DND事務局の出口です。「ストーリーテラーがこれからのキーワード」。世界の学術関係者の集まりが、なぜか本年は舞台をハリウッドに移して開催され、日本から、日本工学アカディミーの専務理事を務める山田郁夫さんが参加し、その土産話が、冒頭のそれでした。「工学」と「物語」の因果関係を瞬時に、説得できるほどの理解力は持ち合わせていないものの、なんとなく分かるような気になるから、困ったものです。ちょっと照れるんですが、頭の隅に、ずっと仕舞い込んだままのこの問いに対して、以下は自分なりの解釈です。
朝、目が覚めると泣いていた。いつものことだ。悲しいのかどうかさえ、もうわからない。涙と一緒に、感情はどこかへ流れていったーこんな書き出しだから、涙腺のゆるい小生なんか、ひとたまりもない。もう、そのさきのストーリーが、どんな結末が用意されているか、それをイメージしただけでも、落ち着きませんでした。「世界の中心で、愛をさけぶ」(小学館)。100万部のベストセラーについて、著者の片山恭一さんは、「こんな大仰なタイトルなのに‥」と戸惑いながらも、先日のNHKのインタビューにさりげなく語ったフレーズが、洒落ていて、妙に核心を衝いていました。「感動を求める人の心は変わらない」と。
冒頭からクライマックスの同類にもう一冊。小雨が靄(もや)のようにけぶる夕方、両国橋を西から東へ、さぶが泣きながら渡っていた。双子縞の着物に、小倉の細い角帯、色の褪(あ)せた黒の前掛けをしめ、頭から濡れていたー山本周五郎の「さぶ」です。読みながら、それも何度繰り返しても、その情景をイメージすると、不覚にもぐっときてしまいます。
山本周五郎は生誕100年。山梨県北都留郡の出身で、横浜市の西前小学校卒後、質店「山本周五郎商店」に徒弟として住み込むんですね。震災の後、関西へ。苦労人です。本名、清水三十六。下町を舞台にしたものや職人物の短編に秀逸なものが多い。文字通りの、才あるストーリーテラーとの評。同時期に青森が生んだ鬼才・棟方志功がいます。ともにそれぞれ、記念の展覧会や巡回展が盛んです。1903年といえば、その12月17日にはライト兄弟が人類初の動力飛行に成功しています。20世紀初頭、このあたりから、ぐるりと時代が大きく転換しはじめたんでしょうか?
先の3連休は自宅にこもってテレビ、読書、ビデオ三昧でした。そのなかの幾つかを題材に、「ストーリーテラー」の意味を追いますね。NHKの24日放送の番組、棟方志功「無限の版画家知られざる姿」には、氏の故郷・青森への強い思いがひしひしと伝わってきました。
とくにねぷた祭り。渋くて甘い山本和之アナのナレーション。「強烈きわまる染料で黄赤青紫のさまざまな極端な原色を駆使してつくるのです。このネプタの色、これこそ絶対まじりっけのないわたしの色彩でもあります」と志功自身の胸の内を明かしてします。青森県庁に昭和36年の落成記念に創作し、寄贈した「花矢の柵」の作品。独特の天真で豊満な女性が、馬に跨って矢を構える姿を描いています。矢に願いをかけ、北にある青森から文化を発信しようーとの意図が込められていた。
感動したのは、議会の議長室にある、「御八甲田山 大仰観睡蓮沼の柵」の版画のくだり。やはり議会棟落成の昭和49年の寄贈でした。八甲田連峰を背景に、ミミズクが、両手を挙げた河童が、守護の鷹が、手をつなぐ男女などが浮き彫りにされています。男女は、志功夫妻をモデルにし、一緒にごはんを食べるー幸せな姿らしい。版画の左下に鋭い文字で「眞景」とあり、まさに志功の心を写していたーとの解説がありました。その寄贈の翌年に逝去、享年72歳。作品は版画が3000点、絵や書は10000点といわれ、その全貌の調査がまだ、終わりをみていない。ニューヨーク滞在中は、日本人留学生の費用捻出のため、版画150枚を提供していました。「MUNAKATA FUND」と名づけられていたそうです。現在、「棟方志功ーわだばゴッホになる」展が全国巡回中です。
休みのため、下宿先から帰宅した愚息が、「これ、面白いよ」と差し出してくれたのが、イタリア映画の巨匠の一人、フェデリコ・フェリーニ監督の「道」のDVD。ジュリエッタ・マシーナ演じる旅芸人見習のジェルソミーナの、ためらいながら遠慮がちに、綱渡りの青年には、「私は役に立たない女?」、「私はこの世で何をしたらいいの?」、旅芸人のザンパノには、「私が死んだら悲しい?」、「少しは私を好き?」と自分の存在を確かめる姿が悲しく憐憫の情を誘います。全編ながれる哀調の音楽はニーノ・ロータ作。いやあ、胸に迫りくる切なさです。もう、ここでいちいち解説するまでもありません。ただ、 同監督が、ラジオの台本を書いていた無名時代に、その番組に出ていたのが、ジュリエッタ・マシーナでした。その半年後に結婚しています。フェリーニは1993年10月31日に死去、翌年3月にマシーナは後を追うように亡くなっています。評判のおしどり夫婦でした。生涯の伴侶−それを得て、そこを突き抜けた二人の存在は、「道」以上に、感動的だったかもしれません。没後10年を記念した「フェデリコ・フェリーニ映画祭」は、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで12月5日まで。大阪は第7藝術劇場で12月下旬から−です。
ストーリーテラー。「自分の信念と価値観をしっかり持って、自分が心から満足できる仕事、生き方を選びとっていくことが大切です」。京都のストーリテラーといってはお叱りを受けるかもしれませんが、堀場製作所の会長の堀場雅夫さんの近著「人の話なんか聞くな!」(ダイヤモンド社)の一節です。