第3回 ハイテクベンチャーとイノベーション(その1:スピンオフベンチャー)



「ハイテクベンチャーへの期待」

 そもそも、ベンチャー企業とイノベーションはとても重要な関係にあります。(本稿は入門編になりそうなので、DNDのプロの読者には退屈かもしれません。読み飛ばしてください。)

 イノベーションは、企業がサービスなり商品なりにより市場を占めることにより達成されます。一方、企業には企業戦略があり、どの程度の市場を得、どの程度の収益を期待するかにより、新商品、新サービスの投入の判断が決定されます。人材、設備、資金等の経営資源をより的確に配置し、市場を獲得するためには、戦略として一定以上の市場、収益の見込めるものに集中する必要があります。企業の規模や商品・サービスの質により異なりますが、一部上場企業の場合、年間数十億円から百億円以上の売り上げが期待されないと、投資対象にはならないといわれています。

 百億円、というのはすごい数字です。世界で15万個売れたといわれるソニーのアイボからの撤退が今年1月に発表されました。現在ロボット市場は5000億円といわれていますが、大半は産業用で、今後伸びが期待されるパーソナル用はまだまだです。その中では、アイボは数十億円規模の市場があったといわれています。ソニーの撤退は、アイボファンにはとても残念なニュースだったでしょうが、ソニーとしては冷徹な経営判断を行ったにすぎないものでしょう。このように、将来性が高いといわれる分野であっても、大企業の経営戦略上、投資をためらう水準が存在します。

 かつて、ソニーもテープレコーダーやトランジスタラジオを細々と生産しているベンチャー企業でした。そのころ、ソニーが100億円規模の売り上げをこれら商品に期待したとはとても考えられません。ベンチャーならではの起業家精神で、自らの技術に賭けて世に打って出ていたものと思われます。現在のソニーがそういった「無謀な」企業戦略を持つことは許されません。そこで、その間隙を埋める存在として期待されてきたのがベンチャー、特にハイテク(研究開発型)ベンチャーなのです。


「スピンオフベンチャー」

 ハイテクベンチャー、定義すれば、「自ら開発した新技術を武器としてイノベーションを実現するベンチャー」ですが、大きく分けて、2つのモデルがあります。大企業の技術者が、会社の経営戦略上、自らの技術の事業化が否定されて、スピンオフして創業するスピンオフベンチャーと、大学の研究成果を事業化する大学発ベンチャーの2つです。いずれも、シリコンバレーから生まれたモデルではないかと思います。

 スピンオフベンチャーでは、私は個人的に楽しい思い出があります。数年前に米LAに行ったときのことでした。当時LAジェトロの次長をしていた現経済産業省の横田真リサイクル推進課長が「私が感銘を受けたベンチャー起業家がいるので是非紹介したい」とのことで、LA郊外にある医療関連コングロマリット内の医療用電池企業Quallion社を訪問したところ、応対していただいた社長の塚本氏は日本の技術者出身でした。塚本さんがおっしゃるには、数年前、この医療産業コングロマリットの会長が日本に来て、当時日本でエンジニアをしていた氏の所属する電池会社を訪問し、体内埋め込み用の極小電池の開発を打診したそうです。日本の蓄電池技術は世界一ですし、医療用、特に体内埋め込み用の極小電池はハイテクが必要ですから、会長も困って日本まで来られたようです。塚本さんは苦労して試作品を提示し、会長は喜んで、電池会社と契約をしようとしました。

 ところが、電池会社はそれを断ったのです。医療用電池は、薬事法の製造承認をとることの困難があり、仮にとれたとしても事故があると莫大な賠償金を要求される可能性がある、そもそも、対象とするのが神経代替の埋め込み型通信機器用の電池で、市場も限られる、企業としてはある意味当然の経営戦略でお断りしたわけですが、世界で自分のところしか作れない技術を持っていると自負する塚本さんとしては噴飯ものです。ついに彼は電池会社を飛び出し、LAで医療用電池企業の社長になって電池を作り始めた、というわけです。絵に描いたようなスピンオフベンチャー物語ですね。私が訪問した頃には、元の電池会社との関係も 和解し、作った医療用電池はFDAの認可もとれて、順調に事業が進んでいるとの印象でした。(今回調べてみると、塚本さんはご自分の成功体験をもとに、同志社大学ビジネススクールの山口栄一教授のハイテクビジネス戦略講座の非常勤講師をされていることがわかりました。ちなみに山口先生はNEDOの技術調査委員をお願いしています。スモールワールドネットワークですね。)

 山口教授の著作「イノベーション破壊と共鳴」*iiによれば、1990年代後半、多くのハイテク企業が研究部門を劇的に縮小しました。NTTは基礎研究所以下研究所群の研究者を3割以上リストラし、日立やNECも中央研究所や基礎研究所のシリコン半導体部門を丸ごとリストラし、研究者たちは、工場勤務や子会社に回されたりしました。しかし、そこで会社からスピンオフした研究者がベンチャーを立ち上げ、高い成功率を示しているというのです。韓国でもかつてIMF ショックの際、大企業をリストラされた技術者たちがベンチャーを興すことで一大起業ブームが起こり、韓国経済の起爆材になったとの物語があります。こうした環境の激変が、イノベーションを生むというのは、皮肉にも見えますが、歴史の必然なのでしょう。

 そこで気になったのが、前術のソニーのロボット技術者たちです。調べてみると、期待通り?、一部の技術者はスピンオフして、自らベンチャーを立ち上げていました。こうしてやめていった技術者に対し、ともすれば、関係を断ち切って対立するとの態度が大企業には散見されます。ソニーの技術者の場合も、必ずしも友好的に退職されていったのではないとの見方があります。技術者にとってみれば、会社がいやでやめたというよりは、自分の夢を実現するためにスピンオフするわけで、むしろ企業がこうした関係者の企業の経営の資源を供給し、育てることにより、将来的には自社の資源に組み込むことも可能で、経営リスクとしても極小ですむはずです。こうしたスピンオフベンチャーに対して、元の企業がわだかまりなく支援する、そういった風土ができていくと、日本も捨てたもんじゃなくなる、と思うのですが。

 研究開発型のスピンオフベンチャーの支援はNEDOの重要な施策の一つです。「研究開発型ベンチャー技術開発助成事業」*iii として、年間10〜20件程度を採択し、2年間、一年あたり最大2億円、助成率2/3の支援をしています。



(i) http://syllabus.doshisha.ac.jp/syllabus/html/2006/6510082.html及びhttp://www.nedo.go.jp/kankobutsu/report/918/918-11.pdf等参照。さらに、山口先生によれば、塚本さんは経産省のMOTプログラムの一環でUCLAとともに技術起業家養成プログラムを開発したときに、講師になっていただいたとのことです。二度おどろきました。
(ii)「イノベーション 破壊と共鳴」2006.3、山口栄一著、NTT出版
(iii)「産業技術実用化開発助成事業」の中で実施。詳しくは、http://www.nedo.go.jp/activities/portal/p00040.html