DNDメディア局の出口です。今朝の日のやわらぎはやっと春のもてなしです。桜花の4月。が、春の嵐で山は雪、それに連日の花冷え続きでしたので、それが色濃く感じられます。近所の初音森神社の古老が打ち水をする。路上の飛沫が輝いていました。神様もにこやかに訪れることでしょう。
街中で初々しいフレッシュマンとすれ違っても、どこか清新の息吹を感じます。その姿を眺めていると、希望っていうのは夢中で瞬間を突き抜けることなのかもしれない、と思ってしまいます。悩みや不安はついて回る。が、若さっていうのは、何物にも代えがたい財産ですね。
いつの間にか、それも知らないうちに色褪せてしまったけれど顔の大きいオジサンらだって、遠い昔はあんな風にキラキラしていた時期があったのです。もう一度、せめて襟を正して真っすぐ―後に続く者のためにも確かな一歩を踏み出しましょう。それぞれにそれぞれが、将来を見据えた覚悟が必要な時なのかもしれません。それぞれの自分かってな思い込みでは、ね、うまくいかないのです。
DNDスタートから7年目に入ります。ひと呼吸おいて、役に立つ情報―という原点に立ち返ってみることにしました。いままで一度も触れてこなかった大学発ベンチャーの株式公開企業についてお伝えしましょう。
ところで、株式公開を果たした大学発ベンチャー数は、この3月末現在でバイオ系を中心に22社余り誕生していることがDNDメディア局などの集計で浮かび上がってきました。この数字をどう読む、そこに細かな分析を加える必要がありそうですが、ざっくり言って当初の予測を上回る大健闘といえるのではないか。
スタート時から、いやいやつい最近まで著名なベンチャー論の複数の学者先生から「所詮教授に経営はムリ」、「1000に3つ残ればいい」と揶揄されていたのですから、随分様変わりしてきたものです。
この数年「氷河期」なんていわれて停滞気味のバイオ分野にも一条の光明が差し込んできました。いくつか明るいニュースが飛び込んできています。昨年秋のジャスダックNEOの新市場の創設もそれらを後押しする好材料となっているようです。
昨年暮れ、それも押し詰まった21日、自家培養表皮の再生医療を手掛ける「ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング」(愛知県蒲郡市、小澤洋介社長)がジャスダックNEOに上場しました。そしてこの3月には、がん領域に特化した創薬ベンチャーの「ナノキャリア」(千葉県柏市、中冨一郎社長)が東証マザーに、続いてタンパク質の一種であるキナーゼという酵素を標的として医薬品の創製を目指し、これまで画期的な効果が確認されている8つのがん治療薬を生み出してきた「カルナバイオサイエンス」(兵庫県神戸市、吉野公一郎社長)がジャスダックNEO にそれぞれ上場しました。
いずれも大学発バイオベンチャー協会所属の正会員企業で、この3社の一挙上場で、同協会での上場企業は大学発ベンチャー74社のうち10社の二ケタ台に乗せてきました。これによって大学発ベンチャーの株式公開企業のトータルが20社を超えることが明らかになったわけです。
株式公開といえば、東京、神奈川、大阪など大都市にある企業が主流ですが、今回の特徴は、蒲郡市、柏市、それに神戸市という地方都市からのIPO事例を生んだことです。これは、とりもなおさず地域イノベーションを牽引する大学発ベンチャーの新たな可能性を示唆していると断言できますね。
とくにカルナバイオサイエンス社は、神戸のポートアイランドで業務を開始し、バイオベンチャー支援や研究成果の事業化を促進する神戸医療産業都市構想の中核的施設「神戸バイオメディカル創造センター」を拠点に、韓国、スイス、ウクライナ、米国、デンマーク、オランダなどの企業との提携や販売代理店の契約を積極的に進め、いち早く地方発のグローバル展開に先鞭をつけてきました。まさに内閣特別顧問の黒川清さんが繰り返して叫ばれる、田吾作社会からの脱皮、その要諦ともいえる「Think locally, Act Globally」が見事に現出されている。世界に市場を意図すれば、青森も大分もなんらビハインドにはならない、ということなのかもしれません。
新聞によれば、上場での記者会見でカルナバイオサイエンス社の吉野社長は、自らを大学発ではなく大手製薬企業からのスピンオフベンチャーであるとし、「その強みは開発力にあり現在200種類以上のキナーゼを手掛けているのは世界で3社しかなく、08年12月中には品揃えで世界一を達成する見通し」と発言していました。凄いですね。
さて、どこの地域にどんなベンチャーがあるのか―といった大学発VBの上場企業を網羅した一覧表は、大学発ベンチャーに関する基礎調査の主体である経済産業省が大学側の意向や影響を考慮して名前を伏せているという事情もあり、これまで表に出ていません。が、DND研究所が自らの調査と責任に基づいて公表しようと考えたのは、大学発VBの成功事例を多くの人に理解してもらって、多方面からの応援を期待するからです。近日中にアップする予定です。
いくつかテキストベースで紹介しましょう。
トップバッターは、CCDやCMOSセンサーの検査工程に向けた光源装置を主力とした精密機器の「インターアクション」(横浜市)、2001年2月に東証マザーズに上場した創価大学発ベンチャーで、情報通信系では、ビデオ会議を実現する技術「SIP」のソフトウエア開発・技術支援で国内トップクラスの「ソフトフロント」(札幌市)、2002年9月に大証ヘラクレスに上場した北海道大学発ベンチャーがあります。
この同じ月に東証マザーズに上場したのが、これまで何度もDNDでご登場願った阪大大学院医学部教授の森下竜一さんが創業のアンジェスMG(本社・大阪府茨木市、山田英社長)です。そのアンジェスMGから嬉しいニュースが舞い込んできました。もうご存知と思いますが、HGF遺伝子治療薬の承認申請を厚生労働省に提出したという発表の内容が、3月29日付の朝日新聞などに取り上げられました。そして株価も好感されました。遺伝子治療薬の上市となれば、わが国では勿論、先進諸国で初の快挙となるようです。
記事の一部を紹介すると、
〜アンジェスMGは28日、重症虚血肢を有する閉塞性静脈硬化症およびバージャー病向けにHGF遺伝子治療薬の国内での製造販売承認を申請したと発表。遺伝子治療薬としては日本で初めての承認申請になる。これとは別に同社は28日、ムコ多糖症VI型治療薬「ナグラザイム」の製造販売承認を取得したと発表した。アンジェスにとって初めての製造販売承認の取得になる。ナグラザイムは米社から国内での開発・販売権を取得した医薬品で、欠損している酵素を外部から補う酵素補充療法を目的に開発された〜という内容でした。
発明から苦節12年、起業から8年目、大学発のベンチャーがどんな社会的使命を担っているのか、起業家らがどんな思いでいるか、この辺のストーリーに思いをめぐらせると、涙なくしては語れないいくつもの苦闘のドラマがあるに違いない。創業者の森下教授は、まだ40代と若く、大学発ベンチャーのフロントランナーとしてこの世界を牽引してきました。阪大発バイオベンチャーを育てる「NPO青い銀杏の会」を創設し、自らが理事長という立場で最近では京都も含めたオール関西のバイオクラスターの展開や起業家育成に尽力され、北海道や沖縄といった地域のコンソシアムの形成、充実にも積極的です。
森下さんらの研究開発の根幹は、その概略は糖尿病などが原因で動脈硬化が進行し、足の血管が壊死して切断を余儀なくされている閉塞性動脈硬化症の患者がこの遺伝子治療薬によって足の切断を免れる治療方法を確立したことです。この症状で足を切断する患者が年間日本で2万人、米国で20万人を数えるというのですから、これらの人の救済に光を当てた社会的意義は大きいのではないかと思います。
治療は足の局所の筋肉内注射で1回8ケ所、それを2回行って効果があり、血管再生から潰瘍も改善し、患者は車イスの生活から半年後に小走りができるまで回復した、という。大手製薬メーカーではリスクが大きく手を出さない困難な分野を大学発ベンチャーが担う、その志高い見事な事例となりました。素晴らしいことです。
最近注目のベンチャーといえば、冒頭にも少し触れましたが、皮膚の再生医療の道を開いた名古屋大学発ベンチャーのJ-TEC「ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング」(愛知県・蒲郡市、小澤洋介社長)です。2007年10月30日に自家培養表皮「ジェイス」の製造承認を取得し、そしてジャスダックNEOに上場しました。創業から8年と10ケ月、研究開発投資はすでに50億規模に及んでいました。今後全国の大学病院などと契約を結び、保険の適用などの手続きを経て顔や全身に及ぶヤケドなどの具体的な治療に役立てられます。
患者ご自身の細胞から作製した培養表皮ですから、移植しても免疫拒絶されることがない。これもわが国初の快挙です。熱意の起業家、小澤社長の執念が実り、医療機器という困難なジャンルに新しい道を開きました。特筆すべきは、 名古屋大学大学院教授で、DNDサイトで「バイオベンチャー起業成功の秘訣」の連載をしてくださった上田実さんがベンチャー設立以前から関与し、技術顧問として指導に当たられています。この連載には、その経緯の詳細が熱く綴られています。上田さんの研究は、皮膚にとどまらずさらに分野を広げ進化しているようです。
アンジェスMGが遺伝子治療薬なら、J-TECは医療機器とその専門は違いますが、森下さんと上田さんは、大学発バイオベンチャー協会の副会長の要職にあります。これまでの丸4年近く、同協会の水島裕会長、幹事長の東京CROの西山利巳社長らとタッグを組んできました。
同協会の参加企業で上場を果たしたその他の大学発バイオベンチャーは、がん免疫細胞療法で細胞の加工などを医療機関に支援する「メディネット」(横浜市、木村 佳司社長)は2003年10月に、また、がん治療薬の候補物質を製薬会社に提供し、自社でも開発に取り組む「オンコセラピー・サイエンス」(川崎市、冨田憲介社長)は2003年12月にそれぞれ東証マザーズに上場した、いずれも東大医科研発のベンチャーといわれています。
ただ、東京大学としてのスタンスは、「東大発ベンチャー」というブランド名の使用や扱いについては慎重で、これまで承認しているのは、知財の窓口となる株式会社東京大学TLO(通称・CASTI,山本貴史社長)、東大の人と技術をベースにベンチャー投資やM&A,人材紹介の「株式会社東京大学エッジキャピタル」(通称・UTEC、郷治友孝社長)などに限られていますので、安易に東大発ベンチャーと表記しては誤解を招くわけです。この辺は、大学によって多少温度差があるのですが、東大が一番扱いを厳しくしています。まあ、「東大発」というブランドが独り歩きするリスクを考慮しているのでしょうか。
続いて…この調子で書けば、長くなるのでその他は、サイトトップの起業支援サービス「株式公開」のページに近日中にアップする予定ですので、ご覧になってください。
これら22社に少し分析を加えると、企業の設立から上場までの所要年数は、平均7年余りでした。日本ベンチャー学会会長の松田修一さんの古典的名著『ベンチャー企業』によれば、2000年までのジャスダック上場会社の上場までの所要年数が平均で30年、当時の新興市場の東証マザーズ(99年開設)、と大阪証券取引所「ナスダック・ジャパン」(2000年開設、現ヘラクレス)の二つの新市場の平均が12年と算定し、「技術の変革、規制の緩和、さらに制度変革などが一気に到来した結果です」と分析していました。もっぱらこのころはIT系ベンチャーが目立っていましたから、先端的な技術を駆使したバイオ系を中心とした大学発ベンチャーの登場は、従来からのベンチャー史を塗り替える新たな1ページを開いたといっても過言ではないでしょう。
なかでも所要年数の最短は、1年10ケ月のスピードで東証マザーズに上場した「LTTバイオファーマ」(東京都港区)でした。が、残念ながら、いま思わぬ苦境に立たされています。LTTの子会社がとんでもない食わせ物で、丸紅の名前を語って巨額資金を詐取した企業買収絡みの犯罪という様相を呈しているようです。
余談ですが、どうしたのでしょう、証券会社も入って監査法人も弁護士もそばに指南役としてついていながら、どうしてその背任行為を見破れなかったのか―警視庁捜査2課担当記者の経験からすれば、これは計画的で巧妙な罠が仕掛けられていそうです。しかも病院再生という巨額の債権だか、債務だか分からない大がかりな舞台を設定しているわけですから、誰が被害者で誰が加害者かも判然としていない裏事情も見え隠れしてきます。相当、構造的に奥が深そうだ。捜査も容易じゃないハズです。
もともと捜査2課のベテラン刑事が扱う知能犯は、捜査1課の殺人事件と違って、だいたい犯人像が見えているのだがその裏付けや立証に時間がかかるものです。う〜む、ただ、病院コンサルティング会社の子会社化が裏目に出たのは確かですが、それまでにとんでもない輩が多数周辺に跋扈していることが透けて見えてきます。
いずれ、前社長で創業者、そして大学発バイオベンチャー協会の会長職にある水島裕氏の名誉のためにも、きっちりその真相をえぐり出さなければならない、と今静かに心を落ち着かせているところです。思わぬ立場の人らが、芋ずる式に引きずり出される可能性もある…。
少し横道にそれてしまいました。22社を分析すれば、大学で最も多かったのがやはり東京大学、続いて大阪大学でした。東大は数101社で1位、2位は70社の大阪大学(2006年度経済産業省調査)、そしてIPOを質とすれば数、質ともに東西の大学発ベンチャーの雄は、東大と阪大ということになります。
複数輩出しているのが京都大学、早稲田大学、北海道大学などで、そのほかは慶応大学、熊本大学、九州大学、聖マリアンナ大学、名古屋工業大学、名古屋大学、創価大学、静岡県立大学、東京医科歯科大学、大阪産業大学、京都女子大学、東京慈恵会医科大学、鹿児島大学などの名前が確認されています。1社で4つの関連大学というベンチャーもあるので上場企業数と大学数が合わないということも出てきます。
主な幹事証券会社は、野村がトップで9社、大和が5社、日興が3社、三菱UFJが2社という順でした。市場は東証マザーズが圧倒的に多く16社、ジャスダックが3社、大証ヘラクレスが2社、名証セントレックスが1社でした。
これは繰り返しになりますが、DND独自の分析で、経済産業省やVECとは一切関係がないことをお断りいたします。
少し振り返れば、いち早く大学発ベンチャー起業支援を名乗って、経済産業省が進めるデジタルニューディール事業のウェブ運営のスタートから、この春で7年目に入ります。この間、大学発VBの周辺を取り巻く状況は一変し、世界に羽ばたくベンチャーが陸続誕生したことで、やっと普通に市民権を得ることができた、というのが偽らざる実感です。
当初、冷やかにメディアが国立大学の教授が未公開株取得という、ベンチャー支援現場からすれば当然のことをまるで第2のリクルート事件のように追及したことがありました。新聞社系の経済専門誌による大学発VBを補助金狙いのタックスイーターを決めつけるマト外れの特集記事などはもうすっかり鳴りをひそめてしまいました。逆にこのところのテレビや新聞メディアの特集などでは、大学発VBの画期的な技術やビジネスモデルを紹介し、起業家の夢をドラマ化してくれるなどの好意的な記事が目立ってきました。
また、経済産業省や文部科学省といった本来ならベンチャーとはほど遠い存在の官僚らがそれぞれに連携し、知恵を絞り、実は、その施策と熱意によって大学発VBは、後押しされてきたといっても過言ではありません。
お仕舞いに、今後の見通しは、どうか。いくつか関連機関などの専門家の意見を集約すれば、上場が期待される大学発ベンチャーは、今のところ10数社存在し、「年度内にはさらに2社から3社の上場が見込まれる」という。