DNDの出口です。赤い着物から白の装束に変わり、美しい姫君はあっという 間に無骨な獅子に〜というのは歌舞伎特有の早変わりという見せ場のひとつで、 その芸にどよめきと拍手がわきあがって掛け声も飛びかう場面なのですが、いや はやどうもその目まぐるしい変転の妙は、歌舞伎や秋の空ばかりじゃないようで す。
それをあるいは政治のダイナミズムとも呼ぶのでしょうか、あれほど列島を席 巻した歴史的大敗や安倍総理退陣の激震の余波は、もうすっかり消え失せた感が あります。そして、その第2幕ともいえる総裁選モードにすっかり局面が変わっ てしまいました。まさに時々刻々という感じですね。こんな激しい日々の動きを フォローするのには、とても週1回のメルマガでは困難で、本日、金曜の配信と いう特別措置に、ご理解を賜わりたいと思います。
まあ、しかしこんなに空が澄んで風がさわやかなのに、なんとも惜しいという か、残念というか、まことに戦後生まれの同じ世代のひとりとして、失礼ながら いささか憐憫の情を禁じえません。誠実とか、優しい人柄とかは逆にアダになり、 人を騙しても騙されたという風に仕組む度量がなければ、その人の祖父のように この永田町では生き残れないのかもしれません。それにしても体調を崩して衰弱 し入院しているというのに、冷やかなメディアは「無責任」という世論調査の毒 矢を放って追い討ちをかけてくるんですね。総理という重責を、それも最悪の局 面で放り投げた格好だから、メディアは容赦しないし世間の目も否応なしに厳し いものになってきます。それは至極、当然でしょう。
しかし、安倍総理退陣という変報を耳にして、僕は少し違和感を抱いているん です。直観的にいえば、「やられたのではないか!」という印象です。誰に?そ れほどの根拠もありません。安倍政権の行き詰まりは、閣僚らの連続した不始末 に手をこまねいてなんら「断」下せなかった、その「断」のタイミングを毎回逸 したという危機管理能力の欠如というのもあるでしょう、あるいは政治資金収支 報告の単純ミスをさも大問題のように扱う、それを分かっていながら仕掛けるメ ディアの罠、そういう魔女狩りに追い詰められたという指摘にもうなずけるもの もあります。
しかし、どうも、それらは退陣の一因ではあっても本質的なものではないよう な気がしてなりません。再び、誰にやられたのか?唐突すぎる安倍政権退陣とい う変調は、政治の表層にチラッと垣間見せたその姿から、あえて言えば、旧世代 の怨念ということになるかもしれません。
今朝、タクシーの高齢の運転手が、時代が逆戻りしていくみたいですね、とポ ツリ口にしていました。う〜む、どんな政治評論家の無責任な戯言より、市井の 人の飾らない言葉の方が案外本質を突いている場合がありますね。それにしても、 総裁選がヒートしていますが、総理になる、するのが目的という派閥の論理を超 えて、なんのために存在しているのかを考え、実行する政治家であって欲しい。 ちょっと青いかなあ〜。安倍晋三という政治家は、そういう理想を掲げた政治家 だったのではないか、だから彼は行き詰った、と僕は感じているんです。
権謀術数が渦巻く政界、そこには魔物が棲んでいるかもしれないから、それは 注意深く用心して、世論がどう動くか−のちょっと先を見抜いて手を打つという ことでしょうか。周辺のブレーンが鈍感では間に合いませんね。なんというか例 えば、出し汁が泡立って沸騰する、その寸前で火を止めるみたいな感じです。泡 立つ前では慌てすぎで、沸騰してしばらく放っておけば、他から指摘されて後手 に回る、このちょっと先を読んでタイミングが大事になってくるんですね。これ は一般の会社のマネージメントも同じことがいえると思います。
トップの判断、そのリーダーの質をその本はこう問うています。
〜人間は否応なく窮地に立たされる時がある。そのとき彼はあたりをみまわし、 おのれの孤独しか自覚できないと、この状態を「絶体絶命」ととらえる。もし、 ここで自分に絶望すれば、つぎにみえてくるものは「運命」だけである〜宮城谷 昌光著の『歴史の活力』(文春文庫)の「断定と陽気さに満ちたマキアベリとドラ ッカー」から。
続けてこんなのもあります。
〜周の武王の下には、「三公」といって、王政を補翼するすぐれた大臣がいた。
ちなみにその三公とは、周公旦、召公セキ、それに太公望である。ある時、武王が太公望にたずねた。
「賢人を得て、有能な人物を大切にしていても、かならずしも政治がうまくいく
とは限らない。これはどうしてであろう」。
太公望はこたえた。
「自分で判断を下すことができず、他人の言によって判断を下すのがいけないの
です」
そういわれた武王は、では、他人の言によって判断をくだすとはどういうこと か、とたずねた。無論、太公望の答えはよどみない。それは次の点で、自ら決断 できないでいることがいけない、とかれはいう。
1.去ること
2.取ること
3.為すこと
4.罰すこと
5.賞すこと
つまり、拾捨と実行、それに賞罰をひとまかせにするな、というのが太公望の 主旨である、という。
いやあ、なんとも奥が深い。詳しくは本を読んでください。繰り返し読んでも、 いつも新鮮です。どう解釈すればいいのか、そんな時、本をひも解いてタイトル から必要なテーマをめくると、そこに珠玉の知恵が凝縮されています。
さて、この12日、安倍首相の辞任の報はどこでお聞きになりましたか?僕は東 京国際フォーラムで、12日開幕したイノベーション・ジャパン2007のパネルディ スカッションの会場でした。
B棟7階ホール。「イノベーション立国の実現に向けて」と題した統一のテー マで、冒頭、内閣特別顧問で、イノベーション25戦略会議座長を務めた黒川清さ んが基調講演を終えた午後13時半すぎでした。歯切れのいい、そして勢いのある 黒川さんのスピーチで、やや緊張気味のムードは一変し、満員御礼の600人の会 場は興奮に包まれていました。そんな会場で…。
「皆さん、ひとつニュースが入りました。少し前に安倍首相が辞意を表明され た、ということです」と、知らせてくれたのは、モデレーター役のNEDO企画 調整部長の橋本正洋さんでした。この衝撃的な内容にかかわらず、会場内がそれ ほどざわめきも動揺もなかったのは、橋本さんの話し方が、おだやかで沈着冷静 だったからかもしれません。こういう突発的な事態にどう対処するか、その機転 は絶妙でした。モデレーターは単なる司会・進行役じゃない、ということですね。
しかし、首尾よくシンポが終わり、会場下の講師控え室で、黒川先生、東北大 学教授の原山優子さんらが、腕組みしつつ、このニュースの真意を考えあぐねて いる風でした。インド洋での給油活動を継続するテロ対策特別措置法が政治日程 に上っており、この10日に召集された臨時国会での所信表明演説では「引き続き 改革に取り組む」という強い姿勢を見せていたのではないか、それなのに、いま、 なぜ?それにしても他にやり方があったのではないか!などの疑問を感じていた ようです。
パネラーで、最先端技術の成功事例を報告したアンジェスMG創業者で阪大医 学部教授の森下竜一さん、そして光産業の分野で世界に挑むサイバーレーザー社 の社長、関田仁志さん、それにコメンティターの東京大学大学院教授の橋本和仁 さんら、皆さんはお帰りでした。
せっかくですから、少しこの点に触れましょうか−。トップバッターはいつも 身のこなしが軽やかで、背筋がピッと伸びた黒川先生でした。いつもダンディー ですね。で、25分の予定をややオーバーした講演趣旨は、いくつかの政策提言を 示し、その一例として環境やクリーンエネルギー分野でイノベーションの成果を 経済成長のエンジンとしつつ国際貢献していく―旨を伝え、この分野における国 際リーダーの育成が重要と語り、「モノ」を優先する考えから「人」に着目して いく流れに変えていくことを強調していました。出る杭を伸ばす、という持論の 「異能」の存在に着目すべきである、というところは、おおいに説得力を持って 迫ってきました。いやあ、黒川先生のスピーチは、年々、月々、日々に進化し深 まっているようでした。
この辺の様子は、黒川先生ご自身のブログ、そしてDNDのトップページに掲 載していますので、ご覧ください。しかし、動いて、講演して、それを発信する マルチな活動ぶりには頭が下がります。
そして、トータルでざっと2時間、その間、先端的技術をベースに設立した大 学発ベンチャーが世界のマーケットと向かい合う、という最新の事例報告に森下 竜一さん、最先端レーザーによる世界に新規市場創設のダイナミックな戦略に出 ているサイバーレーザー社の社長、関田仁志さんが登壇しました。
う〜む、このお二方の、苦節7〜8年の奮闘の積み重で生み出された画期的な 成果は、本当に素晴らしい。30代で起業、そしてともに40代の働き盛り、きっと 2025年には我が国を代表するグローバル企業に成長して、歴史に名をとどめるで しょうね、そして、多くの若手起業家を育てていることと思います。成功体験が 加速して蓄積されていく、そんな循環するエコイノベーションのサイクルが、我 が国にもやっと定着し動き始めたことを印象づけていました。その後のディスカ ッションが面白かったのですが、それは後日の宿題としましょうね。
そしてパネリストには、総合科学技術会議議員で東北大学教授、欧米の産学連 携学の第一人者である原山さん、東京大学大学院教授で前東大先端科学技術研究 センター所長の橋本さんという顔ぶれですから、現場の体験に基づいた取り組み 事例や考え方を率直に披瀝されていました。いやあ、とても興味深いセッション でした。なんか、共通していらっしゃるのは、普段のままの語り口で馴染みやす い、ポジティブで明るい性格、いずれも留学組ということでした。
並いる論客のパネリストを相手に"猛獣使い"を自認する、モデレーター役の橋 本さん(NEDO技術開発機構技術経営・イノベーション戦略推進チーム長)終始 落ち着いた口調で、テンポよく進行していきました。黒川先生の講演に続いて、 森下さん、関田さんのそれぞれの基調報告が終わったところのタイミングだった でしょうか―。「ニュースが入りました…」のアナウンスという具合でした。
ところで、黒川先生が、講演の最後のパラグラフで紹介された書籍に、こんな のがありました。『会社は頭から腐る』(ダイヤモンド社刊)で、著者が、産業再 生の請負人というふれこみの元産業再生機構COOの冨山和彦さんでした。
セミナーが終わって黒川さん、原山さんらが橋本さんの先導で、東京国際フ ォーラムの会場を埋め尽くした大学の出展ブースを回り、それに夕刻までお付き 合いした後、懇親会は遠慮して急ぎ本屋に走り、この本を買い求めて読みました。 これをじっくり読み進めると、なんだか、安倍総理の退陣を予測しえたような記 述が随所に目に留まりました。
要約すれば〜経営や企業統治を担う人々の質が劣化しているのではないか―こ れが1ページ最初のプロローグの書き出しです。続いて、かつてうまく機能して いた日本の"システム"は機能不全に陥り、古い体制の中で育ったリーダー層のマ ネージメント力やガバナンスも、大きく低下していったのではないでしょうかー という問題提起から始まって、以下こう続きます。
この「最大の問題は」として、「この体制による繁栄が30年余り続いたことに より、経営人材の選抜・育成の仕組みが、予定調和型に陥ってしまったことにあ ります」と指摘、この30年うまくやってこられたから、グローバル時代の今日で も、「旧来のシステムの中からお行儀のよい優等生が選抜され、その後、優等生 リーダーたちは旧来のシステムとその中で形成された既得権構造を否定できな い」呪縛にとらわれているのだそうだ。この既得権益者がリーダーでは変革は行 われない、断じています。
また、日本人は挑戦しない、ということについては、「これは日本人に問題が あるのでも、個々の社員に問題があるのでもない。挑戦すれば報われるインセン ティブが、日本の企業社会にはなかったということなのである」という指摘もう なずけます。
そして、本書のポイントでもあり、黒川先生が講演で強く訴えたところなので すが、〜学歴はさておき、若い世代のエリート予備軍がマネージメントで鍛えら れていないのは、ガチンコ勝負をしていないからだ。ガチンコ勝負をしないとい うことは、負け戦を経験していないということでもある。勝ちも経験しないが、 負けも経験しない。リーダーを目指すなら若い時から、負け戦、失敗をどんどん した方がいい。そして挫折した時、自分をどうマネージするか、立ち直るか、そ れを身をもって学ぶ。その実体験を持つからこそ、人の挫折を救えるのであるー という。ふ〜む、なるほど…。
圧巻は、このフレーズでしょうか。「組織からはみ出す根性のない人間をリー ダーにしてはならない」、あるいは、「会社は頭から腐り、現場から再生する」。 全編、明快な論旨で痛快です。組織や企業、あるいは社会の異能をどう育てるか、 という「イノベーション立国実現に向けて」の議論と本質的な部分でシンクロし ていましたね。冨山さんは、「もう待ったなし…」と訴えているんです。
事業再生の修羅場、まさにガチンコ勝負を経た人の話はひと味もふた味も違い ますね。黒川先生のスピーチに似て、これは実録の現場からの"叫び"のように響 いてきましたね。少し長くなりました。ご容赦ください。
黒川氏ブログ
イノベーションジャパン2007での基調講演、そして驚愕ニュース「総理退任」
http://www.kiyoshikurokawa.com/jp/2007/09/2007_62a6.html