DNDメディア局の出口です。貧困と紛争、そして猛威をふるう感染症に苦悩 するアフリカ。しかし、この大陸の未来を信じて聡明な多くの若い女性らが、 それぞれにその重い課題に向き合っている。いま、この現実を知ることによっ て、これから僕が何をしなければならないのか、これはとても悩ましい問題の ひとつとしてクローズアップしてきたことを率直に認めざるを得ません。
好きなものを食べて、週末は趣味の映画館通いと庭いじり、それに緊張感の 薄い安逸な日常に満足しているわけではないが、そろそろそういう生き方その ものを改め直さないといけないかもしれない。こんなに心を揺さぶったリアル な映像やコメントはあったでしょうか。正直なところ、ついその場からこっそ り逃げ出したくなる心境でした。
その世界の貧困層の感染症患者らの死の現実に踏み込んで、その問題に立ち 向かう国際的なNGOや地域のボランティアらの取り組みを主に疾病ごとにシ リーズで紹介する、英国BBC放送のドキュメンタリー「生きる〜Survival〜」。 この番組の放映(10月4日から11月30日の全8回)に先立って、その一部紹介を 兼ねた試写会と、アフリカの貧困や疾病に手を差し伸べる国際的なボランティ ア活動家らを招いたパネルディスカッションが、今月の2日夕刻に開かれてい ました。
東京・皇居。その千鳥ケ淵の桜並木に面した広大な英国大使館、鉄格子が厳 重に張り巡らされた正門を通って、西奥の大使公邸に足を踏み入れていました。 もう報道も含めて100人ぐらいの関係者が席についていました。英国BBC放送の World Newsの紹介があるので、この場が特別に用意されたのかもしれません。
開会に先立って、大使のDavid Warren氏が、これから上映する短編のドキュ メンタリーは、00年の国連のミレニアム・サミットで採択された貧困と開発に 関するミレニアム開発目標(MDGs)をテーマとしており、この問題について日 本と英国が、先進国がアフリカにどんな支援や貢献ができるか、を考える題材 を提供してくれています、と説明し、主題はグローバル・ヘルス(国際保健) です、といい切っていました。それも聴きやすい日本語でのスピーチでした。
MDGsの中でもグローバル・ヘルスに極めて重要なテーマが、乳幼児死亡率の 削減、妊産婦の健康の改善、そしてエイズ、マラリア、その他疾病の蔓延の防 止―でした。
:「マラリア」の番組から
近年、グローバル・ヘルスの概念は、グローバリゼーションの進展で起こる
富の偏在に加え、医療人材の流出、新型インフルエンザやSARSなどの感染症の
リスク拡大、気候変動による洪水や干ばつ、それに疾病構造の変化など国境の
枠を超える健康課題が、従来からの貧困、内戦、テロ、エイズ、難民などの問
題を、より複雑に、深刻に、そして生存権を脅かす危機的状況を招いている、
という認識がベースになってその課題解決が急がれているわけです。
続いて、ゲストの内閣特別顧問の黒川清さんが、この10年余りの情報化、世 界のグローバル化、フラット化に伴う、パラダイムシフトが起きている現実を 具体的に指摘しながら、年間1000万人が飢餓で死んでいる状況を直視し、「ひ とりひとりが、できない理由をあれこれ言う前に、いったい何ができるか、を 考えなくてはならない。ひとりの人のやれることのインパクトとスピードが大 きくなってきている」と訴えていました。
黒川さんといえば、アフリカ支援に動く、アイルランド生まれのロックバン ド「U2」のボーカル、ボノ氏。ダボス会議や横浜でこの5月開催の第4回アフリ カ開発会議(TICAD)での交流が記憶に浮かんできます。黒川さんは、そのボ ノ氏が高く評価する、00年に開催の沖縄サミットで採択された「世界エイズ・ 結核・マラリア対策基金」の創設の恩恵で、08年にはアフリカで240万人が無 償で治療を受けられるようになった事実について、「私たち日本人がもっとよ くしらないといけない」と付け加えていました。
さて、本題のドキュメンタリー「Survival」の番組8本のうち、50分を5分に 縮めた4本が紹介されました。年間210万人以上が死亡するエイズと結核の二重 感染が蔓延し、死亡率の高い睡眠病では治療にも苦痛が伴い致命的な副作用を 生む。年間2.5億人が発症し100万から300万人が命を失うマラリアの感染症は、 アフリカでは子供の死因1位でもある。そして寄生虫感染で20億人が苦しんで おり、なかでも熱帯病のトラコーマによって約800万人が視力障害で失明の危 機に陥っている、という。
:「睡眠病」の番組から
う〜む。刻一刻、その瞬間にも数多くの幼い子供や妊婦らが死を迎えていま した。貧困と感染症、まさに生死の淵に身をゆだねている。コンゴ共和国で爆 発的に流行する睡眠病で7000万人が罹患の危険にさらされている、という。睡 眠病は、治療が行わなければ精神障害からこん睡や死に至る、死亡率100%の 風土病で、2006年の患者は11000人で、10年前の統計で68%減少した、という が、継続的な治癒が続けられなければこの減少傾向もすぐに元に戻ってしまう 危険がある。政治的な意志はどこにあるのか、財政的支援はどこまで行き届い ているのか急がれる新薬開発の現実は〜などなど、解決には早期発見と治療、 地域レベルの取り組みが求められている、と指摘する。
その他、「妊産婦の健康」では、出産時の合併症で毎年53万6000人の女性が 亡くなっています。実際は87万人を超えている、とも。出血と感染が原因で、 病気に悩まされている患者は毎年1000万人以上にのぼる。このドキュメントは バングラディシュの不衛生な現場を追っていました。原始的な出産事情、カミ ソリと糸を使う産婆、赤ちゃんに数日母乳を与えないのがこの地の風習という。 その間、ウシの乳を手に入れなければならず、手に入らないと赤ちゃんが確実 に餓死してしまう。こんな誤った習慣や考えを改めなければならない。初乳が 大切、という考えを早急に普及する必要がある、と伝えていました。
映像は、さらに南アフリカでのエイズと結核の合併症、相互作用を引き起こ し新たなワクチン開発が急がれる現場へ。なにせ、HIV陽性患者が結核に罹患 するのだから、二つの疾患を治療しなくてはならない。そして年間100万人以 上が死亡するマラリア。ウガンダ共和国のマラリア制圧に取り組む医師や看護 士に加え、早期発見のために家庭訪問に必要な地元のコミュニティから選ばれ た青年らが懸命に活躍していました。優れた治癒率が確認されているアルテミ シニン誘導体他剤併用療法(ACT)や住友化学が開発した殺虫剤を練り込んだ 蚊帳を配っているが、そこでの一番"武器"は、移動のための自転車だ、という。 最果ての荒野、その手段は自転車で、手作りの木製の車輪も目に留まりました。
:「エイズ・結核」の番組から
これは、その報告の一部です。1本わずか5分なのだが、いずれもショッキン
グな映像が展開されていました。なんだか、これは文明の皮肉すら感じますね。
劣悪な環境で生死をさまよう貧困層を尻目に、金融危機の回避という名目でそ
の効果すらはっきりしない銀行の救済に100兆円を超える資金が投入される現
実、その世界市場の"金欠病"に効くワクチンは、果たしてどこで手に入れるこ
とができるのだろうか。
さて、そんなことを考えさせられながら、続くパネルディスカッションは、 きわめて異色の顔ぶれで、誇らしげな表情の女性が中心でした。パネラーは、 伊藤忠商事法務部のコーポレートカウンセルでカリフォルニア州の弁護士のキ ャリアを持つ、茅野みつるさん、オランダ生まれで、イギリスで育ち、14歳ま で日本で過ごし、その後米国の生活が長い。「世界が認めた日本人女性100 人」(Newsweek誌)に選ばれ、最近話題の"Table for Two" 運動の提唱者のひ とりでもある。
茅野さんは、その映像の題名に触れて、「サバイバル、まさに生きる、必死 で生きる、という風な局面に日常ぶちあたったことが、これまであったのだろ うか」と自問し、その問題の大きさに日本人として企業として何ができるか、 と感じたと感想を述べていました。その通りですね。そして「そこに関与して も何もできないのではないだろうか、小さなことでも関わることが大切だと思 います」と話していました。
また、その"Table for Two"に触れて、社員食堂を通じて昼食1回につき20円 の寄付をする、この活動は現在、伊藤忠商事を含めて60社以上の企業が参加し ているが、伊藤忠で集めた月30万円近い寄付額は、30人の学級で1年間食事が 食べられることになる、というから、決して小さい額じゃない、と指摘してい ました。DND参加しようかしらね。
NGOシェアの海外事業チームリーダーで、創価大学卒後、NYのコロンビア大 学ティーチャーズカレッジで修士号取得、その間、メキシコへの一人旅、NGO のユーススペシャリストとしてストリートチルドレンのプログラムに携わる、 といった異色の経歴をお持ちの青木美由紀さんは、「世界の子供が教育を受け られる世界を実現」という使命感に燃えていました。
とくに2005年8月から2007年4月まで南アフリカのリンポポ州に滞在し、エイ ズ制圧のプロジェクトに携わった経験から、正しい知識の普及が第一で、ボラ ンティアの役割が重要になりますが、とくに地域のコミュニティヘルスワー カーの存在が不可欠だと指摘していました。コミュニティを形成し、そこから 人材を育てる、そして顔の見える人と人の絆が、もっとも大切なのではないか、 と訴えていました。若いけれど、主張も行動も立派です。
もうひとりの女性は、長崎大学大学院医歯薬学の保健学専攻の教授で、国 際・地域保健に特化した研究を行う一方、JICAやHANDSとともにモザンビーク、 ナイジェリア、ブラジルなど各国の保健分野のアドバイザーの経験がある、大 西真由美さんです。
大西さんは、これらの映像から多くの人が一様に受ける印象とは違った視点 からコメントしていました。例えば、マラリアの感染予防に効果がある蚊帳の 配布の現実について、子供や妊産婦に配った蚊帳を父親がそれを取り上げて自 分の服にする、若い女性は花嫁衣装に利用するなど、間違った使い方がされて いている現状を報告していました。また、妊産婦の映像を例に、単純に伝統的 な産婆さんが良くないといって排除してしまうと、多様なニーズに応えられな いことも起こりうる、と指摘していました。最近は、これはタンザニアでの報 告ですが、JICAから派遣のボランティアが地域の自治体のコミュニティに参加 し、水路の汚泥を定期的に清掃している地道な活動が高く評価されていた、と いう。
いやあ、逞しく、頼もしく、素晴らしい女性たちですね。同席の国際交流セ ンター理事長の山本正さんは、「官民協力、それらがセクター間を超えた協力 が必要です」と指摘し、「(3人の女性の)現場に行かれた方々の強さを感じ た」と彼女らの活躍ぶりに目を細めていました。黒川さんは、「女性の方が男 性より多いパネルは日本では珍しい。自分は、どこでどんな貢献ができるの か、わずか3%の力、時間を使うところにチャレンジがある」と彼女らの晴れ やかな活動を絶賛していました。
進行役には、NHK解説委員でお馴染みの道傳愛子さん。やはり、いまこの現 実に向かい合って、私たちは何ができるのだろうか〜と問い続けながら、道傳 さんが最後に口にした言葉は、「対策の遅れが死に関わる」でした。
アフリカ支援、といってもその現実は多大な困難を伴うことは否定しようが ありません。先日、国際医療支援団体「世界の医療団」(本部・パリ)のスタ ッフで、医師の赤羽桂子さん(32)はエチオピア東部から誘拐されたばかりで した。昨年まで茨城県や東京都内で小児科医として勤務した後、「貧困にあえ ぐ子供を救いたい」と海外での医療支援活動に転じていた、と新聞は伝えてい ました。現在、ソマリアの首都モガディシオで武装グループに拘束されている のが明らかになりました。医師仲間や知人から赤羽さんの早期の解放を望む声 があがっています。これもアフリカ問題の辛い現実なのかもしれません。
◆なお、黒川先生の10月10日のブログの英語版で、上記の様子が報告されてい ます。タイトルが'SURVIVAL', a new TV series on global health by BBC−です。http://www.kiyoshikurokawa.com/en/でご覧ください。
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◆連載は、ワシントン在住の弁護士、服部健一さんの「日米特許最前線」43回 「620億円で和解のブラックベリー訴訟の余波」です。
〜バージニア州にある小さな特許専門会社であるNTP社が、アメリカやカナ ダでブラックベリーを製造、販売しているカナダのリサーチ・イン・モーショ ン社(RIM社)を訴訟して、RIM社は2006年3月に6億1,250万ドル(約620億円)の 支払いで和解を余儀なくされたことは、高額の賠償金に慣れている米国の特許 社会でさえ驚愕のニュースとして伝えられたことは記憶に新しいーと指摘し、 何故、RIM社がこのような高額の和解に応じたのか、せざるを得なかったのに は、理由がある、とその背景と事情を掘り下げています。
服部さんのこの訴訟について、「訴訟社会アメリカの実態の泥臭い一面が浮 き彫りにされた事件」という。我が国の特許を専門に扱う担当者ばかりか、知 財やTLO関係者にも有益な情報と思います。加えて、どうぞ、そのスリリング な裏面をお読みください。