第28回 日中の知財保護協力、新たな「協働」へ
日中知財保護の協力覚書を歓迎する理由
来る6月25日午後、京都商工会議所主催「第2回中国ビジネス勉強会」にて「中国における知的財産戦略の背景、現状及び最新動向」を題としたお話しをさせて頂く予定である。6月7日、配布資料を作成しようとしているところで、次のニュースが目に入った。NHK等の報道によると、日中両国政府は閣僚級による「ハイレベル経済対話」を東京都内で開き、知財の保護や、アジアの途上国支援で協力することなどで一致し、各分野で覚書を交わした。
同報道によれば、二階俊博経済産業大臣と陳徳銘中国商務大臣は模倣品や商標登録の侵害など知的財産権全般について、知的財産権の保護や侵害防止のため、双方の関係部門の担当者による作業部会を年内にも創設し、インターネット上の知的財産侵害への対策や、海賊版の取り締まりなどの制度整備や運用について議論するという。
従来から日中知財ビジネス関連業務にも取組み続けている1人として、次に述べる理由からこのような動きを大いに歓迎する。一つは、これまでのように日本の政府や産業界が一方的に中国側に知的財産の保護を要請する(時々「指摘」するまたは「摘発」するといったほうが実態に近いかもしれないと筆者が思う)形ではなく、両国政府が協力して環境整備に当たる(日本経済新聞、2009年6月4日)ことは重要な意味を持っており、この連載の第12回、第13回でも触れた「日中の掛け算関係の構築」に資すると期待される点である。
二つ目は「中国で横行する模倣品被害を防止するため両国の関係機関が連携して年内にワーキンググループを設置することで合意」した点に、具体的な前進がうかがえることである。今後、日中連携ワーキンググループにおける活発な対策検討を通し、「見えていなかった事情」や「どこまで、どのようにやるべきであるか」等、予測しがたい議論も多数発生するかもしれない。しかし、そのような具体的な議論があってはじめて日中間の「知財の空気を読む」ことが可能となり、そこに真価があるのではないかと思う。
最後、三つ目に述べたいのは日中の知財関連機関だけでなく、両国の産業関係省庁が主役として連携し知財の保護等を推し進める点である。筆者は「知財ありき」のような発想ではなく、「知的経済」の進展、インターネットの普及および経済のグローバル化といった時代的な背景を念頭に置きながら、経営活動の中における知財の特質と限界、知財とビジネスの接点、事業構想などにおける知的財産の「出番」について横断的に検証し提案する1人であるため、「経営の中の知財」や「産業の中の知財」というアプローチには共感する。
5年前の拙稿を読み返したときの感想
5年前のことではあるが、2003年10月、筆者はLexisNexisからのご依頼を受けて、「近年における日中間の知財摩擦の背景、課題及び提言」 という拙稿を執筆させて頂いた。そこで、日中間の急増する知的財産摩擦は、主に@日中間のビジネスの進化、Aプロパテント政策の台頭、B知的財産戦略の本格化といった点に起因するものと認識した上で、さまざまな課題が存在する中、日本における諸課題について以下三つを提起した。
第一に、中国の知財制度や知財環境などに関する多面的情報が十分に提供されていないゆえに、情報の解読が不足している。第二に、日中両国の基本的なビジネス事情を理解し比較法的なアプローチで知財情報を処理し活用できる横断型人材が不足している。第三に、日本企業には時代に合ったテクノビジネス・ストラテジーが欠如している、というものである。
そして、日中間の知財摩擦を回避していくためにはさまざまな対策が必要かと思われるが、上記の理由から、まず日系企業は経営戦略や技術戦略に整合した「中国向け知財戦略」を確立すべきであり(ビジネス実務)、次に一部の大学等で中国の知的財産法や経済関係法などを含む「中国ビジネス・ロー」という教育プログラムを設けるべきであり(知財教育)、最後に中国国家レベルの情報だけではなく、地方レベルの関連情報も多面的に網羅する「中国知財ポータル」を構築すべきである(情報ポータル)、と簡単な提言を申し述べた。
1999年4月、筆者は韓登営氏(前中国国際貿易委員会特許商標事務所東京代表、現北京華夏正合知識産権代理事務所所長、中国弁理士)と共同で『中国知的財産ハンドブック〜Q&Aで知る100のポイント』を編著し、筆者の博士論文の審査委員の1人で、前東京大学大学院教授の中山信弘先生がそこで「序文」を書いて下さった。中山先生に指摘された通り、当時は「最も近くかつ重要な国についての知識は、驚くほど欠乏している」という状況だった。拙著は後に中国知的財産全般を紹介する日本初の入門書と称して頂くこともあり、日本国際貿易促進協会機関紙では、「日中間のビジネスのあらゆる面で知財問題は無視できなくなっており、本書のようなハンドブックを備えておく必要のある時代となった」という専門家からのコメントを頂いた。
拙著から10年、また拙稿から5年余りが経ったいま、日中両国における知的財産の創出、保護及び活用をめくる環境はまた大きく変わっている。多数の著書論文が相次いで発表されたのは言うまでもないが、ジェトロ北京センター「知的財産室」から「知的財産部」への改称、日本「官民一体知財保護訪中団」の継続的実施、昨年年末東京にて開催された「日中知財交流シンポジウム」など枚挙にいとまがない。日本政府が2002年7月に日本初の国家知的財産戦略を策定したのに対し、中国はそれを参考素材の一つにして、昨年中国初の国家知的財産戦略を策定した。
とはいうものの、拙稿から5年余りが経ったいまも、解決されていない課題は多数存在し、とくに模倣品問題などへの対策は期待されるほどの持続的な効果が見られないとしばしば指摘されている。一方、中国における知財環境の変化が十分にフォローされているとは限らない。一方的な「指摘」や「摘発」から双方間の「協力」や「協働」へと、さらに「共生」や「共創」へと繋がればと思うのは筆者だけであろうか。日米間にあった激しい知財摩擦が表れないように、中国における知財環境の現状を多面的に認識することが不可欠となろう。
中国にける「国家知的財産実証パーク」
さて、2009年3月現在、中国では27箇所の「国家知的財産実証パーク」が設けられているのをご存知でしょうか。
「国家知的財産実証パーク」は中国語の「国家知識産権試点園区」の訳語である。国家知的財産実証パークは中国国家知識産権局により実施される「知的財産実証モデル事業」の重要な部分であり、認定された知的財産実証パークは国家知識産権局により指定された実証事業を行い、一定の期間を経て再び審査に合格すれば、「実証パーク」から「モデル建設パーク」へと昇格するとともに、そこで得られた経験や情報は他のパーク等の参考として提出される。
具体的には2004年11月12日、中国国家知識産権局により「知的財産実証モデル事業についての指導意見」が各省や直轄市等の知識産権局に通達された。それまで、同指導意見は内部的に選んだ一部の都市や産業パーク等を対象とした「特許事業」に着目するものであったが、特許に限らず「知的財産事業」に着目している点、更に明示された手続での実施という仕組みになったことが、特筆すべき変化として挙げられる。
また同指導意見にて、知的財産実証事業の対象を、認定を受けた都市・産業パーク・企業とし、実証事業が一定の期間・条件を満たして合格となった場合に知的財産「実証パーク」ではなく知的財産「モデルパーク」として公表されると明文化された。そこで、産業パークに関しては、2005年3月、国家ハイテク産業開発区の天津新技術産業園区等が第1次国家知的財産実証パークとして認定されて以来、2008年12月現在、国家ハイテク産業開発区を中心とした27の産業パークが国家知的財産実証パークとして認定されている。
また、武漢東湖新技術開発区、楊凌農業ハイテク産業モデルゾーン、長春ハイテク産業開発区は国家知的財産モデルパークとして認定されている。
国家知的財産実証パークの位置づけ、リストや地理的分布、その役割、日系企業を含む外資系企業との関係などについては、前回ご案内申し上げた「中国におけるサイエンスパーク・ハイテクパークの現状と動向」の関連章節をお読みいただくか、または下記サイトをアクセスしてみてください。
中国における国家知的財産パーク一覧
ところで、本稿冒頭で述べたことから、今月25日午後、京都商工会議所主催勉強会に行く予定である。久しぶりの京都となるが、DNDを読まれている京都の方とお会いできるのではないかと、楽しみにしています。
<了>
記事一覧へ
|