DNDメディア局の出口です。どんな扱いで、どのように取り上げられている か、記者発表後の担当者の関心は、翌日の新聞記事に向けられます。調査の結 果やその意図が、取材する記者に正確に伝えられたかどうかも試されるわけで すから、記事の扱いそのものが大事な評価ポイントとなるのかもしれません。 まあ、疑い深い記者さんのことですから、ちゃんと書いてくれる保証はどこに もないわけです。誤解を含んだ棘のある記事を書かれて痛い目にあった人を数 多く知っています。会見って、当事者からすればまな板のコイのような心境か もしれません。
これまでの記者生活の大半は取材して書く側の立場でしたから、自慢じゃあ りませんが広報や政策担当者のことなんか、一度も考えたことも気を使ったこ ともなかったハズです。いまでこそ、ヨイショのDNDなんて揶揄されているそ うですが(笑い)、昔はこれでもペンを持てば、少々、エッジを利かせてピリ 辛の方がなんだかもっともらしい−なんて悪魔がささやきかけてくる、風でし た。しかし、この歳になって、現場を離れて立場が変わると、その筆のわずか 数行の毒を含んだ文節が、数か月、数年、いや一生、その担当者を憂鬱にさせ うるくらいの破壊力を持つものだ、ということがやっとわかってくるものなの ですね。自戒をこめていえば、そういうことになります。さて、今度のケース はどうだったのでしょうか。
平成19年度大学発ベンチャーに関する基礎調査の発表〜経済産業省の大学連 携推進課でその会見に臨んだのは、聞けば、この7月に関東経済局地域経済部 長にご栄転の吉澤雅隆さんからバトンを受けた新任課長の谷明人さん、それに ベテラン級の課長補佐の増田治彦さんらでした。
きっと、並みいる猛者を向こうに回し、引き継いだばかりの大変なボリュー ムの調査報告を繰り返し読んでそらんじて要点を説明し、筋書きのない質問を 受けるというのですから、そこは腹が座っていないとなかなかこなせる役柄で はない。まあ、記者の洗礼を受けられたという感じでしょうか。物腰の柔らか な谷さん、持ち前の沈着さで首尾よく終えられたようです。
〜大学発ベンチャー地方が奮闘、岡山大、昨年度8社誕生〜。
この見出しは、朝日新聞の19日付朝刊の記事でした。コンパクトにまとまっ
た囲み記事で、ベンチャー設立の上位大学のランキングの表も入ってほどよく
目立っていました。わずかな行数で、それをうまい具合にまとめるものですね。
それでは、他紙の記事の扱いは、どうなっているのか、ドサッとそれぞれを机
に並べてページをめくり続けました。
実はこれが結構骨の折れる作業で、右から左、上から下へと丹念に見出しを 追う。新聞でニュースを知る、というのではなく、知っているニュースのその 扱いを確認する、という読み方になるわけです。皆さんもこういう体験ありま すでしょう、どこにも記事がでていない場合は、見落としたかもしれない、と 再び、目を皿のようにして最初からやり直し。が、それも報われない時もあり ますね。
しかし、他の新聞に掲載されていないといって、それで落胆してはいけない。 数日後、より多くの紙面を割いて特集で取り上げられるケースもあれば、全国 にまたがるニュースでは、地方ごとに切り分けて掲載される場合もあるからで す。実際はどうなのだろうか、と思案していると、一本の電話が入りました。
大学発ベンチャー支援に熱心な九州経済産業局の新規事業課の田口賀徳さん からで用件を終えた後、地元の新聞ではどのような扱いでしたか?と聞いてみ ると、間髪入れず掲載各紙のコピーをメールで送ってくれました。この辺のス ピーディーな対応には感心させられました。よく訓練されている〜そして、添 付資料を拝見すると、朝日の全国版の記事に加え、西日本新聞、それに読売新 聞、日経新聞の各地方版に大学発ベンチャーのオール九州の動向がグラフ付で 大きく取り上げられていました。地元でも記者会見していたようです。大学発 ベンチャーが地方圏で大きな話題になっているのですね。
九州を含めて9つある経済産業省の地方経済局でそれぞれ、個別に記者発表 をしたのでしょうか。田中さんによれば、九州内のいくつかの県の新聞社から の問い合わせがあったので、引き続き掲載される可能性が高い、という。
東北も北海道も中国も、それぞれ各県ごとのにある地方紙、それに複数のエ リアをまかなうブロック紙が、地元に関係した記事を載せていたことでしょう。 凄いことです。全国紙+47都道府県の地方紙、それらが一斉に記事を書いて印 刷し、一夜にして、一般家庭の玄関先にニュースを届けてしまうのですから、 やはりメディアの力は侮れません。
特に今回は、設立数で地方圏が都市圏を上回り、単年でのトップが岡山大学 とあって、地方圏の踏ん張りが目立ったことは確かでした。大学発ベンチャー の支援に動く地方の経済産業局の担当者らはよりいっそう熱が入ったのではな いでしょうか。バイオやナノテク、ITソフトウエアなど大学発ベンチャーのコ ア技術に目を向けてみてください、そして創業者の志に触れてみれば、そこに Japanese Dreamへの期待が湧いて、なんとか時代を突き抜けて立派に成長して ほしい―という思いにかられることでしょう。このところ、大学発ベンチャー の存在が地域にフレッシュな風を吹き込んでいるように見受けられるのは、こ れもメディアの効果かもしれませんね。
さて、ご存知のようにDNDメディア局では、この発表のタイミングに合わせ て18日午後14時の発表後に、急いでテロップを流し、速報としてその概要を夕 刻までに配信しました。まあ、各方面から好意的な反響をいただきました。た だ、恥ずかしいことに、見出しの中に東京大学の「総合合1位」と「合」が連 続し、岡山大学の1位の「単年」がダブってしまう慌てぶりでした。
あんなにたっぷり書き込んだつもりでも、実は調査報告の全体からすれば、 それも大学発ベンチャー設立数など統計的な推移に関する、ほんの導入部にす ぎません。惜しいことにメディアには取り上げられませんでしたが、むしろ、 今回初の試みとして実施した大学当局への直接のアンケートなどの調査は、い くつかの大学発ベンチャーをめぐる重要な課題を浮き彫りにしていました。
例えば、国立大学による出資の条件緩和の問題。昨年6月の教育再生会議第2 次報告、それに続くその秋11月の総合学術会議などで「国立大学の大学発ベン チャーへの出資等の投資条件の緩和など資産運用面での制約の緩和も推進すべ きである」(総合学術会議第71回会議)という具合に相次いで指摘され、所管 の文部科学省は、法律改正の検討を明言している、という。
さて、この課題、いろんな問題を整理しないと一概にその是非は論じにくい テーマであることは確かなようです。が、報告書では、大学が連携したベンチ ャーキャピタルからの出資の事例は東京大学エッジキャピタルや早稲田大学を 中心としたウエルインベストメントのふたつ、直接的には日本工業大学や大阪 産業大学が大学内に拠点を持つベンチャーに投資している事例や、東京理科大 学や慶応技術大学などにみられる新株発行による第3者割当増資の要請に応じ たケースなどを紹介しています。また、大学発ベンチャーから株式の2400株 (12.3%)を無償で譲り受けるという愛媛大学の例もあれば、神奈川大学の ように昨年8月、キャンパス内に設立したベンチャー「未来環境テクノロ ジー」(資本金3000万円)に大学が全額を出資、社長には神奈川大学の常務理 事が就任する、という先進的な取り組みもありました。
大学自身がリスクを覚悟で将来のリターンを求めて投資することについては どうなのか、これは大学にとって大学発ベンチャーとは何か?を根本的に問う 大きな命題でもあります。
その報告書がまとめた実施にむけての課題を要約すると、寄付金や技術移転 収入など国からの交付金に頼らないなどの「原資の範囲」、どこにと投資する かという「投資先の範囲」、それに加えて大学内で検討し整備しなくてはなら ない課題を列記すると、「資金提供先や額の評価」、「リスク回避と資産管 理」、「利益相反の対応」、「インサイダー取引」、「内部監査」などの問題 が指摘され、目利きなど実際の運用も重要という。
この問題を実は、経済産業省の知人の課長に以前質問したところ、あくまで 私的なコメントと断って、はやり実際に運用をまかなえる大学がどのくらいあ るのか、そのマネージメントの手薄さに懸念を示し、原資にも言及して、運営 交付金や私学助成金など税金をつぎ込むことはどうなのか、あるいはそれによ って儲けた利益はどう扱うのか、国庫に返すのかどうか―これらは文部科学省 はかりでなく、経済産業省としても重く受け止める必要に迫られている、と話 していました。
こういう問題意識で、今回のアンケート調査の結果を捉えてみてください。 出資を検討するかどうか―ついて国立大学62校からの回答は、「検討する」が 6校、「今は検討しない」(将来は検討するかもしれない)が51校、それに 「今後も検討しない」が5校―という内訳でした。そこで、「今後も検討しな い」を除く57校について出資を検討する場合の条件を聞いています。
それによると、少々に文脈が変ですが、「出資案件を的確に評価する仕組み やルール化」が78.8%で最も多く、「出資額及び比率のガイドラインやルー ル化」が69.2%、「学内外の関係者の共通認識や理解」が63.5%と続き、そ の他、「出資金に対するリスク回避」が53.8%、「専門家機関の設置や育 成」が51.9%で、他の大学の成功事例を見てから、というか参考にというの が28.8%ありました。
このアンケートを見ると、投資は、高リスク高リターン、いやいや高リスク 小リターン?もありますから、「リスク回避」って、どう手当てがあるのか、 ちょっと考えてしまいます。科学的な分析や手法があるのかもしれませんが、 投資先が主に自前の大学発ベンチャーということになると、選択肢が限られる。 そこで実施に否定的な論者は、きっと「損をしたら誰が責任を負うのか」とい う問題提起をもっともらしい威厳を装って指摘するのでしょう。なんか、目に 浮かんできませんか。案外、こういう心配がズバリ的中すると学内は大変です。
これに対して、大学発ベンチャー側の意向はどうか。
アンケートで回答のあった319社のうち、「出資を希望する」が意外と少な
く133社の38.6%。その理由として、「大学の後押し」を期待するのが61.7
%、「資金が必要」が47.4%、「呼び水効果を期待」が30.1%という内訳で
した。
一方、大学からの「出資を希望しない」が109社の34.5%と、「希望する」 と拮抗していました。その理由は、もっと多かったのが「大学からの影響を回 避したい」が55%に及び、「利益相反の可能性を回避」が36.7%、続いて 「資金が十分確保できている」が19.3%、そして、「少額の融資しか期待で きない」が18.3%ありました。
大学当局、それにベンチャー。そこに心理的な不協和音が微妙に影を落とし ているようです。これは法律改正という手続上の問題に加え、運用を含めた学 内のコンセンサスをえるための多面的な議論が不可欠ということでしょうか。
大学の出資に関連して、もうひとつの大学の財務経営に関するアンケートに よれば、国立大学が希望する資産の運用の一番は、現在も今後もいずれもトッ プが貯金という回答でした。続いて国内公共債などが上位で、今後の国立大学 法人法の改正で資金運用が緩和されると、という前提でもっとも希望が高かっ た運用は、公社債投資信託が30.6%、円建て外債と株式がそれぞれ22.4%と いう結果でした。ちょっと考えさせられる調査結果でした。今後、このアン ケートで指摘されたいくつかの課題は、関係者の間でさまざまに議論されるこ とになるかもしれません。
さて、今回の大学発ベンチャーに関する基礎調査の速報で、いろんな方から ご意見を賜りました。そこで、普段ご指導いただいている理化学研究所理事で、 知的財産のグローバル戦略に詳しい日立製作所OBの武田健二さんからのご指摘 は、ベンチャーを取り巻く我が国の隘路を鋭く突いていると思いますので、あ えてその全文をご紹介します。
武田理事は、広報や産業連携を担当するポジションで、現在20社を数える理 研発ベンチャーの創出を最重要課題として取り組んでおり、大学発ベンチャー が1800社近く生まれていることを評価しつつ、「健全に育つための環境整備が 政府の役割だとすると、資金援助や規制緩和、さらにはキャピタルゲインで儲 かった時の税制優遇といった話が多く、Principle不在というか、表面的な政 策が矛盾を拡大しているような様相が見られます」との認識から、以下のよう なお考えを率直に披瀝されています。
武田理事はまず、「日本では、戦後の焼け跡から起業家がベンチャーを起こ し、その後の高度成長によって世界的なトップ企業にまで成長した。しかし、 世界第2の経済大国になった今、さらなる日本経済の活性化のためにもベンチ ャーが次々と生まれてくる状況が必要であるが、制度面でも文化面でも、ベン チャーが生まれ育つことを阻害する要素が少なくない」と前置きしたうえで、 「政府も、数々のベンチャー育成の施策を打っている。ベンチャーの開発資金 を助成するプログラムや大学の教職のままでの兼業を認めるとか、キャピタル ゲイン課税を緩和するとか。近年のベンチャー創出のメッカとも言うべき米国 シリコンバレーで、ベンチャーキャピタル部門を創設・経営した経験から、現 在の日本の育成策には、基本的に欠けている要素があるように思われる」と、 その具体的な5つ課題を列記しています。箇条書きですが、原文のままご紹介 します。
(1)【信頼できる証券取引所】
ベンチャーExit先の浄化が最優先すべき施策!
上場資格基準、情報開示、司法の強制力、闇の排除
(2)【ベンチャーキャピタルの原則】
普通株重視の名残で普通株要求するVCは最低!これでは、ハイリスクハイリ
ターンが機能しない! 米国ではGPは個人、優先株とTerm Sheet、独り占め、
上場後のLock in、こういったことが日本では無視されて証券会社体質が横行
(3)【信用データベース】
帝国データバンクあるが、Venture Source無い!
(4)【最初の顧客】
政府は、ベンチャーの資金調達を楽にするより、与信の壁を政府が率先して
少し無くす! 政府は金を出すのではなく、買ってやる
(5)【投資家の資質】
PhD持った人材がMBA取って投資業界に!技術の専門性が重要
いかがでしょうか。項目ひとつひとつがズシリと重く迫ってきます。ご指摘 が要約なので少し難しい点もあったかもしれません。そのために、ではありま せんが、10月8日午後18時半から、僕がコーディネータを務める埼玉県創業ベ ンチャー支援センター主催の第15回目のチャレンジ・ベンチャー交流サロンの ゲストとして武田理事が講演をされます。このテーマも題材にしたいと思いま す。どうぞ、ご興味がある方は、DNDサイトトップページからお申し込みくだ さい。僕への連絡でも結構です。
なお、 その埼玉県ではベンチャー企業5社のプレゼン、22社の交流展示な どを盛り込んだ第18回「彩の国ベンチャーマーケット」がこの26日正午から 新都心ビジネス交流プラザで開催されます。創業するなら埼玉―のパワーをど うぞ、つかみ取ってください。
※ ※ ※
□大阪大学大学院医学部教授でアンジェスMG創業者、森下竜一さんが綴るブロ グ「世迷い独り言」は、19日と20日の連続で、19年度大学発ベンチャーに関す る調査を題材にしていました。その設立数の動向を見て、自治体の支援がどれ だけ有益か、を指摘していました。いま財政難であえぐ大阪府、せめてそのベ ンチャー支援の有益性を橋下知事に届いて欲しい、という熱意がヒシヒシを感 じられる内容でした。バイオベンチャーのエコシステムの構築を森下さんがせ っせとやっている姿は、涙ぐましい。ほんと凄いことやっています。
□連載は、石黒憲彦さんの「志本主義のススメ」115回「危機にアドレナリン を滾らせる経営者たち」。石黒さん、古巣に戻ってパワー全開のようです。そ れでは、その冒頭の書き出し〜経済産業政策局に異動して久方ぶりに企業経営 者や役員の方々と今後の企業戦略や課題、資源高における構造調整のあり方に ついて議論させて頂いているのですが、局長や私、課長クラスで手分けをして 何十人もの方々と懇談するうちに、業種や企業規模によってバラエティには富 んではいるものの共通点もあることに気がつきます〜その現場でのヒヤリング で得た知見から「ピンチはチャンス」とばかりに元気な企業経営者の革新のノ ウハウを紹介しています。これは生きた知恵です。
□もうひとつの連載は、張輝氏の「中国のイノベーション」第15回「上海体育 場、北京オリンピック、嵩山少林寺」。連日、アスリートたちの美技の競演で 感動を与えてくれる北京オリンピックは、はや終盤。僕は張さんのこの手の原 稿を心待ちにしていました。さて、張さんは何を伝えてくれたでしょう。
〜開会式成功の基礎を支えたのは、並外れたライティング効果だ。公演に幅 広く用いられるLED(発光ダイオード)を歴代五輪と比べ最大限に利用した。 無数のLEDがデジタル時代のマルチメディア空間を会場に現出させた。開会式 は長かったが、バッテリーなど技術上の難関を攻略して、電源の難題を解決し た〜という具合に、その晴れやかな舞台の裏では、驚異の中国のハイテク、イ ノベーティブな技術の結晶が下支えしていたことを具体的に紹介していました。 これは北京オリンピックのもうひとつのニュースだと思います。
なお、これは一報ですが、張さんと共同で、11月5日から9日まで西安付 近の楊凌国家農業ハイテク産業モデルゾーンで開催される、中国最大の農林水 牧国際博覧会などを視察し、出展も可能なDND中国ツアー企画の参加者を募る 予定です。張さんによると、張さんが当博覧会公認の日本窓口である関係で、 標準出展ブース代無料、プロモーション等を目的としたプレゼンテーション も可能というインセンティブが用意されています。もう少し経ったら正式にご 案内します。僕も、仲間も行きます。ご関心ある方は、ご連絡ください。参加 費は実費を原則とした価格でリーズナブルに仕上げるつもりです。
【DNDからのお願い】
なんだか、お知らせが多くなりましたが、DNDは自前主義で現在奮闘中です
ので、ご理解ください。10月から新企画が始まります。また低料金からのPRや
広告、協賛等のご協力を募って動きますので、こちらもよろしくお願い申し上
げます。
DND研究所代表 出口俊一