DND事務局の出口です。朝から、やばい。こっちもティッシュの箱がすっかり 空です。年を重ねると人前で涙を見せるのが慣れっ子になってしまったようです が、さすがにオイオイと声を上げるわけにはいかない。それを顔をゆがめながら 抑えているのに、つい笑わせてしまう、舞台で演じる女優、香川京子さん、藤山 直美さんの母子の情愛の絶妙は、テレビでも十分に伝わってきました。
平凡な日常の場面に、情の機微というとんでもない罠を随所に仕掛けるから、 涙、涙で、連日朝からほんまやばい。この続編をぜひ、いやぁ、こんなんやった ら、おしまいした方がよろしいわ、ほんまに〜。
●NHK連続テレビ小説のクライマックス
最終回をもう数日後に控えて、いよいよクライマックスのNHK連続テレビ小説、
藤山直美さん主演で、小説家の田辺聖子さんの半生を描いた「芋たこなんきん」。
見ていらっしゃいますか。毎週土曜の午前中は、その週の6本を一気に放映しま
す。今朝は…。
病室で、言葉を選びながら医者の処方を夫に伝える、町子。「薬で、そしてコ バルト治療っておしゃっていました」。…沈黙…。「そうか、そんで、手術はせ んとな?…」。しばし、ここでも長い間があって、「ありがとう。ちゃんと話を してくれて、うん〜、わかった」。息をこらしてみていましたから、「わかっ た」の言葉の後に、深呼吸をしてしまいました。
渋みを増す俳優、國村隼夫扮する夫の健次郎は、医者ですから、その病状が悪 性腫瘍であること、ある種の宣告であることを瞬時に理解するのだが、その微妙 な間合いが、この健次郎という男の奥深さであり、このドラマの真骨頂なんです ね。そして、町子がその処方がなんであるか、うすうす感じていても健気にふた りで頑張れば、なんとか…という希望を捨てない。
「純子さん(秘書役のいしだあゆみ)が言うてくれはったんです。なんでもふ たりで相談してきたのですから、隠し事をしては絶対あきまへんよ、って。私も、 そやなあ、と思って。仲間に本当の敵の姿を教えなかったら、一緒に敵に立ち向 こうて行けませんでしょ。いままでで、一番大きな敵、ふたりじゃないとね、私 ひとりだったら勝たれへん、ふたりでね」。「ふたりでね」(健次郎さん)。
いやあ、いい場面でした。
夫婦の絆、家族の思いやり、地域の連帯、そして医師という職業倫理、町の病 院の経営、インフォームド・コンセント、誰も避けて通れない死という現実…。 このドラマは、従来の女性一代記という枠を超えて、もう一度、取り戻さなくて はならない大事なテーマを巧に仕込んでいる、という思いは、だんだん確信に変 わってきました。
というのも、こんな場面もあったからです。医者、健次郎の妹・晴子(田畑智 子さん)は、新米の外科医なのですが、そこで彼女が担当の患者を初めて亡くす シーンがありました。それまで難手術の助手にも挑んでいたのですが、患者の死 に責任を感じてしまい、医師の職業に自信を失う。そんな時、過労で倒れても病 院で原稿書く町子に、こんな質問をするんです。
「町子さん、もう仕事やめたいと思たこと、あれへんの?」。そして町子は、そ の壁を乗り越える力になってあげるんですね。
●黒川清先生の近著『大学病院革命』の真髄
お医者さんも大変なんですね。このドラマを、曾祖父から代々医者の家系に育
った、というあの人は、どう観ていたでしょうか。まあ、東奔西走、世界を飛ん
でいる人ですから、テレビは見ていないかもしれませんが…。医者にどんな資質
が求められるか−と自問し、知力、技力、体力、そして人間愛を列記し、実は、
一番大切なこととが人間愛です、と断じて、「医療というものは、学問を究める
ものではなく、患者さんのニーズに応えるのが仕事です。患者さんの話を聞き、
痛みを和らげたり、隠れた病気を発見したり、不安を抱えた人に状況を説明して
安心してもらったり、今後のことを説明して、治療方針を納得してもらったりす
るオールマイティーな人間力が求められるのです」という。
ご存知の、内閣府特別顧問で、イノベーション25戦略会議、あわせてこの地域 医療の課題も題材にする新健康フロンティア戦略賢人会議のそれぞれの座長を務 める、グローバルな思考と日常生活の視点を持つ、黒川清さんです。昨日の日本 経済新聞31面の経済教室では、「再考イノベーション」に論文を発表していまし た。そして、上記の医師の4つの要諦は、近著『大学病院革命』(日経BP刊)か らの引用でした。
医療を取り巻く現状をどこから手をつけて、どう変えていくか―という難題に 真正面から取り組んで、具体的な処方を提示し、官僚に、マスコミに、そして、 私たちひとりひとりに意識や生き方の心の"革命"を迫っているんです。
「この国の姿は、私たちを映す鏡です。よい医療は、黙っていれば、誰かが与 えてくれるものではありません。私たちひとり一人が問題意識を持ち、声を挙げ、 行動を起こしていく日々の営みこそが、民主的社会におけるよい医療、そしてよ い社会をつくっていくのです」と、訴えている、というより、これは医師として 科学者としてのやむにやまれぬ叫びに似たメッセージなのでしょう。重く受け止 めたい。
構成は、6章。その項目を読むだけで内容が少し透けて見えてきます。第1章 「日本の大学病院はなぜダメになったのか」、第2章「医療事故は医者のせい? 患者のせい?」、第3章「間違いだらけの日本の大学医療教育」、第4章「アメリ カ/カナダのメディカルスクールを見習おう」、第5章「こうすれば問題は解決 できる!〜病院と医療の新しい仕組みをつくろう」、第6章「『ダメな医者』を つくっているのは、メディアと世間である」という具合で、少々過激な表題が並 んでいますが、読むと実に実践的で見識にあふれています。
●メディアは、医療事故を少し煽っていませんか〜
医療事故には、現代医学では予測できないようなケースや回避不可能なケース
も入ります〜という前置きから論を進め、高度医療や安楽死問題に絡む事象はと
ても微妙で、単純な医療事故やミスと同列に議論すべきではない、と指摘し、い
まのメディアに医療報道はなにもかもいっしょくたにして医師や病院を批判し、
医療不信をあおっているようにしか思えない、先端医療を追う上でリスクはつき
ものなのだ、という理解が足りない、という。
こういう指摘は、初めてです。メディアに携わるものとしてとても耳が痛い。 医療事故は、地方で多く発生しますが、振り返ると、それほどの識見もない新米 記者が医療現場を理解することもなく、「犯人探し」にやっきになっていたかも しれません。自戒を込めて大いに反省しなくてはなしません。
新聞を読むと、このところ医療に関する記事や統計が頻繁で、どれも共通して いるのは、施設の不備や医師不足という地域医療の問題です。
地域連携の欠如で生んだ悲劇は、昨年8月、意識不明になった妊婦の転送先を 探したが19の病院に断られて8日後に死亡するという奈良県・大淀町立病院で 起きた事故は「実は救急車でも結構ある」と指摘したのは、朝日新聞の夕刊でし た。「日本の救急医療は欧米に比べ、遅れている。現状を紹介し、課題を探る」 いうシリーズ「ニッポンのERの今」のその連載は、東京都の先進的な事例も取り 上げていました。
「ER」(エマージェンシー・ルーム)。米国の救急現場を舞台にした緊迫のテレ ビドラマをNHKが放映しで人気を博し、すっかり定着した「救急室」という意味 の言葉ですね。
●危機に瀕する日本の救急体制
いざ、という通報で救急車がさっと飛んできて数人の救急救命士らが手際よく
患者を運ぶ。病院の廊下をストレッチャーが走り、待ち構えていた腕利きの医師
らが困難な手術に向かう〜。しかし、ドラマのようには事は運ばない。日本と欧
米の救急医療の体制や取り組みが根本的に違っているらしい。
最後の砦の救命救急センターが簡単に断るのは問題がある、地域内で必ずどこ かの病院が引き受けるシステムが必要、というのは誰もがわかっている話です。 が、各診療科にしわ寄せが行って、看護師の負担が大きい、という問題の他に、 「救急でも専門医の治療を求め、何かあれば訴える患者が増えた。裁判では医療 への注文が厳しくなっている。実際は、救急告示病院でも専門の医師が当直して いるとは限らない。中小病院でもアルバイト医が多い」という。
こんな深刻なエピソードも朝日新聞の連載は紹介しています。院長が「救急を 断るな!」と言っても、医師は、「専門外の患者を診て、事故を起こしたら誰が 責任をとるのか」と言い返すのだそうだ。80代、90代の寝たきりの患者が次々と 施設から運ばれてくるERの現場では、「高齢者の延命が救急の仕事か」という声 もあって、救命に大量の材料を使っても保険請求ができず、不採算になる医療も 少なくない、という。
ショッキングなデータは、3月20日の読売新聞朝刊一面の記事でした。全国の 「救急告示医療施設」、いわゆる救急病院の総数が過去5年間で「医師不足」な どを理由に1割近く減っている実態を緊急の自治体アンケートで浮き彫りにして いました。減少傾向には歯止めがかかっておらず、いざ、という時に患者の受け 入れ病院がなかなかみつからないなど、救急体制の危機が深刻化している、とい う。
この事実を受けて社会面で、「―救急―地域医療は今」の連載を開始していま した。救急患者を受け入れる病院がなくなり、搬送時間が延び、いざとうときに 救急車がこないーと指摘しているのは、朝日新聞の夕刊と狙いは一緒ですね。し かし、そんなこと、とっくにわかっている、ではどうすればいいのか、という視 点が求められます。その処方は、黒川さんの本を参考にすればいい。
余談ですが…深夜に119番通報し、救急車と呼んで子供を担架で乗せたものの、 救急車はなかなか発進してくれない。それはもう10年も前の我が家の体験でした。 統一選挙、地元の町内会の人が、救急医療の充実に署名運動に回ってくるから署 名したけれど、問題はそんなレベルにはないのではないか。これが選挙運動の手 段としてやるというのは、何か順番を間違えている気がする、って強く言い放っ てしまったけれど、数日後、ある政党が市長に手渡した報告を読むと、市長は 「計画的に対処する」というなんだか意味のわからない答弁をしていました。何 をやっているんだか、変ですね。
黒川先生の「大学病院革命」の本を繰り返し読んで、たぶん3、4回でしょうか。 周辺の大学の医学部の教授や、知り合いの医師にこの疑問を投げかけて様子をお 聞きすると、この事態への危機感はそれほどもっていないところが意外でした。
●慢性的な産科医不足にさらに深刻
少子高齢化が叫ばれているのに、リスクが高いといって産科医が減少し、なり
手がいない現状の処方がない。これは財政破たんの夕張に限ったことではないら
しい。先日25日の朝日の朝刊一面は、慢性的な産科医不足の中で、この1年間で
お産の取り扱いを休止したり、休止する方針を決めたりした病院が全国で105か
所に上る、というこれまた深刻なデータが朝日新聞社の全国調査で明らかになり
ました。
その理由、大学医局による独自の集約化や医師不足による引き揚げ、開業や定 年で退職した医師の後任が不在、そして、産科医1人で分娩を扱うリスクの回避、 などが目立ったという。
黒川さんは、もうはるか昔から、こういう事態に対してシグナルを発していた ようです。「今までは地域の中で連携がなく、診療所や病院が孤立していました。 それが常識でした。けれども、こんな状態は本来、非常識なのです。各地域の病 院と診療所が協力して、地域社会のニーズに合った機能と特徴を分業していくべ きなのに、実際は病院同士が競合しているため、患者に対する緊急対応で遅れを とるような事態まで起きてしまっている」(こうすれば問題は解決できる!の項、 166P)。
●九州大学大学院の医療決断サポーター講座
まあ、こんな先進事例も紹介してます。九州大学大学院が2004年から医師や看
護士、社会福祉士などを対象とした「医療決断サポーター養成講座」の開設はそ
の一例。患者アドボカシー、アドボカシーとは誰かの味方をする、権利を養護す
る、という意味で、医療の現場にそって訳すなら「患者の代理人として患者の権
利を守るために活動する人」という。しかし、その出発点は、患者自身の判断、
私たちへのアドバイスは、地域の情報をつかんで健康なうちから、かかりつけ医
を決めていきなさい、ということも付け加えていました。
もうひとつ。地域住民が求める医療関係者のネットワークをベースとした「地 域完結型医療」のモデルケールとしては、やはり九州は、大分県中津市にある公 立病院のケースを紹介しています。そこは元国立中津病院で、患者が減って赤字 という状況で移譲先が決まらなければ廃院になるところでした。病院の閉鎖を重 くみた当時の地元市長らが中心となり、地域ニーズを検証し、高度な設備を持つ 病院の資源をどう活かすかを検証し、中津市民病院として再生した、という。そ の手法が細かく書かれています。
皆さん、どう思いますか?どうぞ、黒川先生の『大学病院革命』を是非、ご一 読ください。
●九州・飯塚、麻生グループ代表の『明るい病院改革』の挑戦
もう一冊、これも最近、九州は飯塚市に拠点を持つ、麻生グループの事務局長
で友人の馬場研二さんから、こんな本が贈られてきました。『明るい病院改革』
(日本経済新聞出版)で、著者は、麻生泰(あそう・ゆたか)さん、麻生グルー
プの代表です。副題に「誰も泣かせない新しい経営」とありました。ご存じ、西
のオンボロ病院と揶揄された飯塚病院を見事再生し、この20年間黒字を達成した
地元の有力病院です。
現在病床数1116、20年前に比べて医師は46人から211人、看護師377人から837 人、救急患者ゼロから48,186人、総スタッフ783人から1561人へと充実し、安定 しています。地元に信頼され、雇用を創出し、関連の医療専門学校からは有能な 人材が輩出されています。前にも書きましたが、近畿大学、九州工業大学などの 教員、学生がざっと5000人、筑豊の炭鉱(ヤマ)は、高度先端の学術都市に変貌 しているんですね。これには目を見張るものがあります。
この本は、日本の医療改革が始まろうとするなか、民間病院の現場からの報告 やヒントを表すことで今後の医療政策に役立ててもらいたい、霞が関へのメッ セージという麻生さん。その思いが伝わってきます。
少し本文に触れます。冒頭、現在日本において医師を育てている大学医学部は 国公立大学51に対して私立大学医学部は29です。中規模以上の病院を仮に300床 以上とすると、国公立と公的病院が710を占め、民間病院はわずか352にとどまり ます。実に我が国の大病院の3分の2以上は、公務員によってマネージメントされ、 そこに医師を供給する大学医学部もまたその3分の2が国や自治体によって運営さ れているのです。
こうした公的病院には、赤字補填を中心的な目的とした補助金が、毎年1兆円 以上も投入されているのですーといい、公的病院の親方日の丸体質を指摘してい ました。
麻生さんは、国立療養所田川新生病院の経営移譲によって、毎年4億円以上の 赤字が、2年目に早くも黒字に転換し、現在も安定した経営を維持していること を紹介していました。
なんだか、いま何を急がなくてはいけないか、明確になったようです。学術の 世界から、そして地方の現場からも、大学病院改革、地域医療の充実をもとめる 処方や事例が、相次ぎました。偶然じゃないですね。待ったなしの、テーマだか らでしょうか。良識ある人は、NO利権で、しがらみがないから、真っすぐ時代を 見通し、考えが一緒になるんですね。
つい最近、黒川さんとの電話で、黒川さんは、「みなさんが住んでいらっしゃ る地域の力、その地域力、そしてなにより家族の絆、家族力も一層大事になって きますね」とさりげなく呟いていました。
なんとか、このメルマガで朝の連続テレビ小説と地域医療が、うまく結びつけ ばいいのですが、どうでしょうか。
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