◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2012/06/06http://dndi.jp/

小さな企業が日本を変える!取材記

 ・枝野大臣肝いりの"日本の未来"応援会議
 ・モデレータ平野絵里さんの差配と機転
 ・中小企業政策を変える、その剣難の道しるべ
 ・万緑の昭和記念公園でのひととき
 ・会場の模様を写真グラフでもどうぞ!

〜連載〜
◇塩沢文朗氏の『原点回帰の旅』
「化学技術がエネルギー問題を解決する−アンモニアが面白い」
〜イベント〜
産学連携学会第10回大会(高知県立県民文化ホール)


 会議は熱心に繰り広げられた=枝野大臣(中央)、
 鈴木長官(左)、モデレータの平野さん(右)


 真剣に耳を傾ける枝野大臣

DNDメディア局の出口です。デスクに向かって書き出すまでに、ずいぶんと時間を費やしてしまった。あれこれ呻吟しつつ下調べをしてほぼ1週間余り、これくらいの会議なら記者時代の"早筆"の要領で、さっさと仕上げられるはずなのだが、なぜか筆が鈍くピクリともしない。メルマガを一週飛ばして途方にくれてしまった。大臣が来たからということも少し影響した。いくつか腑に落ちない点もひっかかった。だが、熱心に参加者らが向かい会っているのに安易な批判は慎まねばならず、役所の広報じゃないのだから通り一辺倒の慣れの作業としてマス目を埋めるというのもいただけない。課題、そのものが悩ましいのである。


やっと踏ん切りがついたのかといえばそうではなく、6月に入って周辺がにわかにざわついてこれ以上ひとつのことに捉われていることが許されなくなったからである。つまり時間切れ、いまだこんなふうに煮え切らないのである。

"日本の未来"応援会議、小さな企業が日本を変える、と銘打った経済産業省主導のタウンミーティングのような会議が、福井県福井市での会議を皮切りにこの3月から5月末までの3ケ月の間、全国31都道府県の各都市で地元企業の参加を得て連続していた。その地方会議の掉尾を飾る東京多摩地区の会議が先月26日午後、東京・昭島市の産業サポートスクエアの一角で開かれた。闊達で充実した会議でした。


その意義や規模のわりにはメディアの露出が少ない気がした。マスコミの席も数えるほどだったし、一般紙の記者の姿はなかった。この会議に身近な地域の課題が満載だというのにもったいない。


プレスの受付で、会場での撮影は取材の範囲を超えると取り押さえられます、と脅かされた。事前登録制で身分を明かし参加証を持参したうえでのことです。同行のプロカメラマンもうら若き女性に上から目線でそんなことを言われて困惑していた。ささいなことだが、取材歴35年、ベテランとはいわないが、こんな風に言われたのは初めてで驚いた。羽交い絞めにして取り押さえる? そんなことはないだろう、と静かに返した。気の毒な教え方を強いられているだろうなぁ、と憐憫の情を禁じ得なかった。


周辺がバタバタして緊張ムードだと思ったら、経済産業大臣の枝野幸男さんの姿が見えた。現場に大臣直々切り込んできたのである。それではしょうがない、とは思わない。いつも通りやればいいのさ。


少子高齢化や人口減の余波で地方都市の駅前の中心市街地が疲弊しその周辺でビジネスを営む商店やサービス業といった小さな企業が息絶え絶えの状態にある。代々の蓄財を食い詰めて店をたたむケースがいわれて久しい。駅前がシャッター通りになり街から人影が消えた。それじゃ廃業に追い込まれるのもやむをえない。人口が増える越谷とて蒲生の駅前付近は、時計店がやめ、ブテックが店をたたみ花屋が母の日に店じまいした。売れ残ったカーネーションがしばらくごみ箱からしおれずに顔を出して雨に濡れていた。美容室がそれこそ50m間隔で乱立し、せめぎ合う。コンビニや雑貨店が進学塾にとって変った。夜9時すぎ、塾帰りの小さな子供らとすれ違うと胸が痛んだ。疲弊する商店街、どうなっていくのか、この先の姿がみえない。


商店街の活性化と小さな企業の生き残る術はあるのだろうか。真綿で首を絞められるような苦しさが商店街を覆う。全国各地で商工会議所や青年会議所、商工会、税理士ら士業の関係者などを中心にあれこれ必死の取り組みが行われているのも事実で、しっかりと足元を固めてチャンスをものにした企業や、地域の連携や所属団体のサポートを適切に受けて経営を維持している会社も少なくない。が、それにしても廃業の連鎖が止まらないのだ。ここ十数年で半減した地域は珍しくはない。倒産の件数以上に、その数倍規模で休業、廃業を余儀なくされている。


さて、政権が変ったからなのか、大臣の肝入りなのか、中小企業政策が大きく変わろうとしているように見える。これまでの支援策はいったいどんな意味や効果があったのか、やたら数が多く似たり寄ったりの施策が溢れてその全体がよくわからなくなっていないか、という容赦ない指摘が出始めた。が、その特効薬はあるのだろうか。問題の根が深くしかも複雑にからまって一筋縄ではいかないのである。だから、現場に耳を傾けて地に足がついた具体的な施策に知恵をだそう、ということらしい。資金といえば金融庁がからむ、女性の進出を促す待機児童解消の保育園増設となると厚生労働省、学生が社会に適応するための教育制度の改革は文部科学省という具合に、その実態はそう単純な構図にはない。それでも省庁の縦割りの弊害を取り除いて横断的な視野で課題解決に向かうという動きがでてきたことは当然だろうと思うし、歓迎すべきことだ。

議論の遡上に、小さな企業をサポートする支援機関の充実、女性の社会進出や起業を促す施策や要望、若者やシルバー人材の雇用を促進するホットな取り組みも事例として紹介された。企業の99.7%を占め雇用の70%をまかなう中小企業、いや、この小さな企業の生き死にが、日本経済の命運を担うだろうことは間違いない。枝野さんの言葉をかりれば、これまでとは違った攻めの姿勢で取り組む、ひとりたとえ3分の短い時間だが、それでもいままでやってこなかったじゃないか、真摯にその地場の声を聞こう、それを吸い上げて施策に反映させよう、それがこの"日本の未来"応援会議の趣旨ということになります。


前振りが長くなってしまった。さて、本題に入りましょうか。


午後2時開会、その定刻に司会役の関東経済産業局の野口聡部長が口火を切り、宮川正局長が、小さい企業を取り巻く厳しい実態に触れ、その現状と課題をコンパクトに説明した。中小企業庁長官の鈴木正徳さん、東京都商工連合会会長の桂教夫さん、西武信金の理事長、落合寛司さんらが見守った。


結構、深刻だ。ただデータがもう少し新しいとよかった。この10年、97年から07年という数字の拾い方はやや難がありますね。


08年秋のリーマンショック以降の数字が反映されていない。3・11東日本大震災の影響が読み取れない。実態は、それよりはるかに悪化しているのだろう、ことは容易に想像できる。最近、九州・沖縄地区の企業の倒産件数がリサーチ会社のまとめで発表された。昨年度の数字は、その前年より悪化し潜在的な休業、廃業は倒産件数の3倍以上にのぼって極めて深刻だったことを裏付けた。


失業が340万人、ひきこもりが360万人、生活保護を受けている世帯が210万人、それらが増加傾向にある…これらは何を物語っているのだろうか。小さな企業の浮沈が、これらの数字のどこにリンクするのだろうか。そんな興味をもちながら流れを追った。


宮川さんの説明では、、07年この10年で小さな企業が廃業に追い込まれたのは57万社で、雇用数に置き換えれば188万人減少した。その66%に及ぶ企業が従業員4人以下で、規模の小さい企業ほど女性従業員が多いという。働く女性らのうめき声が聞こえてきそうだ。子育て期間にある30歳代から40歳代の女性の就業率が、めっぽう低くなる傾向にある。子育てを抱える女性でも正社員として働ける環境を急がねばならないという指摘はこれまでも数多い。この世代の女性が職場復帰を果たし、それぞれに活躍の場が約束されれば、それが日本経済の確かな牽引となるのは間違いない。その数340万人、約1兆円のGDPを押し上げる効果が期待されている。


起業・創業が叫ばれていながら、またその施策が盛んに喧伝されているにもかかわらず女性の起業者数の推移は凋落傾向にあり、97年の11万6000人が07年には8万人と3割強の激減だった。いまはどうか。この辺の見直しを図りたい、と宮川局長。商店街は衰退傾向言うまでもなく、売上額は、97年で70兆円あったものが07年では53兆円と24%減少した。若手の雇用を望んでいるのに学生らは大手企業志向が強く、若手人材の雇用のミスマッチが際立った。せっかく就職しても3年後に辞めてしまう比率は、中卒で7割、高卒で5割、大卒で3割にものぼるという。


まとめとして、宮川局長は、これまでの中小企業政策を捉えて、さまざまな形態や、状況、創業から成長の各フェーズにある、小さな企業への施策は、「それらの実情にそったきめ細やかな支援策が講じられてきたか」と疑問を投げかけていた。つまり満足に講じられてこなかった、という意味なのだろうけれど、施策が企業ごとにピンポイントで対応するなんていうことが可能なのだろうか。どこまでやるか、やれるか、小さな企業とてあくまで経営者の力量は超えられない。


さて、司会役がモデレータの地元、調布で起業したエスパシオ代表の平野絵里さんにかわりました。姿勢ただしく、涼やかな声で如才のない差配をみせていた。大学等の研究機関を中心にビジネスを立ち上げた女性起業家のひとりである。枝野さんの隣の席ということもあってか、はじめはやや緊張されていたが、中盤から胸襟を開いて大臣とのやり取りもスムーズに進んだ。いくつかの論点を3つに整理してテーマごとにキーノートスピーチが行われる段取りでした。知恵を絞った工夫がみてとれる。テーブルに着いた30人余りの参加者の意見や要望を拾った。枝野さんのコメントを交えながら、その主なやり取りを紹介しましょう。

冒頭、小さな会議の狙いについて枝野さんが、「わたし自身に強い思いがある」と語り、小さな企業の行く末がこれからの日本の社会の命運を握る、いままで以上に活力を発揮していただきたい、と期待を込めた。


そして、「残念ながら〜」と言い添えて、中小企業対策というと、ともすれば苦しい会社や工場をどうやって守るか、いわば福祉行政的な傾向があって"守りの経済政策"だった。それを一概に否定するものではないが、より大きくなる芽を包含した企業を育てていく、どうやったら後押しできるか、といった"攻めの姿勢"に転じたい。そのためにみなさまからたとえ3分という短い時間でご不満もあるだろうと思いますが、これまではその3分の場もなかったわけですので、こういう努力の積み重ねによってこうした場から新しいものが生まれ、しっかりとした信頼のネットワークが築かれていくのだろう、と思います、とこの会議の存在に期待を寄せた。


論点その1は、中小企業を取り巻く経営課題について、これまでの政策をどう評価するか、反省するか。


キーノートスピーチとして、国分寺市で平成3年に設立したIT企業(株)エクシード代表の高橋正典さん、Webアプリケーション開発を中心に、ネットワークの構築、保守・運用支援、コンテンツ作成にいたるまで、広範囲なサービスを提供。多摩Tech!箱という、地域の企業自らが価格を設定・事業PRしていくECサイトを構築した。平野さんからITに強い多摩地区代表との紹介がありました。


高橋さんは、IT業界は、二重三重の下請け構造でリーマンショック以来、売上が3割減り、秘密保持契約の順守で再委託が禁止されるなど、もはや下請けからの脱却が迫られている、と語り、所属団体の支援でECサイトを構築するなど、「相互の助け合いのなかで生き抜く」と所属団体の必要性を述べた。


青梅市で精密機械加工業を経営するナップ(株)の常務、永田雅士さんは、その資料によると、1/100ミリのドリルを使用し超微細の穴を開ける技術を活かし、x線分析機器加工、ジェットエンジン部品加工など高付加価値の製品に対応。平成23年の切削加工ドリームコンテスト微細加工部門にて技能賞を受賞したモノづくり企業である。その永田さんが口にしたのは、助成金の仕組みが難しく、市や都、それに国と複雑で分かりにくい、という点でした。助成金の情報も得にくく、情報発信についてさらなるサポートを要望した。きっと優秀な技能を積み重ねてきたのだと思う。研究開発にからむ先端テクノロジーの課題などを聞いてみたい会社でした。


助成金、それに資金繰りについて西東京市で税理士を営む、山本大造さんがこれらは税理士の仕事かもしれないと話し、融資や資金繰りの相談にのっていることを伝えた。同じ山本さんで、未来会議の全国コアメンバーでこの日参加した7人のうちのひとりで、としまビジネスサポートセンター、コーディネータの山本浩治さんは、支援機関側からすると、よりきめ細かな情報発信が必要と述べ、サイトをのぞいてもどこをどうクリックしていいかわかりにくいと指摘、その点、豊島区のビジネスサポートセンターでは独自のサイトをつくり、助成金の情報や成功事例などを載せてわかりやすくしている、と紹介した。


視点を変えて、次に、紹介されたのが、羽村市の(株)フォレストリ代表、森はるかさん、資料には、中国上海生れ育ちの中国人。日本、アメリカと相次ぐ留学の後、再び日本へ。日本での生活は20年に及び、12年前から自然食品等の輸入販売、日本国内卸売業のビジネスを手掛けている。日本の心と中国の心を併せ持つ、上海と日本の新しい架け橋を築きあげ日本の中小企業の中国進出支援を実施している、という。


中国人の心、日本人の心を相互に理解し、相手の立場にたち、give&take、強みと弱みを補完しながらwinwinの関係を築いていきたい、と抱負を語った。


海外展開は、これからの重点施策になってきた。全国コアメンバーで弁護士の池内稚利さんが、日弁連(宇都宮健児会長)が中小企業向けに海外展開の助言を行うソフトインフラを5月に開設したことを明らかにした。調べると、その辺の動向が産経新聞に取り上げられていた。それによると、法律的な助言をする態勢を整えたり、商習慣など現地の事情に詳しい弁護士を育成したりといった支援に乗り出すためワーキンググループ(WG)を設置し、2月1日に初会合を開いて準備を進めていた。


歴史的な円高を背景に、大企業だけでなく、中小でも海外進出の動きが広がっているが、法律や商習慣の違いなどからトラブルに巻き込まれるケースも少なくない。日弁連はトラブルを未然に防ぎ、進出を後押しする、という。具体的には地方自治体や経済団体と連携し寄せられた相談を集約してそれに日弁連が答えていく、という。


興味深いのは、立川市で、クリエイティブ、印刷・紙製品製造を展開する福永紙工(株)の代表、山田明良さん、普通の印刷屋さんではないのである。昭和38年に設立でパッケージなどの紙器製品の印刷加工を主力にし、もっぱら受注下請けに甘んじてきた。が、05年より外部デザイナーと自社の技術を融合した「かみの工作所」プロジェクトを発足させたのを契機に、デザイン性に優れ付加価値の高い製品を扱うことを決め、自分たちで開発から販売も行う。「斬新な発想」と「誠実な工夫」が育む紙の道具なのだそうだ。自分たちでリスクをとる覚悟を決めた、というから凄いじゃない。現在、世界に300社の取引が生まれ、ルーブル美術館や、ニューヨーク近代美術館、国内では金沢の21世紀美術館などのミュージアム・ショップに商品を納めているという。世界に発信、そこに挑む。技術、それに+αが必要という。


立川で(株)中村建設は、創業が明治21年で多摩地区の顔役である。社長の中村知義さん、いま震災時の対応としてBCP(ビジネス・コンティニュー・プラン)の構築を手掛けるなど社会貢献を社風に掲げ、地元のお客様にすぐに対応できる会社を目指している、という。が、悩みは人材確保だ。「中小企業は人材を求めている。しかし、こない。将来に不安を感じているのか、3K職場を嫌がるのか、若手人材の雇用が難しい。これは学校の教育を変えていく必要があるのではないか」と訴えた。確かに。


枝野さんが、盛んに頷いていた。学校教育の変革については、教育者も含めた価値観の転換が必要だと思っている、と語り、就職希望の上位にある大手企業ランキングが発表されるが、その一方で離職者も多いのも事実、離職者ランキングも載せてもらいたい。今後、30年先に大手企業が安定しているかと言ったら疑問だ。中小企業に将来を託し、そこから大きくしていくという考え方を育むことが必要じゃないか、と強調した。


また資金繰りの問題では、地域金融機関との連携は不可欠で、この小さな会議は小さな企業がつながってうまく大きな力を発揮していく連携、連動のプラットフォームの役割がある、と思う、とあらためて期待を寄せた。

論点その2は、次代を担う若手、女性の就業について、です。


事例として、多摩市にある(株)キャリア・マム代表の堤香苗さんがマイクをとった。業種は、マーケティングリサーチとある。主婦を中心にした全国の会員ネットワークにより、消費者目線の「生の声」を活かし、マーケティング〜プロモーションまで総合的に提案・サポートを行っており、女性の就労問題に詳しい。


働きたいが、保育、介護に追われる彼女らを支える仕組みがない。そのためパソコンとネットを使った環境なら在宅でも可能となる。起業もひとりじゃ困難が伴うが、複数で立ち上げると、仕事をシェアすることが可能になる。が、現実は、スキルと、マインドの教育が十分にできているとはいいがたい、と語り、就労キャリアの訓練、外からのキャリアサポートは、資金、人材、それに信用の3つを指摘した。現場での蓄積が光った方でした。


日野市で精密板金加工を経営する(株)ミューテクノ専務の谷口栄美子さん、従業員17人のうち、5人が女性で共働きだ。資料には、スピードと品質を第一にかかげる。パソコン、自動車、OA機器部品等の弱電部品を中心に、試作品1つから量産にいたるまで、正確な製品をご要望通りの納期に届けて信頼を得ている。


そのため職場の工程間の流れのスピードを重んじるが、その効率化に女性の戦力が役だっている。ちょっとした気配りや、声掛けが大切なのだ、という。自ら進んでやってくれるのも頼もしい、と働く女性の存在感を伝えた。


続いて、女性。東久留米市で電気工事業の野島電友社(株)の野島政子さん、業歴40年余り、老舗の電気工事店で商工会の女性部会での活躍ぶりには定評がある。その野島さんがふるえる声で強調したのが、女性の働く環境の充実でした。


「女性の事務員が小さな子を抱えている」と切り出した。保育園の入所にあたって、勤務証明書の提示が求められる。これから働こう、というのに。保育園では、乳幼児はすぐに熱を出し病気にかかる。はしかとか、水ぼうそうとか、風邪とか、ね。突然、熱を出すことが多い。すると、職場に電話がかかって迎えに来るようにといわれる。そうなると母子家庭なら働けないし、働く場所も限られる。


どうか、保育所に看護師さんを待機してもらって、熱を出した日だけでもケアしてもらうことはできないだろうか、今の状態では正規の社員として働けない、と懇願するように言った。


その通りだ。保育園の問題は、所管外かもしれないが、なんとかしたい、という思いは枝野さんにも強い。即反応して、これはハードルが高い問題、深刻です、と同情を寄せた。こういう問題を解消すべく、その周辺産業を育てる取り組みを紹介し、そんなヘルスサービスを後押しして女性が働きやすい流れをつくっている、と述べた。


総括的には、女性の活力をどう引き出すか、日本の経済の見据えると、女性の力を発揮してもらうことは不可欠で、これらが必要条件というなら厚生労働省とも問題を共有して解決にあたりたい、と言った。


司法書士の松本万紀さんは、女性の起業を支援する立場から意見を述べた。法手続きに限らず女性の起業にむけた各種、情報提供やアドバイスをしているのだが、趣味の範囲で設立してやがて保育や介護といった問題が降りかかると、経営が困難なってしまう。そこで何人かがグループで設立すると、出産や、育児、介護といった課題に対して相互に助けあうことができる、とグループでの起業を推奨した。また保育園と話し合って夜18時以降も預かってもらえるような要望を出していく、ということも考えられる、とアイディアを出していました。


テーマは若手に移る。


杉並区で(株)タウンキッチンを営む北池智一郎さん、資料に、地域がつながる「おすそわけ」、とあり、キッチンを核とした地域に住む人のつながりが生まれる場づくりに取り組んでいる、という。


問題提起は、人材と地域について、地域にリタイヤ―したシニア層が多く、20代から40代のOLやサラリーマンといった現役の方々が地域に入ってこない現状だ。働く場所と、地域が分断し、若者らはこの地域に帰ってくるだけ、という淋しい状況にある、と指摘した。


コアメンバーで、(株)SPI あ・える倶楽部代表の篠塚恭一さんは、介護ヘルパーに呼びかけて介護、要介護の人へ墓参や旅行等のトラベルヘルパーを行っているが、この仕事が従来の産業分類に入ってこないニュービジネスのために、資金調達や保証となった時にテーブルについてくれる相手が見つからない、と窮状を訴え、新しい社会問題の解決には新しい仕組みやエクイティでまかなえるようにしてもらいたい、と要望した。


NPO法人「育て上げネット」で地域部長を務める井村良英さん、立川市周辺でニート、ひきこもりにある若者らの経済的に自立するための事業を展開している。大事な社会貢献事業だと思いますね。職に就かず学校にも行かないひきこもりの数が360万人に上る現状にある。


井村さんは、高校に行った時の話を例に出し、大卒の就職率が93.6%に達し、それは素晴らしいと思った。しかし、この数字は就職希望者68.9%の方々の数字で、それでは残り3割の人はどうしているのか、経済産業省へのお願いはこの3割の人への支援をぜひやってほしい、と言った。


また論点1の時に続いて、会場から、支援ネットワークがワンストップになっていない。ぜひ、支援機関の質と量をあげてもらいたい、とか省庁間の連携をさらにはかってもらいたい、という要望が寄せられた。


枝野さんは、金融機関との連携は、金融大臣と定期的な相談の場をもってやっている。金融庁と一体になってやっていく必要はある、と述べ、その意味でも小さな会議は支援者らのネットワークづくりのきっかけになっただろうし、幅広いネットワークを全国規模にもっていきたい、と意気込みを語った。就職に件では、就職希望のランキングで大企業ばかり取り上げるが、逆に退職した企業のランキングも調査したい。希望して入ったら、全然違うという声があるはずだ、と述べた。


産業分類の指摘については、司法書士の女性を例に、すでにやっていることは起業支援であり、産業分類は見直したい、と言った。枝野さん、歯切れがよい。


さて、最後の論点その3に入ります。テーマは、商店街、それに地域のなかで小さな企業をどう活性化させうるか、だ。


キーノートスピーチは、奥多摩で板金塗装を中心とした(有)カネバンの代表、金子弘行さん、これがただの板金塗装じゃないのだ。雇用を中心に話したい、と切り出した。堂々と、しかも説得力ある話しぶりは、枝野さんも思わず身を乗り出して聞き入った。


いまキャラクター関連グッズ、つまりおもちゃとか雑貨といったジャンルのものを扱っている。誰にでも簡単にできる、いわばアナログの仕事で、調べてみると、ここ10年、15年、この業界は、その大半が中国、ベトナムにとられてしまって、国内の雇用が多く失われた代表的な業種です。


この地域雇用の問題と、雑貨がどういう関係があるんだ、と思われることでしょう。この雑貨という業種に参入したのは1年前です。中国とかベトナムで作られている商品は、みなさん安いと認識していませんか。私が参入した理由は、単にコストが安いと感じなかったからで、日本とほぼ変わらない、という。この利益構造に着目し、雇用の形態から製造を考えた。地域で活用されていないハンディキャップを持つ人々を雇用することを考え付いた。さらに注目したのは、単純な作業が多いために多くの人出が必要になる、雇用と地域が結びついた、とその理由と背景を明かした。


労働力はある。障害者の雇用、シルバー雇用というものを掘り起こして、彼らが織り込んだ生産プロセスをつくることが可能になった。生産というものがあって労働力をあてはめるのではなく、労働力から雇用を考えるという逆転の発想でビジネスを行った。


そして、最後に、国がなんでもやってくれるという考えではダメになってしまう。自分の強い意志で困難を乗り越えていく、それが大切じゃないでしょうか、と言ってマイクをおいた。少しして会場から万雷の拍手が沸いた。


傍にいたカメラマンの高野俊一さんは、やはり聞き入っていたらしく、このスピーチよかった、これで決まりだね、と言った。確かに、地方に人がいる、たいしたもんだ、と感心していたら、枝野さんがマイクを取ってこういった。


一種の目からウロコみたいな説得力あるスピーチでした。活かされていない労働力、そこから生産プロセスを考える。これは日本経済の全体を考える大きなヒントになると思う、とやや興奮を抑え気味にことばをつないだ。そして国がなんでもやってくれる、というより国がなんでもできるわけではない。できるところは最大限に、できないところは(できるようにいうと)かえって混乱を招くことを自覚しなければいけない。大事な視点だと思いました。ありがとうございます。


この感動の余韻を残しながら、国分寺でメキシコ料理を営む元気印の廣瀬可世子さん、メキシコ大使館認定だそうです。同じ国分寺で、近代的なパン屋を経営する凄腕の(株)キィヨン代表、井村穣さんらは商店街の問題を指摘した。井村さんは、人口が5年間で10%増、それが売上につながらないのはなぜか、と自問し、高くなってきた客の求めるニーズに対応しきれていないのではないか、地域の中に新しい血を入れてレベルの高い客層の満足度を高めていくべきだと、貴重な意見を述べた。


青梅市でレンタルおしぼり業の(株)豊富士専務の小山豊さん、東京多摩・埼玉南部、地域に根ざしたレンタルおしぼり、タオル専門のクリ−ニング会社。障害者や高齢者を多数雇用し、おしぼりは名わき役と称し、赤ちょうちん復活による地域の活性化を訴えた。


小金井市でタクシー会社を経営して50年、(株)つくば観交通の副社長、信山重広さん、高齢者、障害者の方に様々な移動ニーズを担い、地域の皆様のクオリティ・オブ・ライフの向上に貢献する、と言った。


武蔵村山市で自動車の座席部品を製造する(株)田中製作所の田中俊典さん、雇用の確保は社会貢献と思っているのだが、最低賃金の上昇と雇用のはざまで中途半端な雇用しかできない実情を嘆いた。


コアメンバーで江戸切子の「華硝」取締役、熊倉孝行さん、社会保険労務士の久禮和彦さんらが続き、最後には新潟県長岡から移り、地域クラスター形成の模範となる首都圏産業活性化協会のコーディネータ、岸本洋子さんが歯切れの良いスピーチで締めた。


さて、ざっと充実の2時間余り、中小企業の問題を拾えば、子育てや介護、教育の壁にぶつかり、地域に目を転じれば商店街、雇用、活性化という抜き差しならぬ課題におぼれそうになる。これは助成金をどうするか、という次元にとどまらず実に日本の地域経済の構造的な問題であることに気付く。そこで行政が、支援機関がというけれど、これらのネットワークに広がりによる情報交換、発表、ヒアリングの場づくりが必要であることを痛感した方々が多いのではないか、と思った。


これでお終いだろうか、といぶかっていたら、モデレータの平野さんが、すっと立ってこう述べた。


「せっかく枝野大臣がここまでやってくださったこの会議をこれでなくなるというのはほんとうにしのびない気持ちです。お役所の支援が得られなくてもここのメンバー、会場の方々で何らかの形で継続していけないものだろうか、と考えております。ご賛同いただけますか」と声を上げた。拍手が沸いた。枝野さんは、にんまりして満足そうだった。


会場で、大勢の輪の中で写真撮影に気軽に応じていた。


会議終了後、枝野大臣を囲んで



◇昭和記念公園でのひととき


会場のある昭島市には、電車を継いで立川駅から青梅線に乗り換えた。西立川駅はすぐに昭和記念公園だった。ぼくには万感の思いがあった。胸が熱くなったのはそのためだ。


今年2月に書いたメルマガ、『愛と祈り、80日間の花嫁』のふたりの記念のスナップがこの公園だったからだ。


午前11時すぎに公園に入った。それから大ケヤキや原っぱで時間を過ごし、自転車を借りて園内をまわった。ホウノキの花が幻想的だったし、ハーブ園で寄せ植えのバランスを興味深く観察した。なにせ、天に枝を広げるケヤキや大木が大好きなぼくにはたまらない時間が過ぎて行った。時計をみたら、13時20分だった。汗をかきながら、息せき切って駅反対側の会場に飛び込んだのだ。 ※会場の風景写真を一挙、サイトにアップする時に掲載します。



 大ケヤキの下で団らんの風景が
 みられた。


 原っぱはポピーが咲き乱れる。


 ホウノキの花




記憶を記録に!DNDメディア塾
http://dndi.jp/media/index.html
このコラムへのご意見や、感想は以下のメールアドレスまでご連絡をお願いします。
DND(デジタル ニューディール事務局)メルマガ担当 dndmail@dndi.jp