第4回「ものづくり大国の黄昏」蓄電池産業は日本を救えるか



 皆様、残暑お見舞い申し上げます。この暑さ、残暑なんてものではありませんね。休み明けの体調管理が難しいところです。ご自愛ください。


 さて、日頃お世話になっている早稲田大学理工学術院の逢坂哲彌教授の監修で、「ものづくり大国の黄昏(日経BPコンサルティング)」が上梓されました。なんとも哀愁を呼び起こさせる標題ですが、その実は、日本の21世紀を支えると期待される電池産業に多くの卒業生を送り出している逢坂先生の、「魂の叫び」が伝わってくる本です。またMOTの教材としても注目です。

 本の帯には、「半導体、液晶パネルに続き、世界をリードしてきた2次電池の凋落が始まった。これを食い止める唯一の解とは?」と、これまた警鐘の文字が躍っています。


「2次電池技術の重要性」
 2次電池(蓄電池)は、日本のイノベーション戦略の柱の一つです。電池産業はもともと日本のお家芸といってよい、世界をリードしてきた産業です。そういえばDNDでも日本からスピンアウトした電池技術者の米国LA近郊の企業Quallionを紹介したことがありました。日本の高いリチウムイオン電池技術が米国企業家の関心を呼び、乞われて米国へ赴き、メディカル用等の新分野にチャレンジした塚本社長。彼に引きつれられた同社は依然活躍中のようですね。この時から、筆者は日本の2次電池技術が世界をリードしていることは実感として持っていましたが、その後、NEDOのスマートコミュニティプロジェクトの立ち上げを見るにつけ、エネルギー革命における2次電池の重要性をさらに認識するようになりました。ちょうど京都大学にRISINGプロジェクト(革新型蓄電池先端科学基礎研究事業)が立ち上がるころのことです。


「自動車産業が摺合せ型でなくなる?」
 さらに、2次電池の大ユーザーである、ハイブリッド自動車や電気自動車の最近の市場拡大のスピードには目を見張るものがあります。自動車は、産業アーキテクチャとしては「インテグラル・摺合せ」型の典型と分類されてきましたが、電気自動車は、モジュール化がかなり進んでいます。現に中国などでは、町の小さな工場で部品を集めてきて組み立てられた電気自動車が安く売り出されているという話を聞きます。ビックカメラなど量販店で電気自動車が売られるのも間近とも言われています。ここで、数々の自動車産業を支えてきた技術、たとえば、高性能・省エネのエンジン、トランスミッション、効率的な生産技術、コンピュータ化された電装技術などのうち、特に各社の技術の粋を集めてきた中枢部のエンジンが、大量生産される電気モーターに変えられたら、摺合せの妙味はかなり薄くなります。ここで、ブラックボックスとしても重要な技術が、2次電池なのです。たまたま見つけた「EV(電気自動車)部品専門店」のウェブサイトでは、中国製の自動車用モーターと、自動車用(生産国不明)のリチウム電池の価格が20〜50万円とほぼ同水準で、むしろ電池のほうが高価格に見えるのも驚きです。EV技術の核心は2次電池だといえるでしょう。


「日本の高い技術」
 2次電池の技術を日本がリードしてきたことは、この本でも詳説されています。1990年、これまでの携帯機器用電池を一気に軽量化できるLiイオン電池を、ソニーの電池製造会社であるソニー・エナジー・テック(現ソニーエナジー・デバイス)が開発・量産化しました。これは、ある意味破壊的技術でした。当初、既存の2次電池企業は追随しませんでした。Ni水素やNi-Cd電池の量産設備を持っていること、自社の技術に自信があったことなどが理由でしょう。破壊的技術への陥りやすい初期動作の典型例ともいえます。量産当初は、体積当たりのエネルギー密度が既存の2次電池と大差なく、またコストや使い勝手に問題があると思われたからです。しかし、ユーザーであるカメラやパソコンなどの携帯機器のメーカーは、その軽量さに飛びつきました。やがて、日本メーカーも流れを読んでLiイオン電池に参入し、日本は世界シェア100%となります。


 この間の技術開発競争は、各社の電気化学技術者の戦いといえるでしょう。電池の性能は、正極と負極のバランス、つまり電極の材料開発によるところが大きい。Liイオンをどういう形で正極または負極に組み込むか、対極にどういう材料を採用するのか、まさに電気化学の理論と実践の場でもあります。ここには、電気化学会会長や米国電気化学会副会長(次期会長)を歴任されている逢坂先生の門下も多数参戦していることは想像に難くありません。


「日本企業の繁栄と凋落」
本書では、こうした技術者の競争の内情までは紹介していませんが、2000年ころまでの日本企業の躍進の理由を2つ挙げています。ひとつは、ユーザーであるパソコン等の携帯機器の国内メーカーが国際競争力を持っていたこと、もうひとつは、材料メーカーと電池メーカーが良好な関係を有し、技術開発に協力してきたこと、です。


 しかし、2000年を境に、日本企業のシェアは急落していきます。韓国と中国企業の猛追を受けたからです。これは、昔来た道、つまり半導体産業や液晶産業と同じように見えます。この点、本書も、@価格競争による減益のため投資のペースが鈍ったこと、A電池製造装置の外販により製造技術が流出したこと、Bリストラ等の影響で電池技術者が流出したことの3つの理由(さらに政府支援の差異、も)をあげています。これらは、80年代、90年代に見てきた日本企業の凋落の共通パターンのように見えます。


 一方で、着々と力をつけてきた韓国企業は、米国資本とも連携し、次々と戦略を打ってきます。中国企業も侮れません。どうしたらよいのでしょうか。


「逆襲のシナリオ」
 本書では、こうした現状をどう打開するか、その処方箋を示しています。 まず、過当な価格競争に陥らないための市場占有戦略、そのための特許戦略、さらには、技術開発投資を効率化させるためのコンソーシアム、特に、次世代の電池で勝ち抜くための産官学による研究開発戦略の重要性を説いています。


 日本の2次電池は、世界シェアでは100%から50%程度に落ちてしまいましたが、安全性、信頼性などの技術力は世界一をキープしています。これはファーストランナーとしてのアドバンテージでもあります。このアドバンテージが残っているあと少しの期間に、上記の戦略を実現できれば、日本の逆襲も十分可能ではないかと、読後に感じました。


 筆者は、一日のなかで一番好きな時間が「黄昏」どきなのですが、産業、さらには国家が「黄昏」てしまうのは許せません。いちどたそがれて日が沈んでも、また明るい朝日がのぼってくるよう、関係者で力を併せていきたいと思っています。



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