◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2006/2/22 http://dndi.jp/

重粒子線治療への期待:沖縄からの報告

DND事務局の出口です。悪性のがんだって、ふらっと病院へ行って治療し、夕 方には何もなかったかのように元気になって遊びに行ける、そんながん治療が現 実的になっている、と説明したら、「風邪を治すようなものですね」って返すか ら、いやいや風邪引きより早い、って言うと、腰を抜かすような驚き様で目を白 黒させていました。


これって、いったい何、何が起きているのでしょうか?もう60分近い持ち時間 をしっかりした口調で、その先端的ながん治療の核心をわかりやすく説明し、時 計を気にしながらもその後半に大きな山場を迎えていました。それは、本邦初公 開となる、実際の患者の治療実績でした。次から次と続く、そのいくつもの驚き の症例に会場はシーンと静まり返り、参加者はその片言隻句に固唾を呑むように 聞き入っていました。


講演に立っていたのは、(財)医用原子力技術研究振興財団の常務理事、 (独)放射線医学総合研究所顧問、そして東京大学名誉教授で、この先端的なが ん治療の開発に人生を捧げてきた平尾泰男さんでした。


年間30万人に及ぶ人ががんで死亡し、年々増加傾向にあります。なんとしても がんを撲滅して、その苦痛から開放してあげなければならない、朴訥とした人柄 ながらその語り口は熱っぽい。そんな理学博士としての強い使命感が読みとれま した。


南風の沖縄。「先進医療技術フォーラム」(内閣府沖縄総合事務所主催)が先 週の17日、那覇市内のホテルで開催されていました。それほどの規模ではないも のの、その充実した内容には目を見張るものがありました。


以下の記述は、急いでメモしたので正確ではないかもしれません。目の奥の篩骨洞という難しい場所の扁平上皮癌の男性患者。医者が集まってのミーティング、CT画像、3次元のコンピューターグラフィックスをのぞき込みながら、画像をぐるぐる回してどの方向からすれば眼、脳にあたらずに済むか、色分けしたがん細胞の輪郭を確定し、そしてビームの方向を決める。照射していて、痛みは全くない。そして、やがて目が見えるようになってきた。テレビで好きな大相撲、凛々しい貴乃花がはっきり見えて、上機嫌だった。その後、5年経っても異状がなく、きれいに治っていた、という。


15歳の少年。整形外科。仙骨の骨肉腫。手術で切れないところに腫瘍ができて いて、「やってあげなければ、死ねということ。何としても、やってあげなけれ ばならないわけです」と平尾さん。あれから22歳に成長し、骨は見事に再生して いた、という。


50歳代の女性。直腸がん、激痛が襲う日々だったが、ビームの照射を受けた後 にもらした感想が、「人生で一番、快適な時間でした」だった、と平尾さんはそ の女性の感激の言葉を伝えていました。痛みも傷もない。これは、魔法のメスか もしれない。71歳の男性。肝臓がん。野球のボール2個分のがん、直径11.2セン チ。4回の照射で消えた。


このミラクルな治療が、重粒子(じゅうりゅうし)線治療です。最近、よく目 につき、耳にします。今週発売の月刊誌「新潮45」3月号は、ノンフィクショ ン・ライターの歌代幸子さんが「『がん治療』はどこまできたのか、免疫細胞療 法から重粒子線治療まで」の最新の医療現場からのレポートを取材し、読売新聞 の渡邉恒雄さんも、その近著「わが人生記」(中公新書ラクレ)で、がん手術体験の項に詳しい解説を加えていました。


さて、では、その重粒子線治療とはどんなものなのか。ざっと、平尾さんの講 演をベースにこれらの解説などを引用して要約すると、発端は83年当時、中曽根 首相の発意で実施された第一次の「対がん10ケ年総合戦略」でした。平尾さんは、その4年前に提案していたそうです。10年間で1024億円を投下して先進国との対がん医療技術の交流を行う一方、326億円を投じて千葉県千葉市稲毛区の放射線医学総合研究所(以下、放医研)に世界初の重粒子加速装置「HIMAC」を完成。その規模は、横120メートル、縦65メートルのサッカー場がそっくり入る巨大な施設です。


HIMACは、「Heavy Ion Medical Accelerator in Chiba」の意味で略称がハ イマック。重イオン(炭素イオン)線を利用するのが特長で、その命中精度は誤 差1ミリのピンポイント、陽子線はやや劣って誤差が1センチだが、従来の放射 線と違って皮膚や組織への影響を極力少なくし、患部にエネルギーを集中させる ことができる、という。


すでに94年から放医研で臨床試験が開始されて、2003年10月、厚生労働省によ って高度先進医療の承認を得ており、冒頭に平尾さんからの紹介があったように これまで2500人近い患者を治療し、極めて優れた治療実績を残している、という。 まさにがん撲滅の「最終兵器」といわれる所以もそこにあるようです。


ところで、放医研発行の資料(2005年度版)によると、日本の粒子線治療施設 (陽子線・炭素イオン線)は6施設あり、そのうち、炭素イオン線を使った重粒 子線治療の施設は、千葉市稲毛区の放医研と、昨年度から治療を開始している兵 庫県立粒子線医療センター(陽子線は2001年〜)の2ヵ所、陽子線を使った治療 施設は、筑波大学陽子線医学利用研究センター(1983年〜)、千葉県柏市の国立 がんセンター東病院(1999年〜)、福井県の若狭湾エネルギー研究センター(20 02年〜)、静岡県がんセンター(準備中)とありました。


準備中と記された静岡県がんセンターのホームページをのぞくと、今年1月1日 に高度先進医療の承認をとったばかりでしたが、すでに治療が開始されていまし た。対象疾患は、頭頸部(耳鼻科領域)がん、非小細胞肺がん、肝細胞がん、前 立腺がん、その他の固形がんとし、治療費は基本料金が240万円、それに照射料 金を加えて上限額を280万円と明記していました。もうやっているんですね。重 粒子線治療施設は約180億円から200億円の建設費がかかるが、陽子線の場合は、それより安くできる、という。


それに続いて身近なところでは、群馬大学が大学敷地内での建設を新年度中に 進める予定です。群馬大学は、医学部出身の鈴木守学長を先頭に全学挙げて推進 体制を整え、国、県、地元産業界など幅広く協力を取り付けているようです。重 粒子線治療装置の開発に関する専門委員会も設置し、放医研から金井達明ビーム 測定・開発室長、山田聰加速器物理工学部長、野田耕司主任研究員、日本原子力 研究所高崎研究所から荒川和夫ビーム技術開発室長、さらに兵庫県立粒子医療セ ンター、京都大学化学研究所、筑波大学物理工学などからも専門の教授らが参画 しています。それらの協力を得て推進する群馬大学の責任者が、放医研出身で群 馬大学大学院教授の中野隆史さん、以前にやはり放医研出身で鹿児島大学教授の 馬嶋秀行さんを介して取材をさせていただきましたが、核心部の加速器開発やら、 学会発表やら、もう、24時間フル回転の様子でした。しかし、終始落ち着いてい て懐の深さを感じましたね。学内でも大事にされているようでした。さて、3年 後の展開が待ち望まれます。


今、先端的な重粒子線治療の分野では、日本のその放医研が世界の先端を走っ ているらしい。昨年12月には、ドイツ・ミュンヘンで開催の国際粒子線治療共同 会議で、日本人医師二人の研究報告にヨーロッパ主要国ほか、中国、韓国など各 国研究者が注目し、驚嘆と賞賛の声が上がった(新潮45、173Pからの引用)と いう。歌代さんは、そのひとりの重粒子医科学センター長の辻井博彦さんの談話 を次のように紹介していました。


「X線は体内の浅いところで一番線量が高く、その後は減少するため深いとこ ろは十分に届かない。それであらゆる角度から何回も照射するため、周囲の正常 組織にダメージを与えてしまうが、重粒子線は逆で、一定の深度でエネルギーを かけられるからがんを叩く力が強く、より高い効果が期待できる」。


早期の肺がんでは1回、肝臓がんでは2回、前立腺がんもX線では40回以上かか るところ、20回程度で済み、手術で生じる尿失禁や性機能への影響も少ない、と いう。


平尾さんも講演で、15年以上もトップを走って来た、そのトップらしい走り 方が求められている、といい、普及型の装置設計も完成し必要なR&D導入も整っ て、専門の技術者の養成も急がねばならないが、いまようやく全国展開の時期が 訪れた感じがします‐という。会場の隅から「欧米との競争で勝つための特許な ど知的財産の権利の扱い」についてお聞きすると、「わが国の医療産業のデフェ ンスのためなら、それらを適切に行使しなくてならない」と明確に言い切ってい ました。


また会場からの質問に答えて、重粒子線治療の患者は、やはり地元の千葉県、 東京が圧倒的に多く一般のそれにかかる治療費は、現在314万円程度という。 これは専門的になりますが、平尾さんは全国の都道府県に1ヶ所の建設を期待す るものの、コスト面だけで解決するわけではない。患者を集める体制や人材供給、 技術スタッフ確保などの課題もあり、全国で拠点5ヶ所ぐらいからスタートする ことになるだろう‐との見通しを語っていました。


また、今後の患者負担の治療実費を以下のようにシュミレーションしていました。実費とは診断設備費、土地購入費、金利、税金等を含まない値で、平均照射回数でかわります。それによると、その施設建設のコストと患者受け入れ可能数を試算した将来のシミュレーションでは、1施設1日6時間36回照射が行うと仮定すれば、年間250日稼動した場合9000照射が可能で、そこで患者ひとりあたりの照射回数を7.09とすれば、患者数は1269人となり治療費が142万円も不可能ではなく、また患者一人平均の照射を11.2回と仮定すれば患者数は804人となり治療費は211万円になる、という。


さて、その沖縄でのフォーラムは、平尾さんの前に放医研の重粒子医科学セン ター病院の医師、吉川京燦さんが「PET-CTによるがん治療と診断」と題して解説 し、代謝機能に関する解析が可能なPET検査と、生体の解剖学的な詳細情報を正 確に描くCT装置との融合、fusion imaging(重ね合わせ表示)によってがん診断 の精度を飛躍的に向上させることが可能だ‐と、いくつもの実際の画像を紹介し ていました。いやあ、それらにMRI画像を組み込んだ3次元表示の例も説明し、 息の吐く吸うそれに伴って横隔膜のズレも生じるらしく、やはりここでも医師や それら機械を専門に扱うオペレーター、技師らのバックアップの人材養成も必要 になっているようです。


重粒子線治療がすべてのがん患者を対象としてはいないので、要注意。あるい は、手術、放射線、それに抗がん剤(化学療法)に続いて、第4の選択肢、オー ダーメイド医療の免疫細胞療法も注目されてきています。


進化する先端医療の最前線を眺めていると、そんなに凄いなら、野球のボール 大の肝臓がんだった愛媛県松山の先輩、足立区竹ノ塚在住で学生時代から付き合 いのあった知人、すい臓がんで若くして逝った元上司、あの人、この人‥みんな 助かったのではないだろうか、ふとそう思うとなんだか無性に悔しい。あるいは、 見方を変えると、現在、闘病生活を余儀なくされている人にとってもこれらは大 変な朗報に違いない。


さて、沖縄の会場。主催者側として、内閣府大臣官房の和田智明審議官(沖縄 政策担当)が直々足を運んで参加者らの雰囲気を感じながら、講演の合間にマイ クをとって、自らのPET−CT受診の経験を織り交ぜながら、最先端のPET−CTの導 入が沖縄県民にとっていいことであるし、それらが観光や健康産業育成と結びつ いていく、あるいは懸案の沖縄大学院大学での治験などにも使える‐そういう観 点からの国の支援として是非進めたい、としながらも、(重粒子線治療施設の建 設については)琉球大学や病院などのしっかりしたサポートがまず必要で、医療 現場の状況などから総合的に判断していかなくてはならないテーマである‐と、 「なんでも国がやってくれる」という安易な傾向に慎重な姿勢を見せていました。


そうかもしれませんね。重粒子線治療に伴う、実施計画の策定やら資金計画や ら、患者の誘導やら、担当の医師や技師の確保など簡単な課題ではなさそうです。 まあ、沖縄で重粒子線治療施設計画の小さくても偉大な一歩を踏み出そうという、 印象は感じました。実際、重粒子線治療施設実現に向けて、そういう現場をサ ポートしていく産学連携の核となる(株)ウエルネス・フロンティア・センター 代表の山下正幸さんの存在も見逃せませんし、今後の活動にも注目していきたい。


また、挨拶には、経済産業省大臣官房審議官(地域経済・地域エネルギー担 当)の川原田信市さん、長身で物腰が柔らかで周辺に多くの知人が取り囲んでい ました。その場に文部科学省から研究振興局量子放射線研究推進室の専門官で放 医研出身の福村明史さん、親しげな相手は、放医研時代の仲間でやはりヒゲの馬 嶋さんでした。


長寿、癒しの沖縄。前日は、前回のメルマガでも紹介しましたように内閣府 (沖縄振興担当)の滝本徹参事官が中心となった沖縄健康産業クラスターフォー ラムも開催されていました。う〜む。出色だったのは、ゲスト講演の2題。スタ ンフォード日本センター理事の今井賢一さんは、健康クラスター形成の新しいメ カニズムを学問的にアプローチする講演をされていました。が、多くの人の耳目 を集めたのは、すい臓がんの病に苦しんだ愛妻への一途なケアの姿勢でした。


京都の病院がいいと、京都に移り住み、海外に名医がいると聞いて米国に移送 して最善の治療を求めてきていたようでした。が、日本に帰ったら千葉県の放医 研での重粒子線治療で助かる‐と聞いたが、すでに手遅れ状態だった、という。


「なんで知らなかったのだろうか、もっと早くどうして知らせてくれなかった のか、悔やまれます。そのリベンジのつもりで重粒子線治療普及のお手伝いをし ていきたい」とその胸の内を語っていました。ぐっときましたね。


もうお一人は、琉球大学名誉教授で沖縄長寿科学研究センター長の鈴木信さん の「オキナワ・プログラム」でした。実にユニークな取り組みで、欧米各国でベ ストセラーの自らの本を紹介、あるいは、沖縄長寿を象徴する「データでみる百 歳の科学」(大修館書店)を取り上げて、沖縄健康産業クラスターの鈴木モデル を提案していました。これは、次回かな〜。


沖縄のビジネス活性化を意図したネットの沖縄ビジネスネットワーク。これも 滝本さんの発案で動いていますが、今回は、その関係者が野村證券の平尾敏さん、 筑波出版会の花山亘代表、ハイパフォーマンスなITサービスに特化する産総研 発ベンチャーのベストシステムズ代表の西克也さんら多数顔を揃えていました。




記憶を記録に!DNDメディア塾
http://dndi.jp/media/index.html

このコラムへのご意見や、感想は以下のメールアドレスまでご連絡をお願いします。
DND(デジタルニューディール事務局)メルマガ担当 dndmail@dndi.jp