◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2010/06/30 http://dndi.jp/

W杯に燃えた若者純情考

 ・NHK「急成長アジアマネー」の取材力
 ・國学院大・秦信行氏「世界とのコラボ」
 ・『社長島耕作』と「もぬけの殻ニッポン」
〜コラム&連載〜
 ・東大・渡部俊也氏の「南アの知財戦略」
 ・黒川清氏「MJと城山三郎氏の追憶の家」
 ・塩沢文朗氏「築地とハノイとソウルの店」
 ・橋本正洋氏「イノベーション戦略と知財」
 ・石黒憲彦氏「情報経済革新戦略」を読解く
 ・比嘉照夫氏「実践的EM技術の災害対策」
 ・山城宗久氏「奈良の新世紀植物」の風雅

DNDメディア局の出口です。「がんばれニッポン」、「ガンバレ日本!」、そして、「頑張れ…」。深夜の熱戦に若者らが燃え、列島が揺れました。戸外は激しい雨が降り、時折稲妻が光り雷も轟く。が、それも逆に耳をつんざくような若者らの絶叫にかき消されていました。W杯初のベスト8進出をかけた日本代表の奮闘をよそに、ふいに襲う睡魔との激闘の2時間でした。近所のスポーツバーも溢れんばかりの熱気でした。


若者なら、汗を流し身体の限界まで突っ走ってみるのがいい。健気で心根がやさしいから、遠慮がちに少ないチャンスを見過ごして自分が立つピッチが決まらないのではないか。人を押しのけても一歩前に出る闘争心があってもいい、と思うが、今時の若者はそれはやらない。がんばれ!と声をからした叫びが、どこかやるせなく響くのは、それが自身を鼓舞しているようにも聞こえていたからかも知れません。


グローバルという大津波がアジアを震源にして、わが国経済をのみ込んで脅かし、若者の足元を揺るがしている、という指摘が現実味を持って迫ってきます。その一方で、アジアの金融に救いを求めるベンチャーが後を絶たないらしい。景気低迷、低賃金、就職難、若者らが思うようにチャンスをつかみきれない現実にどのような苦悩が潜んでいるのか、また社会の裏事情が横たわっているのだろうか。


29日夜のNHK『クローズアップ現代』が取り上げた「急成長アジア・マネーを取り込め」は、日本のベンチャーがアジア・マネーに新たな活路を探る動きを浮き彫りにしていました。シンガポール、香港、上海…。ナレーションでは、2000年で6兆ドルが2009年には11兆1570億ドルにと、10年で3倍に拡大し世界からアジアにマネーが流れている、という。日本は、その真逆で、金融市場の低迷が続き新規株式上場数は19件とドン底に喘いでおり、ベンチャーへの投資額が激減している実情を対比させていました。日本では、もうベンチャーや優良な中小企業に投資マネーが流れていない実態を示したVECの最新の統計調査の数字を紹介していました。


そして、野村証券でさえ、投資銀行業務にノウハウをもつリーマンブラザーからの人材をフルに活用して、M&Aや金融機関ビジネスなどに乗り出し、日本の企業を相手にしてきたビジネスモデルを変え、香港を拠点に、大型インフラ開発が相次ぎ世界の投資家から資金が流入するインドなどでのビジネス獲得を目指す、という。


また技術を持った中小企業がアジアの投資マネーに頼らざるを得ない苦しい状況もフォローしていました。横浜のベンチャーはLEDなどに特殊な開発技術を持ち、これまで20億円規模の投資をVCから受けているが、次世代の高精度、精密な技術開発に新たな資金調達が課題となっている。が、担保がないので銀行は貸さない。VCの投資額がその前年の4分の1にまで激減すると、いくら優良なベンチャーといっても、そこには資金がまわらない。いま立ち枯れ状態の多くのベンチャーが、じっと息をひそめているらしい。ベンチャーが活発に立ちあがらないと地域にエンジンがかからないし、新しい雇用も新しい市場の開拓もままならない。


そこで登場していたのが、丁寧なサポートに定評のベンチャーキャピタル「TSUNAMIオンザロード」社長の山下勝博さんでした。このところ精力的にドバイやアジア各国を飛び回っている、と聞いていましたから、この映像をみて納得でした。山下さんは、横浜のベンチャーら20社を案内してハイテク産業が急伸する台湾へ、日本と違って、「高い水準の技術があれば、積極的に投資する」というベンチャー環境が良好な国柄です。そして、上場するなら各種優遇制度がある台湾へと台湾証券に売り込みを図る証券会社幹部の自信に満ちた表情も印象的でした。山下さんがナビゲートした横浜のベンチャーは、期待通りの投資が受けられそうでした。研究開発拠点を台湾に移し、上場も台湾にするらしい。


ゲストの國学院大学教授の秦信行氏は、日本企業がアジアで資金を調達する背景について、こう解説していました。


「日本でやはりそういう新しいことをやろうとする企業に、資金が回っていかない状態がおきているわけですね。そうなりますと、やっぱり外の資金を取りこむということは必要になるし、いたしかたがない部分がやっぱりあるだろうなというふうに思います。ただですね、単に資金だけを求めて、台湾に行ってらっしゃるだけではないと思っています。いろんな意味で、ビジネス上、アドバイスをもらえたり、技術的なアドバイスをもらえたりというようなことができる。つまり世界の企業とのコラボレーションができるきっかけになっていくのかもしれない」と。
http://cgi4.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail.cgi?content_id=2906


日本のベンチャー企業が、「脱ニッポン」の現実的な選択にいささかの迷いも見せないのだろうか。ベンチャー支援回りの多くが危惧していた現実が、すぐ足元まできていることを実感させていました。


我が国の経済の成長戦略の道筋と、このベンチャーやハイテク企業の"日本脱出"の現実にどう折り合いをつければよいのか。アジア・マネーに引きつけられるベンチャーが今後、さらに加速していくことは間違いなさそうです。


折しも今朝の新聞は、中国と台湾の輸入関税を引き下げる経済協定を締結した記事を1面で扱っていました。これによって、市場の開放が一気に進み、貿易と投資が活発化するという。中国と台湾がそこまで密接な関係を築いているとは思いませんでしたね。


台湾が、日本や韓国に先行する形で巨大市場・中国との自由貿易圏づくりに一歩駒を進めた、と朝日は伝えていました。まさにアジアの中での合従連衡が今後激しくなるかもしれません。よもや日本をそでにすることはないだろう。が、一寸先は闇ですから、何が起こっても不思議じゃありません。


また銀行や保険や医療などサービス分野で台湾から中国市場に進出することが認められています。先端技術の優劣を競うのも大事なことですが、なんといっても巨大市場が、すぐ目の前にあるのですから、この中台の締結が与える日本への影響は計り知れない。この影響はどんなところに表出してくるのか。


わが国のベンチャー支援のあり方をグローバルな視点から見直す必要があるようです。


もうひとつ、愛読の『社長島耕作』(弘兼憲史氏、講談社)の第6巻が、数日前に店頭に並びました。さて、これをマンガと笑うことなかれ。技術流失がテーマで、わが国の有能な技術者がどんどんアジアの国の先端企業に引き抜かれている実態を描いています。


舞台は主にアジアの主要都市です。紹介するこの項は、韓国・ソウル。いくらフィクションとはいえ、韓国大統領と電気メーカー最大手のCOOのやり取りには驚かされました。が、ストーリーの構成や展開はリアルで具体的です。その会話の一部を紹介しましょう。


ナレーション:いま我が国のシリコンバレーと言われる大徳バレーに世界最大の次世代素材開発の工場を建設している。この技術を事業化できるのは韓国では、ソムサン電子(原文のまま)しかない。ソムサンは韓国の「国策企業」といっても過言ではないだろう。


ここに国内外のトップの技術者を数百名結集させる予定だ。その中には9人のノーベル賞受賞者も含まれる。


COO:それは心強いですね。日本は政権が変わって科学技術予算の削減を行おうとしています。我々からみたら、正気の沙汰とは思えない。この政策が実施されているうちに大攻勢をかけるチャンスだと思っています。


大統領:その通りだ!!日本は今、供給サイドに厳しい政策がとられているので企業が弱体化している。


この機を逃さず、今後10年で我々は日本を焼け野原にする!!(77P)


東京本社。


島社長が、部下を相手にこんな会話を交わします。韓国にはスパイ防止法があって、企業人でも科学技術を私的に外国の企業に話すと即逮捕される。日本には、その法律がないので他の国から見ると、技術盗み放題の天国にみえるのだろうね〜。部下は、それに応じて、日本はそういう会社の機密漏洩に関しては社員個人の倫理観にまかせるという、超甘い国です。平和ボケした国民です、という。


場面が変わって、次にソウル・ソムサン電子本社。


ソムサン社長:いいか、日本の工場から技術を盗むことは難しいし違法だ。が、その技術を持った人間を連れてくるのは簡単だし、合法だ、として、日本からスカウトした技術者に3年契約で2億円の報酬を支払う契約を結ぶことになります。


ソムサン社長:3年契約で2億円の報酬は…日本の大企業の社長の年収に匹敵する。正社員でないのでその技術が必要なくなったら、いつでも使い捨てできる。3年で首にしても彼らは2億円の大金を手にすることができたウインウインで誰も文句はいわない。(次は)日本のリチウムイオン電池工場のトップ技術者にターゲットを絞って獲得しろ!(P83)


どうですか。マンガとはいえ、聞き捨てならぬ裏工作が秘密裏に進行していることを覗わせています。この技術者引き抜きの動向は、今に始まった珍しい話ではない。韓国企業へ転職をあっせんする、またヘッドハントの専門会社は少なくありません。長い年月を経て蓄積した技能や技術が、会社の財産だとすれば、それなりの対応が必要ではないか。が、どんな立派な技術をもっていても、日本の企業の場合は、技術屋さんのポジションは、一般的に低く扱われるケースが多い。技術者復権、MOT(技術経営研究科)はこのミッションの一つを担うのですが、貴重な技術経営人材の職場での待遇は、決して満たされたものではないようです。


ベンチャーが、先端企業が、そして技術者や技能までもアジアに流出していく。アジアシフトとはいえ、これはかつての産業の空洞化より深刻です。科学技術や知財、それに技術者らがごっそり消えてもぬけの殻になり、残るのはスケルトンの甲羅だけ。ちょっと触れるとたちまち崩れ形を失ってしまうでしょう。科学技術大国の屋台骨を揺るがす、"もぬけの殻ニッポン"は、なんとしても阻止しなくてはなりません。アジアがこのように大変な勢いで変容しているのですから、将来を見据えた新たな教育体系も見直す必要があるのは当然、いまの教育スタイルでは次代に適応できないのですから、このままでは漂流する若者が増えるばかりではないか、と憂慮します。


■W杯開催の南アは、資源国であり知的財産戦略の国
 今回は、サッカーのW杯の日本選手の活躍と若者の風景から、アジアの中の日本を取り上げました。また、普段、教えを乞うことが多い東京大学教授で先端技術センター長の渡部俊也さんが、フジサンケイビジネスアイのコラム「論風」に投稿した、開催国の南アの国情に触れた珠玉のコラムが目に留まりました。開催前の5月下旬の執筆でしたので、テーマアップとしたら、ひと月ほど掲載が早すぎたかもしれません。いまなら、もっと話題になったことでしょう。
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/100528/mca1005280505010-n3.htm


鉱山資源が豊かでアフリカ第一の新興国、南アフリカ。W 杯開催に向けて、一早く整備に着手したのが、アンブッシュマーケティングと呼ぶ便乗商法の規制で、競技場周辺の公道での広告や表示、またチラシやなにか宣伝物を配布するといった行為を2001年に取り組んだという。アンブッシュマーケティングというフレーズも新鮮なら、野心的で知的財産戦略に長けた南アの率先した行動に関心を持つ必要がある、という渡部さんの警鐘は鋭く、このコラムの狙いは、W杯が終わっても鮮度が落ちることはない、と思います。


■機械工学からのメッセージ発信
 先週お知らせした東京・六本木の日本学術会議講堂で25日(金)開催の「科学・技術駆動型イノベーションに向けて〜機械工学コミュニティからの発信〜」と題したシンポジウム(主催・日本学術会議機械工学委員会、共催・機械系関連学協会:幹事学会・自動車技術会)は、充実した内容で、機械工学から社会への貴重なメッセージが発信されました。


私にとっても貴重な体験でした。それこそ、ねじり鉢巻きで資料を読み込み、頼りの工学博士陣に議論をふっかけたりしながら煮詰めた発表用の資料は、ぎりぎり土壇場までページの入れ替えやデザインに凝ってみたものの、いざ本番では、惜しいかな陽の目を見ないで終わりました。


いやしかし、その場の応変がなにより重要というシンポジウムの流れをよく加味した結果でしたから、それでよかったのかも知れない。実は、著名なアカデミアが基調講演で発した至高のメッセージがあったからにほかなりません。


この詳細は、次回以降に譲ります。


◇          ◇            ◇

【コラム】黒川清氏の『学術の風』は、「Michael Jacksonと私の家族; Encinoの生活」というMJの一周忌というタイミングを捉えてのとっておきの追憶です。詳細は語りませんが、黒川先生の家の近くのなんとMJが引っ越してきます。その周辺のスケッチも楽しいし、MJとのふれあいも面白い。そして、その黒川先生のご自宅に、作家の城山三郎さんが訪ねてきます。城山さんの筆になる黒川像は、とてもクールにそしてシャープに描かれていますが、この小さな物語のクライマックスは、あるウェットな手紙で締めくくられています。ストーリーの内容も素晴らしいが、書き手も、MJと違わぬエンターテインメント性をいかんなく発揮されて、ホロっとやられてしまいます。
http://www.kiyoshikurokawa.com/jp/2007/09/post_6852.html


【連載】塩沢文朗氏の『原点回帰の旅』66回「築地とハノイとソウルの店のウラにあるもの」。8年前のW杯の思い出から始まり、築地でアジアを感じた印象とアジアの商売について筆を進めています。築地市場、ベトナムのハノイ、ソウルの東大門周辺、それらに共通するものはなにか。塩沢さんは、よく世界の路地裏まで歩いて記憶にきちっととどめていらっしゃる、うらやましいです。どうぞ、ご一読ください。アジアンテイストが楽しめます。


【連載】橋本正洋氏の『イノベーション戦略と知財』の第24回「ボストンにて‐その2」です。ボストン出張の機会を捉えて、MITとハーバード発のベンチャーを支援するベンチャーキャピタルでありテクノロジーインキュベーターのincTANKの社長、Karl Rupin氏とを訪ねています。同社は日本にも支社を持ち、ウォールストリートでも活躍された塚越雅信氏を社長に迎え、日本でのインキュベーション事業を展開しているそうです。そのincTANKでの報告が続き、次にハイテクベンチャーの日米比較で橋本さんご自身考えさせられるそうです。若者の志の違いか、企業や投資家のマインドの違いか、国のシステムの問題でしょうか、と。MIT、そしてハーバード大学。ハーバード大の最新のデータが興味深いものがありました。それは、2009〜10年度の学部への日本人留学生はたった5人、学部・大学院を合わせた日本人留学生はここ一年で151人から101人に減少し、中国は227人から2倍以上の463人、韓国は183人から314人に急増したそうです。


【連載】石黒憲彦氏の『志本主義のススメ』の第143回「情報経済革新戦略」で、懸案の電子立国再興にむけた戦略の一貫です。網羅する課題は、幅広く加えて深い。そのテーマを並べるだけでも相当のボリュームになります。  そして、「このエッセンスが経済産業省全体の『産業構造ビジョン2010』に盛り込まれるとともに、さらに、政府全体の成長戦略とIT戦略本部の新たな情報技術戦略に盛り込まれています」というから、是非、以下のURLから入って目を通して見る必要がありそうです。また、(財)通商産業調査会から「なぜ今『情報経済革新戦略』か−電子立国再興に向けて」(定価2400円)で販売されていますので、「報告書本体だけでなく、コンパクトに解説した私の実際の講演録なども添付されていますので」とご購入をお薦めしています。


【連載】比嘉照夫氏の『緊急提言、甦れ!食と健康と地球環境』の第24回「EM技術による気象災害対策(2)」。前回の低温、日照不足による冷害対策に続いて、さまざまな農業現場で想定される被害に対する処方を具体的に示します。
 お茶や果樹や野菜に壊滅的な被害を及ぼす晩霜や早霜には、EMの界面活性力が効果的で、さらに夏の高温障害や干魃対策にも効果的である、といい、そのメカニズムと原理に言及しています。
 「異常気象は、常に病害虫の多発と連動する関係にあり、この複合作用が農作物に壊滅的な被害を及ぼしている。原理的に見ると、異常気象による作物体への物理的なストレスが、作物体内のフリーラジカルを増大させ、その結果として、作物の環境や病害虫に対する耐性を低下させる連鎖的な現象である」解説を加えています。次に、潮風害、塩害、集中豪雨、台風対策と展開し、福井県敦賀市の実例などに加え、ご自身で栽培を手掛けるバナナ園の台風での壊滅的状況での体験は、目を見張るものがあります。写真付きで、丁寧な解説がついていました。どうぞ、ご参考に目を通してください。


【連載】山城宗久氏の『一隅を照らすの記』の第23回「やまとだましいの巻き」です。この項は先週の出稿で、W杯での日本選手の活躍を捉えて、やまとだましいとヤマトを重ね合わせて、「やまとだましいのふるさと、大和の国、奈良県のお話です」という。その奈良で、一押しの話題が「古都奈良の新世紀植物機能活用技術の開発"というテーマの下に、奈良県の産学官で取り組んでこられた事業」で、紹介されているご自慢の製品が、大和万葉一茶(お茶です)、葛の葉そうめん、青汁プラス大和野菜(飲料用粉末)、葛リキュールといったそのネーミングから、悠久の歴史を引き継ぐ万葉の色香が漂って、「青丹よし 奈良の都は 咲く花の 薫ふがごとく 今盛りなり咲く花の 薫ふがごとく 今盛りなり」の一句がつい浮かんできそうじゃないですか。そして「やたがらす」の由来と日本サッカー協会のシンボルマークがここで見事にシンクロするのです。


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