DND事務局の出口です。阿波の国、徳島。出張で行くと告げると、そこは、祖 母のふるさとでしたから、消えかけた70年前の記憶をたどりながら、父が幼い 頃の思い出を語り始めていました。
確か、名東郡と書いて、みょうどうぐん、西黒田。家長の祖母の実兄の名は、 MKさん、かすかな記憶の断片は、それだけでした。祖母もその兄も、もう遥か昔 に鬼籍に入ってしまっていましたから、ずっと音信不通、なんの手がかりもあり ません。
父が5歳の時、祖母の手に引かれて大阪から船で徳島に着き、そこから汽車で 行った先の駅からは、人力車で向かった。祖母の生家の入り口に見上げるような 石碑が建っていた。祖母のその実家からは、年末になると、決まってたくあんの 漬物を樽ごと送ってくれて、荷受に行った帰りは、祖父とシチューの専門の店に 立ち寄った、という。父の、ほんのちょっとの時期だけの、とっても幸せだった 家族の風景がいつまでも脳裏を駆け巡るのかもしれません。
たった一度切りの里帰り、その遠い過去の記憶が、今頃になって妙にうずくよ うで、同じ話しを何度も繰り返していました。その祖母の実家は、どのような風 景で、いま、どうなっているのか?そんな思いを引きずりながら、先々週の13 日、初めて徳島入りをしていました。そして、本日、再び、徳島に飛んで来てい ます。微風、さわやかな五月晴れです。
先々週の訪問は、明日26日から徳島市内のウェルシティ徳島で開催の第3回 産学連携学会徳島大会のシンポジウムの事前の打ち合わせのためでした。空港に、 出迎えてくださった徳島大学教授の佐竹弘さん、産学連携学会徳島大会の実行委 員長ですから、多忙を極めているはずなのに、開口一番「出口さん、たらいうど ん、って知ってはる?」と語尾を京都風に上げて尋ね、返事をするまもなく、乗 り込んだ新車のレガシーは、一路、高速を西に突っ切って、それから、北へ向け て山深い細道を一気に駆け上がっていきました。
まばゆいほどの新緑の森に野鳥のさえずりが響き渡っていました。沢の音を聞 きながら、戸外の屋根つきの離れ座敷で、あつあつのたらいうどんは、ほんまに 盥に入って、度肝を抜かれましたわ。太目の麺は、艶があって、素で食しても美 味でした。やはり本場ですね、薬味は少量のネギとショウガ、鰹だしの効いた汁 で、椀に入れて、何杯もお代わりしていました。鮎の塩焼きは、炭で焼いたらし く、なんとも香ばしく、思わず笑みがこぼれそうでした。
「いやあ、ようやくメドがつきました。必死で最初はどないしよう、と思っと ったけど、中四国や九州の理事さんらの協力や大学の事務のみんなのお陰で、な んとかうまいこといきよったわ」と、佐竹さんは目を細めて満足気でした。律儀 で、素朴で、勤勉で、根っからの徳島気質を感じました。
聞くと、全国から産学連携学会の内外の参加登録者と当日の飛込みを勘案して 軽く200人を突破し、26、27の2日間に及ぶ一般講演が65件、ポスター セッションが26件と合計91件(注1)の堂々の発表数で、4つの会場は終日フ ル回転のようです。
さて、明日26日朝の開会式は、徳島県から県民支持率87・6%の人気の知 事、飯泉嘉門さん、徳島大学から産学連携の旗振り役の学長、青野敏博さんが顔 を揃えます。そして、その日のメインのシンポは、「産学官連携における特色あ る地域づくり」をテーマに、徳島大学から副学長の渋谷雅之さん、徳島県から飯 泉知事ブレーンの商工労働部長、吉田悦教さん、地元の重鎮、徳島ニュービジネ ス協議会事務局長の竹村文宏さん、地元産業界を代表して四国化工機(株)社長の 植田滋さん、各種調査、提言を続ける徳島経済研究所専務理事の田村耕一さん、 そして、オーガナイザーとして、不肖私が司会、進行役を努めることになってい ます。
翌27日は、徳島大会の総括となるパネル討論。連携研究を山口佳和さん(産 総研)、知的財産を秦清治さん(香川大学)、ベンチャーを和田元さん(同志社大 学)、地域連携を菅原洋一さん(三重大学)、人材教育を長平彰夫さん(東北大学) の割り振りでベテランが登壇し、オーガナーザーは、この辺の仕切りには定評の 荒磯恒久さん(北海道大学)と佐竹さんの学会副会長が担当します。
シンポもパネル討論もせっかくですから、瞬間芸のような一過性で終わっては、 もったいない。産学連携は、ゆっくりでも動いていきますから、それを加速する 仕掛け、それを用意しなければなりません。佐竹さんからは、楽しくやろうよ、 っていってくれています。
産学連携の動向を見ていくと、今回のシンポのテーマは、実に大学発ベンチ ャー支援サイトDNDの連載企画で好評の東北大学教授、原山優子さんの「産学連 携講座」に詳しく、例えば、VOL7の「産学官連携推進会議の今後の方向性」で、 推進会議の「啓蒙」の次にくるのが、「コミュニティーの形成」−と言い切り、 具体的に何をすべきか、と問いかけて、「政策提言の場」から「イノベーティブ な産学官連携を模索する場」へのパラダイム・シフトを提唱していました。その 辺の鋭い指摘は、参考になります。
そして、原山さんのご提案をそのまま、引き継いで噛み砕いた感じの論調が、 奇しくも本日公開の連載企画「志本主義のススメ」のVOL4「地域産業集積と顔の 見える信頼のネットワーク」で、深く書き込まれています。珠玉の原稿です。 さすが論客、経済産業省大臣官房総務課長の石黒憲彦さん、このシンポ開催を予 見していたかのような極め技、地域活性化の方程式を丁寧に掘り下げていました。
つまり、地域ブランドを形成して活性化している地域の特徴を整理しながら、 第一に「地域コミュニティーを基盤とした信頼のネットワークの形成と協働の広 がり」を指摘し、地域でまとまって横のネットワークを作り、分担して製品を開 発する企業間のすり合わせ、ものづくり企業と販路を担当する企業の連携、サー ビスとものづくり企業の連携などの協働があって、はじめて少しずつ地域ブラン ドが形成されるようですーと説明を加えています。
続けて大胆にも、成功している地域の特徴を明示し、ここに大学が「場」として 機能し、人的ネットワークがつながっていけば、ますます面白くなるーと結論づ けていました。いやあ、この石黒さんの論理構成を、シンポで拝借しようかな、 と密かに企んでいますが、版権は?いけねぇ、石黒さんへの原稿料は払っていま せん。まったくの無料奉仕でしたね。惜しい(笑い)。
開幕直前の25日の本日、徳島入りしました。しかし、また、祖母の里の所在 が気になりかけています。徳島ニュービジネス協議会の竹村さんが、出口さん、 名東郡という地名はもうないけど、今の徳島市国府町あたりに違いない、とアド バイスしてくれていました。
足は、自然と国府町へ向いていました。地図を広げると、駅は府中駅、ふちゅ うとはいわず、なぜか「こう」と読みます。徳島駅から210円の至近、その無 人駅に下りて、線路踏み切り脇の商店の女将さんに所在を聞くと、西黒田にMさ んという名前を聞いたことがあるーという。勢いタクシーを呼んで、吉野川方向 の北へと走り出しました。昔々、駅前のタクシー会社は、人力車から始まったと 説明してくれました。一軒一軒の聞き込み、その手法は、かつての事件記者時代 を思い出します。そしてやがて、父が記憶に残っていたという石碑を確認、近所 の人は、以前、Mさんという人が住んでいたけれど、最近亡くなったようだ、と いう。菩提寺は数分のところにあって、飛び込みでいってみました。ルーツ徳島 のジグソーパズルが、おおよその輪郭を見せてきたようです。あと、もう一歩‥。
しかし、「個人情報保護法の関係で、詳細は申し上げられませんが、隣町に移 り住んでいます。電話番号は‥」と、住職さんが渋々、教えてくれたのですが、 それ以上の追跡は、なぜか、いささか気が滅入ってきて、気持ちが続きません。
祖母の実兄の長男、その数少ない歴史の生き証人が逝去し、その未亡人のとこ ろに突然、所在確認の電話を入れて、事の経緯を述べたところで、遠い、遥か遠 い親類を名乗って見ても果たして、何がどう動くというのでしょうか。不意に、 その忘却の扉に手をかけることの意味が分からなくなってしまっていました。 父には、それらの子細を報告した後、「でもね、電話かけて、それでどういうご 用件でしょう?って言われたら、返す言葉がなくなってしまうから、住職さんが こんな人が見えたと伝えてくれて、そして先方から連絡があったら、その時に精 一杯の対応をしようと」との判断に、父は、「それがいいかもしれない、そうだ ね」とうなずいていました。
徳島は、父の記憶で繋がる祖母のルーツですが、眉山や吉野川や鳴門の渦潮、 見るもの聞くもの食べるもの、その全部に自分のルーツの痕跡を追い求めてしま っていたようです。明日が本番ですから、気持ちを切り替えなければなりません。 会場で、この大きい顔を見かけましたら声をかけてください。
【注1】一般講演は、「産学連携論考1.2」、「産学実務者育成」、「産業人材 育成」などのテーマに加えて、第3回の徳島大会を特徴づけるのは、「地域連 携」の発表です。1から5セッション用意されていて、「地域」を表題にした発 表が目白押しで、充実した内容が散りばめられています。ざっと、その一部を紹 介します。
「大学と地域」(名古屋工業大学、小竹暢隆さん)、「産学連携と地域経済」(徳 島経済研究所、大谷博さん、田村耕一さん)、「地方大学と地域おこし」(宇都宮 大学、黒田英一さん)、「地元産業界における産学官連携交流会の意義」(北見工 業大学、NEDOフェロー、内島典子さん、宇都正幸さん)、「離島振興に取り組ん だ医−教育学部連携例」(三重大学、松井純さん、菅原洋一さん)、「産業集積を 活かした産学連携」(信州大学、インダストリーネットワーク、松岡浩仁さん、 大橋俊夫さん)、「島根県における新産業創出プロジェクトと産学連携」(島根県 商工労働部、福間直さん)、「わかやま産業イノベーション構想」(和歌山県商工 労働部、児玉征也さん)、「地域産学官連携手法としてのサテライトオフィスの 試み」(和歌山大学、湯崎真梨子さん、河崎昌之さん)など、地域色豊かに、それ ぞれの取組みの事例をベースに発表する予定になっています。
ポスターセッションを見渡すと、地元から「産学連携による製造現場における 中核人材の実践教育」(とくしま産業振興機構、徳島大学知的財産本部、米川孝 宏さん、坂巻清司さん、上田昇さん、そして佐竹さんも)、毎回登場の「産学共 同研究の地域特性について」(新潟大学、川崎一正さん)、大掛かりな「大学教員 を主体とした地元企業群への訪問調査事業」(山形大学地域共同センター、同工 学部、山形県置賜総合支庁、杉本俊之さん、鹿野一郎さん、門叶秀樹さん、下条 邦彦さんら14人)、勢いのある大学発ベンチャーは「群馬大学発ベンチャー< プライム・デルタ株>設立と歩み」(プライム・デルタ株、群馬大学医学部付属 病院、工学部、地域共同センター、佐藤久美子さん、宮崎由紀子さん、田村遵一 さんら6人)、いやあ、紙面が足りません。これらの発表内容は、講演予稿集と して販売される予定です。定価は2000円。