◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2005/04/06 http://dndi.jp/

藤井克彦さんの教訓と大学事情

DND事務局の出口です。知っているつもりは、本当は案外、知らないことが 多い。そのひとつに大学事情が挙げられます。外から取り囲んで勝手な論評ばか りしていては、何ひとつ見えてこないし、役に立たない。逆に内なる声に耳を傾 けると、そこは今、特色ある独自の施策に取り組みながら、いくつかの硬直した 制度改革の産みの苦しみの中にあるような気がしてきます。国立大学法人化から 1年、正念場の現場から‥。


DNDサイト上で、起業の体験を大学人の立場からリアルに同時進行ドキュメ ントとして書いてきた室蘭工業大学助手の藤井克彦さんの連載が、今回で最終回 を迎えました。第1回から数えて19回の手記を綴っていただきました。若手研究 者のビジネスへの挑戦は、社会的に大変有用で特異な微生物特許を看板にしなが ら、いやはや、無謀ともつかぬ場面や戸惑う言葉のやり取りが面白く、臨場感あ ふれる記述は率直でした。そこで、学んで経験し、成長著しい藤井さんの姿に共 感する読者は、周辺に多く抱えていました。が、起業というフィールドで貴重な 経験の代償としてずいぶん痛い思いをしていたようです。


企画する立場からすれば、5年ぐらいのスパンで考えていましたから、とても 残念でなりません。「起業への挑戦」はまだ道半ばですが、連載を終える理由を 聞いて、そして読んで、しばし、う〜む。腕を組んでしましました。それぞれに 個別の事情があり、一筋縄ではいかない大学特有の難しさを思い知らされました。 だから、どのようなことでも、外野から遠巻きにしていては、当事者の現実の苦 衷を理解するのは難しい。


「応援してくれる皆さんには突然の話しで申し訳ありません‥」と最終回の冒 頭に書いていたように、藤井さんは3月末で室蘭工業大学を退職し、山口大学農 学部に助教授として赴任することになった訳です。助手から助教授に昇進しての 転進でした。単純に、室蘭工業大学での助教授は適わなかったのだろうか?との 疑問に対して、藤井さんは、「国立大学では各大学で教員の定員枠がきっちり定 められており、原則的には誰か上の人が辞めてポストが空かない限り昇任は有り 得ません。これは制度上仕方のないことです」と述べていました。


 大学では極めて常識的な慣例であっても世間からすれば、困ったことのひとつ ですね。組織は人、人の懐柔は人事と昇進(ポスト)ですから、大学の昇進制度 では組織は活性化しませんね。悩ましいことです。


そのため、藤井さんは、そこでふたつの選択肢を考えました。ひとつは、いつ 空くかわからない上位ポストを今後何年も待つ、という方法、ふたつ目は、他大 学で現在募集中のポストに応募するという方法でした。藤井さんは後者のFA宣 言による移籍を選択したわけです。


そして、藤井さんが起業した「バイオトリート」は、室蘭工業大学発のベンチ ャー企業として室蘭に置いていくーという方法が最良と考えた、と説明していま した。


そういえば、この春、知り合いに北から南へ、南から中央へと出世魚のような 昇任教官の異動が目だって多かったように思います。となれば、若手研究者が、 周辺から疎まれるようなベンチャーにはなかなか手出ししなくなるでしょうし、 昇進を考えて他大学に移籍することが念頭に入っていれば、さらに起業へのマイ ンドが冷えてしまいかねない‐と思うのですが、いかがでしょうか!


連載を終えるにあたり、藤井さんに、これまでの起業の経験でのいくつかの教 訓を最終回にまとめてくださいーとお願いし、さっそくその宿題を書いていただ きました。


「起業を考える若手研究者のために」との思いを込めて、7項目を箇条書きに していました。@特許への配慮A経営は企業人にまかせなさいB大学本務と起業 の両立に神経を使うことCいろんな人に会ってベンチャーの夢を語るD起業資金 は最初から重要E若手研究者がベンチャーを作れる雰囲気ではないF起業本のモ デルは役に立たないーでした。


特にBとEで指摘した大学の事情についての部分は、藤井さんらしく率直な意 見を述べていました。大学発ベンチャーを支援し、推進する立場からすれば、風 評で聞き及んでいましたが、これほどの逆風があるとは思いませんでした。これ は単純に大学批判として受け止めてはなりません。現実にある課題の所在を指摘 しているに過ぎませんから‥。


「ズバッと言ってしまうと‥」として、技術開発面は研究室の成果とリンクし ますから、問題はないが、経営面では土曜、日曜、あるいは平日の夜間しか参加 できないーと利益相反の兼ね合いの難しさを強調し、ここを間違えると職務怠慢 で解雇されても文句はいえない、とこの辺の認識の重要性を指摘していました。 もう一点は、応援してくれる教授と鬱陶しく思う教授の存在について言及してい ました。嫉妬して、潰しにかかる老教授が立ちはだかるから、「孤高を保って起 業する覚悟はありますか?」と問いかけて、そして「足元をすくわれないように 上手に乗り切れ!」と檄を飛ばしていました。どこの世界にも醜く歪んだ変なオ ッサンはいるから、別に驚くことではないのですが、「上手に乗り切れ!」のメ ッセージは、目を見張るほど逞しくなった藤井さんの成長ぶりを裏づけているよ うでした。


「大学の使命は、言うまでもなく教育と研究にあります」と断じていらっしゃ るのは、小宮山宏さん、東京大学総長の就任に際しての挨拶でした。ホームペー ジで公開されているメッセージを拝見すると、小宮山さんは21世紀が求める人材 像について触れ、世界の先進大学として、知を産み出し続けてきた東京大学は、 (中略)時代の困難に対する戦いの先頭に立つ人材を育みたいと考えている、と して、具体的には、知識の洪水に流されない「本質を捉える知」、独善に陥らな い「他者を感じる力」、そして、「先頭に立つ勇気」を備えた人材が育つ場であ りたい、と強い決意を表明していました。


また、東北大学、岩手県立大学の学長を経験されて、この4月から首都大学東 京の学長に就任された西澤潤一さんは、やはり、就任メッセージで、「地元が欲 する人物を養成する目的で、地元が設立した。そして今、日本やアジア全体が都 市化に狂奔している時期にあたって、人間的で効率的な新しい都市構成を形成さ せるべき人材の養成と手法の向上に努めるべき」と公立大学の役割と人材育成へ の視点を明確にしていました。


その首都大学東京の本日の入学式では、石原都知事が「こんな大学はないぞ〜 先生と喧嘩をしてもいい、喧嘩といっても議論をして欲しい。首都大学はとんで もない大学だといわれるような人間になっていただきたい。自分の責任で大学を 築いてください」と熱い思いを語っていました。


さて、春爛漫。4月から、DNDの連載企画のラインアップには、入れ替えが あります。大学発ベンチャー、産学官連携のフィールドで活躍著しい論客4氏が 加わり、それぞれの得意分野からの主張、論評、報告が来週からスタートします。


大学発バイオベンチャーのトップランナー「アンジェスMG」創設者で大阪大 学大学院教授の森下竜一さんの「大学発ベンチャー成功の方程式」、電気通信大 学TLOのキャンパスクリエイト社長・安田耕平さんの「産学官連携の光と影」、 小樽商科大学専門職大学院ビジネススクール教授・瀬戸篤さんの「甦る大学経営 の視点・論点」、そしてIPOに詳しい野村證券公益法人グループ室・平尾敏さ んの「大学発IPO100社の現場から」です。充実のDBは、科学技術振興機 構との連携で、新たに「産学官連携支援DB」、「産学官連携従事者DB」、 「産学官連携機関DB」が整備され、リンクを張ることになりました。これも来 週からDND上で公開します。


新たに連載に加わる、その4氏とは、個人的によく存じ上げてる方々です。今 後の大学改革の大きなうねりの中で、特に大事な役割を担う、また担っている キーパーソン的存在です。テーマの決定は私がメールで打診して、何度かのやり 取りを終えての作業でした。一番先に原稿を送ってくださったのは森下さんでし た。テーマの案に一言の異議をも唱えませんでした。が、第1回の原稿を見て、 その副題が「成功への方程式?そんなものはありませんの巻」、ニタリとこっち の表情がゆるみましたね、1本取られました。なかなかエスプリが効いていて、 クールです。そして大学発ベンチャーの本来の使命について、分かりやすく解説 し、大事なポイントを指摘していました。いやあ〜なかなかのタレントです。平 尾さんや瀬戸さんからも順次、原稿が手元に届いてきています。どうぞ、楽しみ にしてください。そして、忌憚のない議論を吹っかけてください。


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