DND事務局の出口です。夏雲の行方を追いながら、梅雨明けを待ち望んでい ましたから、瀬戸の容器を浸す白梅酢の中から、梅ひとつひとつを箸でつまんで 移して、大きめのザルに並べました。赤や黄の梅は、やや色褪せた感じがしまし たが、熟柿のようにぽたぽたと柔らかで、なんとも清々しい香りが部屋いっぱい に漂っていました。紀州の梅は、どこまでも福々しい。
わが子の成長を見守るような〜とは、よく言ったものです。ザルは3つ、ひと つのザルに50から60個の梅を並べて、さっそく日差しが強く照るベランダで、 ひと足早く土用干しに入りました。数時間ごとにひっくり返しますから、外側か らぐるりひと回りしたら、次は円の中心から外へ向かって大きく広げる感じで、 1個ずつ上を下に、下を上にと並べ替えていました。無心。時間が止まったよう な、そんな開放感がいい。
梅雨明けから本日で3日目、会社にきていても空の雲行きが怪しくなると雨が 心配で、落ち着きません。身も心もすっかり梅の番人です。梅の外皮は、日に日 に色がくすんで、見慣れた薄茶色に微妙に変化していくようです。つまんで、粉 をふいたような薄い皮を吸うように裂くと、梅の肉は未熟な辛子色の割には、し っかりとした酸っぱさが舌を刺激し、濃厚で芳醇な旨みが口に広がってきました。 う〜ん。文字通り、いい塩梅だ〜。初の梅干づくりは、案外、誰がやっても、う まくいくもんだ。ご飯を少々、海苔にくるんでその梅肉を絡ませると、なんとも 贅沢で、言葉を失ってしまいます。
北海道小樽市の港町に住む母に、梅干の顛末を伝えると、いちど漬けたら3年 は続けないとならないからね‐という。途中で止めると不幸を招く、との言い伝 えをしきりに強調していました。しかし、止めろといわれても、こんなに楽しい ことは止められません。
日照りの熱波の中で、ザルの上の梅を眺めていると、脳裏に、いろんなことが 浮んでは消え、消えては浮んできました。残念なのは、不祥事続きのニッポンに ついての所感です。
企業やら、あちらこちらで不祥事が続発していて、日本の、日本人の背骨が少 し歪み始めたのかもしれない。なかでも生保の不当未払いは、悪質です。父のが ん保険加入とがんの診断に際しての、「一日違い」の不払いの説明がよく分から ず、父に告知していない事情から、それ以上の突っ込みは適わず、その後も10 年近く、父が意味のない保険金を払い続けていたという苦い思いが蘇ってきます。 不祥事は、世の中、人間のすることですから、常について回りますが、それから の対応がより重要になってきます。
本人の責任じゃないのに立場上、釈明しなくてはならない場合もあります。会 社全体が悪に染まってしまったかのように見られて、外の目が厳しく、社員の士 気に影響する場合もあります。そこの本質を見誤らないようにしないといけませ ん。
しかし、ある世代の資質を指摘する人もいました。談合や企業事犯に絡む中心 的な年齢層は、50代半ばから60歳が目立って多い。いわば、企業戦士として 戦後の高度成長時代を走り抜いてきた団塊の世代です。いつも時代の先頭集団に 身を置いて、良くも悪くも社会に影響を与えてきました。世話好きで、派閥を好 んで徒党を組む。指摘や批判が嫌いで、善意の具申でさえなかなか受け付けない。 逆に、親分肌だから、気に入った部下はとことん面倒を見る、という風に。人柄 は難しいが、そのスタンスは、分かりやすい。
そんなことを思いついたまま、知人の何人かにメールすると、石川県金沢市に 住む、前読売新聞記者の小塩偵さんから、「なにも最近になってからのことじゃ ないけれど、スリーダイヤの時といい、西武の時といい、財界のおかしなサギ的 事件が多すぎる。商業道徳という四字熟語があったけれどもはや死語だネ」との 感想を寄せていただいた。そして、続けて、だいぶ前の編集手帳(読売新聞のコ ラム)だったか、天声人語(朝日新聞のコラム)だったか、「岩波書店が、たった 1か所のミスプリを見つけただけで、本屋へ発送済みの本を回収したことが昔あ った、なんて話が出ていたけれど、わが日本にもそんなことがあったなんて今で はもう、信じられない」と嘆いていました。
小塩さんとは会社は違いましたが、栃木県の日光通信部赴任当時から、もう2 0数年の交友が続いています。洗練された文章術は、いろいろ学んだ、というよ り彼が書いた翌日の新聞から、同じ題材の自分の記事を見比べて、密かに書き写 すようにして、文体を盗んでいました。
寺の節分祭、演台から著名人らが裃姿で、縁起物のガラを巻く場面を捉えて、 「老若男女はガラに合わせて右に左に動き、境内は人の波に揺れていた」という 風に表現していました。その情景が目に浮かんできます。わずか数行の絵解き原 稿の妙でした。
「右に左に‥」のフレーズは、その後、どれほどいろんな場面で拝借したかし ら‥。特許なら大変です。前段の梅の話の記述でも「1個ずつ上を下に、下を上 にと‥」の部分は、その当時、小塩さんから真似た痕跡かもしれません。
還暦を越えた今も、原稿に遊び心を入れ込む、そのセンスは今も健在のようで す。年を重ねて、人とふれあい、その輪を縦横に広げてみれば、孤高を保って揺 らぎのない、善意の小塩さんの存在は、有難い。こんな人に梅を届けたい。