DND事務局の出口です。アスファルトから湯気が立ち上ってくるような、猛 暑が続く都心。東京・港区のJR山手線田町駅の改札から芝浦口のコンコースを 抜けてエスカレーターを降りると、歩測でわずか45歩の至近の、その会場は、 首都圏最大の「大学リエゾン村」を作り上げていました。 新設のCIC東京(キャンパス・イノベーションセンター)。文部科学省が大学 の首都圏における活動拠点を整備するために東京工業大学の敷地の一角に建設し、 昨年4月オープンしたばかりでした。その狙いがヒットし、全国から募集枠いっ ぱいの35大学がたちまち集結し、産学連携の首都の「窓口」機能を果たしてい ました。その日の賑わいは、戸外と同様、めまいを覚えるほどの熱気でした。
研究者自らが、自慢の、しかも最新の研究成果を持ち寄って発表する「新技術 説明会」は、5階のフリースペース東側で「ナノテクノロジー」、対角線上の同 西側では「ライフサイエンス」、それらが同時進行で午前から夕刻まで、入れ替 わり続けられていました。発表は、CIC東京の入居大学のうち山口大学や金沢 大学、佐賀大学など17大学から32件に及びました。
参加者は、350人を越えていました。大半が民間の大手企業の技術者、ある いは共同研究のシーズを探し出すアライアンス関係のプロだったようです。発表 の内容は、最新の開発案件が多く、「技術概要」、「従来の技術との比較」、 「技術の特徴」、そして「想定される用途」の順に、分かりやすい説明を心がけ ていました。その概略は、当日配布の資料集に大学、発表者、それに発表内容の 詳細がまとめられていましたから、省きます。
研究者らの発表を聞いて、自社の新規ビジネスにふさわしいシーズへのアプ ローチや、興味がある研究者とコンタクトを希望する場合は、その場で手を上げ て質問をすることは、しない。事前配布の用紙にコンタクト希望と書いて受付に 提出すると、会場のCIC内に開設した、研究者らの帰属大学のオフィスで個別 に面談できる仕組みになっていました。もっとも感心が高かったプレゼンには、 20数社からのオファーがあったらしい。
CIC東京の入居大学は、昨年4月当初、東京農工大学、山形大学、新潟大学、 山梨大学、静岡大学、金沢大学、大阪大学、広島大学、山口大学、愛媛大学、九 州工業大学、熊本大学、奈良先端科学技術大学院大学などの国立大学法人が13、 私立から同志社大学が加わって14大学でスタートしていました。
続いて、秋田大学、千葉大学、千葉科学大学、国立特殊教育総合研究所、兵庫 教育大学、鳥取大学、岡山理科大学、吉備国際大学、倉敷芸術科学大学、東和大 学、佐賀大学、九州保健福祉大学、鹿児島大学(以上がリエゾンオフィス)、それ に常磐大学、国立高等専門学校機構、桜美林大学、芝浦工業大学、立教大学、横 浜国立大学、北陸先端科学技術大学院大学(以上がサテライトキャンパス)が加わ り、ざっと35大学・機関というから、凄い。
全体を統括する事務局、機能があれば、連絡や調整がスムーズにいくのに‥と 心配していたら、「連携」や「調整」が本業のコーディネータの皆さんの集まり ですから、うまく回っているようです。
開設当初、素早く動いたのが、同志社大学の東京リエゾンオフィス担当の産学 連携コーディネータ、西田廸生さんでした。長身ながら、背を丸めるように礼を とり、メールでアポを取っても必ず足を運んで説明にきてくれていました。入居 者らのミーティングに呼んでくれた時も、さっそく仲間の広島大学東京リエゾン オフィス所長で、同大客員教授の青木英勝さんを紹介してくれていました。青木 さんも謙虚な方で、その人柄には、頭が下がります。
アンテナを高くして情報を収集し、腰を低くして特許、研究成果の民間企業へ の営業活動を進める−産学連携コーディネータの鏡のような物腰で、ついつい依 頼があると、なんでもOKしたくなります。今回の新技術説明会は、西田さん、 青木さんが幹事役をつとめていました。今年5月から準備に入り、当日29日の 前夜遅くまで、対応に追われていたようです。うまくいってよかったですね、ま ずまずの初陣だったようです。
やはり、西田さんから事前にアナウンスがあり、直々、オフィスまで足を運ん でくれていました。いつものその西田スタイルには、弱いなあ。DNDサイト上 でトップに告知をし、その日、西田さんの顔を見に足を運んだわけです。こうい う時は、いつもタイミングがいいもので、会場の受付を済まして「西田さんはど こかな〜」を振り向くと、西田さんがエレベータからちょうど降りて、こちらに 向かってくるところでした。
「大盛況のようですね。よかったじゃないですか。え〜と、DNDの告知はお 役に立ちましたか?」と押し付けがましい催促にも嫌な顔をせずに、「それは、 それは‥」と言ってくれてはいましたが、その表情を伺い見ていると、それほど でもなかったかもしれません。でも、なんか気分がいい。そして、西田さんは、 あちこち連れまわして、いろんな方々を紹介してくださいました。
東京農工大学のCICリエゾン室の産学連携コーディネータの田中建作さんは、 この秋、入居大学の幹事校としてCIC東京主催の「大学発ベンチャーの成功事 例」(仮題)を開催する、といい、「是非、力を貸してください」とその柔和な 表情で迫るから、「了解しました!」と安請け合いしてしまいました。
東京農工大学といえば、産学連携への取組み実績で、評価の高い大学であり、 同大学技術経営研究科長で経済産業省の産業クラスター研究会座長、しかもDN D8000人目となる記念の登録者、古川勇二教授の大学関係者となれば応援し ないわけにはいかない。
ところで、その「新技術説明会」って、なんかストレート過ぎて、しかも「説明 会」が気に入らない、と勝手に思い込んでいたら、いやはや、人の話はちゃんと 聞いておかないと誤解の元です。予算やノウハウなどの面でバックアップしてい たのは、(独)科学技術振興機構(JST)でした。
西田さんは、JSTの技術移転支援センターの主査、佐藤比呂彦さんにつない でくれました。佐藤さんによると、「新技術説明会」は、JSTの産学連携・技 術移転関連事業の一環で、今年度は、6月には、静岡大学と連携して実施、これ までも金沢大学などと開催してきました。また、いくつもの大学が参加した今回 のようなスタイルは、東京・船堀にある朝日信用金庫を施設にした「コラボ産学 官」で3月に開催した、という。
えっ、知らなかった!コラボ産学官では、本年12月にも「新技術説明会」を 開催する、という。お世話になっているコラボ産学官の理事・安田耕平さん、事 務局長・江原秀敏さんらに向ける顔がありません。
大学の新技術と民間の企業のニーズのお見合いは、どんな成果が生まれている のか?それを前回実施した静岡大学で多くの成果がでているから、と、佐藤さん、 さっそく静岡大学イノベーション共同研究センターの産学連携コーディネータ、 斉藤久男さんを紹介してくれました。いくつかの案件が今、同時に進行中で詳し い内容は、またの機会に。その足で、佐藤さんのボス、JSTの研究基盤情報部 部長、細江孝雄さんのところに連れていってくださいました。
「DNDとデータベースなどで連携しているが、もっと幅広くタッグを組める のではないですかね」と、その渋い声で指摘されると、「ええ、是非‥」と情け ないくらい腰を低くしてしまいました。顔の大きさでは負けないけれど、その迫 力には、圧倒されてしまいました。
幹事の青木さんに聞くと、今回、広島大学からの2件の発表に対して、それぞ れ4、5件の面談の申し込みが入り、技術移転に向かうものや、共同研究として 実を結ぶケースなど、その形はさまざまですが、「大きな成果が期待できます」 と語っていました。
東京はいま、全国の大学の前線基地になって、地方圏各地からの進出の動きが 加速しているようです。ざっと俯瞰すると、35大学の「CIC東京」はやや西、 そして東には「コラボ産学官」があり、17大学でさらに拡張中で、まもなく中 国大学科技園協会から常駐者がやってくる、という。まだ、募集枠は幾分あるよ うです。「CIC東京」と「コラボ産学官」は双璧です。
都心のど真ん中は、三菱地所運営の丸の内ビルディング内の「丸の内アカデミ ック・スイーツ」に、ハーバード・ビジネススクール日本リサーチセンター、欧 州からもストックホルム商科大学日本研究所、東京大学大学院経済学研究科、が 入り、同じビルに一橋大学産学連携センター、東北大学東京分室が入居、それら の大学のブランド力が、多くの民間企業をひきつけているようです。
「大学が進化しつつあります。そのステージごとのご支援とネットワークづく りのお役に立ちたいと考えています」とは、併設の「東京21cクラブ」などを 運営する三菱地所の田中克徳さん。
そして今月24日、つくばエクスプレスの開業が迫る千代田区の秋葉原には、 IT系を極める大学の集積を見事に実現した「秋葉原ダイビル」。その中の「秋 葉原クロスフィールド」には、東京大学、筑波大学、徳島大学、東京電気大学、 明治大学、デジタルハリウッド大学、それに膝元の首都大学東京など10数校が 進出。この街のプロデューサーで産学連携がご専門の東京大学先端科学技術研究 センター特任教授の妹尾堅一郎さんは、「参加大学がそれぞれのミッションをし っかり実践し、そして究極は、街全体、電気街への貢献です」と明快に言い切っ ていました。
首都変貌。ここわずか数年の新しい展開です。大学による知の集積拠点の相次 ぐ誕生は、ダイナミックな東京の知的風景を変えつつありますが、大学の進出す る意味を問うのは、もう少し、時間が必要かもしれません。なんでもその成果 は?と問うのが癖になってしまっているようです。
書棚から何気に抜いて開いたページが、「論語」(金谷治訳注、岩波文庫)の 「巻第七子路第十三」の一節でした。「子の曰わく、速やかならんと欲することな かれ。小利を見ることなかれ。速やかならんと欲すれば則ち達せず。小利を見れ ば則ち大事成らず。」
早く成果をあげたいと思うと成功しない‥の教えは、ズシンと重い。