◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2009/01/15 http://dndi.jp/

オバマ演説の研究

 〜言葉を尽くして、何を約束し、どんな覚悟を迫るのか〜
 〜伝統のRepetitionで、ケネディを超えられるか〜
 〜JST新春恒例、北澤宏一氏、黒川清氏の初顔合わせ〜

DNDメディア局の出口です。いつも優しいフレーズに強いメッセージで聴衆 を魅了するバラク・オバマ氏(47)の第44代となる大統領就任式が、21日午前 2時(日本時間)に迫ってきました。その準備に余念がないワシントン周辺か ら、ある種の高揚感が伝わってきます。歴代の大統領がその就任演説でさししめしました、アメリカ合衆国への結束と明日への希望は、どんな言葉で受け継がれるの か、オバマ氏の絶叫の神懸りなRepetition(再現)でクライマックスを迎える ことになりそうです。


米国史上初となるアフリカ系(黒人)の大統領の誕生は、奴隷解放の先頭に たったエイブラハム・リンカーンや自由と平等の公民権運動に身を捧げた マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師らの暗殺という悲劇を越え、人 類史上最も悩ましい人種差別や格差問題の受難の歴史に終止符を打つ、という 意義を感じます。


先人の幾多の犠牲、苦渋や無念さ、それらへの痛ましい追悼といったアメリ カの良心が、黒人初の大統領を誕生させる源泉になったのではないか。それな らば宣誓の厳粛なセレモニーでは、きっと、リンカーンやキング牧師、ルーズ ベルト、ケネディらがみんな天から舞い降りて、オバマ氏の後ろでその次の晴 れのスピーチを見守るに違いない。


その感動の演説をテレビのliveで拝聴するつもりです。オバマ氏の大統領就 任演説が、アメリカ物語の新たな1章となって、そして人類の扉をひらいてい くことを確信します。このご時世、何があっても不思議じゃありません、とも かくご無事をと祈らざるをえません。


就任式でオバマ氏は、1861年に就任の第16代大統領のリンカーンが使った聖 書に手をのせて宣誓を行う、という。そのようなものが保存されているのも建 国の歴史を大事にしているアメリカらしさでしょうか。テレビからは、手のひ ら大の小ぶりの聖書でしたが、その装丁は美しく朱色の刺繍で縁どりされて いたようにみえました。リンカーンの聖書にどんな覚悟を重ねるのでしょう。 「温故知新」か「原点回帰」か、その胸の内が透けて見えるようです。


オバマ氏の半生のそのアメリカン・ドリームを見ていると、まあ、人生、七 転び八起き、夢と志を持つことの大切さを教えられます。家庭の崩壊や、会社 の暗転、病魔も襲うし、求める職に就けないかもしれない。どうあれ、生きて さえいれば、必ずチャンスはめぐってくる。こんな瞬間を目撃するチャンスも 訪れるわけですから。オバマ氏の演説を聞いて、ゾクゾクするとい うか、なにか熱いものが込み上げてくるから不思議です。


もう彼の代名詞になった”Yes, we can.” (だいじょうぶ、われわれには できる)、旋風となったchange has come to America.(アメリカに変化が訪 れたのです)など、その誠実な語り口の一言にその思いがストレートに伝わっ てくるからかもしれません。これは、いくらスピーチライターが原稿を推敲し ていたとしても、この感動は、そのテクニックをはるかに超えています。


オバマ氏のスピーチ集はYouTubeの無料のウェブ上の動画でみました。 また、すでに40万部の売れ行きで評判の『オバマ演説集』(朝日出版)は、そ の生声を収録したCDと、英・和訳のテキストが整っていて便利で、これもを繰り 返し聞きました。そこでいくつか、その人気の理由を考えてみました。英文 は、オバマ氏のHP、和訳の一部は『オバマ演説集』からです。


オバマ氏が一躍全米の注目を集めることになった2004年7月27日、ボストン のフリートセンターで開催の民主党大会での基調講演。もう、その始めの、オ バマ氏の苦難の生い立ちに触れる場面から、心が揺さぶられます。


My father was a foreign student, born and raised in a small village in Kenya. He grew up herding goats, went to school in a tin-roof shack. His father, my grandfather, was a cook, a domestic servant.(※to the British)


オバマ氏の父は、ケニアの小さな村で生まれ育ち、留学で渡米してきました。 ヤギの世話をして成長し、トタン屋根の小屋に住んで学校に通っていた。彼の 父、私の祖父は料理人で、召使(イギリス人の)でした。


But my grandfather had larger dreams for his son. Through hard work an dperseverance my father got a scholarship to study in a magical place:America, which stood as a beacon of freedom and opportunity to so many who had come before.


しかし、祖父は息子に大きな夢を託しました。忍耐強く勉強して、奨学金を 獲得し、魔法のような場所:アメリカで学べることになったのです。そこは、 自由と機会のかがり火として、先人に多くに光を投げかけていました。


まさに、オバマ氏の生い立ちやハーバード大学法科大学院、そして地方議員 に上りつめていく、その確かなアメリカン・ドリームにふさわしいリアルな物 語に、まず感動してしまうのです。


『オバマ演説集』は、CNNが放映した「バラク・オバマの半生」を以下のよ うに取り上げていました。バラク・オバマの由来は、父親の名前から命名され ました。スワヒリ語で「神に祝福されし者」という意味だそうです。父は、ケ ニアの辺境の村の出身で、奨学金でハワイ大学に学び、偶然、ハワイ大学のロ シア語の授業で出会うことになる女性が、カンザス州から家族と一緒にハワイ へ引っ越してきていた、オバマ氏の母親となる女性でした。


女性の両親は、娘が黒人と結婚したことを非常に残念がったらしい。が、オ バマ氏が2歳の時、父がハーバード大学で学ぶことになったのですが、家に帰 ってきません。オバマ氏が5歳の時、母親がインドネシア人と再婚し、翌年、 ジャカルタに移りました。その時、オバマ氏は、初めて肌の色でからかわれ、 人種というものを意識した、という。10歳で、単身ハワイに戻って彼は祖父母 の窮屈なアパートで暮らすことになったのです…。


両親の離婚など、その不遇な半生を振り返って、彼は、その演説でこう続け ています。


A common dream, born of two continents. My parents shared not only an improbable love; they shared an abiding faith in the possibilities of this nation. They would give me an African name, Barack, or "blessed," believing that in a tolerant America your name is no barrier to success.They imagined me going to the best schools in the land, even though theyweren't rich, because in a generous America you don't have to be rich toachieve your potential. They are both passed away now. Yet, I know that,on this night, they look down on me with pride.


要訳すると、ひとつの共通の夢が二つの大陸から生まれ、両 親は、奇跡的な愛とこの国の可能性を信じる心で結ばれていました。バラクと いうアフリカ系の名前を私に授けたのですが、それは「祝福された」という意 味で、寛容なアメリカではその名前が成功の妨げになることはない、と彼らは 信じていた。寛大なアメリカでは、能力を発揮するのに裕福である必要はな いからですーと。


凄い、スピーチですね。こんな風に、たとえ離婚して祖父母の家に預けた両 親を恨まず、きっと差別的な扱いで嫌な思いをさせられた社会を、国を、それ らを全部、誠実に受け止める、他人の責任にしない前向きな姿勢に、多くの熱 狂的な共感が集まるのでしょうか。オバマ氏に、その人気を呼び込む、そのス トーリーテラーとしての生来の資質が備わっているのかも知れません。


もうひとつは、冒頭に記述した、Repetition(再現)の手法で、それが神懸 りだということです。


Well, I say to them tonight, there's not a liberal America and a  conservative America - there's the United States of America. There's not a black America and white America and Latino America and Asian America;there's the United States of America.


ここは、この演説のクライマックスです。この数行のうち、繰り返し8回も Americaを連呼しています。そしてその下に続く、the hope of (〜の希望) を連続して使う場面も息をのむような圧巻でした。


It's the hope of slaves sitting around a fire singing freedom songs; the hope of immigrants setting out for distant shores; the hope of a youngnaval lieutenant bravely patrolling the Mekong Delta; the hope of a millworker's son who dares to defy the odds; the hope of a skinny kid with a funny name who believes that America has a place for him, too.Hope…hope in the face of difficulty .Hope in the face of uncertainty.The audacity of hope!


希望…困難に立ち向かう希望、不確実をものともしない希望、それは大いな る希望です!と。オバマ氏のフレーズにHopeの文字がよく映えますね。


もうこれは彼のキャッチフレーズともなって、この羨ましいほどの名フレー ズをほぼ独占しているといってもいいのではないか。それが”Yes, we can.” ですね。「大丈夫、きっと、やれるわ、うまくいくわ」という意味ですが、困 難な状況にこの言葉を口にするだけで、元気がでてきそうになる、なんともma gicalな言葉です。このフレーズがspeechで多く使われていたのは、昨年3月4 日テキサス州サンアントニオ「公会堂前広場」での、民主党の予備選挙を競う、 ヒラリー・クリントン氏との激しいデッドヒートの渦中でした。この20日夜の就任 演説やホワイトハウスに向かうパレードの際、沿道に押し寄せる300万人もの支 持者らから、このフレーズが津波のように響いてくることになるのでしょうか。


そして8月28日、コロラド州デンバー「マイルハイ・スタジアム」で開かれ た民主党大会での大統領候補指名受諾のスピーチ「The American Promise」 (アメリカの約束)でした。


ここでは、Now is the time to…今こそ、と声のトーンを上げて、風力、太 陽熱、次世代バイオ燃料など環境対策を考えながら、新たに500万人の新規雇 用を創出する、と「グリーン・ニューディール」政策の決意を表明しました。 省エネ型の車や建物を造ったり、新しい技術を生みだせば、より多くの仕事と 安全できれいな地球を手に入れられる、と繰り返し語っています。これは本気 のようですね。


そしてその11月4日、本拠地、シカゴのグランドパークに20万人を集めた勝 利演説、「change has come to America.」(アメリカに変化が訪れた)のス ピーチに続くのです。キング牧師(Martin Luther King, Jr.)の「I have a dream」の演説から45年、米国初の黒人大統領の誕生が確定したのです。 


まあ、speechを英語のコンテスト等で少しかじっていればお気づきで、リンカーン大統領が1863年 11月19日に行った伝説のゲティスバーグ演説は、その後の歴代の大統領の就任 演説に大きな影響を与えたとされています。アメリカ人は、speechを学ぶ時は、 決まってこの演説と、キング牧師の「I have a dream」とそれに、ケネディー の大統領就任演説の3つは、繰り返し声を出してそらんじて、その抑揚や強弱、 そして訴える力をトレーニングしているのだといわれていました。これって本 当なのだろうか。オバマ氏のスピーチを丹念に分析してみると、その 随所に、先人のスピーチの名文句が散りばめられていることに気付かされます。


このNow is the time to…は、ケネディー大統領のスピーチの一節からの引 用だという指摘があります。さしずめ、ケネディー大統領の就任演説では、 "And so my fellow Americans: ask not what your country can do for you --ask what you can do for your country“が有名です。国家があなたに何を してくれるかではなく、あなたが国家に何ができるか、を問おうじゃありま せんかーの意味ですが、民衆の自立は、民主主義の原則であり基盤です。この 訴えは、今なおその鮮度を失いません。


また、「change has come to America.」で、オバマ陣営の選 挙キャンペーンは、ワシントンの議場からではなく、それが始まったのは、 Des Moinesの裏庭や、Concordの居間、そしてCharlestonの玄関ポーチからで、 彼らはわずかな貯金に手をつけて、5ドル、10ドル、20ドルをcause(大義)の ために差し出したのだ、と述べ、選挙戦術がウェブを駆使した草の根の運動で 資金集めもまったく新しい手法をもって行われ、それを成功に導いたきっかけ は、「自分たちの世代は無気力だという神話を否定した若者たちであり、給料 も少なく睡眠時間もまともにとれない仕事に従事し、それでも家族から離れて 参加してくれた若者たちなのです」と感謝の気持ちを、「volunteered and organized and proved that more than two centuries later a government of the people ,by the people ,and for the people has not perished from the Earth」とのリンカーン大統領の演説から一部有名なフレーズを引 用して、そして、こう決めゼリフを残すのですね。


This is your Victory. これはあなた方の勝利です、と。ノー原稿で15分、 その冒頭、We are ,and always will be,the United State of Americaのくだ りは、これまで一貫しています。われわれは、今も、そしてこらからも先もず っと、アメリカ合衆国なのです、と。


 熱い、熱い、熱い、祖国愛、家族愛、それに若者へのやさしいまなざしが感じられます。スピーチが進めば、会場から”Yes, we can.”コールがわき上がっていました。2004年のスピーチと聞き比べると、オバマ氏の声に張りや艶が出て、自信がみなぎってきたのが感じられました。


Speechの底力。I have a dreamの叫びが、その夢が、まさに現実のものとな り、その夢がまた新たな夢へと引き継がれていくことになるのでしょう。さて、 この新しい歴史的1ページにどんな言葉を残すのでしょう。


景気後退の先行き見えない世界経済の危機をどう克服するのか、400万人と もいわれる新規雇用創出の環境対策「グリーン・ニューディール」の具現化で 景気浮揚は適うのか、あるいはテロ対策やきな臭いイラクやアフガン問題をど う収束させうるのか‐など難問山積での船出です。


オバマ氏は、その夜、その瞬間をひと目見ようと沿道に押し寄せる300万人 を超えると想定される聴衆や、世界のメディアを通じてそのspeechを固唾をの んで見守る多くの人々に、さて、どんな言葉を選び、それで何を約束し、そし てどんな覚悟を迫るのでしょうか。


自由と民主主義。その偉大なアメリカの建国の矜持を継ぐオバマ次期大統領、 には、輝く放つHope、憧れのDream、それに失われたBelieveという、希望、夢、 そして信頼、これらを超える、新しいメッセージを期待したいものです。


◇さて、昨日は新春恒例の科学技術振興機構の集いが東京・大手町で開かれま した。理事長の北澤宏一さんが、最近まとめた「JST研究開発の新たな展開」 の報告書を紹介し、誇らしげな2008年のJSTの独創的でイノベーティブな20の 研究成果を披露しつつ、その選定にこれまで関わってきた先輩を立てて、無名 の新人だが、面白い着想を持ち、そしていずれ世界を騒がせる人物を見抜く、 JSTの“名伯楽”と呼んで讃えていました。新春にふさわしい話でした。そし て、今後の取り組みについては、科学技術ODA、生物オリンピックなどの新し いプロジェクトが動き出すとして、「若者が世界に雄飛するのを夢見ておりま す」と結んでいました。淡々と、飾らず、繕わず、いつもながら自然体の涼し さは、一流の研究者の物腰を感じさせていました。


講演は、黒川清先生で、その直前までオバマ氏の大統領就任式であわただし いワシントンに飛んで、オバマ新政権の政策ブレーンとの面談をこなし、USス トリートでは、オバマ氏とニアミスしていたことなどが、ご本人のブログに何 回かにわたって綴られています。本日、DNDサイトのトップにその一部をアッ プしておりますので、ご覧ください。そのさわり、を。


「この3年、正月はじめにワシントンを訪問するのが恒例になっています。今 年は例年とはまったく違う雰囲気です。新しい大統領に対する期待が、これま でに彼が人選を行なった閣僚や顧問団が極めて『質』のいいことで、さらに膨 れ上がり、希望と期待に溢れているように感じます。特に科学者たちの間では エネルギー省長官にNobel物理賞のSteve Chu (Director,Laurence Berkeley National Laboratory)、特に科学に関係ある案件ですが、主任経済顧問に Lawrence Sommers(Harvard U.)、科学顧問にJohn Holdren (Harvard U.)、 さらにNobel医学生理学賞のHarold Vamus(元NIH長官、現Sloan-Ketteringガ ンセンター総長)とEric Lander(MIT)、Ocean andAtmospheric庁 長官がJane Lubchenco (元ICSU会長)等々、超一流の学者達、しかも従来から低炭素、環 境問題等々で発言、活動をしている人たちばかりで固めています。科学者社会 でも彼らに対する尊敬、信頼はきわめて高い人たちばかりです。すごいリスト です)」と。


ほんと凄い。果たしてご講演では、賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ、 の例を引いて、オバマ氏のスピーチに触れ、そこにフィロソフィーがあり、メ ッセージが込められていることを強調していました。しかし、昨年の今頃は、 オバマ氏が大統領になるって、誰が想像しましたか?と指摘していました。そ こで、わが国が強みと頼む、環境技術。しかし、技術だけでいいのですか、部 品屋で構わないのでしょうか。技術を磨く、という手段が目的化してはいない か、それによって世界の大きなシステムを構築する、という考えに立てなけれ ば、日本passing、から今度は日本missingになり下がってしまう、と警告して いました。ざっと1時間、ノー原稿の天晴れなスピーチでした。



:JST新春の集いで講演する黒川清氏


“Yes,together we can!” これは黒川先生の最後のメッセージでした。何 をやってもいってもクールで、stylishでした。同行の桧家住宅の常務、加藤 進久さんは、「黒川先生に元気をもらった」と感想を述べていました。


場所を移しての懇親会は、凄い人、人、人。身動きとれないほどの盛況でし たので、黒川先生と記念撮影して会場を後にしました。写真は、黒川先生を囲んで右側が桧家住宅の加藤さん。



◇連載は、塩沢文朗さんの「原点回帰の旅」の46回「原点回帰のめざめ」とい う意味深なタイトルですが、このところの金融、経済の混乱と先の見えない景 気不況に陥って、黒川先生じゃありませんが、温故知新の重要性に加えて、い ま世の中、どうも「原点回帰」現象がおきているのではないか、そういう大き なタイトルを背負ったプレッシャーを少々にじませながら、今回は、世情のあ り様にびしっと異論をはさんでおりました。ぜひ、お読みください。


◇次週の連載の紹介は、本年からスターとした学長コラムで、東京工業大学学 長の伊賀健一氏の「新しいパラダイムを拓くのは―知技志−」です。伝統の東 京工業大学らしいですね。また、比嘉照夫氏の緊急提言「甦れ!食と健康と地 球環境」は第2回目「自然に即した生き方の重要性」です。いずれも、それぞ れのコーナーにアップしご覧いただけます。サイトトップの掲載は来週の予定 です。


今週は、以上でございます。配信が1日遅れたことをお許しください。



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