◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2008/12/17 http://dndi.jp/

夢ごころ

 〜足立美術館の創設者、足立全康氏の夢とロマン〜
 〜夢のお祝いDNDメルマガ300号、あの頃この人〜

DNDメディア局の出口です。ページをめくって活字を追っていると、ほんの り小春の、やわらかな陽が窓から差し込んで、ついうとうと…。巷間、暗くて 悲しい年の瀬というのに、のん気に午睡をむさぼっていては申し訳がないので すが、そんな思いもすぐに意識がとぎれ、ふっと、まどろみの底に沈んでしま ったようです。


開いたままの本は、『庭園日本一足立美術館をつくった男』(日本経済新聞 出版社)。その自伝の主は、島根県は安来節の里が生んだ、まあ、ロマンに生 き抜いた、と表現しましょうか、足立全康さんでした。


世界の足立美術館。ご存知でしょうか。その本の題名の通り、丹精込めた一 寸の隙もない見事な庭園が周辺を取り囲む、瀟洒な景観美術館に、横山大観、 河井寛次郎、北大路魯山人らの絵画や陶芸の逸品が一堂に揃って圧倒されてし まいます。米国の専門のジャーナルが選ぶ、美の庭園ランキングは、6年連続 日本一の快挙を更新しているのですね。


広く一面ガラス張りの室内から、大観のその題名の絵をイメージした白砂青 松の庭、遠くにすーっと縦に岩を分ける一筋の亀鶴の滝…その風景に電柱など 俗な絵柄は何一つ見えてきません。不思議な空間です。いまごろは、ふんわり 雪景色がさぞ、枯山水の庭の美しさを引き立てていることでしょう。


その自叙伝は、ご近所付き合いの大先輩、NHKエデュケーショナルの軍司達 男さんから送られたものでした。一筆書きに、達筆な文字で、竹内栖鳳の「斑 猫」の絵のエピソードに触れて、ぜひ一読し、再び足を運んでください、と。 それによると、初版は、1989年に足立美術館から出版された『九十坂越えてま すます夢ロマン』でした。こっちのタイトルの方が、より足立全康さんらしい。 苦労して事業家を目指し、"男おしん"っといって憚りませんでした。75歳で財 団を設立し、なお意気軒高で、その瞬間まで天空を駆け抜けるような生きざま だったようです。


足立美術館は、今年夏に訪ねていました。創業45年のニッポーの4代目、い つも変わらぬ誠実さの若槻憲一さんのお誘いでした。ご両親の出身地で工場も ある奥出雲に出向いた折に、ちょっと立ち寄ったわけです。その空に一筋の虹 が立った出雲の夕暮れは、鮮烈でした。


とっさに、この美術館はついでに来る場所じゃないなあ、じっくり時間の余 裕をもってじっくりみるところだ、と感じました。それで館内を駆け巡った後、 美術館の図録を購入し、そばで若槻さんがその自叙伝を買うのを横目で見なが ら、そそくさと美術館を後にしました。


美術館に足を踏み入れて、その瞬間から、柄にもなく、いやあ、軽いめまい を覚えてしまいました。きっと美しいものへの憧憬と畏怖、その魂魄をとどめ る全康さんの執念にすっかり魂を奪われそうになってしまったのかもしれませ ん。


自伝の文章は、平明でわかりやすく、気取ったところは微塵もありませんで した。まだ読書は、夢の途中。この人の屈託なのない人柄なのでしょう。普段 着のまま、その巨体をソファーに沈めて、客人と向かい合って語る、大らかな、 野太い声が響いてくるようでした。


九十の坂。その心境を惜しみなく吐露し、九十という歳月がいかに長いこと か、まさに「夢は枯れ野をかけめぐる」なのだそうだ。これまで暗中模索しな がら、「よくぞ今日まで生き抜いてきたと、われながら拍手喝采でもしてやり たい気分だ」と綴っていました。


この初版の発刊の翌年の秋、開館20周年を祝う横山大観展をご覧になった時 に、年間の入館者50万人になることを聞き及んで、とても喜んだ、という。そ れからまもなくの年の暮れ、12月19日、この人らしい波乱万丈の人生に幕を下 ろされたのです。享年92歳。新しい年を迎えれば、まもなく生誕110年。


夢が枯れ野をかけめぐるなら、そちらでも忘我の極に飽き足らず、あっとい う間にこの娑婆に再び舞いおりられているかもしれません。


「夢は枯れ野をかけめぐる」は、芭蕉の死の3日前の時世の句となったもの です。「旅に病んで夢は枯れ野をかけ廻る」で、病によって未踏の地、四国、 九州の旅が頓挫する無念さがにじむ。肉体は滅んでも夢の中では枯れ野という もうひとつの世界に足を踏み入れていく、そんな命そのものを感じる句(「ひ ととき」の芭蕉の風景から)だというから、全康さんの晩年と重なるのかも知 れません。弟子の記録に、もうひとつ芭蕉の「なほかけめぐる夢ごころ」とい う句が残っているそうだ。


夢ごころ、っていうその語感が、あまりにも浮世離れして気に入ったので芭 蕉翁は、あえて懐深くしまい込んだのだろうか。響きは、元禄年間の洒脱な江 戸の風情にふさわしい。全康さんの本を閉じて、ふっと窓の外に目をやると、 いつの間にか日が傾きかけていました。


すると、不意にドアをたたく音がして、どうぞ、って招き入れると、「いい ですか?」って、しずしずと腰を低めた、にこやかな笑みの若槻さんでした。 後列に埼玉の交流サロンの面々、赤羽広行さん、野口尚武さん、小谷野幸夫さ ん、横堀泰子さんら、みんな若い起業家で、いつも元気で楽しい。


で、どうしたのかなあ、急にアポもなく訪ねてくるなんて珍しい、って怪訝 な顔でいると、「もうそろそろ、時間ですが、よろしいでしょうか?」って若 槻さんが言う。


本日は、DNDメルマガ300号のお祝いを企画した、という。「えっ〜急に言わ れても原稿はまだだし…」って半ば驚きながら、気が利いている、と素直に喜 ぶことにした。


連れていかれた先は、馴染みのフランス料理「オステルリー・ラベイ」。そ こがパーティー会場に模様を変えていました。「祝!長〜いメルマガ300号」 の垂れ幕に、くす玉。ひもをひっぱると、パーン、パパパパーンって爆竹が響 いて、少し華やいだ祝賀ムードになってきました。


いやいや、思い起こせば6年前の春でした。DND事務局スタートは、霞が関の 経済産業研究所でした。なんだか事情はよくわかりませんが、招かざる客とい った冷やかな視線を感じつつ、我慢の日々。初代の番頭さんは気遣いの葛巻岳 さん、仕上げの苦難は次の番頭の高林貞明さんに引き継がれ、わいわい仲間に 工藤純平さんがいて、メルマガを書かせた男といまじゃ、それで全国区。SE の玉川竹春さんや、そこに電子メディア部の同輩だった森万抄雄さん、総合企 画室でフリーペーパーを立ち上げた高橋和彦さん、もう部長になれば貫禄がつ く。当時アルバイトの渋谷貴志さんの姿もある。いったい、誰が召集をかけた のだろうか、ヘヘッ!。


そこに教授の古川勇二さんが、令夫人の絵里さんを伴って現れた。えっ!知 らないところで、なんだか凄いことになっている。絵里さんが、ひとかかえも あるバラの花束をプレゼントしてくれた。カメラのフラッシュがまぶしい。照 れました。そばに、快進撃の桧家住宅の常務の加藤進久さん、JSTのサイエ ンス・ポータル編集長で前ワシントン特派員の小岩井忠道さん、思い起こせば、 NHKの軍司さんは、小岩井さんのご紹介でした。


NHKといえば、国際放送局チーフプロデューサーの酒井千萬騎さん、そして大御所は、新日鉄の元ラグビー部部長で、普段お世話になっている吉田茂国際基金監事の北澤仁さん、飛び入りは、社会部時代の先輩で女子大教授兼起業家の横山三四郎さんでした。DNDのスタッフも全員集まっている。


ちょっと緊張が走りました。こういうことがあるなら事前に教えてくれない と、心の準備というか、挨拶だった考えてくるのに、ああ、どうしましょう、 何を言えばいいのか、気がきいたフレーズが思い浮かばない。えっへん、声は ちゃんと出るだろうか、困ったなあ…と、部屋の隅で小さくなってドギマギし ていると、古川先生が、挨拶に立って…。


DNDメルマガは文字数にして122万字を超え、原稿用紙3070枚相当ということ は、きっと29年間在籍した記者時代に書いた原稿の枚数をはるかにこえている のではないか、と鋭いところを突いてくる。そして、北澤さんによる乾杯の音 頭、司会者の顔に見覚えがあるが、名前は知らない。続いて順繰りに、繰り返 し挨拶が続く。


お祝いのパーティーだから、「いやあ、出口さん、おめでとう」なんて始ま るのが普通だが、どうも様子が変だ。1分間スピーチとやらで、どこで覚えた のかみんな自己PRに徹している。新製品のアピールをする人もいる。しかし、 いくら待っても、僕の出番がない。それも不思議でしょう。自分で、それでは、 続いて…ってやるのもおかしいし、主役は主役らしく、このときぐらいは行儀 よく静かにしているのが礼儀というものです。いくら、ぶんやあがりとはいえ、 そのくらいの常識はわきまえているツ・モ・リ。


それにしてもみんなの話は長いなあ、挨拶をすませないとなんだか落ち着き ません。いやあ、そこで壁際の椅子にもたれていると、いつの間にか、うとう としてしまった。


すると、不意に「もうそろそろ、時間ですが、よろしいでしょうか」とスタ ッフの声が耳元で響く。あたりを見回すと、静まり返って、いつも通りサー バーの唸る音がする。あれっ、みんながいない。バラの花も消えている。ある のは手元に一冊の本。時計はすでに午後18時半、メルマガ配信の時間が、とっ くに過ぎているじゃありませんか。急いでメルマガを仕上げなければ…。


DNDメディア局の出口です。小ページをめくって活字を追うと、なんだかほ んのり小春の、やわらかな陽が窓から差し込んで、ついうとうと…。この夢の 続きをこれからどう書こうか、と考えて、現実の話を夢の話に仕立てれば、と 思いついて「祝!300号」を題材にしていたら、小岩井さんが、その熟達の名 文で、メルマガ300号のパーティーの、リアルな実話をご自身のサイエンス・ ポータル編集便り(12月12日号)で記事にしていただきました。
http://scienceportal.jp/blog/0812/081212.html


恐縮の極みです。 物書きの心根の深いところ をぎゅっとつかまれた感じで、 少々、むず痒いけれど、すごくうれしい。 しかし、そのパーティーの内実が ものの見事に明かされてしまいました。


さーて、これから五十嵐伸吾さんの久々のワークショップ、遅れちゃうなあ。 明日は朝から岡山、そして米子へ飛びます。岡山で、ここ数年メールばかりの 宇治さんにお会いできる。忙しいけれど、ビジネスもうまくいかないけれど、 このままずっとやって行けそうな妙な自信がわいてきました。


≪生誕110年記念冬季特別展「足立全康の眼」開催中≫
ご紹介した足立美術館には、後日談があります。NHKの軍司さんが、メルマガの全文を足立美術館に送付したところ、以下のような返事が寄せられました、とそのメールを転送してくださいました。それによると、いま、足立全康さんの生誕110年記念の特別展を開催していたのですね。いやあ、教えてもらってよかった。軍司さんの、押し付けではない、こんな心遣いがとても嬉しい。 見知らぬ人と人を結ぶ、エンジェルなのですね。そこで軍司さんらのご了解が得られましたので、ここに追加しご紹介します。


≪内容≫
軍司様
早速メールをお送りいただき有難うございました。メルマガ拝読いたしました。
このように取り上げていただき嬉しい限りです。ご存知かと思いますが、当館ではちょうど冬季特別展「足立全康の眼」という展覧会(H21.2.28まで)を開催しております。
http://www.adachi-museum.or.jp/ja/e_now.html
本展は、全康の生誕110年を記念し、全康が特に思い入れをもってあつめた大観の名作や、当館にとって重要な節目となった作品を、蒐集時のエピソードなどとあわせてご紹介しているものです。言わば、足立の自叙伝を名画で綴った展覧会といえましょうか。できれば軍司社長にも出口様にもご覧いただければ幸いです。
出口様にどうぞ宜しくお伝えください。本当に有難うございました。


財団法人足立美術館 ADACHI MUSEUM OF ART 学芸部、安部則男 Norio Abe 〒692-0064島根県安来市古川町320



記憶を記録に!DNDメディア塾
http://dndi.jp/media/index.html

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