◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2008/03/19 http://dndi.jp/

山海嘉之教授の「未来開拓戦略」の序章

 〜失われた機能をどう補うか、ロボットスーツの医学融合〜
 〜筑波大学発VBが果たす学園都市への地域貢献モデル〜

DNDメディア局の出口です。いまそこで何が起こっているのか、それをどう 理解すればいいのだろう、しばし腕を組んで考え、拙い知見をフル回転させて も答えは見つかりそうにない。見たままを素直に新しい研究の成果として受け 止めればいいものを、なんだか理由もなく素人が、いらない勘ぐりをするから、 次から次と映し出される驚きの映像とその解説にクラッと目眩がし、頭が痺れ、 体が固まってしまうのかもしれません。凄いことになっているらしい。


時の人、筑波大学大学院教授の山海嘉之(さんかい・よしゆき)さん(49) に熱い視線が向けられていました。文部科学省と筑波大学が主催した関東大学 知的財産戦略研修会のテーマは「大学発ベンチャーの育成と支援」でした。3 年連続でトップ(年間の設立数)の実績をもつ筑波大学発のベンチャーが登場 するというので、この3月10日、品川の「ゆうぽうと」に足を運んでいました。


そこのメインの特別講演が山海さんでした。テーマが「サイバーダインの挑 戦」。しばらく目を離していると、次々と新しい研究に挑戦し局面を開くから、 その事業戦略の風景があっという間に様変わりする。講演でも、「チャレン ジ」という言葉がなんども使われていましたが、この科学者の人生そのものな のでしょう。


山海さんといえば、ロボットスーツ「HAL」(Hybrid Assistive Limb)がイ メージされてきます。その実用化にともなって設立した大学発ベンチャー「CY BERDYNE社」(サイバーダイン社)の創設者であることは、よく知られていま す。これも、発端は人と機械と情報系を融合複合する、新領域のテクノロジー 研究「サイバニクス」の成果が生んだものなのですね。


昨年8月にはオランダにサイバーダイン欧州を設立し、山海さんの夢を欧州 で実現する、といってオランダ大使館の現職の参事官がその代表となって赴任 したそうです。また本社のある茨城県つくば市の研究学園駅前に建設中の、年 間400から500体のロボットスーツが量産可能な生産拠点を併設した研究開発セ ンターが、この秋までには完成する運びで、ひと支援のテクノロジーの仕掛け は、人を育て技術を社会に還元するテクノロジーイノベーションの「スパイラ ルな展開」を狙っている、ご自身で説明されていました。


http://www.cyberdyne.jp/company/index.html


 京都での第5回産学官連携推進会議で表彰されるなど数々の賞を射止めてい ます。世界のIT業界の目利きが選ぶワールド・テクノロジー・アワード(世界 技術賞)のIT機器部門大賞は、その中でも価値ある受賞でした。 その前年が、iPod開発の米アップル社でしたから。


テレビや新聞のメディアの露出も盛んで、あのなんといってもデザイン性に 優れたロボットスーツは、ガンダムやアトム世代にとって憧れの的です。それ にしてもカッコイイ〜。どこが製造しているのでしょう、これこそ我が国創造 科学技術立国ニッポンのモノづくりの真骨頂ですね。


ちょうど4年前、米国東海岸で注目の次世代IT市場を狙うウエアラブル・ コンピューター業界の雄と評されたザイブナー・コーポレーションを訪問し、 スーツ型の装着コンピューターを実際目の当たりにした時、その粗雑な衣装の 取り付けやデザインに少々、残念な思いをしたものですが、それに比べるとHA Lの色、形、それに素材加工の技術は素晴らしい。


その衣装をイケ面の若者が装着して、重い荷物を軽々持ち上げる、というパ フォーマンスはなんども目にしていました。しかし、この日のプレゼンで紹介 されたこの映像は、ロボットスーツの軽い概念を吹っ飛ばしてくれました。


筋ジストロフィーの患者がこのスーツを部分的に装着し、曲げて伸ばして、 途中で止めて、曲げて、止めて−を繰り返していくと、徐々に足を曲げること ができるようになった、という。この筋ジスという病気は、進行性で筋肉の障 害によって体や上下肢などを動かすことができなくなり、横隔膜の筋力も低下 するため呼吸不全に陥る危険性がある、指摘されています。


これまで効果的な治療法が確立していないため、機能低下をさらに落とさぬ ためのリハビリが重要で、回復が及ばないところは、すでに装具での機能強化 が行われているところです。が、あるいはこういうロボットスーツを装具とし て利用し、自分の判断でアシストの加減をコントロールできるとなれば、これ らは多くの患者にとって朗報で、リハビリに励むあらゆる患者にとっても一条 の光明となるかもしれません。


山海さんは、これらの実用と新しいITのインターフェースを組み込むこと で患者の個々の回復のデータの数値化ができるのではないか、またはリハビリ テーションの各施設の科学的効果の定量化も可能になる、と話していました。


次の映像です。小児麻痺を患った男性が、それをベッドでやってみると、こ のロボットスーツのお陰で45年ぶりに動く感覚を味わったという。「それを …」と書いたのは、実際にどういう風に装着しているか、その詳しい仕組みは どうなっているのか、などはその映像だけでは読み取れないためです。山海さ んの説明によれば、凄いのは、病にかかる前のほんの生後11ケ月までの、確か に覚えていた、動くという感覚がなんと甦ったことだ、という。そして動く感 覚に従って、脳が次第に活発化してくるのが、可視化できるのだという。動く 感覚と脳の活性化、その互換をロボットスーツが媒介している、ということな のでしょうか。


圧巻の映像は、交通事故で頸椎損傷した体重83キロの男性が、ロボットスー ツを着用した理学療法士に背負われて2時間、スイスの雪山に登山している模 様が山海さんと一緒に映し出されていました。これは山登りの例ですが、ここ でも山海さんは、レスキューにも使えるし、エンタテインメントの分野にも広 げられる、とその可能性を口にしていました。ああ、なんと多種多様な展開、 応用なのでしょう。福祉・介護、医療の分野へと広がりを見せているようです。 確かに、人と機械と情報系を融合し複合する、という「サイバニクス」の意味 するものがいくらか見えたでしょうか。うむ、頭が痺れますか?


サイバーダインのwebから各種情報をのぞくと、山海さんが講演するイベン ト情報が目に入りました。4月5日が関東機能的脳外科カンファレンス、4月17 日は、第51回日本手の外科学会集会「Intelligent義肢の開発」、5月28,29は 日本小児神経学会50回記念国際シンポ、6月27日は第26回日本神経治療学会総 会などで講演が予定されていました。テーマは、それぞれ違いがありますが、 例えば、「失われた機能をどう補うか、ロボットスーツの開発」とか、「神経 内科治療と工学の接点―ロボットスーツ医療への応用」という感じです。その いくつか、衝撃的な映像が紹介されるのでしょうか。


http://www.cyberdyne.jp/events/index.html


もうひとつ、運動のコツの取得と再生、というフェーズがあるのです。たと えばこんな解釈でいいのかなあ、ロボットスーツでゴルフや野球のスイングを ブロ並みに設定することが可能で、例えばメジャーの松井選手のスイングを 「歴史的技能」として記録できる、ともいう。あの飛雄馬の魔球を生んだ、父 一徹の強制ギブスの現代版のようなもので、進化したスマートなデザインで登 場する可能性がある、ということでしょうか。少し、そのメカニズムをおさら いしましょう。


人が筋肉を動かそうとすると、脳から筋肉に伝わる神経信号によって筋骨が 動くのだ、という。そしてその際に、微弱な生体信号が皮膚の表面に漏れでる ため、ある特殊なセンサでこの微かな生体信号を読み取れれば、逆に人間の意 志を瞬時に先取りする随意的な制御が可能なのではないか、さらに人間のよう に自律的な制御ですら適えてしまうのではないか〜この随意的、自律的なふた つの制御システムの統合によって、サイボーグ型ロボットの誕生が実現性を帯 びてきているのだ、という。分かったような、そうじゃないような、興味があ る方はどうぞ、筑波大学の「サイバニクス研究」プログラムを以下のURLから ご覧になってください。


http://www.cybernics.tsukuba.ac.jp/research-j.html


 山海さんは、大学発ベンチャーは理念先行型であってこのような技術が、 「短期的収益のために悪用され、または研究方針が左右されてはいけないので はないか」と考えているようです。資本金15.3億円、そのうち14億9千万円は 無議決権株式で調達したという。これはわが国で初めてのことで、いわばお金 は出すが経営の議決権を行使しない、余計な口はださないということなのでし ょうね。社員33人のうち4割が博士で人材の確保も抜かりはなく、特許管理も 万全の態勢で臨んでいるようです。


幾分駆け足で、早口で、幅広く、そして少々、未公開のマル秘情報も散りば めての50分の講演でした。今後、それらを実用に持っていくまでには、法的整 備やガイドラインの設定、そして標準化や安全性の担保など越えなきゃならな いハードルはまだまだ高そうです。また、量産してどこでどう売るか、使うか などの詳細なビジネス戦略には言及されていませんでしたが、これは確かに彼 のいう未来開拓戦略と認識すれば、納得がいきますね。


う〜む。それにしても夢が詰まっています。いい仕事ですね。ため息がでそ うです。このロボットスーツの壮大な21世紀のストーリーは、やっと第1章の 幕が上がったばかりかもしれません。


山海嘉之教授、あの薄い茶色の眼鏡に長髪のいつもかわらぬ風貌、控え目な 話しぶりと謙虚な物腰、冒頭の挨拶は、こんな風でした。これもどこかで耳に した感じのセリフでした。


〜あっ、すみません、筑波大学の山海でございます。今日は、活動を含めま してお話させていただきます。ロボットスーツ、HAL、これは初期のころは、 何をやっているのかといわれ、コソコソやっていました。が、筑波大学はチャ レンジできる大学で、この研究が「その他分野」として扱われながら、しかし、 ようやくご評価いただけるようになりました。イノベーションは、チャレンジ すること、チャレンジして学術分野を作り出すことだと思います。大学の成果 を社会に還元していく、そのためには、未来開拓戦略でスパイラルを描くよう に展開する、イノベーションスパイラルが重要なのです。新産業創出と人材育 成をセットで考えていくところに大学発ベンチャーの意義があるのではないで しょうか〜。


マイクを持つ手はいつも左、パワーポイントを指さす腕の角度は右45度、山 海さんの笑った顔が、時間がたっても揺らがないのはなぜでしょう、山海さん の風貌は変わらない。ひょっとして、あるいは、まさか、あれから30年…。


このシンポジウムでは、開会の挨拶に立った筑波大学知的財産統括本部長の 水林博さんが、サイバーダインの他、筑波大学発のえりすぐりのベンチャーを 紹介すると、おっしゃった通りでした。筑波大学2年の時に起業した「ソフト イーサ」(茨城県つくば市)の代表取締役で筑波大学大学院システム情報工学 研究科の登大遊さん続いて、元気よく、会社説明に立っていました。


最初に口をついて出た言葉が、「学生やっています」でした。そしてベンチ ャーを起業して4年間、いつの間にか、「一般的な道を踏み外して、こんな風 になったのです」と笑いをとっていました。が、独自の開発力や事業のアライ アンスの展開などの道筋を聞けば、なかなかたいしたものです。筑波大学の実 力を印象づけていました。一意専心の気構えなのかもしれませんが、「楽しく やっています」というから、少し安心です。


登さんのところの主力の製品は、経済産業大臣賞受賞の「PacketiX VPN 2.0 」でした。「インターネットなどの TCP/IP ネットワーク上に VPN (仮想プ ライベートネットワーク) を構築するためのソフトウェアのデファクト・スタ ンダードで、Ethernet を仮想化し、安全・高性能・高機能なレイヤ 2 (L2) V PN を専門知識無しに簡単に構築でき、大幅な利便性の向上とコストの削減を 実現できます」と堂々たるものです。


つながりやすい、簡単、本来ないものをあるものと同じような環境を設定す るバーチャルネットワークで、ご覧ください、このノートパソコンのインター ネットから筑波大学の学内のシステムにつなげることが可能です、登さんは説 明していました。これも凄いね。ご関心のある方は、こちらをどうぞ〜。


http://www.softether.com/jp/


これは余談ですが、グーグルが定期的に情報をもたらしてくれるグーグルア ラートでのベンチャー関連情報で、昨年1年間、もっともニュースの扱いが多 かった大学発ベンチャーが、登さんのソフトイーサでした。メディアへの発信 力が強いというのも実力でしょうか。


そしてもう1社、平成14年に設立の(株)つくばウエルネスリサーチ(茨 城県つくば市)の代表取締役社長の久野譜也さんは、なんといってもその事業 展開の鮮やかさ、起業からこの3月でちょうど6年が立ち、7年目に突入すると 自ら紹介していたように、ビジネスの舞台はすでに全国区でした。


「日本を元気にする」と豪語して進めてみたら、本当に健康産業の要的存在 になってきた、という印象を受けました。ご専門の体育と医学、人材の育成、 コンサルティングを手掛けながら、大手の企業とのアライアンス提携が奏功し、 北海道から九州までの健康づくり支援のノウハウが数多く積み重なっているよ うです。IPOも視野にいま右肩上がりの成長の局面は、それでもやや遅れ気 味と、己に厳しい。


筑波大学大学院人間総合科学研究科准教授という立場の二足の草鞋、大学の 仕事はしっかりやっていく、大学の仕切りや会社の仕事、それに政府の各種委 員もやって八面六臂の活躍なのだけれど、と前置きして、「人の健康ばかりで 少しは我が家の健康も考えて!」という奥様にはどうも頭があがらないらしい。 率直で明るい人柄は好感度NO,1でした。


ウェブからどんなプログラムを提供しているか、その一例を紹介しましょう。 例えば『e-wellnessシステム』、これはITを利用して「個別健康支援プログラ ム」を提供・管理するシステムで、 利用者は専用の高性能歩数計を身につけ ることで、日々の活動状況を歩数計に自動的に記録します。そして、この活動 状況の記録と、定期的に行う体力テストの結果をもとに、『e-wellnessシステ ム』は利用者ひとりひとりに適切な「個別健康支援プログラム」を提供するの だ、という。これらのデータの蓄積が大きな財産になっているのでしょうか。


 http://www.twr.jp/kaisya-annai/k-content/index.html


会場には大勢駆けつけていました。貴重な資料を提供してくれたのは、基調 講演にたった文部科学省研究振興局研究環境・産業連携課長の田口康さんでし た。この人も謙虚で、冒頭、「今戸惑っているのは、ベンチャーとかアントレ プレナーシップとか、こういうテーマになると我々役人の存在は、それらと一 番遠いところに身を置いているのですが、現在ベンチャー支援の流れになって きており、役所として何ができるか議論しているところです」と率直に語って いました。が、整理された政府の支援の現状とそのデータは確かなもので、流 石この時期、全国を回っているだけあって雄弁で、ていねいな解説を加えてい ました。


その苦心苦衷〜税金を投じて生まれた研究成果の数々をどうやって事業に結 び付けていくか、社会にどう移転するか、使ってもらうか、どうすれば具体的 なビジネスにつなげられるか、ここも大事なところです。大学にそれぞれ温度 差があることに事実ですが、大学発ベンチャーへの大学からの出資をできるよ うにすべきであろうが、ゆき過ぎではないか、という指摘もあり、あるいは大 学の本来のあり方はどうなのか、という議論もしています〜、とその個別の課 題への悩ましい実情を伝えていました。


そして大学発ベンチャーの現状のところでは、どうしたら日本でベンチャー などの起業がどんどん起こってくる環境をつくり、そうじゃない状況を変えて いくか、大学発のベンチャーが日本の経済の牽引になっていけるような、そう いう意気込みでやってほしい、と訴えて、多くの拍手を得ていました。うむ、 まったく同感ですね。


もうひと方は、筑波大学知的財産室長で産学リエゾン共同研究センター教授 の菊本虔さんでした。これまで新谷由紀子さん、横浜国立大学の近藤正幸さん らと2000から2005年の6年間にわたって進めてきた文部科学省21世紀型産学官 連携手法の構築に係るモデルプログラムの、その調査研究の総括的なまとめを されていました。その配布資料、大学発ベンチャーの課題と現状報告がきめ細 かく記述されていました。発表の菊本さんは、丁寧でした。資料のまとめ方も 見事でしたね。参考になります。


この後は、山海さんや登さん、田口さん、さらに筑波大学産学リエゾン共同 研究センター長の油田信一さん、日本アジア投資の専務、佐々木美紀さん、日 本ベンチャー学会事務局長の田村真理子さん、そしてモデレータにつくばテク ノロジーシード代表で、日本工業大学教授の上原健一さんらが「ベンチャーの 育成と支援」をテーマにパネルディスカッションを開きました。


残念ながら、次の会合の予定があって中座しました。どんな様子か分かりま せんが、今度上原さんに会ったら、聞いてみましょう。ブログかなにかでご紹 介されているかもしれませんが…。


ところで、筑波大学は大学発ベンチャー創出の年間新規設立数で全国NO, 1の座を3年連続で達成しています。経済産業省の調査では、昨年度8社の筑 波大学は、5社で2位の東大、広島大、早稲田大を大きく引き離していました。 といってもひとケタなんですね。さて、今年度はどうなるでしょう。


筑波大学のトータルは累計で61社でした。全国の大学ランキングでは堂々 の5位でした。まさに大学発ベンチャー創出の優秀校とされています。この筑 波大学の奮闘で地域にどう貢献しているのかといえば、大学発ベンチャーの全 国の都道府県別の所在ランキングをみると、これも経済産業省大学連携推進課 の調査ですが、茨城県は59社を数え全国8位、茨城県はトップ10の常連県に 名を連ねています。関東では東京、神奈川に次いで3位と健闘しています。そ の秘策はどこにあるのでしょう。


※筑波大学発のベンチャー数と茨城県に所在地を持つ企業数とに食い違いが あるのは、筑波大学発といえども本社を茨城県以外に置いている企業があるた めです。



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