◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2010/03/03 http://dndi.jp/

蓑宮武夫さんの祈り:『されど、愛しきソニー』

 ・ソニー創業者のDNAとエンジニアの矜持
 ・TSUNAMIネットワーク創設者の"手だれ"
 ・ソニー龍馬会長「いま龍馬たらん」の迫真
 ・Japan Green New Deal Forum 2010開催へ
 ・コラム:黒川清氏の「やはり日本は鎖国か」
 ・連載:張輝氏の「新しい指標・地域のイノベ力」
 ・連載:石黒憲彦氏の処方「新興国市場を攻める」
 ・世界最大級!新エネルギー・蓄電池EXPOが開幕

DNDメディア局の出口です。弥生3月は、生まれ月。57歳ともなれば、もう立 派なアラカン(around還暦)の仲間入り。が、楽隠居はまだ遠い感じです。週 末ごとに西へ東への渡り鳥で、先々週は福岡へそして先週は札幌へと飛んで、 その少し前は日光、来週は上海、帰ってきて再び日光行きが予定に組まれてい ます。もうこちらの都合でスケジュールを埋められない。うれしいやら、もど かしいやら〜。


列島をひとまたぎすると春の訪れにも相当遅速があるようです。英語のこと わざに、3月はライオンのようにやってきて子ヒツジのように去っていく
(March comes in like a lion ,gose out like a lamb)というのがあります。 「あらし」と「晴れ」、それをライオンと子ヒツジに喩えます。ライオンが先 か、子ヒツジが先か、その逆もあり、ライオンがいつまでもあばれ続ける、と いう諺もある。


雪まつりを終えた札幌は、「春うらら」の中に静けさを取り戻していました。 そんな折り、福岡の知人は電話口で「いま春一番が吹いた」と知らせてきまし た。数日経って羽田空港に降りると東京は、「春のあらし」でした。この時期 は、寒さと陽気が交互にやってきます。「三寒四温」、あるいは「二八月は掌 (てのひら)返し」ともいう。旧暦の二八は、いまの歴で3月と9月にあたりま す。


人生もまたしかり、3月は、進学や就職、転勤など異動の多い季節です。旅 立つ側も送る側も、心配の種は尽きません。言葉に出さずとも、無事であって ほしいと願うのは、親の心情というものです。


さて、その「てのひら返し」は世の常のこと。「月に叢雲、花に風、思うに 別れ、思わぬに沿う」というのは、月見をすれば雲が名月を隠し、花見に行け ば風が桜花を散らす、とかく好事に魔が多いことを指します。どんなに風向き が急変しても揺らいではいけない、心を逞しくして旅立とうではないか−とは、 お天気博士、倉嶋厚さんのご託宣です。


さて、その旅での必需品といえば読書用の本です。機内に本を数冊持ち込ん でいました。その一冊は、元ソニー執行役員上席常務の蓑宮武夫氏著の『されど、愛しきソニー』 (PHP研究所)、副題に「元役員が本気で書いた劇的復活 のシナリオ」とあり、帯には、日本総合研究所会長の寺島実郎氏が、「新しい 経済成長にパラダイム転換期に煩悶する日本人に力を与えてくれる」との推薦 の言葉を寄せていました。惜しいが、この紹介文ではまだこの本の奥底に散り ばめた筆者の血涙の部分が、見えてこないし、伝わってこない。


蓑宮さんが、強調するのは、井深大氏や盛田昭夫氏という創業者に連なるエ ンジニアの矜持であり、そのソニーのDNAの本質をご自身の赤裸々な心情をも って述懐し、時には「その原点に立ち帰れ」と警鐘を鳴らし、そして「頑張れ、 ソニー」と、惜しみないエールを送っているのです。


「普通になったことが罪であるがごとく思われるソニー」、「されど、愛し きソニー」−プロローグの冒頭に示したこの二行に、蓑宮さんのやむにやまれ ぬ思いが伝わってきます。この本が、普通のソニーに関する解説本と趣を異に しているのは、なにより「千夜を費やしても語りつくせない思いとエピソード がある」とご自身が触れているように、出色のエピソードの数々で貫かられて いるからだと思います。リアルで、ナチュラルで、そして、ウエットとウイッ トに富んでいる、のです。


その、ほとばしるような熱い胸の内が、それこそソニーマンじゃなくても、 モノづくり企業におけるエンジニアであれば、誰しもが「そうだ、そうだ」と ひざをたたいて納得し、「やっぱりそういうことだよね」と共感する時代的 テーマを扱っているように感じられました。時に、胸打たれ、ジーンと熱いも のが込み上げてくるのを禁じ得ませんでした。


本書は、プロローグとエピローグをはさんで、第1章「栄光と翳りの分水 嶺」、第2章「ソニーのDNA」、第3章「ソニー式人材育成のノウハウ」、第4章 「ソニー式商品開発のノウハウ」、第5章「ソニー式組織運営のノウハウ」と いう構成で、その中で印象に残った各章の項目の見出しを列記すると、こんな 感じになります。
「もしソニーが駄目になるときがくるとしたら」(22p)、「世界同時発売の 驚愕」(26p)、「結果を考えるな、夢をかたちにせよ」(50p)、「結果はあ とからついてきた」(73p)、「仕事、楽しいですか」(79p)、「絶妙にフォ ロー」(113p)、「まず、やってみろ」(138p)、「輝けるエースナンバー 『CCD−TR55』」(164p)、「久夛良木式どんでん返し」(202p)…。


この見出しでご興味がわいてきませんか。ソニーってなんて魅力的な会社だ ったのでしょうか。過去形で書いちゃいけないのかもしれませんが、その辺の 危機意識とノスタルジアが渾然としているのが透けて見えてきそうじゃありま せんか。


なるほど、と感じたエピソードをいくつか紹介しましょう。新しい仕事のや り方を開発するために創設された生産技術研究所、その初代所長に兼務で就い た1996年頃の話です。その前年、異例の抜擢で並みいるエンジニアを越えて文 系のキャリア、出井伸之さんが社長に就任していました。ノートパソコン『VA IO』の開発サポートにあたっている最中でした。夜のパーティーとなると、高 額なワインがテーブルに並び、ワイン通で知られる出井さんのスマートな立ち 居振る舞いが描かれています。


蓑宮さんが、その席で、「いやあ、しあわせですよ。オーパスなんか飲める 身分になれて」と言うと、すかさず出井さんがこう応じたという。
「みのさん、いうけどね。このデジタル時代になって、役員が美味しいものを 食べたり飲んだりしたくらいで会社は絶対つぶれない。会社をつぶすのはね、 在庫と品質だよ」と。


この意味するところを蓑宮さんはこう解説しています。この辺が時代の変わ り目、まさに第1章の「栄光と翳りの分水嶺」にふさわしいエピソードで、こ の項目が「世界同時発売の驚愕」でした。いち早く、昨今の「トヨタの品質」 が揺らぐ要因となったグローバル化の難題を問題視していた、ということを裏 付けているようです。


たとえば、ひと昔前までのアナログ時代は、その新しいテレビを世界中に広 めるためには、日本で最初に出して、それと同じものを順番に次はアメリカ、 その次がヨーロッパのドイツ、さらにフランス、ブラジルといった具合に、基 本的なモデルを展開するのに、「1年かかった」わけです。新しい部品メー カーでも、ソニーの部品セットでも、「昔は順番に立ちあがってくればよかっ た」のである。そのため、時間的にも量的にもズレがあり段階を踏んで増やし ていけばよいのですから、ここがポイントなのですが、アナログ時代はおのず と「品質のリスクは分散されたし、在庫管理もしやすかった」のです。


それがデジタル時代を迎えてどう変わったか、というと、「世界同時発売」 が可能になる。そうなると、部品メーカーも、セットメーカーも、一時に急激 な立ち上がりを要求されるから、スタートダッシュに失敗したら全部在庫にま わって、結局、「バッタくるほかなくなってしまう」のです。しかも、スター トが間に合ったとしても、品質管理に落ち度があろうものなら、リコールで莫 大な損失を出した上に在庫を一気に増やしてしまう、という論理でした。


出井さんは、「それを考えたら、(一本5万、10万円の)オーパスくらい、 どうということないよ」と言うのです。まあ、度胸を据えて飲もう、という風 に蓑宮さんは受け止めるのですが、さあ、えらいことだ、ものづくりの環境は これからシビアになる一方だと差し迫った危機感を深めて、「本質をついて実 に分かりやすい。みんなにも言ってあげてくださいよ」と出井さんにお願いし た時の様子が再現されているのです。


グローバル化の流れで勢い海外展開に伴う、急激な拡大路線の落とし穴は、 すでに1996年頃にソニーの役員の間では認識されていた、ということでしょう か。いまトヨタが、その轍を踏んで、蓑宮さんが懸念した事態が現実問題とし てトヨタで起こってしまった。トヨタの生産拠点は、世界26カ国・地域に53工 場があります。今回の大規模リコールの原因について、豊田章男社長は米国議 会の公聴会の席で「海外生産の急拡大で、品質管理が適切ではなかった」とそ の非を認めました。


蓑宮さんによると、ソニーの経営幹部の間で、その品質管理の危機感を「世 界同時発売の驚愕」という言葉で共有されていた、と見ることができます。そ れも、ざっくばらんな夜のパーティーの席で、しかも社長を呼ぶのに「さん付 け」という雰囲気でのワイン談義から飛び出した、というのも驚きです。いや いや、案外、そんなものかもね。


それらフランクな仕事の流儀がファウンダー井深さんの神髄であり、DNAな のかもしれません。蓑宮さんは、本書を通じてソニーの前身、東京通信工業研 究所の設立趣意書の一節を繰り返し紹介しています。
「真面目ナル技術者ノ技能ヲ、最高度ニ発揮セシムベキ自由闊達ニシテ愉快ナ ル理想工場の建設」と。よほど、このフレーズを骨身に刻み込んでいるのです ね。その思いが、ヒシヒシと伝わってくます。


この文言を目にすると、江戸東京博物館が設立10周年記念イベントで開催さ れた「本田宗一郎と井深大―ホンダとソニー、夢と創造の原点」に足を運んだ 時の事を思い出しました。その時購入した本を引っ張り出して、その巻末にあ る「設立趣意書」の全文を再度、確認しました。


なぜ、設立したか。その目的の2段落目に「コレハ技術者達ニ技術スル事ニ 深イ喜ビヲ感ジ、ソノ社会的使命ヲ自覚シテ思イキリ働ケル安定シタ職場ヲコ シラエルノガ第一ノ目的デアッタ」と認められてあり、蓑宮さんが引用した 「間真面目ナル技術者ノ技能ヲ…」という一節は、8項目掲げた経営方針の第1 番目に出てくる最重要の項目でした。経営においての指針は、「不当ナル儲ケ 主義ヲ廃シ、飽迄内容ノ充実、実質的ナ活動ニ重点ヲ置キ、徒(いたずら)ニ 規模ノ大ヲ追ワズ」と戒めているのです。


いずれも、戦後のわが国の再建のため、技術者への期待をこめて最大限に技 術者を讃嘆しているように思えます。この原点を蓑宮さんは忘れないのです。


こんなエピソードに私は心打たれました。井深さんはよく、ひとりで社内を 見回った。イギリスへ赴任が決まった横田宏信さんが、自分のデスクの傍らで 人影を感じて顔をあげると、目の前に井深さんがいて、「仕事、楽しいです か」と声をかけてきた、という。次の蓑宮さんが紹介する井深さんのセリフが、 ズシンと心に響いてきます。これは大事なことです。


「仕事を面白く演出するのが、トップの役割です。仕事が、上司部下の関係だ けで動くようでは話にならない。日常からして『楽しく』やってもらわねば困 るわけです」と。また「どうせやるなら、仕事は面白くやろう」というのは、 参院議員で元警視総監の秦野章さんでしたーと続けて、井深さんが社内を回っ て「仕事、楽しいですか」と声をかけて歩き、盛田さんが「ネアカであれ」と メッセージを発していたというから、ソニー社内では経営トップが、現場のエ ンジニアに頑張れ頑張れと、激励し続けていたのだと思います。「これがソ ニーの原点で、スキンシップとメッセージだったと思う」と蓑宮さんは、述懐 していました。


また、盛田さんは入社式で、「ソニーで働いても楽しめないと思ったら、す ぐに辞めなさい」と言った。ソニーマンは、会社を媒体にして「世の中のため に」働くのであって、媒体でしかない会社のためにはたらくのではない。それ がソニーの常識であった。だから、ソニーは辞めることを犯罪視しなかった。 戻りたくなったらいつでもおいで、というごく自然の感覚があった―という。 この辺も強く印象に残りました。


晩年、井深さんにこんな質問をした者がいた。「今、何を一番やりたいです か」。井深さんは「小さい会社をつくって、またいろいろチャレンジしたい ね」と目を輝かせていたらしい。これが亡くなる直前の井深さんの答えでした。 ふ〜む、ベンチャー支援の末席を汚す者として勇気づけられる言葉です。それ について蓑宮さんは、「小さい会社にかける井深さんの情熱はマグマのようで したし、組織の精神が怪しくなった時は、つぶすことも辞さない鬼神のような 覚悟も持ちあわせていた」と、繰り返し井深語録を思い起こすのです。志高く チャレンジしていく、それがいつの時代にも変わらない、ベンチャーの心意気 なのですね。


その他、多くのエピソードが満載です。女性版「島耕作」のところの会長室 での激しいやり取りはリアルでした。一世を風靡したパスポートサイズのビデ オムービー「ハンディカムCCD-TR55」の成功物語、我が家がニュージランドに 行った時は、これを購入した。だから懐かしい。いまでも保存してあります。 また、「プレステーション」の開発秘話と久夛良木さんの社内での存在感、井 深さんの思いが詰め込まれ独創的な異才を集めたソニーコンピューターサイエ ンス研究所(社長、所眞理雄さん)への期待、それにご自身の辞表提出のシー ンや新築祝い前夜の専務との口論の顛末なども面白く読みました。


その口論の顛末は「絶妙にフォロー」の項に出てきます。「大喧嘩したから 新築祝いに専務はこないよ」と言って奥様にふてくされるのだが、翌日その心 配をよそに河野専務が部下を連れて明るい表情でやってきて、「おお、いい家 だね。今日は飲むぞ。どんどんもって来いよ。俺は、今日は帰らねえから。こ こに泊るぞ」と、腕まくりしたか、どうか。


曇った心がその瞬間、一気に晴れていった様子が目に浮かびます。奥様も安 堵されたことでしょう。う〜む、この辺は、妙にホロっとくる。


これまでメルマガで井深大氏を取り上げたのは3回あります。その最初が、2 002年10月16日号DNDメルマガVol,3の「江戸東京博物館での起業魂」(http:// dndi.jp/mailmaga/mm/mm021016.html)でした。ご覧になってみてください。 ソニーの「モルモット」の逸話が紹介されています。命名者は、評論家の大宅 壮一さんでした。もう8年前になるのですね。


蓑宮さんは、現在の肩書がツナミ(TSUNAMI)ネットワークパートナーズの 会長で2008年に就任されました。プロローグにその就任の経過が、「運命的な お膳立て」という書き方で触れられています。


それによると、ツナミはまず世に貢献するモノづくりベンチャーに製品開発 の資金や起業を成功に導くためのノウハウを提供する神奈川県で設立したベン チャーキャピタルです。野村証券横浜支店次長だった新堀洋二さんが、「日本 にもシリコンバレーを」という決意して野村をスピンアウトし、神奈川県の認 可を受けて発足したNPO法人が前身でした。新堀さんと志を同じくしていた部 下の山下勝博さんも野村を辞してツナミ創設に参加しました。


そこから新堀さんはマネージメントの手腕を開花させていきました。ワタミ フードサービスの(現ワタミ)の経営に草創期から参加し株式公開までの業務 全般を一手に取り仕切った呉雅俊さんをトップに招聘し、自らは副社長に退き、 それと同時に山下さんをツナミのベンチャーキャピタルを担う新しい部門とし て設立したTSUNAMIオンザロードの社長に据えたのです。


蓑宮さんは、そのころの新堀さんの身の処し方に惚れ込んでしまったらしく、 「さすが剣道4段の手だれとうならされる」と感服している様子です。その蓑 宮さんの説得役に出向いたのが、若き山下さんで、その時の様子を克明に再現 しています。
〜山下は、ツナミがどういう会社かを一時間近くかけて滔々と弁じたてた。理 念と志、熱意がびんびんと伝わってくるが、ハンズオン、バリュークリエイト、 キャッシュフロー、リターンなどなど、「へえ。今の人はこういう言語を操る のか」とびっくりしたのが偽らざる感想だった〜と振り返っていました。


そして、野村證券という世間一般の常識からすればめぐまれた将来を蹴って の未知なる分野への転進、その英断に蓑宮さんは共感したのです。「彼らだけ の力で第2のソニー、第2のホンダのような企業を輩出させるシステムを構築し ようとは見上げた志である」と評価し、「坂本龍馬のもとに馳せ参じた脱藩の 志士たちもこんな感じだったのだろう」と、尊崇の念を込めて接していらっし ゃる。


蓑宮さんは、なんとソニー坂本龍馬研究会の会長でもあります。その立場か ら、彼らのチャレンジを傍観するわけにはいかない。「龍馬を研究する段階は 終わった。彼らは脱藩者、我、今坂本龍馬たらん」と、その当時の心境を綴っ ているのです。いやあ、なかなかドラマチックな展開だと、ひとりこの本を読 みながら興奮していたものです。


いやあ、これを書こうか、どうしようか。福岡へ、そして札幌への機中、蓑 宮さんのこの本と、もう一冊、バッグにしのばせていた本がありました。それ が司馬遼太郎氏の『竜馬がゆく』(文藝春秋)の第6巻でした。ちょうど、 「秘密同盟」のくだりで、薩長連合の行く末はどうなるか。決裂か、成立かの 緊迫の場面でした。その難事に際して竜馬はひとりどう立ち回り、いかなる言 葉を用いたかーのクライマックスにさしかかっていたところでした。


司馬氏は、この局面をこんな風にお膳立てしていました。
「これで薩長連合は成立した。歴史は回転し、時勢はこの夜を境に倒幕段階に 入った。一介の土佐浪人から出たこのひとことのふしぎさを書こうとして、筆 者は、三千枚近くの枚数を費やしてきたように思われる。事の成るならぬは、 それを言う人間による、ということを、この若者によって筆者は考えようとし た」と書き留めていました。司馬氏が初めて吐露した、この物語の主題のよう に思えてきます。「事の成るならぬは、それを言う人間による」とは至言です。


さて、それならば、蓑宮さんが、この本で何を一番論じたかったのか。その 言葉はどのようなものか。あえて、お叱りを覚悟で私なりの解釈から、以下の 一文を紹介させていただきたい。
〜とまれ、ソニーは井深さんと盛田さん、盛田さんと岩間さん、盛田さんと 大賀さん、大賀さんと出井さんといった具合に、エレクトロニクスに明るい人 が二人ないし一人は必ずいて開発も経営もうまくやってきた会社である。逆に、 ヒット商品が少なくなって経営が悪化した時期は、文系出身の二人体制とくっ きり色分けされている。因果関係が不明ながら、一考すべき一致だろう〜とし て、次のフレーズに万感の思いを込めていたのではないか。
「私がソニーのトップに望むことは、現場の人、エンジニアの情熱に点火して ほしいということである」と。


海外勤務が決まって不安気な面持ちの人、どうも家庭の事情で浮かない表情 の人、夜勤続きで奮闘を続ける人、そのような繊細で愚直なエンジニアのとこ ろに、そっと近づいて「仕事、楽しいですか」と、声をかけてまわる井深さん の人間好きが、現場の励みになったのでしょうね。だから、その情熱に点火し てください。せめてその情熱を消し去らないでほしい。そう祈る蓑宮さんの瞼 には、いつも井深さんの姿が焼きついて離れないのかも知れないですね。


TSUNAMIネットワークパートナーズの社長で、日本ベンチャーキャピタル協 会の会長を務める呉雅俊氏は、この本について、「この書にある一貫した蓑宮 さんのこころはソニー頑張れのみにあらず、日本のものづくり企業に対する熱 いエールでもあります」と述べております。私もそう思いました。なんとして も、科学技術創造大国への大復活をと願う人のなんと多いことでしょうか。そ の意味で、この本が刊行された意義は決して小さくありません。モノづくり企 業の光と影を赤裸々に綴られた筆者の蓑宮武夫さんの英断に心から敬意を表し たいと思います。


□            □            □


◇世界最先端の環境技術が集結!新エネルギー・蓄電池EXPO−と銘打ち、最先 端技術や企業の取組を紹介し、世界各国の一線で活躍する専門家が一堂に会し た第6回「国際水素・燃料電池展」(FC EXPO 2010)などが東京ビッグサイト で3日開幕し、初日から大盛況で基調講演では空席待ちがでるほどでした。会 期は5日まで。

 このイベントは、第6回国際水素・燃料電池展(FC EXPO 2010)のほか、併 設の第1回国際二次電池展、第3回国際太陽電池展(PV EXPO 2010)、そして第1 回太陽光発電システム施工展(PVシステム EXPO)など新エネ技術を網羅して います。国内外から大勢の人が詰めかけて終日にぎわいをみせました。

 ぐるっと会場を歩いてみました。基調講演は、事前登録制でどこも満杯。や っと空席待ちで入れたのが、この日午前から始まった第1回の国際二次電池展 でした。経済産業省資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部長の齋藤 圭介氏が基調講演に立っていました。

 齋藤部長は、「蓄電池における我が国の取組の現状と今後の戦略」と題して 詳細なデータを基に基礎的な解説から入り、社会全体で新エネ、省エネに取り 組む「次世代エネルギー・社会システム(スマートグリッド)」を実現する上 で、電力の需給バランスを安定させることが重要とし、その要として蓄電池技 術の可能性について言及していました。蓄電池産業の今後については、いくつ かの事例を挙げながら、次世代送配電ネットワーク、家庭内のスマートグリッ ド、そのシステムの海外展開の推進に伴う、国内モデルの実証と深化などを挙 げ、グローバルな蓄電池の国際標準化への取組など、その概略をすべて網羅す る内容で参加者らを頷かせておりました。

 続いて、パナソニック株式会社エナジー社社長の野口直人氏は、自社の蓄電 技術の最新開発の動向と将来の展望について発表し、民生品をターゲットにし た高容量、軽量、高耐久(長寿命化)を目指した自社の蓄電池の技術開発の取り 組みと、電池モジュール化による家庭用、EV(電気自動車)用、産業用への展 開を紹介していました。

 サムスンSDIのチョン氏は、スマートグリッドは少し先の話とし、米国・ 欧州の近年の環境規制を背景に、ハイブリッド車なども含めたxEV市場への取 り組みが優先であると、その独自の立場から持論を語っていました。

 主催のリードエグジビションジャパン株式会社の広報担当は「新エネ・省エ ネ技術が進んでも、畜電ができなければ社会インフラとして安定しない。その 電池の分野で、日本が技術的に世界をリードしている」と胸を張っていました。

 会場では国際色豊かで、中国語、英語、韓国語があちこちから聞こえて来ま した。また、欧米からは、米国、ドイツ、フィンランド、アジアからは台湾な どのパビリオンが出展していました。

 展示ブースは、FCエキスポが480社を含め、全部で1300社を超えました。な かでも慶應大学発ベンチャーの「エリーパワー」(吉田博一社長)、大型リチ ウムイオン電池を動力源とし時速370キロの電気自動車を開発した「ELIICA Pr oject」で知られます。2006年に起業しました。このエリーパワーのブースも 盛況でした。同社のコンセプトは日本の既存メーカーが開発・生産を行ってい る急速充放電に適した、高パワー密度なリチウムイオン電池ではなく、より蓄 電容量が大きく、持続力のあるリチウムイオン電池の開発という。

 近年、省エネ技術や燃料電池など市場を見据えたグローバルな競争が年々激 化し、その最新動向に関心が高まっています。それを反映して、FC EXPOには 新日本石油など国内トップ企業が顔をそろえているほか、環境先進国のドイツ、 フランス、フィンランドなど世界から480社が集まります。PV EXPOではシ ャープ、京セラ、三菱電機などのほか、スペイン、スイス、中国などから570 社が技術を競います。さらに注目の国際二次電池展では、GSユアサ、Samsung SDI 日立製作所などが出展し、この5つの展示に世界から合計1300社を超える 企業が終結しました。

 会場には、近未来の車が勢ぞろい。トヨタ、ホンダ、日産、マツダ、 GM、 メルセデスなどの燃料電池車が展示され、試乗会も。それぞれの展示会には専 門家や開発者による講演やセミナーが開催されます。FC EXPOの基調講演では、 経済産業省資源エネルギー庁の燃料電池推進室長の飯田健太氏が「政策から語 る!燃料電池への取り組みと今後の戦略」を、本田技研の執行役員第一技術開 発室長の守谷隆史氏が「持続可能な社会と燃料電池電気自動車」を、新日本石 油の代表取締役副社長で新エネルギーシステム事業本部長の松村幾敏氏が「家 庭用燃料電池の普及と水素社会実現に向けた取り組み」をと、それぞれ燃料電 池実用化の政策的な戦略や、燃料電池車の最新の技術、それにインフラ構築の ために実証プロジェクトの状況など、低炭素社会実現に向けた現実的な方策が 示されます。

 本日午後からは、特別講演に、Sunita Satyapalさんが米国エネルギー省の 研究開発や実証を紹介、最新の技術革新に伴う、経済的・制度的障害を克服す る施策を述べました。5展合同の特別講演として、資源エネルギー庁長官の石 田徹氏が登壇し、「新たなエネルギー社会システムの構築に向けて〜三種の電 池関連施策を中心に〜」と題して、新たなエネルギー社会構築のカギを握る 「太陽電池」、「蓄電池」、「燃料電池」、「EMS」(エネルギーマネージメ ント)を中心にした我が国の政策的な戦略の一端を紹介する予定という。いま その真っ最中と思います。講演内容は、FCに限って紹介しましたが、その他、 貴重な講演が目白押しですので、要チェックですね。

 また5日までの会期中は、専門技術セミナーも開かれます。燃料電池の市場 化実現に向けた海外動向では、ドイツの取り組みを比較しながら水素・燃料電 池とバッテリー型電気の開発状況や、新興市場における燃料電池事情、韓国で の実用化のロードマップなど、最新の技術動向の紹介が午前9時半から5日午前 中にかけて行われます。【取材・カメラ:出口清志】

【一押しイベント情報】
◇設立10周年記念「Japan Green New Deal Forum 2010」開催
 さて、このツナミネットワークパートナーズは、設立10年を記念して、4月7、 8の2日間の日程で次のようなセミナーを開催します。企画の趣旨は明確で、講 演者や発表などそのプログラムも盛りだくさんで魅力的です。主な内容は、以 下の通りです。

「Japan Green New Deal Forum 2010
 〜Making a Clean Break to The Future 産・官・学 連携アプローチ〜」

 日本では新政権の下で「温室効果ガス90年度比排出量25%削減」が打ち出さ れましたが、米国では単なる環境問題に留まらず、新しい需要創出の起爆剤と して「グリーンニューディール政策」を打ち出しています。日本には世界を リードする数多くの環境関連技術があります。世界が新たな発展と環境エネル ギー問題の解決に取り組む中で、日本の高度なものづくり産業基盤と技術力は 大きな付加価値を生み出す源泉となります。フォーラムでは、アドバイザーの 方々を交え、1日目に「革新的技術の現状や可能性」などの技術を中心とした 議論、2日目に「新規需要創出のための産業金融のあり方とアジアとの連携な ど『育てる資本主義』という観点で議論を展開していきます。

 プログラムを拝見すると、初日のオープニングスピーチにベンチャー育成に 詳しい「一柳アソシエイツ」の一柳良雄氏、続いてTSUNAMIネットワークパー トナーズ会長の蓑宮武夫氏が演台に立ちます。大学側から東北大学教授の大見 忠弘氏が「太陽電池」を、山形大学教授の城戸淳二氏がお得意の「有機EL」を、 そして慶応義塾大学大学院助教の眞見知志氏が「電気自動車」をと、それぞれ グリーンイノベーションを担う先端技術の動向とビジネスモデルについて発表 します。これはその一部ですので、下記のURLで全体をご覧ください。

 また、翌8日は、中小企業の現場を丹念に回ってその成功の秘訣を探る経済 ジャーナリストの財部誠一氏がパネルに登場します。日本総研会長の寺島実郎 氏が「グリーンニューディールの戦略的視座」と題した総括講演を行う予定で す。どうぞ、ふるってご参加ください。
日程:4月7日(水) 9:00〜20:30(受付開始 8:30より)
   4月8日(木)9:00〜12:40(受付開始 8:30より)
会場:かながわサイエンスパーク(KSP)/「KSPホール」
規模:300名
参加費:20,000円(2日間/小冊子代、4月7日の昼食及び懇親会費を含む)
http://www.tsunami2000.co.jp/g-forum/index.html。
※フォーラム連携企画:8日(木)14:00〜17:00 TSUNAMIビジネスプラン発表会 〜in Japan Green New Deal Forum〜を開催

◇「北朝鮮、イラン、ミャンマー、ソマリア、そして日本の共通点は?」
【コラム】黒川清氏の「学術の風」は、またひとつ、極めて深刻な日本が抱え る問題を提起しています。「北朝鮮、イラン、ミャンマー、ソマリア、そして 日本の共通点は?」と指摘し、「日本はやはり鎖国か」と訴えているのです。

 その意味するところは、こうです。
〜日本には結構な数の外国人労働者が仕事をしています。(略)最近では介護 の仕事でIndonesia、Philippineからも3年ほどを限度に日本で仕事できるよう です。しかし、3年超えるまでに日本の国家資格試験に受ければ延長できると か、しかも日本語ですよ、これはかなりハードルが高い。一種の嫌がらせ、ハ ラスメント、「鎖国のしるし」です。誰が反対しているのでしょうか?よく考 えてくださいーと問題提起し、そして「このような人たちは母国の家族にどの ようにお金を送っているのでしょうか?」と問う。

 このWestern Unionを使う人、使いたい人も多いと思います。Western Union の窓口に行き、現金(と手数料―それほどひどい率ではない10%程度)を渡 し、相手を指定し、手数料を払い、ある番号(Money Transfer Control Numbe r- MTCN)をもらいます。この番号と送金額を相手に電話なりで教えるのです。 受け取り相手は自分の身分証明書を持って、この番号を窓口で言うことによっ てこのお金を受け取ることができるのです。これは便利です。

 が、Western Unionは世界でその程度広がっているのでしょうか。それが、 実はほとんどの国まで届いているのです。現在、Western Unionが開設されて いない国は「イラン、北朝鮮、ソマリア、ミヤンマー」だけです、つまり米国 と国交がないからでしょう。そしてもうひとつが「日本」なのです−と。

結構、ショッキングな"告発"と思いませんか。ふ〜む、知りませんでした。が、 知らないでは済まされません。

◇「中国各地域の2009年GDPとイノベーション力」
【連載】は、張輝氏の『中国のイノベーション』は第33回「中国各地域の2009 年GDPとイノベーション力」です。中国全体のGDPは、前年比8.7%増の成長と いう数値は、この1月に中国国家統計局によって発表されました。日本を抜い て世界第2位に浮上する、というのは確実視されています。この項に示された 中国各地のGDPとイノベーション力は、中国経済ネット等の情報をベースに張 氏が代表を務める「技術経営創研」が作成した力作です。

 張さんによると、この表中の「地域イノベーション力」とは中国語「区域創 新能力綜合指標」の仮訳で、これは中国科学技術発展戦略研究チームが発表し、 中国経済ネットの発表とは直接関係しない2008年のデータを筆者が付け加 えたものである、という。地域イノベーション力は具体的に「知識の創造、知 識の獲得、企業イノベーション、イノベーション環境、イノベーション効果」 といった指標からの評価を総合した2008 年の順位です。どうぞ、丹念にご覧 になってください。地域のGDP順位とイノベーション力(以下、イノベ力)順 位にどんな相関を読み取るか。あるいは、GDPの順位とイノベ力の順位が決っ して一致しないことが浮かび上がって興味深い。

 例えば、上海は、GDPでは8位だが、イノベ力では1位、北京はGDPで13位、イ ノベ力で3位でした。先日、私が訪れた江蘇省は、GDPで2位だが、イノベ力で4 位でした。



【連載】は、経済産業省商務情報政策局長、石黒憲彦氏の『志本主義のスス メ』の第141回は、「電子立国の危機」(第139回)での問題提起を受けて、そ れに続く、問題解決への処方を示す「解決策の視座その2−新興市場を攻め る」です。新興市場への食い込みは、巷間、よく言われていることです。成功 事例も少なくありません。そこで、石黒さんはどんな妙案をひねりだしている か、大事なところだと思います。

 2月からスタートしたDNDサイトでのメカトロニクスやエレクトロニクス分野 の生産財をフォローした「M&EWeb」では、英語や中国語での発信も行ってい ます。つまり、中国やベトナム、インド、ロシアなどへ、どうアプローチする か、その答えを石黒さんの原稿に期待したい。そのところの期待は裏切りませ ん。必見です。

 内容に触れる前に、まず、本文を構成する見出し(これは毎回、筆者の石黒 さんが考えてつけてくれています)を見てみると、最新のデータを折り込んだ 「日本経済は外需依存か?」の項に、ズバリ、その妙案を3つ、天晴れなほど の切り口で披瀝されています。ここでは紹介しませんので、どうぞ、本文をお 読みください。次に、「グローカライゼーションによるボリュームゾーン戦 略」とちょっと長いタイトルですが、パナソニックの大坪文雄社長が、石黒さ んに打ち明けた新興市場攻略の手口を紹介しています。ここも見逃せません。

 次が「コンテンツの海外展開支援」、そして「社会システム輸出の促進」と 続きます。まあ、こんな風に、近日公開の映画の予告のような前ふりをやって ばかりいると、読者のストレスが高じてはいけないので、この辺で。

ご感想もお待ちしています。

※なお、【連載】では、米国在住の特許弁護士、服部健一氏の『米国特許最前 線』の第53回「ジャーナリズム戦争時代その2」、東京大学産学連携本部副本 部長の山城宗久氏の『一隅を照らすの記』の第16回「妖精たちの顔」は、サイ トにはアップしておりますが、メルマガでの紹介は次週になりますことをご了 承ください。

記憶を記録に!DNDメディア塾
http://dndi.jp/media/index.html
このコラムへのご意見や、感想は以下のメールアドレスまでご連絡をお願いします。
DND(デジタル ニューディール事務局)メルマガ担当 dndmail@dndi.jp