DND事務局の出口です。その数冊のノートをめくりながらパソコンに向かっ てパネラーの発言や討論のやり取りを再現する、というなんだか慣れているとい ってもやや面倒で単純な作業を深夜時間を忘れて続けていると、う〜む、再生ス イッチが突如入るらしく、いつの間にか断片の文字と文字がひとりでに紡いで、 ステージに立つあの人この人の声が耳元に甦り、その場面の記憶が映像のように リアルに浮かんで、そして〜。
この一週間はとても充実していました。6月は環境月間ですが、僕にとっては 産学連携ウイーク、例年のイベントとはいえ、新しい発見や驚きが連続していま した。にこやかに出会う人々が年々懐かしく感じるのはなぜなのでしょう。
大勢の中に入ると、実はどんな会場でも気持ちが高ぶって、こんな図体でもふ わっと宙に浮いてしまいそうになります。だから逆に冷静を装っていつも配布の 資料に目を通し、これはっと思った文字には一応赤線を引いてチェックしてはい るんですが、どこか背後周辺からの視線を感じてそわそわしてしまいます。場内 を、何気なく無意識に見渡してしまうのは、きっとそのためかもしれません。
さて、そのビッグイベント―第6回を数える京都での産学官連携推進会議は、 16日、17日の土日に開催されました。初日は、内閣府特命担当大臣の高市早苗さ んらの基調講演で幕を開けました。続いて「イノベーション」など4つの分科会 が午後から同時にスタートし、DND馴染みの東京農工大学大学院教授の古川勇 二さんは第2分科会「地域クラスター」の座長で、コメンテーターには総合科学 技術会議議員で東北大学大学院教授の原山優子さんが登壇されました。そして功 労者表彰、その古川先生が研究開発から販路拡大につなげる一連の支援体制を維 持している(社)首都圏産業活性化協会の会長という立場で、筑波大学発ベンチ ャーで話題をさらう筑波大学教授、山海嘉之さんが開発したロボットスーツHA Lと並んで、経済産業大臣賞を受賞していました。おめでとうございます。凄い ですね。
この表彰制度は今年で5回目、省電力で高速の光通信分野で世界初の開発に成 功した、というフォトニックネットワーク技術の研究開発、それに大学発ベンチ ャーの設立で東京大学教授の荒川泰彦さんら3人が内閣総理大臣賞の栄冠を射止 めました。
壇上の受賞者は、8部門で30人余りになっていました。システムLSI設計 開発拠点の九州広域クラスターの形成で文部科学大臣賞に輝いた一人に福岡県の 麻生渡知事の晴れの姿がありました。
受賞者らは展示会場のエントランス付近で大勢の関心を集めていました。しか し、各部門の代表者を一堂に会し、その成果を生み出すための手法を公開する場 があってもいい。例えば、こんなのどうでしょうか、山海さんのチームはステー ジにロボットスーツを着装し、プレゼンターを務められた文部科学副大臣の池坊 保子さんを抱きかかえるパフォーマンスがあれば、もっと盛り上がったかもしれ ません。まあ、この日まで昼夜舞台裏で準備を進めてきた内閣府の大臣官房審議 官の谷重男さんらにこんな注文は無理難題かもしれません。成功裏に終えてホッ としていることでしょう。お疲れ様でした。
余談ですが、身体機能を拡張する、という着装型のロボットは、実際展示コー ナーでも人気の的でした。シンプルでメタリックなカラーにシャープなデザイン、 高市さんも足を運んで熱心に説明を聞いていました。僕が好きな色合いでしたか ら、もっと近づいて触ってみたかった、そして出来ることなら、柱の陰でこっそ り身に付けて、メガネを外してマントをひるがえせば、右腕をまっすぐ伸ばして 窓から外へ、高いビルもひとっ飛び、あれは!鳥だ、飛行機だ、いや〜。
さて、気を取り直して続けます。そして分科会報告と全体討議という流れで、 2日目は若手研究者らの現場からの最新の研究成果の報告が行われました。若手 研究者の発表は、初日とあわせて20本、これを別の機会に是非、聞いてみたい。 ナノ構造化セルロースを用いた有用微生物の探索―は、極限環境生物圏研究セン ターの出口茂さんでした。う〜む、同じ名字だ。そして展示は年々充実し、終日、 大盛況でしたね。人の流れが途絶えませんでした。
テーマは、イノベーションの創出に向けた産学官連携の新たな展開、昨年に続 いて、やはり時代のキーワード、そのイノベーションでしたね。第3期科学技術 基本計画での「科学の発展と絶えざるイノベーションの創出」や、6月1日に発 表の黒川清さんが座長を務めたイノベーション25戦略の最終報告などの流れを 受けて、イノベーションとは何かーの問いかけから始まって、いかにイノベーシ ョンを起こしていくか、誰がそれを担うのか―という基本的なところから議論が スタートしていました。
これじゃ、時間がかかるぞ、いやあ、いろんなアプローチがあって方向性を見 出すのは難儀だぞ〜って思って見ていたら、やっぱし、それぞれに、それぞれの、 それぞれでイノベーションという感じで、まあ、百家争鳴というのは必然かもし れません。分科会座長は、東大大学院情報学環教授でイノベーション25戦略会 議委員の坂村健さんでした。
希望を捨てず勇敢に進む―というポジティブな坂村さんの姿勢に少し救われま したね。論点が広がって本質がだんだん見えなくなっても投げ出さないで向かう、 それらを乗り切ることによってイノベーションが実現していく、と総括していま した。
イノベーションをめぐる議論は、まあ、高市さんや東芝会長の岡村正さんらの 講演や分科会、会場からの質疑などの場面で、当然ながら大変多岐にわたってい ました。DNDの緊急提言でもいまなお議論が続いていますが、本日の連載でも 経済産業省大臣官房審議官の石黒憲彦さんが黒川先生との懇談から指摘されたイ ノベーティブな人材育成の要諦に言及し、NEDO企画調整部長の橋本正洋さん は、「大学改革や人材育成など、ここで(DND)で議論されたことも網羅され ています」と持ち上げてくれていました。いま世界初の遺伝子治療の実現に光が あたって株価が上昇傾向のアンジェスMG創業者の森下竜一さんは、その先週の DND総括原稿で、「これから現状維持派をいかにして変えていくか?社会構造 のイノベーションが、イノベーション促進の一丁目一番地であり、冒頭から山場 がくるという大変な挑戦です」と座長の黒川先生の手綱さばきに期待を寄せてい ました。
昨日は、森下さんや再生医療で著名な名古屋大学教授の上田実さんらが会長の 水島裕さんと立ち上げた大学発バイオベンチャー協会のシンポジウムで、そこで 森下さんが、あれっ〜橋本さんからイノベーション25の総括原稿で話を振られ たから、また書かなくちゃいけなくなりました―と笑っていました。いやあ、是 非、是非…。ところで、このシンポのテーマがとっても気に入りました。
「創薬型バイオベンチャーの明るい将来」。どうです?バイオベンチャー氷河 期なんていう暗いイメージを払拭するような世界初、日本初の臨床結果や再生医 療分野での目を見張るニュースがいくつも発表されていました。う〜む、これこ そイノベーターの役割だ、と感心して拝聴していました。この報告については、 先週の13日に九州大学VBL准教授の五十嵐伸吾さんが主宰するWINWIN のワークショップで登壇した、画期的なビジネスモデルで次々と起業し成功し続 けるイー・モバイル会長の千本倖夫さんの御講演などと併せて、次週のメルマガ で取り上げたいと考えております。予告でしたね。
さて、また脱線しましたが、この産学官連携推進会議は、これで6回の連続参 加となりました。振り返れば、4000人余りの我が国最大規模の産学官連携の舞台 ですが、今回もいくつもの課題を残しながらも前向きにもう一歩突っ込んだ、建 設的な議論が随所で披瀝されていました。マンネリへの批判は、ざっくばらんで 忌憚のない意見交換の成果とみるべきでしょうか、あるいは繰り返す総論的な論 議はもうこれくらいにして、明日に繋げる実践的な個別具体の成功事例、課題解 決のノウハウを求める機運が高まってきているのかもしれません。
いくつか際立った発言の要旨を紹介します。まず、高市さん。「持続的な経済 成長を続けるためには、世界の主要国は、それぞれの戦略を構築しており、知の 大競争を迎える。日本が目指すイノベーション立国は個々人の能力を最大限発揮 される活力ある社会」と言い切って、そこで、イノベーション25最終報告がそれ までに比べて"骨抜き"という評価を意識したのか、後半にはこんな言い訳っぽい 説明を加えていました。
「(中間報告が)実は、ユニークだが挑戦的でややとんがった内容でした。こ れを全員の閣僚の賛同を得て閣議決定するということは、内閣の国民に対する約 束ですので、確実に取り組んでいく内容にしなくてはならず、こういうとんがっ た表現は使えない。安倍総理は、常に政治は結果、結果を出していこう、という ことですので、党内手続きを調整し、イノベーション25を実行するために推進 本部の設置を決定しました」。うむ、この中間報告からその後、最終のとりまと め、閣議決定、そして昨日19日発表の「骨太方針2007」という流れで政治的な判 断、政策的な調整が行われたということでしょうか。
シンボリックなフレーズは、出る杭を伸すーということですね。今年の産学官 連携やイノベーション分野での流行語大賞候補になりますね。高市さんは、日本 人の持っている価値観を見直し、日本の未来のために力を合わせてイノベーショ ン25を実現していく、ことが必要です、と訴え、格差問題に触れて政策的な対応 は急がねばならないとしながら、行き過ぎた結果平等ではイノベーションは起き ない。挑戦する社会をつくり、そのための環境を整備していくーと強調していま した。本気ですね。
続く基調講演に登壇した岡村さんは、「企業、大学がそれぞれ自らのイノベー ションの道筋を決めていくべきです」といい、過去を捨てる勇気がなかったのが、 それが日本の失われた10年の原因と断じ、その社風は前例主義、セクショナリズ ムという大企業病だった、と喝破していました。「グローバル化、ネットワーク 化なくしてイノベーションは起こらない」とも語っていました。
「イノベーション」の分科会。ずっと聞いていました。イノベーションが日本 語じゃないので、議論する対象の明確な意識が必要ですね、とはモデレータの坂 村さんでした。が、白熱し、激論になってセッションはとても興味深いものでし た。その分、論点が定まりにくかったのかもしれない。イノベーションの概念を それぞれ個別に作り上げているところに問題があったのでしょうか、キャスティ ングにばらつきがあった、という指摘も聞かれました。個人的には面白かったな あ〜。
口火を切った文部科学省宇宙開発員会委員で、前会津大学学長の池上徹彦さん、 Do Innovationを提唱し、その極意は、Entrepreneur Mindを密かに持つことであ る、と資料に説明がありました。で、わかりやすい議論、それを可視化しながら の言葉の共有が大事といい、イノベーションをMaking Moneyと言い切っていまし た。分かりやすい。逆といっても本質は同じ議論をしている風です、というのが、 JST理事の北澤宏一さん、貿易立国で毎年10兆円規模の黒字をため込む現状 を憂いながら、世界の課題を解決していくような、そういう新たな価値を創造す る未来ビジョンを期待する国々にどう応えていくかが重要と力説していました。
池上さんと北澤さんの議論は白熱していました。池上さんは、日本が豊かにな る、それはちっとも悪いことではない、貧乏の武士道論より豊かな人が何をする のか、ということが大事といえば、日本人が何のために生きるのか、という命題 を前面に押し出して、国際貢献を基本に据えて「科学技術で世界に貢献できる日 本の姿」を強調していました。うむ、良識の北澤さんらしいコメントで、池上さ んの主張にも理解を示していましたね。少しハラハラ…。
で、注目株は、東京大学国際・産学共同研究センターの妹尾堅一郎さんでした。 もうDNDでは秋葉原の産学連携拠点を担うクロスフィールドの展開、話題のロ ボット運動会、そして先端技術実証フィールドなどやっぱ生きた現場を動かして いる人の発言は、考えるヒントがいっぱい散りばめられていました。
そもそも、成長か発展か、成長はGrowth、発展はDevelopment、成長は量的拡 大で子供の背が伸びる、私の髪の毛はマイナス成長!?って少し笑いをとって、 それに必要なのは既存モデルのインプルーブメント、つまり改良、改善であり生 産性の向上をいう。が、一方、発展は既存モデルを打ち破るような新規モデルへ の不連続的移行のことであり、それに必要なのは、イノベーション、すなわち中 国語での創新の概念で、画期的新規モデルの創出と普及、そして定着なのだが、 そこが混乱している、と鋭く指摘していました。
どうもこの成長と発展を区別できない、しないままイノベーションを論じては いないかーと問題提起し、モデルとは仕組み、仕掛け、そして仕切りのセットの ことをいい、従来型のモデルの改良、あるいは洗練か、画期的なモデルの創出か、 その選択判断が求められている、と一気に説明し、見るとノー原稿、頭の回転が 違うようです。壇上にまた新たなインベーターが出現したようです。
うわ〜もっと聞きたい、って感じた方もいらっしゃるでしょう。この後、どの ような議論が展開するのだろうかーって身を乗り出していたのですが、ムムッ! 続かない、議論が止まる、オイオイ…。せっかくの問題提起が、次のパネラーで 寸断してしまっていました。場が読めないのか、意味を理解していないのか、ま ったく別次元の、それもビジネスの成長をしきりにイノベーションって言うから、 なんだか少し残念でした。
「人材育成」の議論に入ってからも、妹尾さんの指摘は秀でていました。与え られた問題を解決する問題解決型の人材では、問題は解決しない。う〜む、イノ ベーションの最大の問題は、適切に問題設定ができる人材がいない、ことではな いか、といい、人材育成の問題は、従来型の教育を変えなくてはならず、人材育 成が出発点にならないといけない、とも付け加えていました。
これには坂村さんが、なるほどなるほど、という風で、問題設定を自分できて、 やらないとイノベーションにつながらないということですね、と賛同していまし た。コメンテーターには、総合科学技術会議議員の薬師寺泰蔵さんらが、要素技 術、強いところは捨てる必要はなく、それを維持しながら方向転換していく、つ まりインフラのようなソーシャル・イノベーションを起こしていかなくてならな いのではないか、と話していました。これが全部じゃありませんが、いくつか気 がついたところをご紹介しました。
そして会場からとのQ&A。これもいつになく闊達でした。パネラーと会場の 参加者とが一体化していますから、遠慮がないというか、忌憚のない意見交換と なっていました。
最初の質問は、研究側の立場からの発言で、新しい研究課題、イノベーティブ なものは、実務としてそれらを評価に繋げていっていただけないかーというイン センティブの問題提起でした。薬師寺さんは、いい指摘です、そういう方向で考 えていく必要があります、そして乞うご期待、と前向きでした。この質問者は、 パネルの議論について、刺激的だったといい、妹尾先生にはヒントをいただいた、 ともコメントしていました。ポスドクら若手研究者のキャリアパスや外国人留学 生の国内企業での採用、女性研究者の登用問題などが指摘されていました。
全体会議に移っても会場からの議論は沸騰していました。会場から発言を求め たJSTの社会技術研究開発センター長の有本建男さんが、ポスドクをめぐる議 論に異議を唱えていました。
いま1万4千人、そのうち35歳以上が半分の7000人もいうという現実に対し て、このような議論では何にも進まない。ポスドクにフレシキブルな素養がない、 とか問題ばかり指摘していては、まったく国力の低下を憂う事態です。どれだけ 施策が進んで、優秀な研究者の質も向上しているし、成果もある。それが全部ダ メみたいな、そんな将来の先が見えない話ばかりするから、修士を終えて就職し ドクターまで行かない。大学院の教授も奴隷扱いしてキャリアパスを考えていな い。もうこの辺で、ひとりひとりに光をあて、どの企業に就職させるか、ネット ワークを活用しながら具体的なアクションをとる公共施策を見直すべきではない か。企業やベンチャーに斡旋し、その成功物語をひとつでも紹介し共有していく ことから始めるべきではないか−という。少し怒りながら、こんな趣旨の発言を されていました。
後日、電話を入れその旨をお聞きしました。いつまでも総論的な話では何も変 わらない、個別具体的な課題を設定して行うべきです、という。もっともなご指 摘です。テーマの設定はますます難しくなるでしょうが、人選も含めてしがらみ を捨て去る勇気が、必要です。誰に言っているのでしょうか、僕もわからなくな ってきました…。来年、また楽しみにお会いしましょう。
さて、いつもながら会場の宝ケ池周辺は、新緑が目にやさしく、野鳥がさえず り渡っています。裏手の噴水が扇状にしぶきをあげていました。親子の白鳥がゆ ったり泳いでいました。今年も天気は上々でした。
知と実践の産学官連携のメッカは夕刻、その熱を冷ますように山の稜線、東の 比叡山あたりが朱色に染まり、街中の寺社を濃いシルエットに浮かび上がらせて いました。夜は周辺にホタルが飛び交っていましたね。
夜風で散歩も気持ちがいい。展示場方向で物音がするので、振り返ってみると、 漆黒の闇を猛スピードで走る謎の一群が現れました。関節あたりが点滅する、あ のロボットスーツを身にまとっているようでした。気がつくと、僕も一緒に風の ように走って宙を舞っていました。産学官連携推進会議の深夜のレクリエーショ ン、恒例となったロボット運動会がまもなく始まるところでした。
この大会は妹尾さんがアイディアを出した秋葉原のモデルをそっくり持ちこん だものでした。2025年、72歳、スーツを着たら見違えるようなパワーがみなぎっ てきました。シニアの部での「HALスポーツバトル最強の男は俺だ!」にエン トリーし、これから勝ち抜きCYBER空中大相撲に参加するところです。う〜 む、ウエストあたりのホックが締まらない、しかしさらに難題が、マゲが結えないと失格…。