DND事務局の出口です。郷に入っては郷に従え‐の譬えよろしく、地元産品のかりゆしウエアを着て、分刻みのスケジュールを精力的にこなし、役割とはいえ、沖縄をすぐれた健康産業の集積拠点に‐への強い一念には、正直、頭が下がります。どこにいってもこの人、「懸命」の2文字が似合います。
滝本徹さん。44歳。経済産業省から茨城県商工労働部長に出向していた際の奮闘ぶりは、このメルマガで何回か取り上げました。そして、この夏から内閣府沖縄振興局参事官に異動になったばかりですが、彼の動くところに人が集まり、情報が走り、地域活性のアイディアが具体化していく。犬も歩けば棒に当たる‐の例えは卑近ですが、いやはや沖縄はシーズの宝庫、いやいや黄金郷と見たり‥。
琉球大学を中心に大学発ベンチャー創出のインキュベーション設立構想を聞いて、先日、急きょ、DNDのスタッフを伴って沖縄入り。その前後の数日の日程を紹介すると、沖縄県庁に産業政策課、続いて沖縄県産業振興公社、賃貸ラボのあるバイオセンター、工業技術センター、トロピカルテクノセンター、バイオ21、熱帯資源植物研究所、琉球大学遺伝子実験センター、地域共同センターとめまぐるしく動き、話を聞き、構想を伝え、会う人をみんな味方につける、その「擦り合わせ」のテクニックは、そばで見ていて、地域おこしの伝道者の印象を受けました。
滝本構想‐。沖縄の観光リゾートにおけるブランド力やホスピタリティーの高さ、癒しのイメージと健康食品ブーム、長寿の実績など健康関連産業はすでに集積しているが、科学的根拠に基づく健康サービス産業を導入し、自治体、大学、産業界、医療機関などが、有機的連携を行うことにより、さらにもう一歩、健康産業のクラスターを形成していく必要がある、といい、そのために沖縄に関心のある企業や有識者のネットワークをつくる‐というのが持論。
いわば、滝本クラスターのキーワードは、特産と挑戦する人。筑波大学関連や北海道発のベンチャー起業家らが、続々参集してくるから、彼に人を引き付ける不思議な磁場があるのでしょうか。この構想にご興味があれば、ご一報ください、繋ぎます。
沖縄訪問の最終日、先導の滝本さんらを乗せた車についていった先が、名護市の郊外にあるネオパークオキナワの一角、広い敷地に簡易な木造2階建てのオフィス。入り口に小さい看板、なぜか「(社)北部農林高等学校後援会付属」続けて、「生物資源利用研究所」。そこに、所長の根路銘(ねろめ)国昭さんを訪ねていました。
不覚にも事前に個人情報を入手していなかったから、気さくに名刺交換したあと、「のんびりした人だな〜」と思いきや‥知らないというのは、恐ろしい。ちょっと斜に構えた感じの根路銘さん、ギョロっとした目で伺うように一瞥して、予定していたとはいえ、私たち珍客を、なぜか迷惑そうに見渡していました。そこは滝本さん、訪問の趣旨を告げると、幾分、表情が柔らかになり、沖縄の地域活性化について、「東南アジア型のODA手法ではいけない。なんとしても変えなきゃいけない」との共通認識で一致、そこから、話が弾んで、根路銘さんの独白が始まりました。静かで朴訥ながら、一言一言に含蓄があり、その内容は、腰が抜けるほどの驚きでした。
「がんに苦しむ人を救いたい」、「生計が、はかばかしくない沖縄の農家を助けたい」−と。沖縄県産の植物から、飲んでがん治療に効果がある成分を発見し商品化への体制を整えている‐というので、昔取った杵柄でにわかに記者魂がかきたてられて、以下のような質問をしていました。
沖縄県産の植物とは?「2000種類をも採取し、そのなかでも自生するセンダンやショウキズイセンから抽出した物質の毒性を除去して精製に成功、マウスの実験を経て39種類のヒトのがん細胞にも効果が見られた」。
特許は?「精製法や大量生産技術などと合わせて、東京の専門の特許事務所経由で出願済みです、ネイチャーにも投稿します」。
製薬メーカーとの提携は?「日本のメーカーとは組まない。自分たちと対等な関係が築ける海外のメーカーと組んでいます。医薬品としての認可はアメリカでの承認を考えており、承認取得後に逆輸入する」。
ベンチャーへの取り組みは?「経済産業省からの勧めがあって5月にベンチャーを起こした。会社名は(株)やんばるグリーンヘルスです」。
商品化は?「5ccを一回分として4日に一回飲む、飲んで効いて副作用がない商品で、年間100万本、1本2000円で20億円と試算しています」。
質問の度に、ためらいなくぽんぽん答えが返ってきました。「なかなかやりますね。先生、かなりやり手ですね」と水を向けると、ニヤリ、悪戯っぽく笑いながら、「お金はあとでついてくる。パイナップルやサトウキビでは農家の生計が立たない。だから、すでに近在の農家に薬効のある植物の栽培をしていただいており、それを高く買い上げて生計を支えたい。県内の植物は全部調べた。そのなかで12種類の植物に薬効があることがわかり、それらを抑えている」といい、取り組みから2年半、その理念とスピーディーでベンチャラスな手法は、研究者とは思えないほど的確な布石を打っているようでした。
根路銘さん、沖縄の本部町出身、65歳。北海道大学医学部を卒業し、国立予防衛生研究所の呼吸器系ウイルス研究室長、世界保健機構(WHO)インフルエンザ・呼吸ウイルス協力センター長を務めたウイルス研究の世界的権威だったんです。サーズや鳥インフルエンザ問題の際にもその実績から提言し、渦中の人となっていたらしい。
2000年退職。基礎研究からモノづくりに専心したい‐との希望もあって、沖縄に戻り、出身の北部農林高校の後援会(嘉陽宗陰会長)が資金を出して、根路銘さんのための研究所を設立、5人の研究スタッフに国内外の著名な研究者15人が学術顧問として名を連ねています。最近、スタッフをもうひとり採用して、特訓している、という。玄関先に、元気のいいワンちゃん、「資金がないから警備はあの番犬にまかせています」と根路銘さん、しゃれが利く人です。
研究所開設を下支えしている嘉陽さん、「(北海道大学出身の)根路銘先生には、沖縄のクラーク博士になってほしい」と期待を寄せている‐と地元の新聞は書いていました。研究開発から商品化へのバイオベンチャーの成功への軌跡は、是非、DNDの連載企画で紹介したい‐その旨を伝え、快諾いただきました。
「いやあ〜すごい人がいるんだね。今後の沖縄の動向から目が離せないね」と、遠望の利くホテルのラウンジでスタッフとお茶を飲んでいたら、風が出てきて霞がかかり、ビーチにいる人の動きがにわかに騒がしくなった途端、スコールに似た横殴りの雨、それが台風18号接近の前触れでした。風速41メートルの暴風、雨粒が石と化して打ちつけてきました。
空港は混乱。7500人もの観光客らが予約、キャンセル待ちに殺到し750人余りが空港での臨泊を余儀なくされていました。が、戦後最大級の台風とはいえ、地元の人は、「沖縄といえば台風だから」と平然。心配して根路銘さんに電話すると、「なんにも影響ありません。いつもの事です」と動じない。
飛行機の欠航が続き、2日間足止め状態でした。その荒れ狂う雨と風に恐怖を感じながらも、昨晩やっとの思いで帰還してきました。興奮は、いまだ覚めやらない。台風と沖縄のクラーク博士の影響です。