大量の導入が必要となります。ここでは、この「大量に」という点が重要です。
しかし、「革新的エネルギー・環境戦略」では、再生可能エネルギーの導入に精一杯頑張ったとしても、2030年において再生可能エネルギーは、日本の一次エネルギー供給量の約12%を賄うのにとどまるという姿になっています(5)。しかもこのレベルの量の導入であっても、その実現には、量的にも、経済的にも相当な困難があると言われています。
【国内の再生可能エネルギー資源の限界】
これは、再生可能エネルギーの導入拡大策が、国内に賦存する再生可能エネルギーの利活用を前提としたものにとどまっているためです。再生可能エネルギーのうち、地球上に大量に賦存するのは太陽エネルギーと風力エネルギーです(6)が、日本国内に賦存する太陽光・熱、風力資源は、日本列島のおかれている地理的条件(緯度、気候等)から、(残念ながら)質的にも量的にも大きな限界があります(図1参照)。ある研究者の分析(7)によれば、年間1m2あたり2,000kWh以上の太陽エネルギーが利用可能な地域(図1の黄色以上の地域)でないと太陽エネルギーが経済的に競争力あるものとならないと言われています。(この図では、日本は真っ青ですね。)
出典: S. Lohmann et al, Validation of DLR-ISIS data, German Aerospace Center, Oberpfaffenhofen, 2006,
【図1】太陽エネルギーの賦存状況
つまり、日本が化石燃料への依存を大幅に低下させ、価格競争力のある再生可能エネルギーを大量に導入するためには、海外の太陽、風力エネルギー資源への依存が不可欠なのです。
ただ、「海外の太陽、風力エネルギー資源への依存が不可欠」というと、日本のエネルギー・セキュリティはどうなるのかということになりそうですね。
しかし、地球上に太陽、風力エネルギー資源は無尽蔵にあります。さらに、質的、量的に優れたこれらのエネルギー資源を有する地域は、政情の安定した国を含む広大な地域にあります(図1及び2を参照)。現在、天然ガスの輸入依存度が97%、石油の中東諸国への依存度が85%、を超える水準(2011年)にあることを考えれば、太陽、風力エネルギーを海外に依存しても、エネルギー・セキュリティは現状よりも向上することは間違いないでしょう。
【海外の太陽、風力エネルギー利用技術開発の重要性】
「海外の太陽、風力エネルギー資源への依存が不可欠」という認識に立った時、“海外の太陽、風力エネルギー資源を利用して、如何に大量かつ安価なエネルギーを製造し、それをどのように日本に運んでくるか”ということが次の重要な課題となります。
まず、海外の質の高い太陽光・熱、風力資源の特長をフルに活用して、コストの安いエネルギーを得るためには、エネルギーの利用技術を海外資源の状況に合った形に変える必要があります。例えば海外の太陽熱資源は、利用可能な時間帯、エネルギーの強度、利用可能な波長域などが日本国内のそれとは異なります。このため日本国内で得られるエネルギーの質の制約によって技術的、経済的に利用困難あるいは不利であった技術が、海外の条件下ではより競争力のある技術となり得るからです。
また、海外資源の状況に合った利用技術開発をすることは日本の技術の競争力を高める観点からも重要です。日本の国内資源を前提とした利用技術開発だけでは上述のように日本のエネルギー問題を解決できないばかりか、利用技術の主戦場となる太陽、風力エネルギー資源に恵まれた地域(太陽エネルギーについては図1の橙色、赤色の地域)で日本の技術は遅れをとってしまうでしょう。それにもかかわらず、現在、政府が行っている再生可能エネルギー製造利用技術に関する研究開発は、国内での製造利用を念頭においたものが中心となっています。これは見直していく必要があります。
【海外の太陽、風力エネルギーをどのように運んでくるか】
次に海外で太陽、風力から得たエネルギーをどのように日本に運んでくるかを考える必要があります。太陽エネルギーは電気や熱に、風力エネルギーは電気に変えて利用することが一般的ですが、電気や熱を大量に、かつ、遠距離運ぶことは大変に困難であり、また、コストもかかります。このため、太陽エネルギー、風力エネルギーを運搬可能な化学物質(化学エネルギー)に変えて利用することが合理的です。地球上に豊富に存在する水を利用してこれらのエネルギーを水素に変えれば、(後述するような困難はあるものの)船などで運搬することが可能となり、また、水素として使えば、CO2を出すこともありません。
この水素の利用技術開発や関連インフラに関する導入支援などは、既に政府によって行われています。ただ現在のような規模では、大量の再生可能エネルギーを導入するためには不十分です。現在、水素を燃料とする燃料電池自動車を2025年までに250万台、家庭用の定置型燃料電池を2030年までに530万台導入するための水素導入計画が進められていますが、これだけの水素を導入しても、そのエネルギー量は2030年までに日本の一次エネルギー供給量の1〜2%を置き換えるに過ぎない量であり、先ほど述べた「大量に」という規模からは程遠いレベルです。日本の化石燃料への依存度を大きく減らし、CO2排出量を2050年までに90年比80%削減するためには、この数十倍の水素を海外の太陽、風力エネルギーから安価に製造し、輸送、貯蔵する方策を検討しておく必要があります。ちなみに、現在の水素の導入計画は、輸入した原油や天然ガスから分離した水素やコークス炉から発生した水素を利用することを前提としているので、この程度の規模にとどまっているのです。
ただ、水素もこれを大量に取り扱う(運ぶ、貯める、使う)ためには、もう一工夫が必要となります。水素は、化学エネルギーとしては極めて有用な物質ですが、水素は超低温(-253℃)まで冷却しないと液化しませんし、液化しても外部からの自然入熱によるボイル・オフ(自然蒸発)を止めることはできません。また、水素は漏洩すると爆発する危険性が大きい物質ですが、水素は金属を脆くする性質があるため、容器には炭素繊維などの高価な材料を用いる必要があります。さらに、水素には臭いが付きにくいため、漏れているかどうかが分かりにくいという問題もあります。こういった事情で水素を取り扱うことは容易ではありません。これまでの技術開発によって、水素の輸送・貯蔵技術にもかなり目途がついてきたと言われていますが、大量かつ遠距離(長時間)の輸送・貯蔵となるとまだまだ課題は多く、水素が再生可能エネルギーの大量導入手段となり得るかどうかは、技術的にも、経済的にもかなり疑問です。
そうしたことから、これまでの取組みに加えて水素を輸送・貯蔵が容易な別の物質(水素キャリア)に変えて運搬し、利用することを考えることが必要です。アンモニア、メチルシクロヘキサンなどがこういった物質の候補として提案されています。水素キャリアは、利用の際に再び水素を取り出して使う物質のことですが、アンモニアは水素キャリアになるだけでなく、それ自身がCO2を出すことなく燃えるので、そのまま発電タービンや工業炉などの燃料、あるいは燃料電池の燃料としても使える可能性があります。(この場合、アンモニアは水素キャリアではなく、エネルギー・キャリアと呼ぶべきでしょう。)つまり、アンモニアは、大量の化石燃料を代替するCO2フリーの燃料となる可能性があります。
これらの水素キャリア、エネルギー・キャリアとなる物質には、それぞれの特徴があります。ここで大事なことは、それぞれの物質の特徴と用途や使用条件を踏まえつつ、複数の大量導入シナリオを想定して、複層的な調査研究や技術開発を進めていくことです。今後、さまざまな予測不能な経済的、社会的環境変化や技術進歩が起きることが間違いない中で、コストを含むシナリオ間の優劣は、大きく変わり得るのですから。
こうした水素キャリアあるいはエネルギー・キャリアとなる化学エネルギーの研究開発を進めることは、実は、国内の太陽、風力エネルギーの利用拡大にも役立ちます。何故なら、太陽、風力エネルギーを化学エネルギーに変えて貯めておくことによって、これらエネルギー資源の本来的かつ重大な欠点、すなわち、利用可能なエネルギー量の時間的変動が極めて大きいという問題を克服できるからです。しかも、蓄電池などを利用するよりはかなり経済的に。さらに、化学エネルギーであれば、送電線を建設することなく、必要な時に必要な量、既存の輸送インフラを使って輸送することもできます。
これまで、再生可能エネルギーは、夢のエネルギーともてはやされながらも、日本のエネルギー需給の将来においては、どちらかといえば主役というよりは、お客様のような扱いを受けていたのではないでしょうか。日本のエネルギー需給に係る制約要因を直視したうえで、再生可能エネルギーが将来的に担うべき役割を見直し、長期的観点に立って量的にも質的にもその大きさに相応しい取組みを早急に開始する必要があるのではないでしょうか。
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(参考) 図2は、地球上で利用可能な一次エネルギーの賦存量を同じ単位で表したものです。一番、右の列は化石燃料で、これはストックの量です。右から二番目の列と“太陽”は、再生可能エネルギーでこれは、毎年、利用可能なフローの量です。左の方にある小さなオレンジ色の○は、毎年、世界で使用されているエネルギー量です。太陽エネルギーが如何に大きなエネルギー源になりうるかが分かります。(太陽エネルギーに続いて、比較的大量に賦存する再生可能エネルギーは風力エネルギーであることも分かります。)
(出典) A Fundamental Look at Energy Reserves for The Planet (Richard Perez & Marc Perez)
【図2】 地球上に賦存する各種一次エネルギーの量
(1)実は、このコラムの「第95回 2030年に向けたエネルギー政策への期待」は、同様の問題意識で書いています。今回は、問題と考えている点をできるだけクリアに書きたいと思います。
(2)IEA(国際エネルギー機関)のEnergy Outlook 2012.
(3)2008年に日本がホストして開催された「洞爺湖サミット」で、この80%削減目標が福田首相(当時)を含むG8首脳によって合意されました。
(4)ちなみに、私は、原子力エネルギーを活用することには賛成です。原子力エネルギーには使用済み核燃料の処理問題などの大きな未解決の課題がありますが、少なくとも日本が必要なエネルギーを安定的に確保できるようになるまでは、原子力エネルギーには一定程度の依存をする必要があります。
(5)「革新的エネルギー・環境戦略」2012年9月29日の「25シナリオ」(電源構成の25%を引き続き原子力発電に依存する場合)の場合の一次エネルギー供給に占める再生可能エネルギー量を推計。
(6)文末に地球上に賦存する各種一次エネルギーの賦存量の大きさを表した図を参考までに示しておきます。これを見ていただくと太陽エネルギー量の圧倒的な大きさが分かります。
(7) F. Trieb et al, Concentrating Solar Power for the Mediterranean Region, German Aerospace Center by order of Federal Ministry for the Environment, Berlin, 2005
(8)この理由としては、研究開発財源となっているエネルギー特別会計の制約が影響していると言われています。
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