DNDメディア局の出口です。やさしい言葉でその意を伝え、わかりやすい比 喩がそこに隠し味のように付け加えられれば、より強いメッセージとして説得 力を増すに違いない。ある種の情景をリアルにイメージさせうる、その効果的 な比喩のテクニックをどう磨くか。
「記憶を記録に」。DNDメディア塾の文章術の講義で、そんな例を引用して 比較して詳細に調べてみると、これが意外と奥が深く、いくつか興味深い言い 回しが目につきました。比喩は、文章作法のテクニックばかりか、政治家の雄 弁なスピーチの核心にもなっているのです。人の心を掴む、その要諦は「巧に 比喩を語れ!」です。
例えば、取材と執筆に10年の力作で、国家秘密と取材・報道の自由をめぐっ て争われた、いわゆる「外務省公電漏えい事件」を題材にした山崎豊子さん著 の『運命の人』(文藝春秋社)の4巻からの引用です。主人公がやがて再起を かけて移り住むことになる沖縄のある工房を訪ねる場面のひとコマです。
「長さ1.5cm、直径1cmの吹き竿の口に唇を押しあて、力一杯、息を吹き込む と、溶融ガラスはみるみるオレンジ色の風船のように丸く膨らむ」。
文章中の「オレンジ色の風船」という表現ひとつで、未来の明るいイメージ が浮かんできます。それまで第1巻から緊迫の法廷闘争や新聞記者の矜持をめ ぐる理不尽な憶測など、息詰まる暗いシーンが連続するためでしょうか、この フレーズでパッと目の前が開けてくるのです。筆者が、そこで見たままの情景 をごく普通に描き写しただけかもしれない。が、鮮やかな色合いが際立ってい ました。
フジサンケイグループの経営をめぐる内部抗争をリアルに描いた中川一徳氏 著の『メディアの支配者』(講談社刊)は、これまで表に現れなかった証言や 極秘の資料などをベースに忠実に事実経過を再現するフィクションなので、文 章表現に比喩が、極力抑えられているのはうなずけます。
が、鹿内家の総帥的存在の信隆氏が、次期後継で長男の春雄氏の訃報に接し て、「私は、いま落雷の直撃を受けたような心境でいる」という旨の文章を残 し手いたことを明かしていました。春雄氏の死は、当時、出身母体のニッポン 放送やフジテレビの若手社員に大きな衝撃を与えていましたし、全国初の新聞 オールカラー化を目前にした産経新聞にもその余波が伝わっていました。
その4月上旬、春雄氏が夕刻4時に有楽町にあった都庁舎に鈴木俊一知事を訪 問する、という予定が入っていたので、私は都庁担当のキャップとしてその1 時間前から、そわそわしながら先輩記者と一緒に正面玄関で春雄氏の到着を待 っていたのです。
「議長が腹痛で急きょ予定がキャンセルになった」との連絡をうけたのは、 もう4時ぎりぎりになってのことでした。春雄氏の訃報はそれから数日後で、 とても驚きました。
また、この本の上巻に「司馬遼太郎の祝辞」という項目があり、春雄氏の後 継として招かれたハズの鹿内宏明氏の突然の解任劇を擁護する形で、司馬氏が こんなメッセージを産経新聞幹部に伝えていたことを明かしているのです。そ この比喩は、さすが熟達の大作家を感じさせうるにふさわしく、とてつもない 破壊力でした。
「法人になじまぬ私人を放逐する場合、往々にして何らかの形で会社との関係 を残せないかという人情論や恩情主義を唱える人がいるが、そういう人は法人 のなんたるかが分かっていない人だ。例えば、長い航海に出る船がネズミを退 治する時に、一匹ぐらいは残ってもよいだろうという考え方と同じで、ネズミ 一匹を殲滅(せんめつ)しなかったために、長い航海の間に仲間が増え、貴重 な食物を食い荒らされることになる」
この談話に触れて、著者の中川氏は、「たしかに、権力闘争では相手を完膚 なきまでに叩きのめすことが定石だ。情けをかけて追撃の手を緩めると、後々、 禍根を残すことになりかねない。(略)古今の歴史に通暁する司馬には自明の ことに違いないはずなのだが、そうした懸念はなきに等しく、司馬もまたクー デターの高揚感に浸っていたようだ」と記述していました。
司馬ファンの私としては、その比喩は、あんまり関心しませんでした。議長 をネズミ退治に喩えて堕とすトリックは、気持ちのよい喩ではありません。司 馬さんが、解任議長のせん滅を主張しているのだから、もはや議長への温情は 唾棄すべきこと、という風潮が蔓延していったことを思い出しました。
少し気分を変えて、200万部突破という驚異のベストセラーを記録している 村上春樹氏著の『1Q84』(ichi-kew-hachi-yon、上下巻、新潮社)から、その 比喩の表現方法を見ましょうか。村上さんの筆致は軽やかで流れるような文体 の随所に、魔法のような比喩がたくさん散りばめられていることに気付かされ ます。
塾生のひとりが、これって海外の各国で翻訳されるわけですよね、その比喩 が海外の人にどう読まれるか、そこまで意識して考えているのだろうか、と鋭 いところを突く。別の塾生は、これらの比喩は、文章を書いているうちにその 瞬間に閃いてくるものなのだろうか、と、これまた殊勲な質問を浴びせてきま した。そこで私が、思いつきで意味不明の答えをひねり出すより、こんな実の ある質問の方がよほどインテリジェンスに満ちている、と誉めちぎるのが私の 流儀なのです。
さて、『1Q84』からの引用です。
「彼はベッドの中に入り、ふかえりの身体におそるおそる腕をまわした。ふか
えりは頭を天吾の右腕に載せた。そして、そのまま、まるで冬眠をしかけてい
る生き物のようにじっと静かにしていた。」
「冬眠をしかけている生き物のように」なんて、滅多に文字でお目にかかれる 言葉ではない、との塾生の感想は、私も同じです。そして、こんなナチュラル な描写は、乾いた現代人の心になにかしらの潤いと落ち着きを与えているよう です。
もうひとつ紹介しましょうか。
「やわらかいブラシで粉を払われたばかりのような、小振りなピンク色の一対
の耳がそこにあった。それは現実の音を聞きとるためというよりは、純粋に美
的見地から作成された耳だった。少なくとも天吾の目にはそう見えた。そして
その下に続くかたちの良いほっそりとした首筋は、陽光をふんだんに受けて育
った野菜のように艶やかに輝いている。朝梅雨とテントウムシが似合いそうな、
どこまでも無垢な首だった。髪を上げた彼女を目にするのは初めてだったが、
それは奇跡的なまでに親密で美しい光景だった。」
「やわらかいブラシで粉を払われたばかりのような…」とか、「陽光をふんだ んに受けて育った野菜のように…」とか、その最初から終わりまで、ときめく ような比喩の言葉が連続しているのです。物語を追う、という従来の小説の読 み方を一旦休めて、映像的な文字の行間を楽しむ、という方がより的確かもし れません。文節のフレーズが、マルチスライドのように立体的に浮き上がって 見えるのです。そこに汲めども尽きぬ、情景描写とその比喩は、決して枯れる ことはないようです。メディア塾では、今度『1Q84』を教材にします。
この夏の、DNDメディア塾恒例の夏合宿2泊3日の涼風の日光ツアーは、総勢2 0人で定員に。まあ、家族の避暑も兼ねているわけです。内容は、この「巧な 比喩を語れ!」をテーマにした文章作法を中心に、その合間に杉並木散策、古 道散策のウォーキング、ゴルフ、乗馬、花火と盛りだくさんの体験企画を練っ ています。
まあ、文章のイメージを膨らませるには、まずなんでも興味を持って体験し、 そこで得た感動の記憶が、文章を書く動機になるのではないか、と信じている からです。原点は、虫の目と鳥の目を持つこと、狙った対象にどこまで肉薄で きるか、ミクロとマクロの視点も大事ということでしょうか。
さて、巷間、政権選択の呼び声が、かまびすしい。猛暑をはさんだ40日間の 夏の陣、衆院解散・総選挙の火ぶたが、やっと切って落とされましたね。総理 の麻生太郎さんは、その直前の自民党の両議院懇談会で「ぶれた言葉や不用意 な発言で信頼を損ねました」と神妙に陳謝し、「一致団結、伝統の底力を発揮 して局面を乗り切ろう」と訴えました。時折、涙をにじませながら胸を打つス ピーチでした。が、その人柄とは裏腹に、どちらかというと麻生さんの最大の 弱点は、相手陣営に攻め込むパンチの利いた比喩のテクニックだったのではな いか、と思います。そこで、「巧な比喩を語れ!」の政治篇です。
切羽詰まった状況をそれぞれが、新聞のコラムも参戦して巧に表現していま す。的を得た比喩だなあ、と感じられることがありますか。
民主圧勝を伝える13日の読売朝刊の「編集手帳」は、その選挙結果を題材に していました。衆院選を「受験」に例えて、「試験官に合否の判定を仰ぐべき は景気や外交の各科目に取り組んできた麻生さんであり、ここで首相を交代さ せれば"替え玉受験"になる」と指摘し、続けて「野球」に例えて「足のふらつ く先発エースが引き続きマウンドに立つのは、"捨てゲーム"の意思表示であり、 競技(選挙)を冒涜(ぼうとく)する。九回の裏まで勝機を求め、宝刀は救援 投手にゆだねるべし、という反麻生派の言い分にも一理ある」と、先が見えな い自民の混迷ぶりを"替え玉受験"と"捨てゲーム"で、指摘していました。
その日の朝日の夕刊社会面は、写真に、厳しい表情の都連会長の石原伸晃さ ん、その下の記事には、閣僚の一人の発言として紹介していました。
「党内は『自ら辞めてほしい』一色。反麻生勢力だかじゃなく良識派もそう。 マッチ一本擦ったら、バーッと広がる乾いた薪が並んでいる感じだ」と。これ が党内のその時点の空気だ、という。
また、麻生首相の「解散宣言」で、麻生降ろしの署名集めが活発になった先 週末は、自民の大物議員らから、またぞろ麻生さんの進退に関してユニークな 比喩が一挙に噴き出していました。
町村信孝前官房長官は、「試合開始1時間前にキャプテンを代えようなんて チームがあったら絶対試合に負けます」と、麻生降ろしの動きを牽制し、政治 資金問題に触れて、「政治とカネの問題といえば、これまで自民党の専売特許 でした。それなのにいまは、民主代表らの専売特許になってしまった」と突っ 込んで喝采を浴びていました。
演説で、その比喩がなにより際立っているのは、いまや政界のキングメー カーと呼ばれる、森喜朗元首相です。まあ、その雄弁がアダとなって数多くの 舌下問題を起こすこともありました。口は禍の元、最近はつとめて慎重になっ ているようです。
さて、その森さん、麻生降ろしの動きをどう表現したか。
「代わりがいないのに、飛行機のパイロットを降ろすようなもの。仕方ないから、頭から水をかけ、ほっぺたをたたいてでも『しっかりがんばれ』と。飛行機が着くまで、そうせざるを得ない」と。
うまいことを言う。つい、なるほど、と納得させられそうになってしまいま す。しかし、冷静にその発言の文脈をチェックすると、別にたいしたことを言 っているわけじゃない。町村さんにしても同様で、突然バッテリーを変えるの ならいざ知らず、キャプテンを変えたっていいじゃないの、絶対負ける、とい う根拠は極めて薄いわけです。
森さんの言うパイロットの交代はどうだろうか、頭から水をかけなければな らない瀕死の状態なら、引きずり降ろしてでも誰かに交代しないと自爆行為に なってしまいかねない、と思うのです。
演説の、それも政治家のそれは、聞いてみるとなるほどと感じ入ってしまう が、それらを文字にして検証すると、案外、穴だらけというのは、どういうわ けでしょうか。言葉のレトリックなのかもしれません。
政治家の比喩で、国の直轄事業の負担金をめぐる大阪府知事の橋下本徹さん の「ぼったくりバーみたいな請求書」はお見事でした。あのひと事で流れがぐ っと変わった印象があります。また、東京駅前の東京中央郵便局の一部解体工 事を目撃した元総務大臣の鳩山邦夫さんの「重要文化財であるものを重要文化 財でなくするというのは、天然記念物のトキを焼鳥にして食っちゃうような 話」も秀逸で、橋下さんと並んで今年の流行語大賞候補ですね。
女性では、元防衛相の小池百合子さんが出色で、テレビ番組で「首相指名で は麻生太郎と書いている。製造者責任がある。しっかり支える」と語ったとこ ろや、ご自身のブログでの「戦略・戦術を見直すことなく、そのまま『突 入!』では(玉砕戦の)ガダルカナルではない」という苦言、続けて「開戦日 程だけが設定され、マニフェスト(政権公約)という武器もなく、赤紙1枚で 戦場に赴く兵士の思いは複雑だ」という部分は、説得力があります。その喩に 品格が感じられました。
さて、戦後政治の総決算。世紀の政権選択選挙、その40日闘争で、政治家は 街頭で、テレビ番組で、集会で、それぞれ、何をどう風に伝えるか、その発信 力の差が勝負の風向きを変える。どんな巧な比喩が飛び出すか、興味深くウオ ッチしていきたいと思います。
本日の新聞は、「空疎な解散である」(朝日)という書き出しで、任期が近 づいたから。麻生降ろしを封じたいから‐とその大義なき解散に批判の矛先を 向けていました。世の中の動きに筆がついていかないのか、歴史の流れを掴 むのが不得手なのは、その時間軸の設定がままならないから、だと思います。
もうひとつ、毎日新聞の一面は、苦しい。
「待ちに待ったゴングが鳴ったのに、チャンピオンがリングに上がらない」と
いう書き出しは、ふ〜む、この意味がよく分からない。比喩のピントが甘いの
ですね。この比喩の使うタイミングを誤ったのか。
メディア側も政治家も、行財政システムと同様に劣化し、そのほころびが目 立っているのではないか。
さて、そうです。本日22日は、太陽が完全に月に隠れてしまう、黒い太陽の 出現、46年ぶりの皆既日食です。朝からどんより雨雲が垂れこめる、あいにく の雨空でした。オフィスでメルマガを打ちながら、7階のベランダを出たり入 ったり、午前11時前後、皆既日食の時間にあわせて、その微かな変化を見逃す まいと、灰色の空あたりをじっと眺めていました。が、何も伝わってこないし、 感じ取れないのです。正午過ぎに、雲が薄くなって空が少し明るくなった感じ がしただけでした。
もう鈍感になってしまったか。目の上を覆うその壮大な宇宙の光のドラマす ら、もはや私の五感は、何も感じとれなくなってしまったのだろうか。
「墨の色のように光りなく、鳥の群れが乱れ飛び、多くの星が現れる」。朝日 の「天声人語」や毎日の「余録」のコラムニストは、平安期の歴史書からこん な記述を引用して、当時、京都で見られた皆既日食の様子を、そう伝えていた、 と書いていました。この異変は、975年8月10日、午前7時45分8秒から太陽は完 全に隠れた、と今の科学が突き止めている、と「天声人語」が続けていました。 1000年以上も前に、その異様な光景を目撃し、冷静にしかも巧に描写している のですね。
先の連休は、東急ハンズなどに行って日食メガネを探し歩きました。が、ど こも完売でした。ついでに本屋に立ち寄って『Newton』の8月号の「46年ぶり の皆既日食」の特集に書かれている、皆既日食の起こる3つの条件を理解しよ うと、月の軌道と地球の公転軌道面が5度傾いていること、つまり月は地球が 太陽をまわる平面上からわずかに上、あるいは下にやや飛び出すようにしなが ら、地球を回っていることを教えられても、なんだかしっくりこない。
そこで低学年用の月刊『星ナビ』という天文の専門雑誌を買って、「全国ど こでも日食」の特集に目を通していたのです。その中に、「46 年前、知床で 黒い太陽を見た」という1963年7月21日のその撮影に成功した記録が報告され ていました。
当時10歳、北海道夕張の炭鉱の山奥にあった真谷地西小学校の校庭で、下敷 きを通してその日食を眺めていた記憶が甦ってきました。それが皆既日食だっ たか、どうかその辺はぼやけて思い出せませんが、一瞬、照明を落としたよう にふわっと辺りが暗くなり、光の先がゆっくりと宇宙のどこかに吸い込まれて 消えていく不思議な感覚にとらわれていました。
古代の人々が恐れるのも無理はない。中国の史書には、君主が悪事を働いて いる証左だともいう。石川達三氏の汚職事件を題材にした小説は「金環食」で した。何か不吉で忌まわしいことが起こる予兆なのでしょうか。次に日本の陸 地から観測できるのは26年先という。
その時の政治状況は、まったくわかりませんね。私自身の存在すら想像も見当もつきません。せめて、このDNDのウェブのサーバーが生き続けてくれるこ とを祈りたい。