DNDメディア局の出口です。危機を越えて7年ぶりに60億キロの宇宙の旅から帰還した小惑星探査機「はやぶさ」。その感動をいまだ余韻として引きずっています。この快挙は、今年の科学重大ニュースのトップにランキングされることでしょう。希望、勇気、誇り、そして我が国の技術力、未来に生きる多くの若者の励みになったことは間違いありません。
その「はやぶさ」効果なのか、メディアの科学技術ニュースが目だって多い。混迷の時代をどう拓くか、その期待とは裏腹にどうも科学者や研究者の自由を縛る不都合な情報もいくつか散見され、少し気掛かりです。もっと自由に、と思いませんか。
そのひとつは、年間3000万円以上の研究助成をうけている研究者に、小中高校での理科の出張授業などを義務付ける、という文部科学省の来年度からの措置です。今朝の日経を読むと、競争的資金をうける約2000人が対象となり、一般向けの講座を開いても良い。研究費の一部を使えば、外部講師などに代理を頼むこともできる。その日、総合科学技術会議が示した「国民との科学・技術対話の推進について」の基本方針に沿って、川端達夫文科相もこの方針に沿う考えを表明した、という。
記事は、「もっとも、」と前置きして、国際舞台で活躍する第一線の研究者は不眠不休に近く、政策担当者が考える以上に多忙。総合科技会議の議員からも「研究者の負担になる」と懸念がでている、と伝えていました。まあ、自由な環境をまず整えてやることがなにより肝要で、次代の若者に科学技術への目を開いていくことの必要性は研究者自身がいちばんよく知っているはずです。出前授業や一般講座を開くというのは意義深い。が、それを「義務」というところの語感が、なんだか残念な気がする理由です。
そのもうひとつは、会計検査院の調査で発覚した研究者の成果報告書未提出問題です。22日付の読売では、科学研究費補助金(科研費)で研究を行いながら、義務付けられている研究成果報告書を提出していない研究者が、今年1月時点で593人にのぼり、それらに支払われた科研費が57億8253万円に及んだ、という。発表によると、提出してなかったのは国公立大や私大など164校・研究機関の教授や研究者ら。科研費を受け取ると、終了後、一部の研究をのぞいて報告書を振興会に提出することが義務付けられている。593人は、全員が1年7ケ月以上過ぎていた。うち14人は期限が約10年以上も過ぎており、複数の報告書を提出していない研究者もいて、その件数は658件。振興会は2009年度には過去の報告書を提出していなかった69人にも新規に科研費を交付していた、という指摘もありました。
科研費の10年度予算は約2000億円、うち約1300億円分を振興会が、約700億円分を文部科学省がそれぞれ審査や交付業務を行っている。検査院の指摘を受けて、振興会は、658件のうち558件の報告書の提出を受けた。振興会は今後、「報告書がしっかりと提出されるようにしたい」と話す、と記事は伝えていました。
この記事を読んで、検査院はまず報告書が提出されているか、いないかを問うのは、これは当然のことです。提出をしていないのは確かに問題なのだが、それだけで研究者を排除してしまうような愚を冒してはならないのではないか。怠慢でやらないのは論外として、その未提出の状況を精査してみてほしい。なんらかの学術的な問題があるかもしれない。振興会や学術関係者らは、一歩踏み込んで、研究成果の質やレベルはどうだったのか、審査や交付の手続きに慣れや情実はないか、その辺のところを厳密にして欲しい、という要望はかなり多い。
また、具体的な事業化を重視するあまり、長期的な基盤技術や研究がおろそかになりがちな傾向も指摘されています。従来の分野に縛られず、「より多様な分野に対応した評価基準を導入する必要がある」との声も聞かれます。報告書未提出の問題を機に、科研費の配分、業績評価等の改善に取り組む必要性があるようです。
どうも何かの呪縛からか、科研費や補助金をめぐる"不正"が異常な憎しみをもって取り上げられてはいないでしょうか。その辺の窮屈さを幾分、取り除いてあげるべきではないか、と思う。少しも情状酌量の余地がないのは気の毒な気がします
この研究者を取り巻く環境に話が及ぶ時、ある一冊の本を思い出します。『「科学者の楽園」をつくった男―大河内正敏と理化学研究所』(宮田親平著)です。副題に示すように、1917年に設立される理化学研究所をめぐる研究者らの人間像をベースに、わが国の「科学技術創造立国」へ歩みを細かく捉えています。読み物としても工夫されています。ここで一貫して解かれているのが、これもタイトルに示されているように、「科学者の自由な楽園」の「自由」という意味の重さでした。
その本文を引用します。
戦前戦後を通じて理研の研究者は、大学、他研究所、企業に散って第一線で活躍し、そのリストをみれば、戦後の日本を復興させた原動力となった科学技術のほとんどすべての分野を網羅してしまうのである。理研が供給した人材なくしては、今日の「技術大国」の繁栄は存在しなかったとすら考えられる、と述べています。
理研が設立時に掲げた目的が、「人口が稠密な、工業原料その他の物資が少ない我が国においては、学問の力によって産業の発達を図り、国運の発展を期する外にない」というものでした。
理研創設の功労者、高峰譲吉、桜井錠二らによって提唱され、大河内正敏によって継承された「模倣によらない独創技術」の開発は、いまいっそう深刻な懸案としてクローズアップされているといえよう、と筆者の宮田氏。そして、続けて、画期的な発見は一見、「役に立たない」基礎科学の充実なしには、絶対にありえない、と断言しているのです。
さらに、科学の発展が自由な性質であるものなら、研究者にも自由を与えなければならない。その意味で、日本の科学史野中で、理化学研究所は、朝永振一郎が回顧したように奇跡とすらいえる「科学者の楽園」であり、ここに「理研精神」があった。いったい、「理研精神」とはなにか?と問うて、それは「科学者の精神の解放であった」といえようと断じているのです。
大河内は「物理が化学を、化学が物理をやっても結構です」といった、という。そこには、彼の科学者への無限の愛情と信頼がこめられていた、というのです。【同著「大輪の花」の章、338P〜】
なにかと縦割りの弊害が指摘されるが、宮田氏によると、この精神は基礎科学と切り離されていた工学に物理学を導入し、基礎と応用の垣根をとりはらおうとする予見的な作業の実行者であった大河内正敏という、またとない人材を得て具現された、と指摘していました。
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■機械工学コミュニティからの発信:25日開催
さて、今週25日(金)は東京・六本木の日本学術会議講堂で、「科学・技術駆動型イノベーションに向けて〜機械工学コミュニティからの発信〜」と題したシンポジウム(主催・日本学術会議機械工学委員会、共催・機械系関連学協会:幹事学会・自動車技術会、参加費無料)が開かれます。
21世紀の機械工学のミッションはなにか、環境や資源など地球的規模の課題にどうこたえていくか。また他の学術分野との協働や具体的成果の創出、そして活力ある知識基盤社会の実現に向けて、問題提起や提言を幅広く発信していくという試みです。どうぞ、ふるってご参加ください。
主なプログラムは、冒頭、同会議機械工学委員会委員長の東京大学の笠木伸英氏の挨拶に続いて、吉川弘之氏(科学技術振興機構研究開発研究センター長)が「社会的期待に応える科学技術研究に向けて」をテーマに基調講演を行います。再び、笠木委員長から「機械工学の展望2010」の報告、続いて、圓山重直氏(日本伝熱学会・東北大学)が「環境・エネルギー問題への提言」、帯川利之氏(精密工学会・東京大学)が「ものづくり技術への提言」、永井正夫氏(自動車技術会・東京農工大学)が「モビリティー社会への提言」、原利昭氏(日本機械学会・新潟大学)が「豊かな生活への提言」という多彩でそれぞれタイムリーなテーマを扱っています。
そして、16時10分から、岸本喜久雄氏(日本学術会議会員、東京工業大学)をモデレータにパネルディスカッションに入り、上記の提言の方々に加えてパネラーに上野明氏(日本材料学会・立命館大学)、鈴木真二氏(日本航空宇宙学会・東京大学)、そして、不肖、この私が末席を汚すことになっています。どうぞ、楽しみに。http://www.scj.go.jp/ja/event/pdf/95-s-3-1.pdf
このシンポジウムを控えて、いろいろ考えてきました。科学技術創造立国というのをよく耳にするけれど、科学と技術、その定義や関係について、私自身、実のところよくわかっていない。「科学技術」の4文字を熟語として使うのに、これまでいささかのためらいもなかったのだが、「科学」と「技術」とは違うものを指し、どうも「科学技術」は、「科学・技術」という位置づけの方がよりふさわしいのではないか、という先輩の教えが説得力をもって迫ってきます。
考えるヒントは、最近になって日本学術会議機械工学委員会がまとめた『機械工学の展望2010』の報告案の概要を手にしてからで、その報告が直接的に「科学技術」の定義に言及しているわけではないのだが、グローバル化の波が押し寄せて産業の構造が激変し知識の尖鋭化が著しく進むと、もはや世の中の実像をひとりの研究者の眼で捉える事が難しくなっているのではないか、と絶望的な境地に追い込まれてしまいそうになります。
科学とは、技術とは、工学とは、機械とは、電気とは、土木とは、開発とは、研究とは、それぞれが現代の社会のなかでどのような位置づけになっているのか、それが分かりにくい。そう考えるとまるで「偉大なる暗闇」に迷い込んだ彷徨える羊で、まったく手探り状態に陥ってしまいそうです。
科学や技術が、いずれにしても人類の発展と幸福をもたらすものであるならば、あわや踏みつぶされそうになりながらも大きくかまえる蟷螂の斧のように、この本質に迫るという試みは、無謀かもしれない。が、しかしひるむことなく全体を俯瞰するヒントがひとつでもつかめれば、と念じているところです。
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■直嶋大臣コメント「特許庁職員逮捕について」
さて、今週25日(金)は東京・六本木の日本学術会議講堂で、「科学・技術駆動型イノベーションに向けて〜機械工学コミュニティからの発信〜」と題したシンポジウム(主催・日本学術会議機械工学委員会、共催・機械系関連学協会:幹事学会・自動車技術会、参加費無料)が開かれます。
特許庁をめぐる汚職事件に関して、直嶋大臣が以下のようなコメントを発表しました。平成22年6月22日
1 本日、特許庁職員が、同庁の情報システムに関連し、平成17年から昨年までの継続した事案として、NTTデータからの収賄容疑で警視庁に逮捕された。
2 今般、このような形で刑事事件に至ったことは誠に遺憾である。今後、捜査当局により事実関係の解明がなされることとなるが、引き続き、捜査には全面的に協力してまいりたい。
3 特許庁の情報システムについては、去る3月31日に、入札に係る情報漏洩に関する一部報道があって以来、直ちに私の指示で、内部調査チームを立ち上げ、内部調査を進めるとともに、並行して捜査当局に対し、相談及び全面的な情報提供を行ってきた。
4 逮捕者が出た以上、外部の中立的な有識者による徹底的な事実の全容解明、再発防止策を検討することが必要と判断し、直ちに法律及び情報技術の専門家からなる第三者委員会を設置することを指示した。
5 今後、捜査の進展や第三者委員会の調査結果に基づいて、今後関係者に対し必要な処分を厳正に行ってまいりたい。
6 今回の事態を重く受け止め、職員ひとりひとりが心を引き締め、服務規律を守り、ひとつひとつの行政を的確に実施することによって、信頼回復のため努力していくべく徹底してまいりたい。
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また、特許庁審査業務部長の橋本正洋さんが、DNDユーザーに以下のようなコメントを出しています。
6月22日、特許庁職員が、当庁の情報システムに関連し、平成17年から昨年までの継続した事案として、NTTデータからの収賄容疑で警視庁に逮捕されました。
このような刑事事件に至ったことは、大変遺憾に、また残念に思っております。これは特許庁長官をはじめとして職員全員の気持ちだと考えます。特許庁としては、事実関係の全容が解明されるよう、引き続き捜査には全面的に協力していく所存です。
また、国家の基本である産業知的財産権行政については、引き続き的確に実施し、遺漏なきよう努めて参る所存です。
なお、本件にかかる経済産業大臣の訓話を併せてご覧ください。
平成22年6月23日
経済産業省特許庁審査業務部長
橋本正洋