・我が国最大9000億ファンドへの期待
・山形大学の城戸教授、有機EL事業加速
・塩沢文朗氏「望郷、北信濃の旅」
・橋本正洋氏「飛躍のNEDO戦略の総括」
・谷明人氏「尾張名古屋は産学連携!」
DNDメディア局の出口です。日本経済再生の鍵を握る、官民出資の投資ファ
ンド「産業革新機構」(能見公一社長)が27日発足し、わが国のオープンイノ
ベーションの推進を意図した戦略的な投資業務を開始しました。環境エネル
ギーやライフサイエンスなどグローバル市場にふさわしい成長分野や将来有望
な取り組みなどに投資し、「次世代の国富を担う」というから、頼もしい。
政府保証の後ろ盾で、我が国最大級の9000億円規模のファンドの誕生となり
ます。このところの市場の低迷でリスクマネーの供給が滞っている現状だけに
ベンチャー関係者らの期待は大きく、この構想が語られ始めた昨年秋頃から、
すでに話題になっていました。せっかくの有望な先端事業なのに、資金調達が
思うように進まず、その結果、世界市場への参入や製品化が出遅れてしまうと
いう懸念は、これでとりあえず解消されそうです。が、課題は、それにふさわ
しい投資案件がどれほどあるのか、その目利きと発掘、そして次に事業育成な
のかもしれません。
運用は、15年以内の解散が決まっており、その期間の中で利益を上げて、投
資に見合う還元が求められることになります。簡単にいえば、儲かるか、どう
か、出資者への利益還元にかかっているのではないか、失敗すれば、捨て金に
なってしまうのですから。そういうリスクも抱えているとうことですね。志が
高くそして優れたスキルを持ちあわせていないと、やりこなせる仕事じゃない。
まあ、投資判断に悪い影響を与える、と、指摘されることがある不愉快な情
実や、政治介入などは断固排除していかなくてなりません。投資審査の厳格性
など投資の規律を担保することに加えて、その投資に対する相応のチェックを
行って公表を義務付けるなど投資担当者らの責任を明確にしている、という点
は評価したい。国富を担う新産業の創出というハードルの高い公的な役割分担
と、競争原理やエキスパートの勘で動く投資業務に伴うリターンの確保など、
官と民のいずれの要件も満たすとなると、これは極めて難しい経営になるので
はないか、と推測されます。
さて、発足式で挨拶に立った二階俊博経済産業相は、「産業革新機構には、
政府や国民の期待に応えて次世代産業の芽を育てるように懸命の努力をお願い
したい」と、機構の前途に期待を寄せていた旨を27日夕刊の東京新聞が1面で
取り上げていました。
機構には政府が820億円を出資し、民間から1社5億円の出資で16社計85億円
の総額905億円の資金規模でスタートしました。そのうち発起人の日本政策投
資銀行が10億円を出資しました。主な企業は、発起人の商工組合中央金庫、武
田薬品工業、日立製作所、パナソニック、シャープ、新日本石油、大阪ガス、
住友商事、住友化学、住友電気工業、旭化成、日揮、三菱東京UFJ銀行、GEジ
ャパンなど。社長に就任した、元あおぞら銀行会長の能見氏、専務に選任され
た元カーライフ・グループ・マネージング・ディレクターの朝倉陽保氏の両氏
もそれぞれ500万円ずつ出資していることが、同機構のニュースリリースに書
かれていました。
投資の最終判断は、各分野の有識者で構成される産業革新委員会が行います。
委員長には元東大総長で、前産業総合研究所理事長、現在、科学技術振興機構
研究開発戦略センター長の吉川弘之さんが就任し、委員に機構の社長でCEOの
能見さん、リコーITソリューションズ取締役(会長執行役員)の國井秀子さ
ん、NPO法人創業支援推進機構理事長の紺野大介さん、森・濱田松本法律事務
所弁護士の棚橋元さん、新日本製鐵代表取締役会長の三村明夫さんの6人がそ
れぞれ選任されています。
DND連載『志本主義のススメ』の執筆者で、産業革新機構の設立に早くから
関わっていた経済産業省の商務情報政策局長に就いた石黒憲彦さんが、先週紹
介した第138回のタイトルが「産業革新機構」で、運営方法や評価法などにつ
いて詳しく述べております。
例えば、国会審議で厳しい質問のひとつに、国のお金を使って採算のとれな
いような事業に投資して「すってしまわないか」という当然のご懸念がもたれ
たようです。民間が取れ切れないリスクがあるからこそ国の機関が出資するわ
けで「必ず儲かると胸を張る自信はありません」と率直に述べたのでしょう。
リスクマネーですから、損をするケースも否定できないわけです。が、石黒さ
んもおっしゃっているように、「少なくても規律なく投資をすることはない」
と断言されていました。
どの案件に投資するか、その最終判断は、産業革新委員会が行うのですが、
石黒さんによると、最前線で投資実務を行うのが40歳前後のマネージング・デ
ィレクター(MD)で、そのMDをヘッドにした5人前後のチームを5−6の複数編
成し、それぞれのチームが個別の投資案件について一義的に責任を持つ体制を
敷き、どのチームが何に投資したか、どのようなパフォーマンスを上げたかー
などをその都度、公表していく、という。そして、「MDは投資してお仕舞いと
いうわけでなく、物を言う株主として投資先企業の経営にも積極的に参画し、
ハンズオン支援をし、IPOやM&Aによる売却を目指して必死に業績を上げるよ
うに努めることになります」と説明し、「そこが単なる技術開発助成と大きな
違い」と言い切っています。
また石黒さんの解説によると、新機構の出資形態に触れて、民間VCが育てて
きた案件で、大企業の参画やベンチャー会社相互の統合・再編が必要という次
のステージに向かう際に、民間VCではリスクマネーを提供しきれない場合、あ
るいは、民間VCが持つ株を新機構が買収という提携の手法を使う場合などに直
接出資する、のが一般的だという。また投資方針には、中東の政府系投資機関
など他のスポンサーが付くファンド・オブ・ファンドの形でファンドへ出資す
る場合もある、という。まあ、あらゆる場面を想定していることが、その辺か
ら伺えるわけですね。どうやら、ベンチャー1社にポーンを何億という投資が
単独で行われるということは、どうも雲行きが怪しい感じで、キーワードは、
融合・統合・再編なのかもしれません。石黒さんもその辺に言及して、直接出
資の場合も一時的な場合を除き民間企業とともに出資するのが原則で、特に再
編案件の場合は、支配権そのものよりは再編統合の媒体的機能、接着剤的機能
を担うことに注力する、という。
つまり、出資の対象は、「次世代製品や技術などイノベーションのネタがあ
り、乾坤一擲(けんこんいってき)投資することでリーディング産業、リーデ
ィングカンパニーになりえると見込まれるものです」と説明していました。
また、石黒さんの言葉を借りれば、将来を見据え、次世代の「国富を担う新
産業の創出」を狙ったリスクマネー供給の仕掛けであることを強調し、「この
機構が我が国イノベーション・シーズの登竜門、核となって技術と人材のネッ
トワークが広がり、グローバル市場を席巻する新産業と新たなビジネス生態系
が生まれ、文字通り、産業構造を革新することを期待している」とエールを送
っていました。経済産業省というより、国を挙げてリスクを覚悟し勝負に出た、
ということでしょうか。「国富」の2文字が輝いてみえるようです。
また本日アップしたDND連載の『NEDOのイノベーション戦略』の筆者で、NED
O企画調整部長を3年務め、やはりこの7月の異動で経済産業省に復職し、特許
庁審査業務部長になった橋本正洋さんの最新の第23回「総括その2」を引用す
ると、やはり産業革新機構への期待がにじんでいました。イノベーションの最
終的実現のための支援業務、たとえば金融措置が詰まっており、この機構と、
NEDOのナショナルプロジェクトが一気通貫になることで、「イノベーション実
現の確率が増大する」と述べているのです。
橋本さんは、経済産業省の最前線の現場で準備段階からこの組織の制度設計
にあたった、当時の西山圭太産業構造課長、佐藤太郎企画官らの名前を挙げて、
その努力に敬意を表していました。西山さん、佐藤さんは、自らこの機構に出
向してリスクをとる覚悟なのですね。やはり、連絡をとらさせていただいてい
る企画調整室ディレクターの梶直弘さんもその一人のようでした。
まあ、それだけ政府や経済産業省にとっても責任のあるプロジェクトといえ
るのかも知れません。DNDメディア局では、産業革新機構のニュースや動向を
ウオッチし、その都度、フォローしていきたいと思います。
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【山形大学発ベンチャー起業】DNDiNNのニュース欄に掲載された新たな大学発
ベンチャーは、話題の有機EL(エレクトロルミネッセンス)研究の第一人者で、
「有機エレクトロニクス研究所」所長の城戸淳二山形大学教授らが設立した
「オーガニックライティング(OLC)」です。
有機ELを使った照明器具の商品化を進め、年明けをメドに商業施設向けの照
明器具の販売を目指す、という。会社は、米沢市内になる山形大学のベンチ
ャー・ビジネス・ラボラトリー内に。
OLCは、資本金1280万円。社長に、地元企業の後藤電子(山形県寒河江市)
の後藤芳英社長が就任しました。独自の工場は設けず、部品調達や加工、組み
立ては県内の中小企業に発注。城戸教授は、「2014年までに有機EL照明の普及
を加速させ、数10億円の売上を目指す」と話しています。
城戸教授が設立に関与した大学発ベンチャーは、三菱重工業などと組んだ
昨年5月設立の有機ELを製造する「ルミオテック」に続いて2社目。山形では、
城戸先生ら山形大学工学部を核とした、有機ELの産業集積で地域の活性化を目
指している、という。凄いことですね。これはぜひ、実際に足を運んで取材に
いかなくてはなりません。
【EL(エレクトロルミネッセンス:electroluminescence)】蛍光体に電圧
を加えたとき発光する現象で、熱を出さずに電気を光に変える。発光体に有機
化合物を使うものが有機ELです。材料を結晶化する必要がないため製造が容易
で、 薄く、高解像度の表示が可能。ガラスやプラスチック、金属などが基
板として使用可。ディスプレイのほかにも電子ペーパとしての利用も考えられ
ています。現在は100社以上の企業が開発研究を行っていて、小型のディスプ
レイが主流となっている、と言われています。
【連載】は、塩沢文朗氏の流儀、『原点回帰の旅』の54回目「世事賑わしい東
京を離れて北信濃へ」です。ほぼ1ケ月ぶりですね。冒頭、「政権選択」の選
挙に触れて、「政権選択ってなんですか?」と問う。その問いは、今回の選挙
のアジェンダを「政権選択」だけにとどめていたら、日本は貴重な時間を「政
権選択」だけに費やし、その間、無為無策で過ごしてしまうことになりかねま
せんーという一節につながるのですが、これには同感です。やや怒りがこもっ
ていらっしゃる、ように感じられました。
さらに、と一呼吸置いて、こう断じているのです。
「本来は、政策の方向性を決めていくのが政治家で、政策の選択肢を用意する
のが官僚の役割なのだと思うのですが、昨今の「政治主導」とは、官僚の言う
ことは聞かない、官僚に任せておくことは出来ないということのようですから、
どのような「政権選択」になっても、政策の選択肢を用意し、合意形成を構築し
ていくという政策決定プロセス全体が麻痺してしまいそうなところが心配です。
それにしても、与野党双方で「市場原理主義の反省」が叫ばれ、社会保障、雇
用政策、教育の再生、地球温暖化問題などいろいろな面で「公」の役割の重要
性が高まる一方で、本来、「公」の役割を担うはずの官僚に対するバッシング
が高まる、いや、政治家も官僚バッシングの一翼を担っているという事態も皮
肉なものです。」と。
これで終わるなら、原点回帰の旅になじみません。タイトルにみられるよう
に、興味の続きは、塩沢さんが信州は、北信濃にある野沢温泉に足を運んだ時
の述懐です。そこの飯山市は、JST理事長の北澤宏一さんの故郷だという。
土地の事情に詳しい塩澤さんの、なめらかに動くような情景描写を堪能して
みてください。きっと、のびやかな山の稜線が浮かび、眼下に流れる幅広の川
を吹き抜ける風を感じられることでしょう。夏は、信州への憧れが募ってくる
ようです。
「千曲川は、川中島で犀川と合流し、広大な善光寺平をゆったりと流れた後、
東からは苗場山や志賀高原の山々、西からは飯縄山、妙高山といった火山群が
造り出した溶岩台地によって川幅を狭めながら、日本海への出口を探すように
北へ向かいます。そして、斑尾山を起点として南から東に連なる関田山脈に頭
を押さえられるようにして東に向きを変える飯山市の辺りでは、千曲川の流域
は幅2〜3km程にまで狭められ、しかし明るく広い谷となって、山と川の穏やか
で美しい景色を創り出しています。」
【連載】は、特許庁審査業務部長に昇進された、前NEDO企画調整部長の橋本正
洋さんの、第23回「NEDOイノベーション戦略の総括その2」。NEDOの将来を展
望しつつ、1.一層のグローバル化の推進を指摘、特に吉本豊さんが所長を務
めている欧州事務所を窓口に、欧州各国が設立し運営している19のイノベーシ
ョン推進機関との連携を深めているそうです。日本の技術力を真のパートナー
と見る期待感が高まっているという。高度なバイオ、精密機械などで世界のイ
ノベーションランキング上位にあるスイスとの協力、スマートグッドを始めエ
ネルギー環境分野での連携が進む米国、その他、中国、インド、バンコクなど
のNEDO海外事務所の活躍などで、シーズと市場の両面での「グローバル展開」
が期待される、という。吉本さんといえば、DNDの事務局が経済産業研究所に
あったスタート当初、公私ともに大変お世話になりました。懐かしいお名前で
す。現在はパリから帰国され、27日付で情報通信機器課長に昇格されました。
商務情報政策局長、石黒憲彦さんの直属にあたります。
橋本さんは、2回にわたるこの総括を最後に「NEDOのイノベーション戦略」
を終えることになります。思えば、イノベーション戦略が広く、黒川清先生の
牽引で動き始め、その流れで、そもそもイノベーションに最も近いポジション
にあるNEDOの、戦略を紹介しよう、という試みでスタートした連載でした。こ
の3年間、一番研究熱心にイノベーションをフォローしていたのは橋本さんだ
ったかもしれません。東大大学院で博士号を取得したのも、その成果の表れと
思います。幅広いネットワークと、世話好きな人の良さが武器となって今度は、
特許政策の先頭にたっていかれることでしょう。期待しております。そこで、
次は、「特許政策とナショナルイノベーション」(仮題)で、新たな連載をお
願いしているところです。
【連載】は、大学連携推進課長の谷明人さんの『列島巡礼、西に東に』の第8
回「尾張名古屋は産学連携!」です。七夕に名古屋に飛んで、まず「名古屋
学」定番の、名古屋の嫁入り物語に触れて、この街の文化の特殊性を強調し、
ついで「天むす」論。名古屋の天むすは、てんぷらのしっぽがカーブを描いて、
おむすびの真ん中から下に届くというのが正統の天むすらし。名古屋の奥の深
さが感じられるエピソードです。
で、そこで本論へ。名古屋大学の「グリーンビークル材料研究開発拠点(仮
称)」のプロジェクト。自動車産業は、家電と並んで我が国の産業競争力の象
徴―と定め、トヨタの高い技術開発力の凄味を伝えています。
この拠点は、人に優しい、環境に優しい未来自動車実現のための擦り合わせ
研究による産学連携エコプロセスの「名古屋システム」を実現する、という。
で、谷さん、工学は実学なので世の中を変えてなんぼの学問―のくだりは至
言です。こういう基本的な認識が大事なのですね。
次が、名城大学の「LED共同研究センター」。名城大学発のベンチャーとい
えば、エルシード、創光科学などLED関連の大学発ベンチャーが生まれている
ように、LEDに関する先端的研究を推し進めている、という。中でも白色LEDに
特化し、超省エネ、超高演色性、長寿命、低コストなどを実現する、究極の光
源実現のための拠点という。
最後に名古屋について谷さんは、こんなメッセージを伝えていました。
「名古屋は日本一元気な街だったが、今は日本一元気が無い街になっていると、
名古屋の方から伺いました。しかし、日本を支える産業集積地名古屋が、産学
連携により、新たなステージに進まれることにより、次は、世界で一番元気な
街になられることを確信しております」。
どうぞ、本文をのぞいてください。新しい発見があると思います。なお、谷
さんの連載は、次回、北海道大学に飛びます。お楽しみに。
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