◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2004/ 8/ 4 http://dndi.jp/

iPodの教訓から

DND事務局の出口です。小さくて何かを包んだ感じがする「Pod」(容器、さや)に「i」を組み合わせた「iPod」(アイポッド)。「i」は、21世紀のデジタルを象徴する‐という。The Impossible Dream。まったく従来の概念を打ち破った携帯音楽プレーヤ「iPod」を生んだアップル社の成功秘話は、ベンチャラスであり、文字通り、見果てぬ夢への挑戦だったようです。その教訓から〜。


2001年春。シリコンバレーはどん底。NASDAQの株価指数は1923。ほんの1年前は過去最高の5048と比べ、実に61.9%の下落、ITバブルの崩壊、そんな最悪の時期に、それも自社の屋台骨が揺らごうかという時期に、そして経験のない異分野へ相当量の経営資源を投入しようというのだから、まさにギャンブルだったようです。市場調査から出荷まで9カ月の短期集中の開発ドラマは、日経エレクトロニクス掲載の「iPodの開発」(5回連載)に詳しい。


それから2年半。2004年第1四半期の売上高は、2億6400万ドル(293億円強)、出荷台数は80万7000台のメガヒットを記録し、同社の主力のパソコン台数を超えてしまっています。 ご存知でしょうか?発売日の7月24日に銀座に1500人の列。先行予約では1万件を越す予約が殺到したニュースが流れました。進化した新たなバージョンの「iPod mini」(2万8140円)の売れ筋情報です。


昨年夏、米国西海岸から帰った二男が、米国在住の友人からプレゼントされた「iPod」、いつでもどこでも、肌身離さず持ち歩いています。手に持っておしゃれだし、上着のポケットにいれても軽い。イヤホーンは白。電車や街角で白のイヤホーンが目に付いたら、それはその証であり、ユーザー同士で何か、自然と仲間意識が芽生える‐というから、白い外観で成功したノート・パソコン「iBook」に続く、白のブランドカラー戦略が、そんなところでも発揮されています。


Macを主力とする情報通信業界から、音楽配信事業への新規参入は、「音楽の買い方を変えた」(同月24日付朝刊、日本経済新聞)というくらい音楽市場の構造を転換させてしまったらしい。記事によると、日本ではiPodを買ってもCDを録音するという従来の使い方しかできないものの、米国ではアップルの音楽販売サイト「iチューンズ・ミュージックストア」から1曲1ドル弱で購入してパソコン経由で端末に保存する‐というのが一般的で、販売曲数は約1億曲を越えた‐といい、英仏独で6月に配信サービスを開始したところ1週間で80万曲を販売した‐というから、配信サービスというソフトと端末のハードを組み合わせた販売戦略の確かさで、アップル社の勢いは止まらない。


ドアが開く。流行に敏感なブランド企業が飛びついて、ルイ・ヴィトン、グッチなどが専用ケースを発売し、BMWはiPodのリモコンをハンドルに組み込んだ特別仕様車を出した、という。


「シェアの話で70%という数字を言えるのは気持ちがいい」という最高経営責任者のスティーブ・ジョブス氏、そのこぼれる笑みが目に浮かぶようです。もう15から16年前、箱根の彫刻の森美術館の一角で、ささやかにMacの展示会が開催されました。パソコンで激変する日常生活‐の実験的な提案でした。ジーンズ姿のスマートな出で立ちのジョブスさん、あの時も自信に満ち溢れていました。


もう一度、日経エレクトロニクスで連載の「iPodの開発」に戻ります。その冒頭‐最初にいたのは、たった2人だけだった。1人はマーケティング、もう1人は技術の担当である。この2人に、携帯型音楽プレーヤの市場調査の命が下った。2001年初めのことだ。その年のクリスマス・シーズン。わずか9ヵ月余りで、製品が店頭に並んだ‐との書き出しで、ドキュメント風の記述は、ハラハラするくらいドラマチックでした。 そのヒット商品は、1社の窮地を救っただけではなく、人々が音楽を聴くスタイル、そして楽曲を買い求める手段までも変えつつある‐といい、iPod‐これはその誕生の舞台裏であり、社内の事情を秘して語らない米Apple Computer,Inc.が、重い口を開いて明かした開発の軌跡である‐と。あのプロジェクトX風のイントロですね。


やはり、当たり前ですが、使う側の立場をとことん追い求めて妥協しない。製品開発、そこに対してどんな工夫がなされたか?ここ、それがポイントになります。いくつか例を拾ってみました。


ラジオで知ってる曲がかかっても誰のどのアルバムだか、思い出せない、あれってとっても嫌だよね‐っていう疑問がヒントになって、曲名、アーティスト名、経過時間を重視し、見やすく表現するため可能な限り大きな液晶パネルを選ぶことを決めた(第1回、林檎の樹の根回し)。


ディスプレイ下のカーソルの移動に使う「スクロールホイール」、ユーザーが速く回すほどカーソルの移動が速くなり、1000曲から成るプレイリストの最初から最後まで一気に移動するには、片手でそれも親指で素早く何周か回せばいい。逆に親指をゆっくり動かすと1曲ずつ曲を選べるから、膨大な曲の閲覧と、細かな操作を両立できた(第2回、21世紀のウォークマン)。


技術を盛り込んだ音楽配信サービスには先行企業があったが、誰1人として事業に成功していない理由を、ユーザーにとって使い勝手が悪いことにあると見て、「これまでのサービスのほとんどは、科学の実験みたいで、曲をダウンロードするたびにクレジット・カードの番号を入力しなくてはならない。これじゃ、音楽を楽しむどころか、まるで金融取引じゃないか」(第4回、三度目の正直)。


指摘されれば、ふむ、言われなければ気がつかない。教訓です、これは。もう一度、自分の周辺を見渡して使い勝手のいい工夫をし続けなければならないことを教えてくれています。


市場に新風を吹き込んだヒット商品の開発に共通する思考と行動のエッセンスは何か。タイミングよく出版された「イノベーションの本質」(野中郁次郎、勝見明共著、日経BP社)。ナレッジマネージメントのコンセプトを世に問う一橋大学大学院教授の野中さんが、先月の日刊工業新聞の特別企画に談話を寄せており、近年の成果主義の浸透とあわせてビジネスの基本といわれる目標管理の徹底というテーマについて言及し、「目標を設定する際に、自分にとっての意味や本当に達成したい志、自社のあるべき姿との関係、お客様にとっての価値など、本質的な議論を置き去りにしてはいないでしょうか」と疑問を投げかけて、企業が真に創造的になるには、このような思いを1人ひとりが明確にすることが不可欠です‐と続け、「日本企業のイノベーションはそうして生まれています」と述べています。


DNDユーザーの一人で、いまホットな関係にある元電通マンの塩澤宏宣さん。マーケテッイングとは?の問いに、「製品を商品にするのがマーケティング」とズバリ、そですね。開発した技術、製品が売れるとは限らない。売るための、その商品にしていくプロセスへの取り組みやアプローチが、重要なんですが、そこがいささか安易で、要領を得ない。


ベンチャーを立ち上げた方たちが、常に戸惑っているのは、こんなにいい技術、特許なのに売れない、理解されない‐と。共通して、開発のプロセスや技術の解説を懸命にし続けることを、営業と勘違いされているケースが多い。そこの違い、「技術の説明」を繰り返しても「商品の販売」に繋がらないことを肝に銘じなければならない‐という塩澤さんの弁には、説得力があります。


産学連携、大学発ベンチャーの周辺に、いわば商品化、事業化のプロの参入、養成が急務‐というのは、この7月、経済産業省のホットポジション、大学連携推進課長に就かれた中西宏典さんの持論です。


穏やかで人懐っこいナイスな人柄は、「連携推進」のはまり役かもしれません。スタートアップの企業周辺をつぶさに見てきて、ワシントンから着任されたばかりの中西さんは、いま、大学発ベンチャー1000社の総仕上げと、それに続く新たな構想を胸に東奔西走の日々のようです。「どこでも行きます」と現場主義に徹するそうですから、皆さん、一度、DNDで懇談の場でも設定したいと思っています。


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