DNDメディア局の出口です。北から、初雪の便りが届きました。テレビが映した札幌の路上は、真っ白でした。もう冬将軍のおでましですか。風邪を引かずに元気にしているだろうか。大阪周辺は、ピューピューと木枯らしが吹いたそうです。さらに西に目を向けると、豪雨をもたらした奄美大島周辺に今度は台風14号が襲う。なんとも天を恨むしかない。東西に、ひょろ長い列島は、その土地ごとの季節を際立たせています。朝夕冷気が走る関東近県は、本日久しぶりに晴天なり。見上げると、さわやかな秋空が広がりました。せめてほんの一寸でも、生きていることの励みになれば、有難い。
さて、うれしいお知らせがあります。東大教授の渡部俊也さんが、この度、DND連載の執筆陣に加わることになりました。連載企画のタイトルは、『新興国の知財戦略』です。その初原稿の標題が、「アジア・新興国の2010年:知識社会の覇者を臨む知財戦略」です。凄いですよ。本日、DNDサイトにアップされました。
東大先端科学技術研究センター教授として多忙を極める中、遠くサウジなど各国を歩いてデータを集め、それらを分析してみると、「驚くような現状認識や将来予測が導き出されることが多い」と語っています。
これまで高い感心が寄せられながら、その国々を調査・分析し総合的に捉えて傾向や本質を探る論文は、それほどみあたらない。知財のデータが、とりもなおさず即、その国のイノベーションに寄与する要素とみなされることが多い―という視点が、執筆のモチベーションとなっているらしく、「この10年後、20年後の知識社会の覇権を誰が担うのか」という、この難解で野心的なフィールドに踏み込んだ、渡部さんの意欲的な研究成果は、読者の皆様にとても参考になるものと確信します。また、やさしい筆致でわかりやすいように腐心されており読み物としても楽しんでいただける、と思います。すでに来年の3月までよく練られたシナリオが届いており、いずれもエキサイティングな内容となっています。その期待と反響が楽しみです。
渡部さんとは、実は、DNDで連載をやる、という話について最初にやり取りしたのが2005〜06年頃でしたから、かれこれ4年越しの思いが結実した格好となります。個人的には、とても感慨深いものがあります。
さて、ここで第1回目の論考の詳細を明らかにしては、封切り前の映画のストーリーをばらしてしまう愚行になりかねません。が、それが我慢ならず、少し触れてしまいましょう。この論文で、重要なフレーズだなあ、とメモしたところがありました。
その1が、"A Great Wall of Patents: What is behind China's recent patent explosion? " 「万里の長城特許:最近の特許の急増の背景」という文節でした。あえて解説はしません。次が、目から鱗が落ちるというか、我が意を得たりというか、我が国の抱える深刻な課題の核心を突いていたところです。
渡部さんの言葉を借りると、中国だけではなく、ベトナムでもサウジアラビアでもみられる特長として、「変化に対する反応のスピード」を挙げているのです。俊敏に反応するために「企業と政府の密接した連携が必要になる」という。続けて、早すぎる反応と行動にはリスクが伴うものの、どうして他の国は こんなに俊敏に行動できるのか、逆に、なぜ日本はできないのか、それが将来の競争力に影響を受けることはないのでしょうか、とやや抑え気味に警鐘を鳴らしていらっしゃるのです。そして、この原因は、どこにあるのか、と問う。
渡部さんは、その推論として「日本型意思決定のシステムなどに関係する構造的なものであるように思われる」と慎重に言葉を選びます。この疑問が、つまり、「今後、議論されるこの(連載)シリーズの核となるテーマです」と言い切り、「具体的な事例やデータを積み重ねながら考察を深めていく」と、今 後の展開を示唆しているのです。
この連載に対して、本日はその初回ですので、渡部さんは読者への抱負を次のように語っています。主に連載のテーマや趣旨について言及されていますが、渡部さんの研究姿勢の一端が伺えます。
≪ここ何年かずいぶん多くの時間を割いているのは「組織の知財マネジメントはイノベーション戦略に従う」という、一見当たり前に見えることについての証明です。特許等の統計データや質問票、事例などを分析するのですが、そんなに簡単な作業ではありません。思った通りの結果はなかなか得られず、ほしい結果はデータの山の中に埋まってしまいます。あまり変哲のないデータや事例から、なんとか有益な知見を引っ張り出すのが腕の見せ所という感じですね。ところが最近一見して異様と思われるデータや事例を目にすることも少なくありません≫
≪日本企業ではなく新興国やアジアの企業や組織が主役のデータや事例です。これらのデータを分析すると、驚くような現状認識や将来予測が導き出されることが多いのです。例えば「中国の政府管理の技術流通市場は既に世界最大の規模である」、「次世代携帯の必須特許シェアは日本企業すべてあわせたシェアに比べて、中国、韓国企業3社でその3倍以上を占めるだろう」、「中東諸国からの先端技術の特許出願が今後数年間で急増する」、「何年か後、中国で日本企業が知財訴訟で次々敗訴する」等等。≫
≪これらのデータや事例はかなりの期間をかけた検証を要するものではありますが、一方俊敏な対応を求められる企業や政府にとっては、一次情報も貴重なものです。このコーナーでは最新のデータやヒアリング事例を基にして、新興国・アジアの知財戦略の動きの一端をお知らせしようと思います。あまりなじみのない国も出てきますし、ちょっと堅苦しい内容かもしれませんが、その中で日本の知財とイノベーション戦略のあり方を考えてみたいと思います。≫
どうですか。ご興味が湧いてきたことでしょう。ぜひ、学生にも教えてあげてください。問題の設定や、調査・分析の進め方、そして研究の底流に流れる普遍的なテーマの選択、慎重な言葉選び、それに構成の妙、ストレートな書き出し、さらに最新の驚くべきデータとトレンディーな時代の潮流の見極め方な ど、ニュース素材も満載で、そのどれをとっても秀逸な内容で参考になります。
ご存じの通り、渡部俊也さんといえば、東大の看板教授の一人で、知財のエキスパートです。知財や産学連携の現場で、渡部俊也さんの名前を知らない人はいないと思います。その物腰と柔らかな口調には、どこか人を安心させる魅力があります。高名な学者、大会社の重役、あるいは愚直なモノづくり系の経 営者、怖いもの知らずの学生ら、誰が来ようが、その姿勢は常に冷静で少しも揺らぐところがありません。実務経験も豊富で、大手の民間会社に所属したことや、ベンチャー関連の社長を務めた経験などが、現実の社会の動きを見誤らない感覚を磨いたのかもしれません。論理一辺倒に陥りがちな学者の弊害という側面は、渡部さんやその周辺からは微塵も感じられません。こんな先生に憧れませんか。先頭に立つ勇気、前に進む勇気、という、そんな学者の覚悟と矜持を感じます。
渡部さんの著書としてはやや古い部類に入るが、個人的に参考になったのが2002年4月に発刊の共著『TLOとライセンス・アソシエイト』と、そして2004年12月に出した『知財マネジメント入門』です。いまや当たり前に語られる「TLO(技術移転機関)」や「知的財産」の概念を一早く体系化し、企業価値や競 争力強化に不可欠であることを説いていたのです。
『知財マネジメント入門』の中でとくに第X章の「知財紛争のマネジメント」は、「事後的ダメージ・コントロールと予防的リスク・マネジメント」を考えさせるのに役立ちました。つまり、企業は、知的財産をめぐり様々な紛争の危険にさらされている‐と述べて、製造業者間の訴訟による問題解決が急増していることを指摘し、紛争となってからその損害によるダメージを事後に軽減する方法は限定されるという現実を踏まえ、「可能な限り事前にリスクを予見し、予防的に対応することにより、解決の選択肢を広げて、戦略的に優位な状態を構築しておくというリスクのマネジメントが重要です」と指摘していました。続けて、リスク・マネジメントの要諦は、「予見可能なリスクを予防し、損失を極小化し、逆にチャンスに変えるためのマネジメント」と断じているのです。
私がこの本で学んだリスク・マネジメントに関するもっとも重要な視点は、知財の創造から次に権利化、そして活用の各フェーズにおいて、この次の文節がさらに重要なのですが、≪どのような潜在的な知財紛争リスクがあるのか、それらを極小化するための手法は何か、紛争発生時に解決の選択肢を広げるために事前に何をすべきか−≫をそれぞれのフェーズごとに説明していた点でした。もう6年前の入門書なのだが、その鮮度はまったく失われていません。ますます熟成し光彩を放っているではありませんか。
渡部さんは、この原稿のおしまいに、こんなメッセージを投げかけています。どうぞ、ご感想のある方は、遠慮なく御意見をお寄せ下さい。
≪さて、いよいよ出発です。次回は、この文中でも既にふれたフレーズを使って、中国のGreat Wall IP Strategy(万里の長城知財戦略)について議論をスタートします。貴重な時間を使って、この記事を読まれる皆様に何かのヒントになれば幸いです!≫
う〜む、思考の深さと熟達の切れ味を随所に感じさせています。以下は、ご参考までに。
※【HPから見た、渡部俊也教授のミッションとは】(一部抜粋)
≪先端材料関連の自然科学系の研究に従事するのと同時に、知的財産にかかわる政策、経営などを対象とした社会科学系の研究、および知的財産に関わる人材育成プロジェクトに取り組み、それら研究内容を互いに関連づけさせることで新たな知識創造を目指している≫
≪自然科学系の側からの研究取り組みとして、
(1)日欧ナノテクラボプロジェクトの産学連携共同研究:プラズマ常温結晶化現象を基盤として、まったく新しい機能薄膜の処理プロセスの研究開発を、知的財産マネジメントの研究から得られた知見を基にした特許共有モデルを核とした産学協同プロジェクトとして推進している。
(2)新規光機能材料の研究:燐酸カルシウム系の光機能薄膜材料の合成と物性に関する研究を基盤として、技術移転の新たなスキームに基づく産学共同研究を行っている。
(3)その他、新たな機能薄膜材料とプロセスの研究などに従事している≫
≪一方、社会科学系の側からの取り組みとしては、
(1)技術移転事業者(TLO)に関する経営学的視点に基づいた実証的分析、
(2)知的財産マネジメントの事例分析、などを行っている。
さらにこれらの文理融合の研究経験を基盤として、知的財産マネジメント人材の育成に新たな視点で取り組んでいる。2002年より科学技術振興調整費「振興分野人材育成、知的財産」の採択を受け、社会人向けエグゼクティブスクールプログラムや理工系大学院学生に対する知財教育、教科書やDVD教材などの作成などを通じて、文理融合的ダブルメジャー型人材の育成を行っている≫
その渡部さんの人物像を浮かび上がらせるうえで、もう一冊、紹介するなら、『挑戦続く 東大先端研―経営戦略でひた走る』(宮本喜一著、日経BP)でしょうか。その第4章「産学連携への視点と取り組み」の中で、「モノより知的資産」の先覚者、渡部俊也−とあり、中でも次の章の「日本のTLOの三冠王 CASTI」の山本貴史さんとの関わりは、面白いエピソードに溢れていました。
ご参考記事:
■ "日本以外のアジア オープンな技術政策が必要", SankeiBiz, 8 月4 日,
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/100804/mcb1008040504002-n3.htm
(2010). → シンガポールの話
■ " 韓国企業の知財戦略に学ぶ", SankeiBiz, 2 月12 日,
http://www.sankeibiz.jp/story/topics/sty12386-t.htm
(2010). → 韓国の話
この項、以上でした。
◇ ◇ ◇
■【お知らせ】「DNDおすすめ、この1冊−新刊、話題の本を紹介‐」のコーナーを新設しました。今日27日から読者週間です。DNDのメルマガで紹介した新刊や話題の本、その他、面白い本を紹介していきます。DNDライブラリーに育てていきますので、アドバイスください。
◇黒川清氏:「熱い若者の応援は先輩の責務」
【コラム】黒川清氏の『学術の風』の27日のコラムは、「熱い若者たち、自分で進路を開拓する」。その冒頭で、「今までも機会があるごとに紹介していますが、いまどきの若者はすてたものでもない」と言い切って、早稲田大学を休学してBangledeshでGrameen銀行と「Dragon桜 E-education」を立ち上げた税 所くんと、もう一組、「Learning For All」の松田くんと、深沢事務局長代理の武藤さんを連れて、文部科学省の国立教育政策研究所主催での会議で2時間話をしてもらった、という。
これら若者も単身海外に飛んで、大いなる成長ぶりが伝わってきます。彼らも熱いが、それ以上に黒川先生もハートフルで、若者応援団長を務め、懸命にエールを送っています。
「熱い若者たちを応援することは、私たち人生の先輩の責務です。決して邪魔をしてはいけません。がんばれ、がんばれ。皆さんも応援をお願いします」と。いやあ、いまこの辺が一番大事なところと思います。
私ごとになりますが、知人の子弟が職場でのイジメにあったらしく先日、自殺しました。幼い無邪気な頃から可愛がっていたので、我が子のようなショックを受けました。職場は大学の事務職で、ここ数か月、無給で働かされたらしい。それでも負けないで、語学学校で英語を学んでいました。悔しい思いでい っぱいでした。英語を勉強して海外へ行きたい、と語っていた控え目な彼の仕草が思い出されます。時期を見て、彼に何があったのか、調べるつもりです。若者を応援することは、私たち人生の先輩の責務ですーという黒川先生のメッセージは至言です。
◇石黒憲彦氏「Just Do It! 反撃開始」
【連載】経済産業省、商務情報政策局長の石黒憲彦氏の『志本主義のススメ』第152回は「平和的反撃開始」です。実は、この原稿が予定通りメルマガに合わせて届いたのですが、こちらの都合で1日早く配信してしまったため、ご紹介が一週間遅れてしまいました。
ところでこのタイトルやや挑発的な印象を受けます。その中味は、極めて穏当でした。が、どこか押し寄せる波を押し返すような意地を感じさせていました。3Dの大画面で話題に我が国最大のエレクトロニクス関連エキジビション「CEATEC JAPAN」や幕張メッセでの「東京ゲームショー2010」に足を運んだ、石黒さんの感想が綴られています。
「日本勢中心でこれだけのエキジビションができるというのも日本の底力だと感じ入りました。経済産業省の人間ゆえ、やはり新製品新技術をみるとワクワクして血が騒ぎますね。部品産業のブースも充実していて、日本のエレクトロニクス産業の裾野の広さを改めて感じました」と。
そして、パナソニックがエコナビ付きエアコンをアジア8ケ国で順次発売する動きや、LED、リチウムイオン電池の国内での増産、設備投資に着手するなどの勢が出てきた上に、スマートコミュニティの実証実験が当初予定の国内4カ所、アメリカで1カ所、インドで4カ所実施に加え、新たにフランス・リヨンでの展開が始まり、その他のアジア諸国、欧州各国でも強い引き合いが相次いでいるという。
この流れを捉えて、石黒さんは、「世界のライバルたちは相変わらず手強いのですが、日本企業が、技術で勝って、なぜ事業で負けるのかは十分分析済みであるがゆえに、後は対策を講じてJust Do It! 反撃開始です」と、高らかに日本復活の狼煙を上げているのです。この次の行の「中国との付き合い方」 で述べられている「技術の優位性」についての議論と合わせて興味深い話を展開しています。
◇張輝氏:高成長を続ける中国の技術取引所
【連載】張輝氏の『中国のイノベーション』の第38回は「高成長を続ける中国の技術取引市場」です。ニュース的なデータは、大変ショッキングな巨額な数字を示していました。中国の特許や技術の移転、仲介、売買等のマーケットが急拡大しているのです。
張さんによると、技術取引市場は年々拡大し続けており、2009年の技術契約の取引成立総量は金融危機の真っ只中であったにもかかわらず史上最高値を示し、技術取引契約の成約総額は3039億元で、前年度比14.02%増(2008年は19.7%)となった‐という。
その主な特徴は、技術取引関連契約の中で技術開発契約と技術サービス契約が技術取引の主要形態へ変化しており、電子情報技術の取引が依然トップで、製造技術や新エネ技術等が台頭してきている、という。さっそくですが、ひるがえって、渡部俊也さんの『新興国の知財戦略』の第1回を参照にしながら読むと、張さんの示したデータがある種の迫力をもってくる。
例えば、"A Great Wall of Patents: What is behind China's recent patent explosion? " 「万里の長城特許:最近の特許の急増の背景」で、渡部さんが示したように、中国の特許出願の勢いは止まらず、最近ますます加速し、特許ライセンス件数のデータが異様な増加が観察され、国の知的財産活動 全体が活発化していることが分かっているーと指摘した通り、そして中国の知財ということでは、既に意匠出願数、商標出願数はダントツ世界一になっていることを、これまた張さんのデータが証明しているようなのです。
その張さん、渡部俊也さんの連載が開始されるという一報を聞いて、こんな感想を寄せていました。「小生、連載ではほとんど中国のことしか書いていませんが、実は米国、日本、中国の知財政策や戦略は、大学院時代から一貫に続けているテーマの一つであり、今度、渡部先生がインドや韓国、ベトナム、さ らにサウジアラビアや南アフリカなどまでを射程範囲に収めるというのは、とても勉強になり、示唆が溢れて、わくわくしています」と。
『中国のイノベーション』と『新興国の知財戦略』が、当然の帰結といえばその通りなのですが、二つが一つに重なって新たなシナジーを生むシンクロ状態になっていることに気付かされました。
※なお、連載は、この日までに塩沢文朗氏の『原点回帰の旅』第71回「吉林省の産業事情(吉林省を歩く、その3)」と氏家豊氏の『大学発ベンチャーの底力』の第6回「体験的な研究開発フェーズ話3−製品開発・事業化産業化U−」は、本日サイトにアップしました。メルマガでのコメントは来週になることを ご容赦ください。ご意見もお寄せくださると幸いです。