◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2008/04/23 http://dndi.jp/

ダメージコントロール

 〜不祥事における戦略的広報、野村證券の事例〜

DNDメディア局の出口です。オフィスの入口に置いた鉢植えのテッセンが、 今朝、いくつもの紫の花を咲かせていました。花の裏側には先端に向かって白 いステッチが入っていました。表も裏も、とリバーシブルでとても可憐です。


それらが微笑んで見えるのは、花びらが少し首を傾げたように重なって咲い ているからでしょう。陽を浴びて花は8つに増えていました。帰り際に水をあ げたのも効果があったのかもしれません。


花びらを数えてみたら6枚、もあれば、8枚も、いやいや10枚のものもあ る。花屋のお嬢さんはテッセンと言いました。が、テッセンやクレマチスは6 枚のものが多い、というのが通例です。ネットで検索すると、クレマチスの大 輪の品種は、カザグルマの変異に含まれる、とある。では、これは、ひょっと してカザグルマ(風車)なのだろうか。


テッセンといわれればテッセン、クレマチスといえばクレマチス、そしてカ ザグルマとなればカザグルマ…なかなか見分けがつかないのが実際のようです。 その楚々とした誇りと品格、咲く時を待つのだから、いずれの花にだって誇り はある。


それなのに現代の迷い人は、人の花を摘むことばかりに懸命で、自らの花を 咲かせることを忘れている。世相の揺れが、止まりません。


読売新聞のスクープは、22日朝刊一面で、野村証券社員のインサイダー取 引容疑、きょうにも強制捜査の記事でした。なんといってもそのバリューは、 証券会社最大手の「野村證券」というブランドにあるのは確かです。容疑がか かる社員ら3人の名前は伏せていましたが、それらを事前に特定し株売買で500 0万円の利益という詳細まで掴んでいました。そして、問題のネック、野村證 券の情報管理体制の在り方にも言及していました。


久々に目の覚める見事な特ダネです。しかし、会社の不祥事を自分たちが知 り得る前にスクープされる、という屈辱はない。社長の胸の内を察すれば、愕 然たる思いに打ちひしがれていることでしょう。あくまで「個人の問題」を強 調している風ですが、その通りかもしれません。社員を信用しないことには仕 事をまかせられないが、「法人としての責任」を問われるのも避けられない印 象を持ちました。当面、周辺はおだやかではなくなるでしょう。


これがねぇ、新聞のスクープという形で事件の幕が開くのと、野村証券が自 らの公表という状況で始まるのでは、その後の企業のダメージは、まるで違っ てきます。当然といえば当然です。が、わかっちゃいるけれど事件という性格 上、そうはならない。だから、この事件に直面して企業としてリスクを回避す る、あるいはダメージを極力少なくする、という戦略はあるのか、どうか。リ スク管理を専門とする立場からすれば、この辺を野村証券でいま起きた事件を 例に少し考えてみたいと思います。


人の噂も75日、ともかく膿を出し切ってはやく終息した方がいい。この種の 事件は、通常なら連休明けからやや終息に入るのでしょうけれど、なんとも間 が悪いのは、株主総会を控えている、それに株価低迷という今の相場にあって 庶民の感覚からすれば、それらを黙って見過ごすハズはない。そして懸念は、 これが氷山の一角という見通しからすれば、第2のインサイダーの発覚という 事態もけねんされます。まあ、個人的に何人も親しくしている友人がいるので、 少々心配しています。


この事件は、野村證券には、寝耳に水だったのでしょうか。またその断片を 掴んでいながら、その事実確認に戸惑って公表のタイミングを逸してしまった のか、何事も素早い対応が信条の野村証券にとっては残念なことです。


前線の中堅の管理職が保身に走る、ということがよく指摘されます。5月は 役員人事の動向が気になるでしょう、いま起こりうる問題が自分にどう跳ね返 ってくるか、という次元で捉えてしまうから、迷いがでる。いつもなら即断即 決で国際的に波及するサブプライム問題の本質を見抜いて、的確な判断力を発 揮するのに、こういう自らの出世にかかわる問題が降りかかってくると、なん だか突然、思考停止に陥り、部下を睨み、上司への報告が遅れ、責任転嫁に走 ろうとするから混乱に拍車をかけてしまうのです。そしてその一瞬の心の迷い や隙が、次に取り返しのつかない事態を招くことになるものです。保身、まあ、 これは組織に慣らされたサラリーマンの宿命でしょうなあ。これは推測です。


さて、もう一点、野村ホールディングス全体で社員の数はどれくらいになる のでしょう、日頃それら一人一人のメディア対応はいかがだったのか、日々数 多くの新聞記者、雑誌編集者、テレビ関係者らと接していながら、誰一人、そ のうわさのひとつも耳にしていなかったとなれば、内偵の捜査当局の情報管理 の確かさを褒めるべきかもしれません。あるいは、一片の情報があったとすれ ば、そういう情報がどこに入って、それからどのように内部中枢に伝わってい ったのか、ここがポイントとなる大事なところです。


新聞記者とどう付き合うか、これはどなたにもいえることですが、普段、ど んなに親しくお付き合いしても、いざとなれば新聞記者は君子でもないのに豹 変します。新聞は不祥事の質に応じて、それ相当の牙をむいて襲いかかってく る。新聞の使命を全うしようとすれば、そうなるのは必然です。


親しくしていれば何か不祥事があっても手加減してくれる、ということはあ り得ないことと知るべきです。焼鳥屋のおやじさんじゃないのですから。


カラオケの後、ライオンは今夜も静かに帰って寝ている、と思ったら大間違 いなのです。酔ったふり、寝たふりしながら、トイレにふらつきながら向かっ て、耳にした事実の断片を、薄目を開いてコースターに走り書きする、それが 新聞記者の正体なのです。取材された相手は、すっかり気を許してしまって、 その時すでに自分が何をしゃべってしまったのか憶えていない。そして、ハイ ヤーで別れた後、記者はシャキーンとスイッチが入って、携帯を手にデスクや キャップに連絡を入れ、そして社に上がって原稿をまとめる。深夜にわたって 運転手付きの黒塗りのハイヤーが待機しているのは、そして月に200万円を超 えるハイヤー代を惜しまないのは、そのためにあるのです。まあ、仲間内で遊 びまわることも、ないことはない。これは実際の体験談です。


また、憶測で恐縮ですが、野村証券内部にはひそかにこのインサイダー情報 の断片がもたらされていたのではないか、と思います。人事部か法務部が役員 室からの緊急の指示で事態究明、事実掌握の対応に乗り出し、インサイダー社 員の特定に動いた。が、それも遅れ、海外グループに転勤の容疑の張本人から の聴取がままならない事情もあったのかもしれません。まさに空中戦、これら の事実を事前に監視委からもたらされていれば、これはもうどうにも勝手な身 動きはかないませんね、捜査に協力するしかない。が、う〜む、そこでじっと 捜査の行方を見守るしか手がないのか、どうか。


僕の関心は、新聞にすっぱ抜かれ、競合他社の尻に火がついて蜂の巣を突っ ついたような大騒ぎになる、つまりこういう事態を回避するなんらかの方法は ないのか、どうか、企業の不祥事におけるダメージコントロールという問題意識なのです。連日、野村證券の記事が溢れるでしょう。この目まぐるしい記事のラッシュが長引けば長引くほど、会社のダメージが大きくなります。それをどのように短い時間で終息に持っていくか、そこが僕のテーマの戦略的広報の本来のミッションなのですが、ここの解釈がまだ浸透していないのです。


攻めはいいが、守りは弱い。企業経営を続ければ、どこにだってとんでもな い社員の数人はいる。そのたびに、社長が交代していては身が持ちません。そ の不祥事の再発防止のためのマニュアルを策定するでしょう、証券マンの株取 引は全面禁止って…しかしそんなことを打ち出しても悪さする奴はやるもんだ、 それを根絶するということには容易じゃない。


企業経営の立場から、目の前の不祥事とどう向き合うか、どうすればそのダ メージを低減できるか、いささか不謹慎かもしれないが、会社を存続させるた めに、その場面場面であらゆるノウハウを動員し、知恵を生かすことはとても 重要な課題です。捜査の見通しを的確に読む、そのために弁護士なども加えて 早急に不祥事の全容を掌握しなければなりません。


そして、血眼になってネタを追うメディアをどうかわすか、そのために打つ 手はあるのか、どうか。今の騒ぎの流れのなかで、その都度、判断をしていか なければならないのです。まあ、そうはいっても地検や金融庁から聴取が始ま り、対外的な面談や内部処理、取材攻勢、派閥の蹴落としや内部の足並みの乱 れ、密告、それに通常の業務などが重なって、社内は混乱します。


冷静にこの事態の推移をみてジャッジする、というシークレットな専門部署 が不可欠になります。現実はそう簡単にいきません。


よく指摘される記者会見での社長のコメント、おれは寝ていないって顰蹙を かった雪印の社長の放言は記憶に生々しいが、それはもうそういう社長を選ん だという時点で諦めるしかない。危機的状況に際して、メディアと世間と、そ れに監督官庁にどう向かうか、ここは残念ながらその社長がどういう生きざま をしてきたかで決まります。どう演出しても見破られてしまうものです。そこ は、ともかく確かな情報1,2,3、不明確な情報1,2,3、噂話1,2, 3、憶測もふくめてちゃんと社長に伝え、そして覚悟をしてもらう、というこ とでしょうね。まず第1に。不都合な情報ほど早く伝えるべきです。


ここで考えるヒント、社長の辞任は避けられない、という問題が必ず取り沙 汰されてきます。その要素は、「法人の責任」→「行政処分」→「幹部の責 任」と発展するからです。辞任はこれもタイミング次第で、事態を終息に向か わせる節目にもなりますが、逆にそこから火が噴き出すこともあります。それ は会社にとって、どっちがいいか、それも一概にいえませんね。


ただ新聞にとっては、その辞任の理屈はどうであれ、トップの首を獲る、そ の一点がバリューを高める、究極のメニューなのですから、くれぐれもその挑 発には絶対のらないということを肝に銘じておかないといけません。辞任しな い方が終息に向かっていくでしょう。どうせ辞めるにしても「辞意」を漏らす ことはご法度です。いつ辞めるかが、事件の本質とは関係ないところでメディ アは付きまとうからです。責任の所在をはっきりさせるなら、潔くスパッと不 意を食らわす、というのもあるかもしれません。


「辞任」―この二文字にかけるメディアの執念は、新聞協会賞という勲章を 手に入れるために是が非でも勝ち取りたい至高のターゲットなのだ、というこ とを憶えておいてください。お役所も大臣ポストも同様ですね。


もうひとつ、今回逮捕されたのが中国人3人ということでしたが、これもグ ローバル化の流れにある、という事を冷静に認識すべきですね。


それにしても最も注視すべきは、市場に凄みを利かせる証券取引等監視委員 会の調査能力である。今回の事件の発覚は、同委員会の市場監視だった(23日 日付日経新聞3面)ようです。インサイダー疑惑の摘発はどのようなプロセス を経て、問題の根っこにたどり着いたのか。


野村が絡んだM&AやTOB情報の公表日前後の株取引を集中的に調べた結果、 中国人名義の売買注文が複数見つかったという。そこで監視委は、野村内部に 協力者がいるとみて内偵を始め、野村の企業情報部に名義人と京都大留学生時 代に面識のある中国人社員がいることを突き止めた。まあ、こういう風に日経 の記事は伝えていました。勿論、実際は、もっと極秘裏に粘り強い調査が水面 下で繰り広げられていたことは確かでしょう。時期は明らかではないが、調査 の開始は昨年後半というから、かれこれ半年に及ぶ追跡が行われていたことに なります。尾行、張り込み、聞き込みなどもやるのかもしれません。


そこに、度胸の据わったプロフェッショナルな存在が見え隠れしてきます。 今年の3月には、新日本監査法人の公認会計士、NHK会長の任期切れ直前の1月 にはNHK記者ら3人、06年7月には日本経済新聞の広告局社員らと最近、相次い でインサイダー取引の疑いで摘発していました。 しかし、読売のスクープ、情報のネタ元は、"その"周辺であることは察しが つきます。が、これが読売であって、日経じゃなかったというところに、株の インサーダー取引をめぐるメディアの優劣を物語っているように感じるのは、 何事にも疑い深い元新聞記者の性であって、的外れな指摘かもしれません。


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