第6回「電気自動車(EV)は自動車市場を席巻できるか?」


 1.電気自動車(EV)は前途有望か
 次世代自動車といえば、燃料電池車(FCV: Fuel Cell Vehicle)と電気自動車(EV: Electric Vehicle)が並び称せられる(※1)。FCVについては、第3回の「燃料電池車の幕開け」で解説しているが、今回、改めて両者を比較してみると確かにメリット、ディメリットがある。例えば、今現在、FCVの航続距離はEVを凌駕している。一方、今後普及するために必要なインフラ整備について考えると、水素ステーションは約5億円と、EVの「充電インフラ」はおろか、ガソリンスタンド(約3億円)よりはるかに費用がかかる。また、将来、長時間持続する蓄電池が開発されれば、EVの航続距離の短さは解消されるが、FCVは水素という爆発性の高い燃料を使うため、安全性を引き換えに、大幅なコストの低減は望めない可能性が高い。
 それらを考えてか、テスラ・モーターズのイーロン・マスク氏は、FCVを「極めてばかげている(extremely silly)」と批判し、「フューエル・セル(燃料電池)」をもじって「フール(愚かな)・セル」ではないかと言っている。
 本当のところはどうなのであろうか。以下では、EVが本当に前途有望なのか、FCVと比較しながら、その将来を占ってみる。

 まず、日本のEVの販売状況を見てみると、三菱自動車が2009年に「アイ・ミーブ」を、日産自動車が2010年に「リーフ」を発売(10年12月に発売以来、世界累計18万台以上)している。その他、独BMWや独VWも日本国内で販売している。また、先日開催された「フランクフルト自動車ショー」では、独アウディ、独ポルシェが一回の充電で500km走行可能なコンセプトカーを発表しており、欧州企業はEVに軸足を置きつつあるように思われる(※2)。さらに、9月21日付のウォール・ストリート・ジャーナルでは、米アップルが2019年を目指してEVを出荷すると報じている。
 ちなみに、将来、EVの販売台数がどうなるかを見るために、富士経済の2015年7月の発表資料を見ると、世界のEV販売台数は、2014年に19万台だったのが、35年に24.4倍超の463万台に拡大するとしている。また、経済産業省が策定した「自動車産業戦略2014」に自動車全体に占めるEV(※3)のシェアの政府目標があるが、それによると、2020年は15-20%、2030年は20-30%となっている。このように、EVは中期的に明るい展望が開けていると言えよう。


2.ポーター仮説を信じるか(※4)
 1991年、ハーバード大学教授マイケル・E・ポーター教授は、「適切に設計された環境規制は、費用低減・品質向上につながる技術革新を刺激し、その結果、国内企業は国際市場において競争上の優位を獲得し、他方で国内産業の生産性も向上する可能性がある」と主張した。この出張は、「ポーター仮説」と言われ(※5)、その後、環境規制とイノベーションとの関係について幅広い議論を巻き起こした。この「ポーター仮説」の具体例として想起されるのが1970年に米国で成立した「大気清浄化法」(通称「マスキー法」)である。この法律は、1976年までに自動車排気ガスに含まれる一酸化炭素、窒素酸化物等を10分の1にするというものであった。しかしながら、量産までのリードタイムを考えると、目標達成に向けて、研究開発に許される時間はせいぜい3年程度しかなかったため、自動車メーカーは「技術的に不可能」と猛烈に抵抗し、その実施時期は大幅に延期されてしまったのである。一方、日本では米国と同様の法案を成立させ、1978年に、その規制が実施された。これを日本版マスキー法(53年排ガス規制)と呼んでいるが、この野心的な規制値を、ホンダのCVCCエンジンなどの出現により、達成してしまったのである。したがって、この日本版マスキー法こそが「ポーター仮説」の具体例と言えよう。
 他方、この「ポーター仮説」の正当性は、学会の中で明確に認められていないというのが現状である。それにもかかわらず、米国では、最近にいたるまで、様々なアンビシャスな環境規制が生まれている。例えば、カリフォルニア州を中心に広がっているZEV (Zero Emission Vehicle)規制もその一つと言えよう。ZEVとは、走行時に二酸化炭素排出ガスを一切出さないEVやFCVなどを指す。同州内では一定台数以上のクルマを販売するメーカーは、販売するクルマの一定比率をZEVにしなければならないという規制を設け(※6)、もしこの規制に違反すれば罰金が科せられるのである。「ポーター仮説」の真偽はともかく、ZEV規制を順守しなければ罰金が科せられるため、トヨタ自動車、日産自動車、ホンダをはじめとする日本の自動車メーカーはもちろん、世界の自動車メーカーは、EVを始めとするZEVの普及と研究開発を進めているのである。


3.EVの拡大で自動車産業はどうなるか
 ガソリンエンジン車は、約2万点以上の部材・素材から構成されていて、どれか一つが欠けても完成車を作ることができない。そのため、従来の自動車産業は、組立工場を頂点とする垂直統合型のピラミッド構造で構成されていた。それが同時に大きな雇用の確保につながっていたのである。
 確かに、モジュール化の進展とともに、その構造は簡略化されつつあるが、いまだに健在である。
 しかし、EVが主流となると、この構造が大きく変わる。というのも、EVの部品は、電池、モーター、インバーターといった汎用品が多く、しかもその部品数は、ガソリンエンジン車と比較するとはるかに少ないからである(※7)。
 EVは、単純な構造のため、部品さえ調達できれば誰でもクルマが作れることになり、旧来のピラミッド構造が崩れることになる。また、ガソリンエンジン車の部品(特に動力、制御部分)を作っているメーカーは、EVの普及で仕事がなくなってしまうかもしれない。他方、自動車産業への参入障壁が低くなり、ベンチャー企業や電機メーカーなど、異業種のプレーヤーが新規に参入してくることも考えられる。すなわち、EVはコモディティ化する可能性が高いのである。
 数年前、日本の電機産業はコモディティ化の流れのなかで、アップルやサムスン電子に敗れてしまった。高い独自技術を持っていたのに、水平分業の流れに乗れなかったのが敗因の一つであった。当時の電機産業の二の舞にならないようにするにはどうすればいいか、ここでは深く立ち入らないが、「コネクテッド・カー(つながる車)」が一つの解になるかもしれない。(※8)
 他方、EVに必要な電池を支える主要4部材の正極、負極、電解液、セパレーターで日本企業は圧倒的なシェアを持っている。この電池部材の競争力を背景に、日本企業は世界の自動車メーカーに売り込んでいる。例えば、パナソニックは、テスラ・モーターズと共同で、米国に電気自動車向けの電池工場を2017年の稼働する予定である。このように現在主流の車載用電池部材では、日本企業は強いが、次の世代の電池でも、その優位性を保つため、たゆまぬ研究開発が必要である。
 なお、EVが今後どれくらい普及するかについては、メーカーの間で考え方に差があるようだ。日産自動車は「リーフ」を中心にEVの普及を図ろうとしているが、トヨタ自動車とホンダは、現段階で、EVは航続距離が圧倒的に短いとして、その普及は限定的と見ている節があり、FCVに開発の力点を置いている。


4.EV普及の阻害要因は
 EVの課題は、何といっても「価格」、「走行距離」、「充電インフラ」の3つに集約される。 例えば、大容量の電池を搭載するテスラ・モーターズの「モデルS」の航続距離は500km程度だが、1,000万円以上もする。日産自動車の「リーフ」は車両本体価格が300万円前後と手ごろだが、航続距離は228kmと短い。
 総じてみると、現行のEVの充電1回あたりの航続距離は、テスラ・モーターズの「モデル S」を除くと、100-230kmほどである。しかしながら、今後、畜電池は性能も上がるだろうし、量産化すれば価格は下がることが想定されるので、「価格」、「走行距離」は、近い将来リーズナブルな方向に向かっていくだろう。
 他方、「充電インフラ」はどうであろうか。2014年5月、トヨタ自動車、日産自動車、三菱自動車、ホンダの4社は、EV普及に向け、「充電インフラ」を整備する新会社「日本充電サービス」を共同で設立し、充電器の設置費用の一部を負担するほか、課金や決済サービスも提供している。いずれにしても、EVの「充電インフラ」は、FCVの水素ステーション(約5億円)やガソリンスタンド(約3億円)と比較して、低価格で済むため大きな問題とならないであろう(※9)。
 一方、少し前までに、急速充電の国際標準が論点になっていた。具体的には、欧米系メーカーが多く採用しているコンボ (Combo)方式と日本メーカーが提唱するチャデモ (CHAdeMO)方式という規格の争いがあった(※10)。しかし、チャデモ方式もコンボ方式も、ほとんど同じ設備投資で対応でき、違うのはカプラ(連結部)の部分だけだったため、この部分で規格争いをするのは無意味であるとの認識が広まり、収束の方向に向かっている。


5.将来に向けて
 次世代自動車のEVやFCVを単純に比較するのは意味がないと思われる。それぞれは、時間軸が違うし、単に、自動車本体だけで考えずに産業連関を考えなければならないからである。
 時間軸で近いのは、EVであろう。上述の「EV普及の阻害要因は」でも議論したが、すでに大きな阻害要因はなく、もう少し畜電池の研究開発が進めば、先が見えてくるであろう。
他方、少し時間軸が遠いのがFCVである。水素ステーションの整備、水素という爆発性物質に対しての安全性の確保とコストをどう考えるか、まだ、時間を要すると思われる。
 だからと言って、FCVは将来性がないと言えるかと言えば、そうでもない。
 以前、坂本龍一氏が、EVのCMで「自分がCO2をどのくらい出して走っていたか気になったんですけど、完全にゼロですよね」と言って物議をかもしたが、これは走行中だけの話にもかかわらず、あたかもライフ・サイクル全体でCO2が発生しないという誤解を与えたのが原因であった。EVの電気がどこから来ているかを考えれば明らかであろう。現在、日本の電力の多くは、火力発電から得ており、発電の際に多くのCO2を排出している。そのことを考えれば、現在のEVはクリーンな車と言えないのである。確かに、すべての電気を再生可能エネルギーでまかなえるのであれば、EVはクリーンな車ということができよう。いずれにしても、FCVと同様、EVも発展途上であり、その段階でクリーンかどうかは、ライフ・サイクル全体で見る必要がある。 
また、将来、EVはテスラ・モーターズの「モデルS」のように、ネットに常時接続され、あたかもスマートフォンのように、バージョンアップしていくことになり、アフターサービスが容易になるであろう。しかし、前述のように、EVは産業のすそ野がガソリンエンジン車と比較してはるかに小さく、FCVよりも小さいため、大きな産業調整を要する可能性が高い。
以上をまとめると、EVとFCV、それぞれにメリット、ディメリットがあり、単純に比較すべきではないと思われる。少なくとも、当面、EVやFCVからなる次世代自動車や、PHVなども含め、その時間軸やその地域で最適な自動車をミックスさせて活用していくのが望ましいと考える。 


(注)
(1)外部電源から充電できるタイプのハイブリッド自動車であるプラグイン・ハイブリッド自動車(PHV: Plug-in Hybrid Vehicle)も次世代自動車に加える場合もある。本稿では、PHVは実用車とし、次世代自動車と位置づけていない。
(2)「フランクフルト自動車ショー」では、独BMW、独アウディなどの欧州勢がPHVについても相次いで披露した。
(3) ここのEVの中にはPHVも含まれている。
(4) 「ポーター仮説」の解説は中村 [2008]を参照せよ。
(5) Porter, Michale E. [1991]を参照せよ。
(6)各社のZEVの生産割合を、2009-11年に11%、2012-14年に14%、2018年以降に16%と設定している。
(7) テスラの「モデルS」は部品点数は100点と言われている。
(8) この解説は、中村 [2013]で言及している。
(9) EV用の急速充電器は一番高価なものでも一基300万円程度である。
(10) コンボ方式はCombined Charging Systemの略称。チャデモ方式はCHArge de Moveの略称であり、「チャージ」、「電気」、「ムーブ」の3つの頭文字を取ったもの。



(参考文献)
Porter, Michale E. [1991], “America’s Green Strategy,” Scientific America, No.264, pp.168.

中村吉明 [2008], 「環境規制はイノベーションを促進するか:ポーター仮説の検証」研究・技術計画学会 年次学術大会講演要旨集, Vol.23.

中村吉明 [2013], 『これから5年の競争地図 グローバルものづくりのトレンド』東洋経済新報社.




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