DNDメディア局の出口です。どこかその表情に緊張が漂うのは株価の大幅な 下落など金融危機の余波が、株式上場のベンチャーのその周辺に忍び寄って打 撃を与えているからなのでしょうか。世界で失われた資金総額約3000兆円のミ ラクル、上場していない企業の時価総額が上場企業のそれを上回るという、い くつかの変調の極みを指摘するのは、ベンチャーのEXITに苦慮し、警鐘を鳴ら すジャスダックの常務執行役本部長の徳原信博さんでした。
しかし、いままさに大学発バイオベンチャーの正念場なのですが、この難局 に立ち向かう、新しい、その陣容の顔ぶれをみて、思わず、あっと声が出そう なくらい驚いてしまいました。さて、その行く末とそのサプライズ人事とは?
遺伝子治療などイノベーティブなバイオ技術で未来を拓く、大学発バイオベ ンチャー協会の定例総会が10月28日午後、東京・虎ノ門パストラルホテルで開 催されました。今年で6回を数えるのですね。その設立準備段階から、縁があ って関わってきましたが、今年は少し雰囲気が違っている。年々参加企業も増 え、上場の報告も二ケタに乗って、新薬の上市もいくつか控えて、特許案件も 目白押しで……いよいよこれから、といった矢先に、いろいろな難問が重なっ てしまった。
その一番大きいのは、協会の創設者のひとりで会長の、前LTTバイオファー マ会長を務めた水島裕氏の逝去でした。この協会の幹事長で、水島氏の裏方を 務めてきた自称・応援団長の東京CRO社長、西山利巳さんは、まさに人生の精 神的支柱を失ったようで相当ショックを受けたひとりだったようです。冒頭、 司会役で、残念ながら思いもよらぬ詐欺事件に巻き込まれ、その心痛もあって 5月の連休明けに死去された水島先生に黙とうを捧げたい、と声を抑えていま した。
そのため、この5月以来、会長ポストは不在のままで、いろいろ思うような 事業展開が叶わなかったなどの反省点も披瀝されていました。その意味で今回 の総会は、心機一転、大学発バイオベンチャー協会の新たな船出という位置づ けのようでした。
で、この席で満場一致で承認された人事は、まず、副会長でアンジェスMG 創業者の森下竜一さんが会長代行に就任し、副会長にはこれまで通り名古屋大 学教授でJ−TECの技術顧問の上田実さん、そして新たに、今年3月東証マ ザーズに上場したナノキャリア社長の中冨一郎さんが選出されました。
そして、空席の会長ポストには、なんと、前内閣特別顧問で、もうDNDでは 名物コラムで馴染みの黒川清さんが推挙されたのです。その辺のところを会長 代行の森下さんは、「スーパーカリスマの水島先生を失って組織的な動きがで きませんでした。この度、学術界の重鎮の黒川先生を会長にお迎えし、再出発 を果たしたい。創薬や知財といった分科会なんかも設置し、本来のミッション である地道な政策提言をしたらどうか、というご意見もあります。副会長に就 任の中冨さんからのご指摘のその他のネットワークといろいろ交流会を持って いく、というのもアイディアだと思う」と述べ、風通しのいい雰囲気で自由闊 達な組織の運営を心掛けていきたい、という抱負を語っていました。
その場にはまだ黒川さんはお見えではありません。そこで森下さんの機転で、 会長挨拶、という空いたプログラムの時間を自由討論の場に仕立てていました。
早速、その場は、森下さんのご指名などで皆さん、積極的な意見がだされま した。その中で、証券取引所の幹部は、「やはり株価低迷で市場がこれほどし ぼんでしまうと新たにEXITをどこに求めたらいいのか、それがわからなくなっ ている。上場後も不安がある。これをどうするか、違う形でやっていける方法 を見つけないと我が国のバイオベンチャーのリニュアルは可能にならないので はないか。問題提起を明確にし、ざっくばらんに議論できる、コミュニケーシ ョンの場を作るべきです」と提案していました。
製薬会社の著名な幹部は、「常々、皆様と一緒に成長していきたいととても 期待しています」と前置きし、「大学発ベンチャーの人に中抜きされないうち に、大学から研究成果を取ってこいと発破をかけていますが、研究者は自由奔 放に研究してほしい。薬でいえばメカニズムが素晴らしくても、どこかでやっ ているか、どうか、やっていたらもうそれは遅い。何が新しいか、そういう テーマを求めています」と指摘していました。
また女性の参加者からは、せっかくベンチャーが集っているのだから、ベン チャーに求められる製薬会社との交渉術や、必要不可欠な法務の研鑽、成功事 例などの情報を共有しがら、それぞれの体力を強めていく、そのための講習会 や交流会があるべきじゃないか」との意見は、多くの参加者の共感を得ていま した。
プログラムは少しの休憩をはさんで、次は、経済産業省から生物化学産業課 長の倉田健児さん、大学連携推進課長の谷明人さんがそれぞれのベンチャー支 援の立場から、現状認識と課題、そしてその処方についてデータに基づいた分 かりやすい説明をしていました。
とくに倉田さんは、バイオの技術的特徴について、基礎研究の成果が、創薬 として事業化し市場にでる、いわば最後のところの上市につながるという一連 の結果をもたらすプロセスには「これまでさまざまなモデルが試され、その結 果としてやっぱり、供給者はまず大学で、それをつなげるファンクション、機 能を担うのがベンチャーです」と断じ、「バイオ分野のファンクションにおい ては、もはや製薬会社が担うことが難しくなっている」と指摘し、そして経済 産業省などの政策当事者らのミッションは、いかに研究成果をイノベーション につなげて多くの人々の役に立つ商品を世に出していくかーであり、いい方を 変えれば、バイオベンチャーというイノベーションを興す社会的ファンクショ ンを失えば、国民の利益に貢献することができなくなるので、そのファンクシ ョンをどうするか、いかにしていくか、が、「私にとっての課題かなあ〜」と 思っている、と率直に語っていました。
谷さんは、今年7月に着任したばかりですが、その行動力は並みじゃないよ うです。そのレジメ、時間が押して十分なスピーチはできませんでしたが、こ の人の行動力は凄いらしい。前回のメルマガで取り上げた北大発ベンチャー 「イーベック社」(土井尚人社長)のドイツの大手製薬会社との88億円に及ぶ ライセンス契約の締結のニュースに触れて、さっそく谷さんは札幌に土井さん や開発者の高田賢蔵教授らのオフィスを訪ねている。やっぱり現場感覚がもっ とも重要なのですね。
僕といえば、そのことに触れたメルマガは、いろいろ反響が大きかったので すが、リリースと知人のメールに頼ってしまって、本来は高田先生に取材をし なければならないのに、そこを端折るから、「記事に事実と違う記述がある」 と、何人もの人から指摘を受けてしまいました。後段で「お詫びと訂正」を出 すことにしましたが、なんということでしょう、ね。なんでも疑問に思ったら、 確認を怠ってはいけない、という教訓です。申し訳ありません。
さて、もうひとつ。倉田さん、谷さんらは、現在その制度設計が急がれる 「イノベーション創造機構」の政策の狙い、策定状況やタイムスケジュールな どについて説明を加えていました。いま経済産業省挙げて取り組んでいるホッ トイシューのようです。その総括責任者が、経済産業省の官房審議官で、起業 やイノベーション論に詳しい石黒憲彦さんでした。もう黒川先生と並んで、DN Dで連載「志本主義のススメ」を執筆する常連です。その118回「新経済成長戦 略」(9月24日付)に、その概略が説明されていますので、以下、紹介します。
「〜資源生産性を上げるもう一つの方法は分子の付加価値額を上げることで、 これはイノベーションの出番です。1ドル80円でも輸出できる競争力を持ちま しょう。具体的には財政投融資資金を原資に1000億円のファンド(「イノベー ション創造機構」)を積み上げ、民間資金と併せてリスクマネー供給を行いま す。技術開発は既にNEDO などの機関がありますから、主として事業化を対象 とします。ファンド・オブ・ファンドとして例えば複数の大学発ベンチャーの 知財や会社自身を買い取り、束ねることで事業化を目指すようなベンチャーキ ャピタルや技術的にあと一歩で事業化可能でありながら企業がリスクを全て背 負い切れないようなプロジェクトに一部出資することを考えています。
例えば画期的な新エネルギーの事業化や、治験だけという段階になって大企
業が尻込みしているけれど開発されれば人類にとって画期的な薬の事業化など
が後押しできればと思っています。組織は、産業再生機構をモデルに時限的に
設立し、技術の目利きや資金運用の経験に富んだ民間人材で運営します。また、
日本のベンチャーキャピタルや事業再生ファンドは、海外投資を呼び込むには
税制上不利になっており、これを是正し、海外マネーの呼び込みを図ります」
という具合です。もっと全容を読みたい方は、ここからどうぞ。
第118回 新経済成長戦略
「イノベーション創造機構」。これからの最重要政策の大きな要になってき そうですね。注目です。しかし、政局がこんな風に揺れ動いていると、せっか くの政策も宙に浮いてしまう、ということも起こりうるのでしょうか。今度は、 そっちが心配になってきます。
話が横道にそれてしまいました。谷さんがご講演の途中、会場の入り口付近 がにわかにざわめいて、同行の部下が小声で僕に「先生がお見えですよ」とい う。振り返ると、なんと黒川先生がさっそうとした姿を見せていました。なん というか、オーラがあるのですね。場が、パーっと明るくなった印象を持ちま した。会場で、アステラス製薬会長の竹中登一さんを見つけて、さっと隣の席 に腰を下ろしていました。で、いよいよ黒川先生の登壇、いままでのやや沈ん だ空気が一変しましたね。あとで、森下さんが、黒川先生がいると元気が出る、 と喜んでいました。
その黒川さん、韓国にいけば韓国、シンガポールにいけばシンガポールと、 いった先々で電話を頂戴したのは、森下さんでした。会長就任を要請していた らしく、まるで、国際ストーカーみたい、って黒川先生も苦笑していました。
で、スピーチの達人ですから、なんといっても機関銃を連射するような勢い がある。Merck&Co.incのつくばの基礎研究所の撤退はなぜか、5月には愛知県 にある米製薬会社大手のファイザー中央研究所の閉鎖はなぜなのか、分かりま すか?みんな引き上げる、これはどういう意味なのか、考えてみてください〜 となんとも挑発的なのだか、思わず話に引き込まれてしまう。で、武田薬品工 業が米バイオベンチャーを88億ドル(8800億円)で買収し、2月にもそういえ ば、抗体医薬の米アムジェン日本法人を買収し、これらがどんなインパクトを もって語られているか、ご存知ですか?と問う。米国のベンチャーの新たなEX ITとして迎えられているし、もう少しバリューをあげて日本の製薬企業に高く 買収してもらおう、と戦略を作り直している、とも指摘していました。
イノベーション・ジャパンの会場に足を運んだ時のエピソードで、大学発の 研究成果やベンチャーが300以上もブースを出しているのだが、肝心の大手企 業が出展していないところに日本の問題がある〜と鋭く矢継ぎ早に指摘してい ました。その行きつくところは、最近、ちょくちょく話やブログで、取り上げ ている『ガラパゴス化する日本の製造業』(宮崎智彦著、東洋経済新報社)で、 モノづくりは物語の一部で、心をつかむ、ひとを動かすのは、ストーリーテ ラーだと説明し、まずスピード感、そして出口(EXIT)は日本に限らない、と いうことをもっと考えよ、と訴えていました。
その時間、わずか10分程度なのだが、会場が黒川マジックに包まれていまし た。熱を帯びて、ほぼ全員が懇親会会場へ。やはり、森下さんや竹中さんらの 中心に黒川先生の姿がありました。大学発バイオベンチャー協会の第2幕の門 出に、ふさわしいなごやかな、ムードでした。
:向かって右側から、会長代行の森下さん、会長にご就任の黒川清さん、アステラス会長の 竹中登一さん、ナノキャリア社長で副会長にご就任の中冨一郎さん。
:ジャスダック常務の徳原信博さんと三宅綾さん。まん中が僕です。
森下さんによると、黒川先生の会長ご就任の了承が得られたのが、先週の土 曜日、皆様の総意があるのなら、とのことだったようです。ぎりぎりだったの ですね。しかし、先週の土曜といえば、その25日、僕は、自然の里山が清らか な信州・松本市奈川での健康と観光の癒しのツーリズムを終えた足で、新宿経 由で新橋へ。向かった中国飯店で、実は、そこで黒川先生と合流していました。
この会合は、昨年秋にメルマガで取り上げた「佐藤剛蔵氏」、いわば韓国の 近代医学の教育に38年間にも及ぶその半生を捧げた日本人医学者で、その稀有 な人物の足跡に日本、韓国の双方から光をあてて後世に伝えていこう、という 趣旨で、その具体的な取組の準備に入っているところでした。その詳細は後日、 お知らせすることになりますが、黒川先生の幅広い活動にはほんと頭がさがり ます。そして、今回も本当に驚きました。
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○連載は、張輝さんの「中国のイノベーション」の20回「上海タイフーン、上 海ガニ、上海万博」で、書き出しが、NHKの人気の土曜ドラマ「上海タイフー ンを観てなぜ泣いたか?」でした。6回シリーズ、毎回そのストーリー展開の 巧みさと、ごまかしのないリアル感、そしてなんといってもキャスティングの 妙、僕も張さん同様、毎回、涙なくしては見ていられませんでした。上海ガニ も食べたくなりましたね。そして、もうすぐ11月4日に張さんは、中国現代農 業の発祥地として知られる楊凌で開催の中国最大の農業博覧会にツアーを組ん で参加されるのですね。確か、専属のブースも手配されて、「環境にやさしい 日本農業、バイオ農業の一角」というテーマで出展される、ということでした ね。今回は、DNDはパネル参加で、いろんな事情で参加を見送りましたが、ぜ ひ、必ず、次回は上海にお連れ下さい、と祈るばかりです。ご報告をお待ちし ています。
○一押し情報のご案内:東京大学イノベーション政策研究センターなどが主催 の「東アジアイノベーションカンファレンス」が11月28日、東大の安田講堂で 開催されます。持続的な経済成長や少子高齢化、深刻度を増す地球環境問題、 それに医療、健康など私たちが直面し、その問題の処方を急がねばばらない課 題に効率的なイノベーションシステムの改革が必須、という。そこで中国、韓 国、そして日本の3つのアカデミアの専門機関が連携し、新しいナショナルイ ノベーションシステムのモデル構築を議論する場を提供するものです。DND研 究所も後援にくわえさせていただいています。本日、その参加募集とプログラ ムの詳細を載せた案内がDNDサイト左側にアップしました。どうぞ、ご参加く ださい。また、内容については今後随時、お知らせします。
【訂正とお詫び】
メルマガ「足元揺らぐ危機連鎖の本質と手探りの処方〜北大発ベンチャーが
独製薬会社と88億円のライセンス契約〜」の本文中、一部、事実と違う記述が
あり、以下「ここまでくるには、主に資金調達先の北海道ベンチャーキャピタ
ルの目利きやアシスト、経営人材の確保、国内外の製薬業界に通じたファンド
マネージャーらの存在があったものと推測されます」の部分を削除します。ご
指摘の後、「イーベック」社の資金調達先は、JAFCO、JAIC、大和SMBCキャピ
タルの3社であることが判明したことをお伝えします。ここに訂正し関係者の
皆様にご迷惑をおかけしたことを心よりお詫びいたします。
DND研究所代表取締役社長出口俊一
平成20年10月29日