◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2007/11/14 http://dndi.jp/

憂国のドン、渡辺恒雄氏

 〜「大連立」のメディアの批判を問う〜

DND事務局の出口です。憂国の士というのは、もう時代遅れなのでしょうか。 自民党と民主党が手を結ぶ大連立なんて、いわば奇想天外なドン・キホーテの 「見果てぬ夢」にしか映らないかもしれないけれど、衆参のネジレがこの先6年、 9年続くという見通しからすれば、これは政界再編の序章であろうし、このまま 終わることはない。大連立が幻の構想と潰えたといっても、その余燼が燻り、ふ わっと火の粉が飛んで再燃するかもしれません。


このメディアを巻き込んだ一連の騒動で、微妙に揺れる世論の反応や評価、そ れに政党の実情などいろんなことが浮かび上がってきました。自民、民主の両党 が直近のNHKの世論調査でいずれも支持率を上げているというのは、追い風にな るでしょう。今後いくつか曲折を経てそれら憂国の情はきっと陽の目を見るはず です。


ポジティブに捉えれば、誰も経験しない「異次元」の新しい領域に足を踏み込 んでしまったわけですから、何が起こっても不思議じゃない。しかし、衆院解散 含みの国会は、崖っぷちの与党VS薄氷の野党のガチンコ状態が日々ヒートアップ し、お互い睨みを利かせたままなんにも動かない。これも想定の範囲といえなく もないが、この行く末をあの憂国の人の目には、どう映っているのでしょう。


仲介役、あるいは仕掛け人とされる読売新聞グループ会長、ナベツネさんこと 渡辺恒雄さんは「不毛の対立抗争を打破する」とのやむにやまれぬ思いが理解さ れず、各メディアから一斉に「メディアの政治介入」として集中砲火を浴びる始 末です。「この危機的状況を黙って見過ごしていいのか、それをメディアの政治 介入といって非難するならするにまかせよう」という声が聞こえてきそうです。 それこそ言われなき中傷でしょう。


戦後政治の舞台裏を知り尽くす新聞界の重鎮で、ご意見番だから党派を超えて 盟友が多いのも当然です。取り囲む報道人に「野球のことはわからんのだよ、補 強が必要かなあ」と煙に巻き、「大連立の仲介を?」との質問に「新聞記者はね ぇ、そんなこと聞くもんじゃない、相手が違うよ」と一喝し、大連立破談の後の 会合で「小沢さんはいささか、裸の王様になっていた。自分を過信していたよう だ。せっかく話がまとまっていながら党に持ち帰ったら一人も賛同者がいなかっ た。党内の力を見誤ってしまったのではないか」と漏らしていたというが、仲介 者としたらその破談の原因を小沢さんに求めてしまうのでしょうか。それにして も、意気軒高な81歳、その言動には興味をそそられます。混迷が続く国政に人一 倍の危機感を抱いていらっしゃる、だから憂国の士と呼ぶにふさわしいのかもし れません。主筆としての力量もいまだ健在のようです。


「大連立」を呼びかけた8月16日付の読売新聞朝刊の社説は自ら筆を執ったと 伝えられています。「いわば国政の危機的状況を回避するには、参院の主導権を 握る野党第1党の民主党にも『政権責任』を分担してもらうしかないではないか。 つまり『大連立』政権である」とその論旨も背景も明快でした。「大連立」の社 説はその後5回掲載されていました。そしてその実現に向けて根回しに動いてい たようです。民主党の小沢さんへのアプローチは、続投を決めた7日夕の党本部 での記者会見の席で明らかにされました。


要約すれば、こんなことでしょうか。〜2ケ月前にさる人から呼びだされ、 「お国のために大連立を」ということだった。そういう大連立の話は現に政権を 担っている人が判断することだ、ということなどを伝えたら、先月半ばになって 「福田総理もぜひそうしたい」ということで、福田総理の代理人と会ってくれと う話になり、代理人に「総理はほんとうにそんなことを考えているのかと質した。


代理人は、総理もぜひ、連立をしたいということ。総理がそういう考えならば 、総理から直接お話しを伺うのが筋ではないかと返した。そして、あの党 首会談の申し入れとなった〜。


さる人とは、代理人とは、それらは誰なのかについて小沢さんは明言を控えま したが、関係者から漏れてくる話では、さる人はナベツネさん、代理人は森喜朗 元首相ということになっているようです。


後々小沢さんと読売新聞とで、その事実をめぐって問題となっています。誰が 仕掛けたのか、読売新聞4日付一面での「大連立、小沢氏が提案」の見出しや記 事について、小沢さんは「私から積極的に党首会談、連立の話をしたかのような 報道は、全く事実に反する」と、読売新聞への強い憤りをあらわにしていました。 小沢さんにしてみれば、ナベツネさんからの最初のアプローチを「提案」とすれ ば、「大連立」の仕掛け、呼びかけはナベツネさんということになるのでしょう か。読売新聞が「事実無根といわれる覚えはない」と強気な態度にでる理由はな んなのでしょう。会見中にあった、「総理がそういう考えならば、総理から直接 お話しを伺うのが筋ではないかと返した。そしてあの党首会談の申し入れとなっ た〜」という部分を捕まえて、大連立を打診したが党首会談は「小沢さんが申し 入れてきた」ということなのでしょうか。また、記者会見では明らかにされてい ない、明らかにできないなんらかの裏事情があるのかもしれない。


ナベツネさんの言動には、僕は個人的になんら問題ない、と思います。新聞記 者なら、それは主筆であれ会長であれ、求めに応じて一役買うことだってあるし、 そうしなければならないでしょう。新聞だから記事だけ書いてそれで済むという ものでもない。いざ一大事となったらなりふり構わず飛んでいくことだってある、 それは自社の利益のためではなく新聞の社会的使命としてそのくらいの許容は、 あってもいい。しかし、その存在やパフォーマンスがもう世間の支持を得られに くくなっているのも確かです。その主張や言動が正しくても世間にどう映るか、 その辺のメディアリテラシーにも分別があってもいいのではないか。それに気付 かれていないとなれば、それは周辺の側近の責任でもあるし、イエスマンばかり 登用しその行動を諌める幹部がいない、というのはナベツネさんの問題です。ま あ、新聞のドンがメディアの餌食になっては、いささか残念です。


朝日新聞は、10日の社説「大連立仲介、読売で真実を読みたい」との見出しで、 さる人が渡辺会長であるらしいが、小沢代表との会談や「大連立」話を仲介した のが事実とすれば、報道機関のトップとして節度を超えているのではないか、政 治家に直接会って、意見を言うこともあるだろう。権力者に肉薄するためふとこ ろに飛び込むのも、記者の取材手法としてあっておかしくない。だが、…主張を 実現するために党首の会談を働きかけたり、ひそかに舞台を整えたりしたのなら 行きすぎであるーと指摘し、読売新聞は、大連立を提案したのは小沢氏だったと 大きく報じた。小沢氏が「事実無根」と抗議すると、今度は小沢氏に「自ら真実 を語れ」と求めた。〜誰よりも真実に近い情報を握っているのは読売新聞ではな いのか!とその読売紙面で報道することを強く求めていました。


続いて、今週発売の「AERA」でも「渡辺会長は報道人なのか」の見出しで、 「新聞社のトップがここまで政治に介入するというのもほかに例がない」と言い 切り、「あまりにも報道人としての領分を越えていないか」と問題視していまし た。毎日新聞は昨日13日の社説で「党首会談工作」という、まあ工作という表現 が適切かどうかその辺の意図を感じますが、「さる人の説明が聞きたい」という 見出しをつけて、「それはあくまでも言論による説得であるべきだ。権力者間の 仲介役をかって出るとすれば、新聞の使命を超えるのではないか」という。まあ、 これも極端な言い回しというより、しかしこれまで新聞社が政治や権力の中枢に なんらかのそれこそ工作とはいわないが「仲介」、「相談」、「打診」、「情報 提供」、「紹介」、「面談」、「斡旋」、「依頼」などをあれこれやってきたの ではないか、なあ。これを機に突如、政治評論家の三宅久之さんじゃないが、 「宝塚みたいなこと言って事がすめばいいよ、そんなわけないでしょう」という 感じがします。三宅さんも元毎日新聞でしたね。その三宅さんを指しているわけ じゃないけれど、毎日の社説は、「振り返れば、私たちの先輩記者たちがかつて、 政治家のパイプ役として動いていたこともあった。しかし、そうした行動は報道 の公正さを損なう恐れがある。自戒しなければならない」と釈明しているんです ね。「政治家のパイプ役として動いていた」というのは、「報道の公正さを損な う」のでしょうか、それでなぜ自戒しなくちゃならないのか、まったくわからな いですね。あんまり自己規制すると、就職の斡旋もできないし結婚式にもでられ ませんよ。これで本当にいいのかなあ、先輩記者って誰なのか〜。


困ったご時世です。それこそ、振り返れば、明治生まれの言論人で後の自由党 総裁の緒方竹虎は、昭和19年、小磯・米内連立内閣の国務大臣に乞われる直前は 朝日新聞の主筆で副社長でした。彼が、戦況悪化に伴う軍部の横暴に対抗する意 味からも、あえて政治の中枢に入り込むことになるのですが、それ以降、朝日の 副主筆らは総理の所信演説原稿に手を加えたり、組閣本部に出入りしたり、それ はひんぱんに行われていた事実があります。緒方が、明治天皇崩御に際して「大 正」の年号をスクープできたのもそういう政界関係者らとの人脈が背景にありま したね。最近の新聞は、これら過去の偉大な先輩記者の足跡を否定なさるのでし ょうか。


まあ、ここ数日のテレビ朝日系列を見ていると、コメンテーターからの批判が 強烈でした。元毎日新聞記者で元サンデー毎日編集長の鳥越俊太郎さんは、「今 回はね、政界のなかで起きたのではなく、政界の外、ナベツネさんという読売の トップのアイデアで始まったもので、正常ではない。メディアの人間としてメ ディアというのは取材する側であって、政治の中の当事者となることを厳に慎ま なければならないし、もし仕掛け人としたら情けない、あってはならない」と指 摘し、小沢さんに対しては「それにうまく餌をまかれて罠にはまった小沢さんに も問題がある」と手厳しい。今週発売の「週刊現代」でも「渡辺さんの場合はイ ンサイダーどころか、仕掛け人でしょう。メディアの影響力を使い、一方で政治 を動かし、一方で読者を惑わす。非常に危険です」とトーンを強めていました。 なかなか辛辣です。


こういう闇雲な批判の連鎖の方が、不気味です。では、ジャーナリストが、民 間のCMに登場していいのでしょうか、という批判もあります。自称、ジャーナリ ストでTVCMにでる奴は、そうはいない。


まあ、テレビ、新聞、週刊誌をみれば、孤立無援状態ですが、ただひとり、政 治評論家の三宅久之さんが、痛快な言い回しで良識ある論陣を張っていらっしゃ る。テレビのコメンテーターらの数々の指摘に反論を加えて、「渡辺さんの心境 にしてみれば、こういう危機的状況を見ないで深みにはまるのを放置しておいて いいのか、政治のフィクサーだなんて彼を攻めるのなら国会議員がなぜボヤッー としているのか、そこを問題にしなさい」とバッサリ。そして、民主党の小沢さ んにそれを受けさせるのは、「(そういう役割を担うのは)自民党の政治家じゃ ないでしょう。第3者の人と思った時に、通常のジャーナリストなら渡辺恒雄会 長を想定しない方がおかしい」と三宅さん、孤軍奮闘、論旨明快、並みいるアン チ、ナベツネさんらをバッタバッタなぎ倒す勢いでした。


女性の司会者には「宝塚みたいに政治が動くわけがないでしょう。何を言って いるんですか」、ある著名なジャーナリストには、「あんただって北海道の白い 恋人が問題になった時に赤福は300年の歴史とかなんとかいって赤福を随分と持 ち上げていたじゃないか」と一蹴していました。いやあ、ケンカがうまいわ〜。 ナベツネさんもいい友達を持ったもんだ。


ちょっと、ついでに面白い記事を紹介しましょう。タブーに挑戦する名物雑 誌の編集長、週刊朝日の山口一臣編集長が、ナベツネさんにインタビューした20 06年1月6日−13日の新春合併号の週刊朝日の記事です。


山口さんが「特ダネの秘訣は何かあるのでしょうか?」と聞けば、渡辺さんは 「10取材しても、すぐには一つか二つしか書かないこと、秘書とか運転手とか、 お手伝いさんを大切にすることかな。大野伴睦を夜回りして、番記者と一緒に引 き揚げるんだ。その後で、勝手口に回ってお手伝いさんに言って開けてもらって 中に入る。一対一で内証の取材をするわけだ」と手の内を明かしていました。そ して、「忍者みたい!」と言うと、「忍者だよ」と返していました。


圧巻は、小泉純一郎元首相の話に及んだところです。ナベツネさんが言う。 「小泉純一郎さんだって怪しいよ。月に2回もホテルの理髪店にいっている。あ の2時間は秘密タイムだ。僕は純ちゃんが首相になった直後、二人きりで政策な どを3時間近く話したんだ。その時も『ホテルの○○号室で待ってくれ』という。 本を読んで待っていると、純ちゃんが一人で後ろに立っていた。SPも秘書も連れ ずにね。その時、何をやりたいか聞いたら、『大連立』と言っていたよ。まだ、 その思いは変わってはいないはずだ。純ちゃんは政策の話は聞いていたけれど、 あまりわかっていないんじゃないかな」。


ふ〜む、どうですか、率直な語りですが、なかなか意味深長でしょう。これが 事実とすれば、「大連立」の最初の仕掛け人、震源地は、実は、小泉さんだった 可能性がありますね。


当時、小泉さんが動いても与野党どころか党内の一本化が期待できない。それ でじっとその時を待っていたのではないか。安倍前首相だってこの件は知悉しているハズだったかもしれません。あの唐突な辞任劇もいわばその流れの中にあって、その時、「福田総理誕生」、「大連立」実現というシナリオが何人かの胸の内に流布されていたのではないか。そこで、ナベツネさんが、その舞台回しに引っ張り出された可能性があると思うのです。これはあくまで推測です。それにしても記事は2年前、そしてナベツネさんが小泉さんと秘密の面談をしたのが、もう6年前になるのでしょうか。大連立といっても最近、急に出てきた話題ではないようです。


「政界には上り坂、下り坂、そしてもうひとつの坂、『まさか』がある」と言 い放った小泉さんの名調子、自信たっぷりの発言は、「大連立」を意味していた ことに違いない。


面白いので、週刊朝日のそのナベツネさんのインタビュー記事のもう一こまを 紹介しましょう。山口さんが「渡辺さんは政治部時代、記者というより政治を動 かす側に回っていたとよく言われますが…。」と問えば、こんなエピソードを紹 介していました。


「駆け出しのころ、ある大物の政治家の会談の取材を庭の中からのぞいていた ら、会議の中に朝日の記者が入っていた。『すげえな』と思った。バカヤロー解 散など抜かれた経験はやまほどありますが、本当の特ダネを取ろう―と思ったら、 虎穴に入っていかなければダメだと認識したんです。ただ、金銭的な恩恵を受け たらいけない」と。


ナベツネさんの取材手法、虎穴に入る、というのはどうも朝日記者をお手本に していたようですから、皮肉です。「メディアの政治介入」を疑問視すれば、い ま政治が、経済がどう動いているかーその深層が掴めなくなるのではないか、そ の反動で、庶民が苦しもうが、時代が戦争に向かおうが、「そんなこと関係ね ぇ」と言った調子の発表ネタしか書けないサラリーマン記者を増長させてしまわ ないか、それがより深刻です。


憂国の渡辺恒雄さん、なんだかんだいっても大変な人物です。「検証 戦争責 任」の長期連載は出色でした。今年、新聞協会から「新聞文化賞」が贈られまし た。まあ、宙に浮いたとはいえ、今回の「大連立」構想の仲介の労は、政治の閉 塞状況を打ち破る端緒になったことは確かでしょう。


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