第67回 軽薄な都会と「おごっそう」の山里


 暑い日が続いています。


 オランダから日本に帰ってきたのは、もう15年ほども前のことになりますが、ヨーロッパの快適な夏を3年ほど過ごしてから日本の夏が本当に苦手になりました。日本の暑さは、本当にサウナの中に入ったように空気が動くだけで暑く、太陽の光もチリチリと肌を焼き、まるで人と夏とが喧嘩しているような暑さだと思います。そんなことも影響してか、最近、いろいろと訳の分からない、おかしなこと、腹の立つことが多いのです。今回は、いささか八つ当たり気味のコラムになります。


 まず、金賢姫の訪日。あれはいったい何だったのでしょう。恩赦を受けたとは言え、彼女はテロの実行犯です。韓国政府に特別の渡航許可を求め、日本に呼ぶ。しかも、チャーター機にヘリコプター、VIP車に警護の車列と国賓に与えるような接遇ぶりです。こんなことに多額の国民の税金を使うという政治家の発想が信じられません。まさか鳩山さんの別荘の使用料を国費で支払ってはいないでしょうね。また暑い中、こんなことに駆り出される警察官や役人の方々は本当に可愛そうです。


 ずっとそんな違和感を持って訪日報道を見ていました。さすがに訪日日程も後半になって、そういった批判的な報道がなされ始めて少し安心しました。最初は、あまりにも無批判な報道ぶりだったので、私だけがおかしいのかもしれない、といぶかりながらニュースを見ていましたから・・・。


 そして次に出てきたのは、来年度予算編成にあたって「1兆円を相当程度に超える」規模の予算の特別枠を公開の議論で予算を査定するという話です。いくら事業仕分けの手法に人気があると言っても、これはおかしいのではないか。政策決定のプロセスの透明性を高めることは重要だと思いますが、国の将来に投資するための重要な方針を決めるのは、政治家の仕事ではないですか。そして、そういった議論を行う公開の場は、それこそ国会の予算委員会ではないですか。何のための政治家、何のための予算委員会なんですかね。(ちなみに予算委員会の部屋は、空調が28度といわずしっかりと効いていて、極めて快適です。)


 国の将来に向けた重要な投資案件の規模が、そもそも「1兆円を相当程度に超える」程度しかないというのもおかしな話ですし、政治主導をもっぱら発揮するのがその程度というのも情けない感じがしますが、こんな発想を見聞きするとポピュリズム極まれり、という以前にポピュリズムと呼ぶのも恥ずかしいようなアイデアと思います。


 さらに、報道されたことがどこまで正しいのか、その事実関係は確認していないのですが、7月17日の土曜日の日本経済新聞の夕刊の一面記事にも呆れてしまいました。農林水産省が、農産物にカーボン・フットプリント(CFP)を付けることを奨励する政策を始めるというのです。CFPについては、一回、このコラムでも書いたことがあります が、CFPの定義をもう一回書いておきましょう。CFPとは、「商品の製造や食品の生産から輸送、廃棄に至る過程や、サービスの利用に伴って排出される温室効果ガス排出量を表示する」ものです。そして、商品や食品、サービスが消費者に届けられるまでに排出された温室効果ガスの量を、その表示を通じて消費者に「見える化」することによって低炭素社会に向けた消費者の選択に役立とうというものです。


 その目的は、一見、良さそうに見えますが、農産物にCFPを付すことを奨励する以前に、考えるべきこと、やるべきことはたくさんあるはずです。そうでないとCFPは、手がかかるだけでまったく役に立たない、場合によっては、環境にやさしい農業に逆行する方向に日本の農業を導く懸念すらあるのですから。(そもそもCFPという指標の持つ危うさについては、先の回のコラムで書きましたのでご参照下さい。※i)


 まず、食料自給率が40%しかない国がCFPを付そうと思ったら、日本に輸入される非常に多くの農産物の生産段階での温室効果ガスの排出量を把握しなければなりません。そんなことできるでしょうか。できたとしても、それにはどの程度の精度があるのでしょうか。CFPが消費者に商品選択の際の判断材料を与えるものであるとするなら、そんな精度の指標で農産物間の差別化をしてしまってよいものなのでしょうか。また、生産に手間をかければかけるほどCFPの値は大きくなりますから、質の差別化を目指し、より良質の農産物を消費者に提供しようとしている農家のことをどう考えているのでしょうか。国産の農産物の付加価値を高め、日本の農業の国際競争力を高めることに取り組んでいる人たちをどう考えているのでしょうか。


 もっとおかしいと思うのは、使用した肥料、農薬を生産する際に排出されたCO2量はCFP量に加算する一方で、肥料、農薬の使用によるCO2排出削減効果はまったくカウントしていないとしていることです。肥料、農薬の使用によって農産物生産、あるいは、土地の使用効率が高まり、CH4(メタン)、N2O(一酸化二窒素)、CO2などの温室効果ガスの排出量が、それらを使用しない場合に比して減少するということはよく知られた事実です。他方、肥料や農薬を使用しない有機農法を根強く信奉する人々もいますから、百歩譲って、肥料、農薬の温室効果ガスの排出削減効果にこそ注目すべきだとは言わないにしても、どちらが優れた生産方法であるのかという問題は、本来は、きちんと論ずる必要がある問題です。それにもかかわらず、まったくナイーブに上記のように肥料、農薬を取り扱うというのは、少なくとも政府として取るべき態度ではないでしょう。こんな非科学的な行政をやられては、その所管業種(農薬、肥料製造業は農林水産省の所管です)が、国際競争力を持つ産業に育つわけがありません。八つ当たり気味に、この際やや余計なことを言えば、欧米企業に遺伝子組み換え作物産業分野を席巻されているのも、きちんとした科学的な議論を避けたまま遺伝子組み換え作物問題をママコのように扱ってきた農林水産行政の賜物(?)と私は思っています。



以下は、熱くなった頭を冷やす話。


 土曜日の朝、NHKの「小さな旅」を見て、山梨県の芦川地区という山里を知りました。今では笛吹市芦川町、以前は東八代郡芦川村であったこの地は、甲府盆地と富士山を隔てる御坂山地の深い山懐に抱かれた小さな集落です。その芦川地区に今年の3月、河口湖から甲府盆地へ抜ける若彦トンネルが新しく開通し、誰もが気軽に立ち寄れるようになったこともあって、「小さな旅」で紹介されることになったのだと思います。ちなみに、若彦トンネルの名は、昔、駿河と甲斐の国を結ぶ若彦路という道がこの地を通っていたことからその名が付けられたそうです。(なお、若彦トンネルは、まだGoogleの地図にも載っていません。)


 「小さな旅」では芦川地区を古くから訪ねてきた人を、「おごっそう」(手作りのごちそう)でもてなしてきた、もてなしの心あふれる人々の住む山里として紹介していました。名物がこんにゃくというぐらいですから、「おごっそう」といっても山里の小さな畑でとれる蕎麦や野菜を使った素朴な料理です。村の人たちは、トンネルの開通を契機に「おごっそう家」という農産物直売所を新築し、村興しに取り組んでいました。そんな番組を見ていたものですから、熱くなった頭を信州の朝の冷気で冷まし、鳥の降るようなさえずりを求めて、蓼科に一日だけの避暑に行く途中、少し回り道をしてこの芦川を通って行くことにしました。


 その「おごっそう家」は、まだコンクリートも真新しい若彦トンネルを出て少し下った先のヘアピンカーブのところにありました。渋滞を避けるために家を早く出たものですから、時刻はまだ朝の8時半。営業は9時半からと書いてあります。でも、田舎の朝は早く、まだ一部の商品は棚に並びきっていないものの、店は開いていました。地で収穫されたばかりの野菜をいくつか物色していると、店の隅に軽食コーナーがあるのを見つけました。「おばあちゃんの野菜カレー」は準備中だが、てんぷらうどんは出来るという。台所では、4〜5人ほどのおばあちゃんたちが、もう働いていました。


 てんぷらうどんは、もちろん野菜のてんぷら。おつゆは、椎茸とニンジンとゴボウの出汁で、本当に素朴でやさしい味です。そのうちに「草餅が出来たよ。食べてみて」のおばあさんの声。その声に誘われて、出来立ての草餅を口に入れてみるとこれも何とも素朴。都会にあるようなツルツルとした食感の草餅とは異なり、少しモソモソした餅の感じが何とも言えません。


 名物のこんにゃくは、まだ、店には出ていません。もう少し遅い時間になると「おごっそう家」にもその日にできたこんにゃくが並ぶそうです。まあ、そもそも時間上は、まだ開店前なのですからしようがないですね。そこで、こんにゃくの生産場兼直売所に行って見ることにしました。その「みやがわこんにゃく店」は、谷あいの集落の道を下って、道端にはあるのだけれど、よほど気をつけて行かないと見落としてしまいそうなお店です。中では、まだ、宮川さんのご夫婦が作業中で、今朝の作業の後片付けをされているところでした。できあがったばかりのこんにゃくは、ご夫婦の手で、一つ一つ肉まんのような形にまとめられ水で曝されています。そのこんにゃくを試食させていただくと、これが何とも美味しい。何と表現したらよいか難しいのですが、頼りないほどのやわらかい口当たりにもかかわらず歯ごたえがあります。そして、ツルッとした喉ごしのあと、ああ、これがこんにゃく芋の香りなんだなぁと思える香りが喉の奥に広がります。こんにゃくの美味しさを知ったような気がします。


 結局、芦川集落にいた時間はほんの1時間ほどで、やったことはこれだけ。でも、とても素朴で気持ちの良い朝の時間を過ごすことができました。こういった時間を過ごして、この集落で行われている営み取組みの方が、最近、永田町や霞ヶ関で行われていることよりもどれほど実があり、誠意のこもったものかと感じるのは私だけでしょうか。


 ちなみに、私が訪ねたときはやっていませんでしたが、集落を散策した後、お昼に地の野菜をふんだんに使った「おごっそう」を食べさせていただける地元企画のツアーもあるようです。河口湖の湖越しに見る雄大な富士山とこれからが季節の甲府盆地の果物を楽しみながら、こんな素朴なひと時を過ごされるのも良いのではないでしょうか。芦川集落と若彦トンネルは、山梨県の県道719号線にあります。


 最後は、何かすっかり観光案内のようになりましたが、世の中はひたすら暑く、そして何かおかしいと感じることが多い日々が続いています。こうした症状が出だすのは、歳をとったせいかもしれません。私自身は、できるなら穏やかに歳をとっていきたいと秘かに思っているのですが、まだまだたくさんの修養が必要のようです(笑)。



i.第53回 「地球温暖化対策について、最近、思うこと(その2)」
http://dndi.jp/17-shiozawa/shiozawa_53.php

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