第36回 中国と知財(続編)


 胡錦涛国家主席の訪米と軌を一にした中国が世界第二位の経済大国への躍進プレス発表。この訪米の意味を如実に表した、さすが中国の戦略的行動です。日本外交はこういう点も見本にしたいところですね。

 さて、中国といえば、以前ご紹介したように、かの国での知財保護の問題は喫緊の課題です。今回は、先日、筆者が時事通信社から受けたインタビューなどに加筆して中国の知財保護と日本政府の取り組みを概説します。


「日本ブランドの危機」

 中国では日本製の工業製品、食品がその品質と安全性から市民の間で人気が高いとされています。中国のデパートに行くと、中国製であるのに日本語がパッケージに踊っている商品をたくさん見かけます。中国○○省産と裏のラベルに書いてあるのに、「北海道」と大きく記した海産物、「うどん」とひらがな表記のある中国製冷凍食品。こうした例は法令ぎりぎりかもしれませんが、日本品の人気に便乗した模倣品などの知財権侵害問題も後を絶ちません。商標権や著作権を侵害した製品が街に流通し、消費者に誤解を与えています(*i) 。特許庁の調査では、日本企業の2008年度の中国における模倣被害総額(逸失利益総額)は246 億9 千万円となり、他の国・地域と比較して圧倒的に多くなっています。日本の有名なブランドの製品、例えば電気製品や自動車の部品など用に、本物のブランドと見間違えるように巧妙に作られたブランド名が不正に商標出願される例が頻発しており、日本企業も監視の目を緩めることができません。

 以下の話を聞いたことがあります。ある空調メーカーの社員が中国の旅行先でたまたま見つけた自社ブランドの電気アイロン。この会社は、アイロンは作っていませんので、製品についた自社の商標を見てびっくり。早急に中国当局への法的対応を開始したのはもちろんのことです。また、全く本物をまねた模倣品や本物のブランド名を語った偽物も後を絶ちません。北京市中央部の地下道に輝く蛍光灯。「ああ、こんなところに我が社の製品が。」と社員のひとりが喜んだのもつかの間、よく見ると製品番号は存在しない、まがいもの。北京市に通報して対応してもらったとのことです。デッドコピーの化粧品の怖い話は以前もお伝えしました。食品や薬品、化粧品などは消費者の安全に直結するだけに、問題は深刻です。

 また、映画や音楽CDの海賊版が市中で売られている話は良く聞きますが、最近少なくなったと思っていたら、インターネットにより不正なダウンロードという形で問題が拡大しているとジェトロ北京事務所の知的財産部の方から聞きました。インターネットの普及は、模倣品のネット販売という形でも被害が拡大しています。


「中国の規制当局の動き」

 それでは、中国政府の対応はどうでしょうか。既報のとおり、中国政府は、各国政府や企業の申し入れもあり、確かに取り締まりを強化してきています。知財保護はイノベーションの礎であるとの認識が中国政府に浸透してきているといえるでしょう。

 中国では、著作権や商標権などを扱う各政府部局による行政規制と、公安及び税関による刑事規制が行われています。中国とは異なり、日本では、特許庁は商標権などの産業財産権の審査、登録を行い、その侵害は、警察、税関が取り締まっていて、全て刑事罰の体制をとっています。中国では、例えば、商標法・反不正当競争法を担当する国家工商行政管理総局が、その全国の地方事務所を通じて商標権侵害の取り締まり権限を有するのです。したがって、同総局は、地方も含めると数万人の大所帯になります。とても日本にはまねのできないことです。

 しかし、中国当局の取締りを回避するため模倣品業者の手口は一層巧妙化、悪質化しています。最近の調査で、中国における侵害手口で最も多かったのは、「見た目そっくりに作り、商標を貼付せずに販売する手口」、次いで、「デットコピーの模倣品に正規品と同程度の価格を設定して販売する」、「本体と商標シールを別々の場所で生産し、販売時点で貼付する分業の手口」となっています。

 また、折角悪質な業者をとらえても、行政罰にとどまり罰金等の刑罰が不十分であると、「やり得」となってしまい、再犯を阻止出来ないなどの問題があります。罰金は被害金額から計算されますが、帳簿を隠したり在庫を少なくしたりすることにより、見かけの被害金額を抑えることによって罰金が低く算定されます。またそれにより、行政罰より厳しい刑事罰を逃れる例もよく見られます。


「日中間の協力」

 このような犯罪行為を取り締まる権限を持つ中国の知財関連当局に対して、日本政府は一昨年、大臣レベルで覚書を結び、日中知的財産権ワーキンググループを設置しました。また、産業界と協力して官民合同の訪中団を組織して、中国政府へ要請するという活動を何年も続けてきています。

 昨年8月、その第7回知的財産保護官民合同訪中代表団(ハイレベル)が北京を訪れました。「協力」と「要請」のスローガンのもと、中国の知財に関係する5つの政府機関(商務部(経済・貿易)、国家工商行政管理総局(商標権・反不正当競争)、国家知識産権局(特許権・意匠権)、国家版権局(著作権)、最高人民法院(裁判))に対して、模倣業者の再犯行為、商標の不正出願、インターネット上での知財侵害等について要請を行い、また中国と共同で取り組む様々な知財保護にかかる協力について提案を行ってきたのです(既報)。

 さらに、前述の大臣レベルの覚書により、昨年10月27日、28日の両日、北京において第二回の知財ワーキンググループが開催されました。この会合では、日本政府から経済産業省、特許庁、内閣官房知的財産戦略推進事務局、文化庁、農林水産省、警察庁、財務省(税関)、外務省と知財に関係するほとんどの役所と、それに対する中国のカウンターパートである、商務部、国家工商行政管理総局、最高人民法院(最高裁判所)、最高人民検察院、国家質量監督検験検疫総局(製品品質表示)、公安部(警察)、国家版権局、海関総署(税関)、農業部が参加する大がかりな会合が行われました。これにより、知財部門における日中の政府間協力が一層進展したのです。

 共同議長は、日本側は特許庁審査業務部長、つまり筆者、中国側は楊国華商務部条約司副巡視員が務めました。今回の会合では、インターネット上の模倣品・海賊版問題、執行当局の取締り強化、知的財産権関連法の執行・運用の徹底等について、日本側より、具体的な提案等を行うとともに、意見交換を行い、また、知的財産部門の協力状況について確認し、今後さらに産業財産権分野における協力を推進していくことで合意しました。詳しくは議事録をご参照ください。次回、日本で第三回会合を行う予定です。

 このように、政府レベル、民間レベルで、様々な対話と協力関係の推進が進められており(*ii) 、中国当局の意識、制度も改善を見せています。今後も粘り強く、中国の政府各機関との対話を進めていきます。



i. ジェトロ北京事務所知的財産権部HPの「にせもの写真館」をご覧ください。びっくりします。
ii. 中国での協力の詳細は、ジェトロ北京事務所知的財産権部HPをご参考ください。



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