DND事務局の出口です。新たなイノベーションシステムの構築や知的財産の 国家戦略が、わが国の産業の国際競争力強化に不可欠で、その一環として産学官 連携も必要だから、急いで、走ってというけれど、欧米に広く視野を向けると、 そこには意外な盲点が潜んでいるらしく、そのことに思索を巡らせると、これは グローバル化という名の国際的なイニシアティブの争奪戦なのかもしれない、と 疑心暗鬼にさせられてしまいます。
世界の発展に向けた新たな戦略をどう構築するか。熾烈な国際競争、地球環境、 少子高齢化などへの対応を解決し、未来を拓く新たなイノベーションの実現をど う図るかといったテーマについて、先週の15日、日米の経済界や大学関係の首 脳や国際的なジャーナリストらがグローバルな経済の動向を分析しながら話し合 った「グローバル・イノベーション・サミット」。
その舞台となった名古屋市内のホテルの会場は、万博の勢いをそっくり引き込 んで終日、活発な意見が交わされていました。サミットは、トヨタ自動車の豊田 章一郎名誉会長、産業技術総合研究所理事長の吉川弘之さん、東京大学総長の小 宮山宏さんら日本を代表する産学のトップランナーで構成するサミット組織委員 会が主催。運営は、経済産業省の大学連携推進課。
その全般を仕切る大役の課長の中西宏典さんは、いつになく余裕の表情でした。 昨年夏まで赴任のワシントン時代の米国の友人らの輪にあって、流暢な英語でに こやかにホスト役に徹していました。
サミットは、講演をはさんで、メーンは3つパネル討論。スピーカー、モデ レーター、パネラー、コメンテーターら登壇者は、ざっと30人。いやはや、充 実した内容で、午前10時から午後17時すぎまでびっしり。
登壇者らの話を全部、ノートにメモを取る。耳から入った事柄を、瞬時に書き 写す、という芸当をこれまで繰り返しやってきましたから、どうも、これは一所 懸命というより、馴れっ子になってしまっていて、意識して止めようかなあ〜と 思っても、ペンが電気仕掛けの機械ように動き出すから、不気味〜。午後3時す ぎの2回目のパネル討論では、さすがに手が痺れ、頭が壊れそうになっていまし た。
開会では、ドレッシーな紫の装いで颯爽と登壇した愛知万博の米国政府代表大 使のリサ・ゲーブルさんが、米国の参加は、ブッシュ大統領の小泉首相に対する 思い入れの深い公約の結果です、と前置きして「将来、何を遺産として次の時代 に繋げていくのか?万博が終わっても、必ず日米の協力、名古屋との親密な関係、 そして重要なイノベーションの精神は、引き継がれていくでしょう」と挨拶して いました。
続く産総研の吉川さんの英語での堂々としたウエルカムスピーチ、そして、米 国競争力評議会名誉会長、前メルク会長兼社長兼CEOのレイモンド・ギルマー チン氏の登壇となります。午後にも東京工業大学学長の相澤益男さんとゲストス ピーチを披瀝していましたが、なぜ、イノベーションが必要なのかと自問し、 「いま、世紀のイノベーションの転換期にあり、その役割は、第一に人類社会の 安寧のためでなければなりません。その実現には、日米の強い絆が重要だと考え る。経済を牽引し、社会の大きな挑戦を解明できるものでなければならない。個 人と人との結びつきを強め、共有のコミットメントが必要です」と訴えていまし た。やはり、言うことが違います。
ギルマーチンさんの所属していた米国競争力評議会については、実は、午後に 続く基調講演に登壇した、米IBM技術戦略・イノベーション担当副社長のアー ビン・ワルダウスキー・バーガーさんが、その評議会の最新のレポートを紹介し ていました。
IT,インターネット時代−新しいスキルを持ったプレイヤーがグローバルな 舞台で活躍し、デジタル革命が起きて、ビジネスプロセスに革新が生まれ、社会 がグローバルなスケールで革新しつつあり、まさにイノベーションによる革新の 嵐‐と表現し、産業革命に次ぐ、新たな時代のターニングポイントを後世の歴史 学者は、いまのこの時代をどう呼ぶのだろうか。そんなことにも触れていました。
そして、その多くを言及し、強く印象に残ったのが、NIIの頭文字のレポートでした。国競争力協議会が2004年12月15日に首都ワシントンで開催したサミット「国家イノベーション・イニシアティブ」(National Innovation Initiative)の略です。その席上で、産業界、学界、政府、労働界を代表する40 0人以上のリーダーが15ケ月をかけて作成した報告書「innovate America:th rivingin a world of challenges and change 」(通称:パルミサーノ・レ ポート)のことを紹介していました。
さっそくネットで検索してみると、米国競争力協議会は、米国が世界最大の債 権者から最大の債務者へと落ち込み、テクノロジーやイノベーションのリーダー としての地位が揺らぎ、米国産業が海外競争者に市場シェアを奪われる等の経済 的課題に立ち向かうという目的で、1986年に創設されたフォーラムである、 という。参考になったのは、NEDOワシントン事務所の松山貴代子さんによる NIIの報告書という分析レポートです。
その報告によると、多くの諸国が市場経済を採用し、コストや質という面で米 国と競争可能になっている21世紀の世界において、コンペティティブ・エッジ (競争の優位性)を授けてくれるのはイノベーション以外にはないと結論づけて いました。
そして、その一方で、同報告書では、「世界経済の統合とテクノロジーの進歩 が、グローバルな経済環境で各国が競争しつつも協調するという、これまでとは 異なる複雑な現実を生み出していることを踏まえ、イノベーションの重要性は、 ある国が、他国と競争で勝利を得るということよりも、全地球人のためにより良 い世界を築いていくことにある」と指摘している、という。
むむっ。競争と協調。「イノベーションの重要性は、自国の勝利より全地球人 のために」とは、なるほどと思いながら、ちょっと待てよ、これは、その文字面 だけ読んで信じていいのかしら‥どうも現実的ではない、と。
このレポートの作成には7つのワーキンググループが関与し、そのひとつのイ ノベーションフロンティアWGの目的が、米国が全てのイノベーション,及び、 研究、科学技術の主要最先端分野で、国際的リーダーシップを取るために必要な 政策提言や活動を確認する、と位置づけられていました。米国は、自国の勝利を 捨ててはいない。裏を読むと、そのために全地球人のために良い世界を築くとい う、したたかな魂胆が透けて見えてくるようです。
しかし、さすがに世界の一流国の貫禄を十分に感じさせてくれています。基調 講演のバーガーさんも言及していましたが、そのパルミサーノ・レポートの主題 となる、イノベーションを基盤とした経済構築に向けたその3つ提言には興味が そそられました。1、人的資源(talent)面、2、投資面、3、インフラ面のそ れぞれの側面から37項目もの具体的政策を提言していました。
「人的資源」の国家イノベーション教育戦略を見ると、科学・工学を専攻する 大学生に対して、民間セクターによる税額控除可能な奨学金の創設「将来の投 資」(invest in the future)を促し、世界中から最も優秀な科学・工学専攻の 学生を集めるため、入管制度を改革し、米国の大学研究機関を卒業した外国人科 学者・工学者に就労許可を与えるなどと、なかなかのアイディアです。
「投資」による支援では、国防省のR&D予算の20パーセントを長期的研究 に振り分け、かつ同省が基礎研究に果たしてきた役割を復活させよ!と迫り、R &D税額控除を恒久化・再構築し、産学連携研究にも適用するよう法制化すべき だ、としています。
「インフラ」の整備では、イノベーション業績を認識するため「米国イノベー ション賞」の創設、特許データベースをイノベーションのためのツールとして活 用することを指摘していました。また、中小企業を第一線の製造パートナーに引 き上げるため「イノベーション普及センター」を創設、あるいは統合した医療 データシステムの標準を策定・促進するなどヘルスケア分野でのイノベーション インフラの構築にも積極的な対応を求めていました。これらは、わが国のイノ ベーション促進を考える上で、検討の遡上に載せても意味があるかもしれなませ ん。もう進めていると思いますけれど‥。
気になったのは、松山さんの解説の後半部分、その華々しい内容とは裏腹に、 米国内では、この報告書が採択された同じ日に、大統領府が首都ワシントンで、 社会保障制度改革、税制改革など政治色の強い問題を取り上げたホワイトハウス 経済会議を主催して、敢えて会議をバッティングさせていた経緯からブッシュ政 権が、イノベーションを声高に唱えるこのサミットをあまり重視していないと疑 われているーと説明していました。いろいろ、主義主張があって、米国も一枚岩 ではないらしい。
「イノベーション」で検索していたら、ついでにと言っては失礼ですが、欧州 の動向を紹介した、OECD科学技術政策委員会閣僚級会合の最終コミュニケ (2004年1月29〜30日)の「21世紀に向けた科学、技術、イノベーシ ョン」の討議内容が目に入ってきました。
そこには、「科学技術の進歩の様々なメリットを強調し、知識と創造と普及が イノベーション、持続可能な経済成長、社会福祉にとってますます重要な原動力 となることを再認識した」と書かれていました。
注目したのは、科学とイノベーションのインターフェースの分野のところの記 述でした。知的財産権制度の役割の検討という表現ですが、知識の普及、競争の 促進という観点から、研究目的で利用する場合の適用除外に関する国家政策検討、 科学研究活動への影響評価など、大胆な見直しを迫る文言が目に留まります。
特許取得は、この10年で急増し、欧州、日本、米国の特許申請件数は199 2年の60万件から2002年には85万件へと40パーセント増加。特許の増 加がイノベーションへのインセンティブや科学技術知識の普及、競争状況にどの ように影響を及ぼしているかは、依然として不明である、と指摘して、特許の弊 害に対して各国政府は、発明へのアクセスの制限、研究の実施や発表の遅延、知 識普及の阻害やイノベーションの妨害への警戒を怠ってはならず、基本的な発明 への研究者のアクセスを保護する必要がある、という点で意見が一致したという。 あたかも特許は、研究者の前に立ちはだかる不自由の壁の様相です。このため、 グローバルな特許制度構築に向けた主要な特許庁間の協力を強める取組みの強化 を促したーというから、へえ〜かなりの驚きです。
国際的な特許庁間の取組強化という流れが事実なら、疑問は、グローバル化や 情報化の進展に伴う、発明や著作権などの成果を知的財産として適切に保護し、 有効に活用する社会システムの構築という、わが国の知的財産立国の戦略との整 合性はどうなるでしょうか?AかBかという二者択一の狭い選択幅の思考回路で は、なかなか理解が及びません。
たまたま、今朝の日本経済新聞朝刊33面、経済評論家の田中直毅さんの ゼミナール「やさしい経済学―ニッポンの企業家」の第1回は、渋沢栄一氏の経 済の仕組みづくりの認識を紹介していました。
「世人論語算盤分ちて二となす。これ経済の振るわざる所以なり」。田中さん は、算盤(利)が社会の主題として安定的に追求されるためには、論語(道徳) の仕組みが稼動していなければならない、とする渋沢氏に新しい光が当てられる べきなのは当然であろう、という。なるほど、それは一条の光明かもしれない。
グローバルな経済の土俵でイノベーション論でも、知的財産権周辺でも、相矛 盾する二つのベクトルが、交互に対立しながら動いていると思っていたら、いや あ、どっこいそれは、論語と算盤の関係だったのかもしれない、と思い直してい るところです。
いやあ、グローバル・イノベーション・サミットは、なかなか絶妙にも考える ヒントを与えてくれました。会場で、カブト虫のようにじっとメモし続けた討議 の全容を紹介するまでは、至りませんでした。本日の午前中には、大学連携推進 課の課長補佐で、今回のサミットの裏方さんで、不眠不休の対応に追われていた 冨田秀俊さんにお願いして、討議メモの正確な書き写しを戴いていましたが、そ の結果も反映されませんでした。何かの機会に、是非、ご紹介いたします。
いよいよ、来週27日から、東京・有楽町の国際フォーラムで大学発「知」の 見本市、イノベーション・ジャパン2005の開幕です。DND事務局は、ブー スを出して、各種ご相談を承っております。どうぞ、お出かけください。