◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2007/03/14 http://dndi.jp/

「千の風」に乗って・・・。


DND事務局の出口です。南からのやわらかな風が、やっと本格的な春を運んで きたようです。これで、サクラの花も一気にほころぶでしょう。なんだか、そわ そわしつつ、例年、気持ちが揺らいで落ち着かない。実は、そんな予感が的中し てしまった〜この事実をどう受け止めればいいのか、それから時間が止まったま ま、なかなか心の整理がつきません。


享年50歳。肺がんでした。長身で、彫りの深い顔立ちは、精悍で凛々しい反 面、穏やかで、口数少なく誠実な人柄でした。彼は、僕を兄貴って呼んで慕って くれていました。しかし、まあ、こんな嬉しい季節に旅立つって、なんだかあい つらしい気がしますが、もっとなんとかしてあげられなかったのか、残念でなり ません。今回は、僕にとっての千の風です。


昨日夜、オフィスから帰宅途中でした。僕の携帯に留守電が入っていました。 「突然のお電話で申し訳ありません。あの‥私、○○の妻です。実は、主人が亡 くなりましたので、ご自宅に電話をしたのですがいらっしゃらない様子ですので、 留守番電話にいれさせていただきました。すみません、失礼いたします」という、 内容でした。その足で、彼の家に向かいました。う〜む。信じられない…。


やっぱり大学に進学したい、っていうからその前年の暮れ、じゃあ、勉強見て あげるから、下宿においでよ、っていう調子で、その翌日から毎晩深夜、僕の部 屋で個人指導が始まりました。ほぼ1ケ月の集中講義でした。彼18歳、僕が2 1歳の冬でした。


当時、彼の父親が突然、借金を残して出奔していました。幸せな一家4人の家 庭は崩れ、家を売り払ってアパートに仮住まいという状態でした。埼玉・草加市 内の近所に住んで同じ北海道という縁でした。よくご飯をごちそうしてくれまし た。そんな事情で、彼は一旦は、進学を諦めたのですが、僕が強く勧めていたん です。「兄貴の大学に行きたい」って嬉しい事いうから、英語と作文を重点に面 倒をみていました。


作文は、「親」をテーマに繰り返し予習していました。自分の事を率直に綴れ ばいい、家庭の不幸を知られるのは辛いことだが、そこの現実から目を背けない で書くんだよ、と。すると、戸惑いがちのえんぴつの動きが滑らかになって、原 稿用紙のマス目を強い筆圧で文字を埋めていきました。


〜親にどんな事情があれ、僕は親をうらまない。離婚したって親であることは 変わりません。これは、僕が乗り越えなければならない試練だと思います。うら んだり、やけっぱちになっては、僕の負けです。それは、きっと我慢しながらも 笑顔を忘れない母を悲しませることになるからです。僕は、母を大切にしていきます ―という意味の作文でした。


彼の作文を読みながら、なんだか僕の子供の頃の事情と二重写しになって、顔 がくしゃくしゃになることもありました。試験当日は、ドカ雪でした。満足な様 子で、うまくいったと思うと表情に自信をのぞかせていました。そして発表の日 です。夜になっても報告に来ないから、万が一の事態を想定し、なんとかなぐさ めの言葉を用意しながら、家に伺うと…。


母親はこの事態に困惑し表情を失っていました。彼は、しょぼくれていました。 そばで、妹がなにやら言いたげな様子で、僕が来るのを待っていたようでした。 母親が、「いやね、試験には合格したんです。合格したよ、って飛んで帰って喜 んだのだけど、入学金や学費が払えないのさあ。ここまで頑張ったから、大学に 行かしてあげたいのは山々だけど、これだけはどうにもなんないの。いろいろ勉 強みてもらって申し訳ないけど。Yも納得したところなんです。僕働くって…」 という。


でも、って〜じゃあ、夜学があるんじゃない。とっさに口からでたアイディア でした。まだこれから入学の願書受け付ける大学もあるから、調べてみよう。夜 学なら働きながら学べるよ。奨学金制度もあるし、という経緯があって彼は、明 治大学の夜学に通うことになるんです。大学時代に勤めた事務用品大手の会社は、 卒業後も引き続き務め、その実直な人柄から、取引先の事務用品店の社長に見初 められて、そこの一人娘と結婚、新築の家に母親を招いて暮らしていました。当 時、孫3人に囲まれた母親は、やっと心の安らぎを取り戻した様子でした。なん どかお邪魔し、我が家の子供を連れていったこともありました。その次に訪問し たのは、お母さんの訃報を聞いてでした。そして…。


安らいだ表情でした。病の苦痛が消えて、静かに眠っているようでした。その 枕元で、奥さんに彼の誠実な人柄や、なぜ、僕を兄貴と呼んでいたか、そんな昔 語りをしていると、長身で、日焼けした精悍な顔立ちの青年が帰ってきました。 目を疑いました。弟分とウリふたつ。あっ〜目の前にいるのは…あの当時の記憶 が、瞬時に蘇ってくる・・・。あれから33年〜。


いくつ?18歳です。いま何を?大学に合格し、春から行きます。どこの大 学?「昔、父が合格しながら断念した大学です」、「父が、お金がなくて行けな かった、と話していました」。合格の報告が伝えられてよかったね!「すっごく 喜んでくれました」。


お父さんは、おじさんの弟分だから、君は、僕の親戚みたいなものだから、い つでも連絡してね、君の兄貴分が3人いるし、みんな好い奴だから、って名刺を 渡しました。お母さんを大切にね!って言おうとして止めました。思いっきり、 自分のやりたいことに迷わないで欲しい。今度あったら、そう伝えようと思いま す。


この春は、やわらかなあの日の記憶を蘇らせることになりそうです。最愛の人 を亡くした人々に贈る、「A thousand winds」の歌詞が心にしみこんできます。 川沿いの7階のベランダから遠く目をやると、その大きな空に千の風がふわ っと吹き込んでくるようでした〜。


記憶を記録に!DNDメディア塾
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