◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2008/09/03 http://dndi.jp/

福田首相の辞任劇をどう読むか?

 〜退いての反転攻勢、その3度目の兵法〜

DNDメディア局の出口です。いやあ、なんとも気が滅入って言葉がでてきま せん。どこまでやり込めたら気が済むのでしょう。これはイジメというより、 ある種の悪意すら感じます。驚いたのは、福田康夫首相の辞任表明のニュース 速報より、むしろその後の辞任をめぐる識者らのコメントのきわどい内容でし た。後段で具体的に指摘しますが、僕ですら読んで怒りが込み上げてくるほど ですから、ご本人や周辺のやりきれない心情は察して余りあります。いつから、 人を容赦なくこき下ろすような悪しき風潮が蔓延しだしたのでしょうか。なん だかあまりにバランスを欠いた醜い論評が目立ちます。


さて、月替わりの1日夜のNHKの速報は、これから福田首相が緊急に記者会見 を開くことを伝え、カメラは、あわただしい空気の首相官邸を写していました。 一見唐突に見える辞任劇で世間やメディアからは「無責任」という批判がでて いますが、個人的には「周到に時機を図った絶妙の決断」という知人の評の方 がより説得力がありました。


福田さんの日々の動静を観察し、その変化を見逃さず、それで得た情報を伝 えてくれていたのは、財団法人吉田茂国際基金監事で、元新日鉄新規事業会社 社長、新日鉄釜石ラグビー部の部長も務めたことがある、北澤仁さんでした。 ちょくちょくメルマガへのご意見をいただいておりました。


その北澤さんから、ズバリ、福田首相が辞任へといういわくつきのメールを いただいたのは、7月29日の深夜でした。ご本人の了解を得ましたので、紹介 します。


「出口さん、福田さんの口調がなんかおかしいですね。福田さんの、野心の ない、引き際が良い性格からいって、もしかしたら一つの選択肢として辞任を 考えているのかなあとの印象を受けます」と前置きして、福田さんは、安倍晋 三前首相の辞任後の難しい内外政策は最低限やったし、洞爺湖サミットを通じ て低炭素社会への構築にむけた各種施策を国民にアピールできたという自負が あるでしょう、身近な点では公明党が及び腰なら、いつ辞めてもいい、という 気概を抱いている節があります、と指摘していました。


そして、その辞任の意味するところは、野党の攻撃を封じ込めつつ、次期の 総裁がのびのびと将来構想を語れるようにと、総理大臣として大掃除の役割を 果たしたという自負は、田中内閣当時、列島改造論後の狂乱物価鎮静化のため に副総理を引き受けたご尊父、福田赳夫さんと同じ境地ではないか、と解説し ていました。なるほど〜。


余談ですが、福田首相と北澤さんは、麻布中・高校−早稲田大学と同窓で、 福田さんは北澤さんの少し先輩です。また「ポスト福田」の後継争いで本命視 されている麻生太郎さんの祖父で戦後間もないころの宰相、吉田茂氏とも縁が 深く、北澤さんのご尊父・直吉さんが外交官から政界に転出し、吉田総理の" 秘蔵っ子"として次の外務大臣の重責を嘱望されていました。いまの茨城県つ くば市に生まれ、当時、反対が巻き起こった筑波学園都市建設が将来のつくば に必要であることを強く訴え、孤軍奮闘した覚悟の政治家だった(北澤直吉・ 桂子の関係資料集「波瀾万丈」から)ようです。


そのついでに北澤さんからのメール履歴をチェックしてみると、洞爺湖サミ ット以前の6月5日付のメールでは、いくつかの福田さんの業績を列記して、 「福田さんとしては人気が回復しなければ、大きな仕事をしまくって選挙前に いつでも引いてもいいと腹をくくったのではないか、後世に評価されればよし、 というのは吉田茂総理もそうでした」と、ここでも「辞任」の可能性があるこ とを示唆していました。


北澤さんのメールから、福田さんのあまり伝えられていない人物像が、少し 見えてきそうです。今年の1月31日には、福田さんがダボス会議で演説した様 子を書いた僕のメルマガに、長文のメールを送ってくれていました。


その中で、「変な声も天の声」との名言を数多く残した父、赳夫さんとは性 格は異なるが「一見平謝りの低姿勢でいきりたつ敵を持久戦に持ち込み、その 後、給油法案を可決して国際信用を回復させ、日本経済の信用を取り戻した日 銀総裁人事の件、テロ対策恒久法の制定暫定税率維持法などを着々と進め、将 来の政策の要となる布石を打っている」とその取り組みを評価していました。


感心したのは、福田さんの政治手法についての記述でした。昨年末、訪中し た時の中国の識者の人物紹介記事を引用し、「福田首相は、退くことによって 力を出してきた政治家である」と断じ、その裏付けとして、年金未納騒動の時 の政治責任を一身に引き受けた官房長官時代の辞任、一昨年の自民党総裁選出 馬の際には安倍氏に譲って辞退するなどの例を引いていました。


そ して、今回の辞任劇、これで「退いて反転攻勢にでる3度目の正直」とな るが、果たして福田さんの狙い通りに展開するか、どうか。緊急会見に臨んだ 最後の質問で、「ひと事に聞こえる」との記者の質問に「あなたと違う」と澄 ました顔で言い放ったひと事は、外野席から「逆切れ」の批判を浴びています が、人は怒らせれば本音を吐くという格好の場面でした。しかし、注目すべき は政権への影響に触れた、その少し前の発言でした。


「順調にいけばいいですよ。それにこしたことはない。しかし、私の先を見 通すこの目のなかには、決して順調ではない可能性がある。その状況の中で、 不測の事態に陥ってはいけない。ひとごとのように、とおっしゃったが、私は 自分自身を客観的に見ることができる」。


凄いセリフですね。「退くことで力を出す政治家」の、その先を見据えた確 信だったかもしれません。


トップの座を去る、首相においてもその引き際のタイミングがなにより難し いといわれます。軽々しくその心中を漏らしては、聞かされた方も迷惑だし、 また善意のつもりだったとしても、こと人事に限っていえば、返って周辺を疑 心暗鬼に陥れ、その漏れ方を誤れば、ご本人の信用失墜ばかりか、政権維持に もひびが入り、そして潰えることだってあるかもしれません。


そこは深謀遠慮の福田さん、どうも孫子の奥義が働いたのでしょう、どこに も漏れず、ひと度覚悟すれば間髪入れず「その疾きこと風の如く」の早業でし た。


それら福田さんの一連の動静をきちっと伝えた数少ない記事は、昨日2日の 日経新聞朝刊1面の客員コラムニスト、田勢康弘さんの評論でした。


「はた目には突然の辞任に見えるが、福田康夫という政治家の思想や性格を 詳しく点検すると、周到に考えた挙句の決断であったことがわかる」との書き 出しで、先月12日のこと、筆者は首相公邸に福田さんを訪ね、首相とジャーナ リストというよりは知人同士の話、という雰囲気で率直にさまざまなことを語 った、というのだ。


その時に、「何となく解散・総選挙をせずに退陣するのではないか、という 予感がした」というのだから、この田勢さんも鋭い勘の持ち主なのか、それま での政治記者時代から福田さんの懐に入り込んでいるのか、記事の行間からそ の親密な空気が伝わってくるし、このコラムもぎりぎり抑えて書いている風だ が、福田総理の1年を丁寧に総括し、福田さんが辞任にいたる苦衷をくみ取っ ていました。


政治家も自らの出処進退をきちっとフォローしてくれる腕利きの記者との付 き合いはなにより大事にすべきである、ということでしょうか。こういう場面 で署名のコラムが書ける、というのも記者冥利というものですが、あらかじめ リークされていたのではないか、とさえ疑いたくなるような、さすが田勢さん、 大変質の高いコラムでした。


しかし、田勢さんのような確かな論評は、意外と少ない。冒頭で触れました が、本日3日付の朝日新聞の「読者・識者の視点」の特集ページを読んで、め まいを憶えるほどでした。


「私の視点」に投稿の政策研究大学院大教授の飯尾潤氏は、「納得できる説 明を聞きたい」という見出しで、福田首相の辞任は「解せない」の一言に尽き る、として「年齢を重ねてしっかりしている福田氏なら、突然辞任した安倍前 首相のような無責任なことはしないということで首相になったが、出処進退と して安倍氏と似たようなものだ。首相の地位がものすごく軽くなっている」と 指摘し、「このタイミングで辞めること自体、問題だ」などと疑問視していま した。飯尾教授ですら、今回の辞任と安倍さんの辞任を同列に扱うのですね。


またそれ以上にこっちはもっと凄い。同志社大学の教授で国際経済がご専門 の浜矩子さんの「私の視点」は、「民主主義が分かっていない」」という見出 しでした。


「安倍前首相の辞任から今日に至る流れを見ると、自民党は政権担当能力が なくなったことを宣言したようなものである。与党である今の体制が変わって しまうことを何とか阻止するためにクビをすげ替えるという思考は、政党の論 理の中でしか物事を考えられなくなっている証拠であり、そもそも民主主義と いうものがわかっていない」という。政権の返上を何とか阻止する、という思 考を諫めていらっしゃる。


文中にしかし、「野党は反対するために存在する」といい切っているのは、 いかがなものか。ひと昔前の野党ならそういう言い分もあるでしょう。しかし、 衆参ネジレという不都合な状況下で、なんでも反対で済むのでしょうか。


続けて、浜さんは記者の質問に福田さんが発した「あなたとは違う」を引き 合いに出して、「権力者を『いじめる』ために存在するメディアの位置づけ、 役割を理解していない発言である」と断言していましたね。メディアは権力者 をいじめるために存在する、とは驚きです。これは誤りではないでしょうか。


権力者の誤りは質すし、堂々と論陣を張ることは当然です。権力に屈せず、 大衆に迎合しないというスタンスは、メディアの矜持です。が、権力者をいじ めるために存在する、といういささか歪んだ思考は、どこのメディアのことを 指摘しているのか。


この世の中で、メディアであろうと、政治家であろうと、忌まわしいイジメ を是認してはならないし、いじめを役割にするものはあってはなりませんね。 この主張はあんまり民主主義的じゃない。


極めつけは、福田首相の外交戦略を「番頭外交」と決めつけて、「大旦那が むちゃなことをいったら、まあまあ、となだめて、若旦那が遊びほうけていた らいさめる。しかるものは、しかり、グローバル化の時代は、賢い番頭さんが 必要だと感じる」と言っているのだが、なんだか意味がよくわからない。そも そも、番頭外交って何? 福田さんがそういったの?いやあ、なんですかね。 世界経済の概念で、個別具体の政局を捉えようとするから無理があるのかもし れない。ここではNHK討論に出る論客、浜さんらしい緻密さがみあたりません でした。


いやあ、ほんと、これらを読んでいて正直気が滅入ってきました。一国の首 相をここまでこき下ろす、大学教授というプロフェショナルの見識とはなんな のでしょうか。


言論の自由は、民主主義の根幹ですから、いろいろの異論、反論がゆるされ る。いちいち文句をつけるこちらの了見が狭いのかもしれません。まあ、そん なことを言っている間に、政治状況は一変、すでに焦点は「ポスト福田」をめ ぐる後継の総裁選に移っています。


次の総選挙で、政権奪取にむけて周到な戦略を練ってきた民主党の小沢一郎 代表と互角に渡り合うには、その印象からして福田さんではやや頼りない、と 誰も思う。それをご本人が一番自覚されている。年齢からしてそんな無理はで きませんし、街頭で声を張り上げるタイプじゃないから、ここは福田さんに代 わって、若者に人気があって言葉に力がある幹事長の麻生太郎さんや、運気が いい小池百合子元防衛相らの方が戦いやすい、という声が上がるのも無理はあ りません。


本命で人気の麻生さん、対抗で小池百合子さん、このお二人にテレビで馴染 みの清新な石原伸晃さんら若手が参戦すれば、にぎにぎしく華々しく、日本再 生の処方と同時に新生・自民党をアピールすることができるでしょう。その動 向を各局のテレビが連日ウォッチし、スタジオに招いて生の声も伝えられる。 これはもう一種の政治ショーです。それが全国津々浦々に浸透すれば、劣勢の 次の政治決戦を優位に引っ張ることだって可能かもしれない。


これこそが、福田さんの辞任の狙いなのでしょう。それを政権奪取がもうす ぐそこまでという民主党とて、それを見過ごしてはいけませんね。その渦中で どんな戦術を考えているのか。これからの1ケ月が勝負どころです。最近の朝 日の世論調査では、世論の風向きが微妙に変わってきていることが読み取れま す。


福田さんと小沢さん、どっちが総理にふさわしいかー。やや福田さんがリー ドしている、この数字が、今後、総裁候補が決まってからの調査でどんな変化 が現れるか、その辺が注目のポイントかもしれません。


いずれにしても、少しの情報の断片をつなぎあわせて、いま何が動いている のか、その全体はどうなっているのか、それを嗅ぎ取る力の差が、福田首相辞 任をめぐるニュースの扱いに、くっきり現れたのではないか、と思います。


相変わらず批判のための安易な批判、女優っぽい人、スポーツ選手、それに にわか評論家の嫌味なコメントは恥ずかしい。よくまあテレビ局もこんなのを 繰り返し垂れ流しているもんだ〜。なんでも飽きちゃってポイッと無責任に放 り投げられるほど、政治局面は単純な構図ではないし、まして与野党を含めた 今の政治状況は、衆参のネジレに与党間のコジレ、無為無策と映る、いまの閉 塞感は深刻で、どんどん一般の生活者から遠のいているという印象は否めませ んが、もう少し調べて、そして考えてコメントしてほしい。


さて、解散・総選挙はこの秋に予定される見通しです。天下分け目の熾烈な 戦いになるでしょう。無党派層が、今度はどんな風を起こすか。その行方を読 み切れるでしょうか。この辺が勝負どころですね。どっちが勝っても日本丸の かじ取りは容易じゃない。ここは与野党一致団結して国難にあたる、そういう 時期に来ていると思いますが…。


 ※         ※        ※


□連載は黒川清さんの「学術の風」から、「輝く女性研究者たちと赤いバラ」。 しゃれたタイトルです。10周年を迎えた化粧品の「L'Oreal」の女性研 究者の表彰式に参加した時のお話です。写真もあります。どうぞ、お読みくだ さい。


□アンジェスMG創業者の森下竜一さんの「世迷い独り言」のブログから、 「大阪バイオ応援団」の第1回会合のお話。団長は塩野義製薬の敏腕社長の手 代木さん、大阪バイオの振興策を大阪府再建に命をかける橋下知事に提言する、 という趣向のようです。橋下知事も出席し、このため大勢のメディアが駆けつ けた恩恵で、大いにPRにつながったようです。





記憶を記録に!DNDメディア塾
http://dndi.jp/media/index.html

このコラムへのご意見や、感想は以下のメールアドレスまでご連絡をお願いします。
DND(デジタルニューディール事務局)メルマガ担当 dndmail@dndi.jp