◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2007/11/28 http://dndi.jp/

「科学技術と国家」:朝日新聞シンポ

〜哀愁の有楽町はかつての新聞街から〜

DNDメディア局の出口です。「科学技術と国家」。凄く大きなテーマですね。世界的に話題となっている、京都大学の山中教授のiPS細胞の研究成果について、それらを今後どう育んでいくか、という課題を考えるうえでも絶好のタイミングで、それにふさわしいテーマだともいえます。


実は、先週21日のメルマガは珍しく前日20日夜に仕上げて準備していたものが、これなのです。翌21日は朝から福岡へ出張という事情があったからです。しかし、その朝の各紙一面を見て驚愕し、この事前に用意した原稿は、取り置きにして、全面差し替えという荒技にでていました。


空路飛行機のなかで新たな原稿の書き出しをメモして、その下書きを携帯のメールで空港に降り立った途端、急いで送付、DNDメディア局に残る若手二人に段取りを指示していたんです。にわか編集部の様相だったに違いありません。それで彼らが対応して出来上がったのが、前回のメルマガでした。いやあ、やればできるんですね。そこで、今回からDND事務局をメディア局に変更した次第です。新しい時代の風になれーって…。


ということで本題です。


朝日新聞は1957年に科学部を創設しました。昭和基地開設や初の人工衛星スプートニクの打ち上げなど大きな科学ニュースが相次いだ年だという。それからちょうど50年、その創設記念のシンポジウムに行ってきました。今回は、その報告がメインです。面白かったし、この内容は27日の朝日新聞朝刊に特集でまとめられています。それも少し引用しました。「科学の朝日」というところでしょうか。


11月16日金曜日、東京・有楽町。驚きましたね、JR駅周辺は丸井デパートの進出で、戦後まもなくから続いていた角の名物焼きそば屋、老舗のフランス料理店、水餃子がウリの中華店、それに賑々しいパチンコ店が残っているだけでした。向かい側の交通会館をはさんで自由に行き来する広場は、西銀座と丸の内側を結ぶ公道でした。それもなくなっている、まさに東京変貌の一端を垣間見た思いでした。


ちょいと前まで、有楽町駅に隣接する東京国際フォーラムの場所は、東京都庁舎がありました。いまは西新宿に移っていますが、僕が30代前半で社会部都庁詰め当時、この周辺のガード下の焼鳥屋などに通って酒の苦さを覚えたようなものでした。妙に懐かしい。


さて、なんだか複雑な思いを引きずったまま、有楽町マリオン11階の朝日ホールへ向かいました。ここもその昔は、朝日新聞のほか毎日新聞、読売新聞などの社屋があって、この界隈が"新聞街"だったようです。いまとなれば、この朝日ホールがその唯一の名残のようなものでしょうか。


さて、定員600人の会場は、すでに満杯、さて、どんなシンポになりますか。配布された資料には、朝日新聞科学エディター、高橋真理子さんの名前で、シンポの趣旨についてこう書かれていました。


「(科学部発足)それから半世紀、科学と技術は私たちの暮らしにますます入り込み、生殖医療やIT(情報技術)、なかでもインターネットやケータイの進歩は、家族を含む人間関係や社会のありようまでも大きく変えてきています。また、政府は科学技術創造立国を目標に掲げ、科学技術の経済的効果にも期待は高まる一方です。それでは…」と続けて、


「この21世紀に、日本はどんな発想に基づき、どんな科学技術を、どんな手法で伸ばしていけばいのでしょうか。立花隆さんの講演やパネル討論を通して、未来を見据えながら、国家の役割を軸として多様な視点から考えます」と。なるほどと感心して読んでいると、立花さんの講演が始まりました。


立花さんの肩書は、評論家でジャーナリスト、東京大学大学院情報学環特任教授です。文芸春秋社を経てフリーライターとして活動し、「田中角栄研究」、「日本共産党研究」などのノンフィクションのほか、「宇宙からの帰還」、「脳死」、「精神と物質」、「電脳進化論」など科学技術関係の著書も多い、というのは資料のプロフィールの引用です。さて、そのシンポジウムの要点は、27日の朝日新聞朝刊に特集されていますので、その中の数字を拝借しながらご紹介しましょう。


50分間の立花さんの基調講演、そのテーマが、「科学技術創造立国の前門の虎、後門の狼」でした。開口一番、「日本はそこに掲げる科学技術創造立国化しているのだろうか」と問題提起し、科学技術基本計画に基づく予算は96年度以来、1期、2期、3期の各5年間に17兆〜25兆円に上っているのだが、実は、そうではない、というスタンスで解説を加えていきます。


「前門の虎」とは米国で、論文の引用回数、それに論文数、その質と量は圧倒的で、まさに科学技術分野でひとり勝ち。英国やドイツも善戦しているが、日本はいずれも低下しているのです、と主要国の論文の相対被引用度の推移、または、わが国の分野別論文数占有率などの図表を示していました。


そしてショッキングなデータは、研究費の政府負担割合の国別のグラフでした。「日本はどれだけの研究費を投入したか」と問い、主要国における研究費の政府と民間の負担割合を引き合いに出して、投入されている研究費の約8割がなんと民間資金で占められており、政府負担は目標のGDP比1%に届かず、0.68%で先進国最低水準だという。果たしてこれで科学技術創造立国と言えるのだろうか、しかも、民間資金が多くなれば、実際に役に立つ応用研究や開発研究が優先され、将来を展望した基礎研究分野は遅れがちだと、今日の日本の現状を憂いているようでした。


そして、表題の次の課題「後門の狼」に言及し、科学技術はヒューマンリソースがモノをいう世界ですから世界から有能な人材を引きつけるアメリカがますますパワフルになっている現状に加え、新興著しい中国、そしてインドの存在が日本の背後に迫りつつあるのだという。


もうひとつの狼は、と立花さん、ひと呼吸おいて、次に出た言葉が「少子高齢化の波」であるという。人口が2005年をピークに減少し、2050年には日本の研究者、科学者が現在の270万人から100万人減の170万人に減る、という深刻な予測を例えに、「人口予測はほぼ確実にあたる」との見通しから100万人減るということは科学技術研究のコストがほぼ3分の1減ることの意味で、研究講座の3つに1つは後継者がなくなるということだ、と日本統計協会会長の竹内啓さんの指摘を紹介していました。


このまま人口減少が続けば、日本の人口は戦後直後並みの7000万人になり戦後の人口のピラミッド形と違って将来はそれがイビツなピラミッドになり、科学技術研究者の未来は、マーケットが縮小しシステムが機能不全に陥るのではないか。それは遠い将来のことではなく、その予測がすでに現実問題化しており、産婦人科や小児科医師の減少は医学部の学生が将来産婦人科や小児科では食えなくなる、と思っている結果からです、と指摘し、こういう事態が科学技術分野に全般に起こったら、とんでもないことになりかねない、と警告していました。いやはや、これではお先真っ暗ですね。


では、これから日本は何をするべきか、という本題に言及し、日本の基幹技術のどこをやるか、その決定のプロセスが極めて不透明で、総合科学技術会議のメンバーは官僚出身が多く学術会議や研究者らのサイエンスコミュニティーの人はほんの少し、サイエンスコミュニティーから科学技術の研究資金の投入や基幹技術の決定のプロセスに入らないといけないが、それが機能していない現状を問題視し、「科学技術は国益追求と真理探究という二つの顔を持つ。真理探究に向けるには政策決定に科学者が入る場がない。国益追求は官僚がしているが不透明。この二つが日本の科学技術に突きつけられた一番の問題だ」という立花さんの発言要旨を新聞の特集の最後に載せていました。


立花さんの講演は、とてもわかりやすい。今回は、ゆっくり腕を組んで聴くだけにしましょう、と思っていたのですが、気がついたらせっせといつものようにノートにペンを走らせていました。これは習性ですね。


続く討論は、内閣特別顧問の黒川清さん、三菱重工業特別顧問の柘植綾夫さん、公正取引委員会委員の後藤晃さん、国際政治、軍縮の専門家で衆院議員の猪口邦子さんの4人、そして司会は朝日新聞論説委員で科学医療部長を歴任した尾関章さんでした。


パネルの口火を切った黒川さんは、明快でよく声が通ります。今日のグローバルな時代のフラット化を「平」という意味に重ねて、400年前の世界観を指摘し、地球は丸いと思っていなかったが、いまはいろんな価値観が見えてきて世界中が「平になってしまった」という逆説的な論理は、黒川さんらしい言い回しでした。そして、持論の21世紀の「フラットな時代」では、国力は組織人間や会社人間ではなく、個人の力、個人のバリューをいかに上げるか、どれだけ個人力が発揮できる人たちを育成するか、ここが大切なところです、科学や科学技術は国境を越えた普遍的な価値を提供する、だからこそ人材育成の場づくりが重要になってくるんです〜と。来年は、沖縄に中学生3年、高校1年生を国内外から呼んで一緒の学習体験をさせるプロジェクトが動きますーと紹介していました。いやあ、いつもノー原稿で、しっかり数字を抑え、ユーモアを交えて、そして勢いのあるメッセージを発信していました。刺激的で、聴衆の反応も笑いも多かったような気がしました。


続く、柘植さんは、「科学と国家、技術と国家」と題してイノベーションの加速を提言されました。技術は文化の基礎であり、国の品格を創る、というメッセージは極めセリフのようでした。なかでも技術の分類で、持っていれば勝てる技術、持っていないと負ける技術の比較は興味深いものがありました。そして、教育と研究とイノベーションを一体で進める司令塔の必要性を強調していました。


後藤さんは、「科学技術と経済」という内容で報告し、立花さんが指摘した研究費のGDP比率や政府の負担割合に触れて、「国があまりやっていない。科学研究や高等教育がおろそかになっているのではないか」と指摘し、基幹技術の決定などの民主的なプロセスの実現には、市民や消費者を巻き込んではどうか、そのためには科学ジャーナルの役割も重要で、科学を一般市民に伝える、朝日新聞科学部の報道のような媒体が、科学技術の形成に役立つのではないか、という指摘していました。


猪口さんは、将来予測での3人に1人は研究者の後継が難しくなる、という統計に加えて、女性研究者数が米国の32%に対して日本は10%台と極端に少ない現状を憂いていました。これは朝日新聞の引用ですが、「資本の論理でできないことを国が担うべきだ、といっても、納税者が納得できる予算でなければ、巨額投資はしにくい。学者の知識のみではなく、人々の『苦労の本質』を物語る現場の知識に近づき、問題解決型の発想をすることが重要になると思う」と語っていた、という。この部分は僕はメモしていませんでしたが、大事なところですね。


尾関さんは、そこでノーベル化学賞受賞の白川英樹さんの有機エレクトロニクスは1970年代の研究であったとし、島津製作所フェローの田中耕一さんは1980年代のタンパク質量分析の研究がポストゲノム時代を迎えて脚光を浴びることになることを指摘し、長い目の研究がいかに重要か、という実例を紹介していました。すると、それに別の角度から意見を唱えたのが黒川さんでした。


 皆さんご存じですか、確かに長い目で研究を見ることも重要でしょう、しかし、白川さんの研究を認め、「どうぞ、いらっしゃい」と招聘したのは米国のペンシルベニア大学でした。そして田中さんといえば、実は前日まで上司に怒られていたんですから、考えてもみてください、ここで大事なのは、変わり者を受容する環境ですーと持論の出る杭を伸ばす、時代を変革するのはいつの時代も変人なんです、という意味の話を展開されていました。


立花さんが、基幹技術の選定に関してご自身も関わりのある次世代のスーパーコンピューターについて、これはわりと公開の場で語れないですね、と前置きして、大規模で複雑な科学技術計算に用いられるスパコンは国際競争が激化している遺伝子や分子設計のバイオ、地球シミュレーターとしての役割などそのような価値のあるところに実は秘密性が高い、のだそうだ。


そして、このプロジェクトのスタートのシンポの後のパーティーの席で、政治家や官僚が来て、あの地球シミュレーターができた時、あれを日本はどう使うのか、自分は何一つ知らされていなかった、というエピソードを紹介し、国の基幹技術の決定の場面に理工系のバックグランドを持った人の介在が少ないのではないか、と指摘していました。


さて、会場からの質問は、休憩時間の間に配布された用紙に書いて提出するという形式でした。立花さんへの質問は、「前門の虎、アメリカにがんばってもらえればなんとかなるのではないか、人類全体がその成果を享受すればいいと思うが、どうか」という内容が紹介されるとどっと会場が沸いていました。それで立花さんは、これから日本はどう食っていくか、たつきの道という課題は残るでしょう、と回答し、そして現在、団塊の世代が定年を迎えて大量に引退する「07年問題」に触れて、そうなれば社会がレベルダウンするからちゃんとした対策をというが、「現場では、上司の引退で若手が生き生きし、あいつらがいなくなってもうせいせいしている、という状況で、現場が活性化しプラスに転化している」という意味のことを語っていました。なるほど、大きい声ではいえませんが、それが真実かもしれませんね。


さて、科学部開設50年、その記念のシンポでしたが、当初の開催趣旨はどのくらいかなえられたでしょうか。朝日新聞の科学ジャーナルの系譜のようなところも少し期待したのですが、それは27日の紙面にきっちり取り上げられていました。最近の朝日新聞の科学面の充実ぶりに加えて、別冊「be on Sunday」の「もっとサイエンス」もすこぶる好調です。


この18日付紙面では、今さら聞けないシリーズは「ミトコンドリア」を取り上げていました。人が動くエネルギーをつくる源、しかし、いい面ばかりではない、電子が細胞の外に漏れると、周りの酸素に取り込まれて活性酸素ができてしまう。活性酸素は老化や生活習慣病にかかわっているとされている、とし、そして、細胞の核にある一般的なDNAとは別に独自のDNAを持つ、などわかりやすい解説を加えていました。


月曜の科学面は、イラストや写真を取り入れながら、頭を使えば「脳ダコ」ができる?という理化学研究所と日本将棋連盟と富士通の共同の研究プロジェクトを紹介していました。いま、切り抜きで圧倒的に朝日の科学面、大学面が多いかもしれません。極めつけは、世界注目の万能細胞をめぐる一連の報道です。こんなところにもいくつか隠れた特ダネが光っていました。ますます科学技術が複雑になって専門化、細分化していくようですので、今後の「科学の朝日」の報道に期待しましょう。


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